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時間旅行編

187.邂逅

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 その女性は、ナイアードに似ていた。
 彼女と同じ琥珀色の髪が、無風の室内でなびいている。
 声色も一緒なせいか、現代に戻ってきたような錯覚すら感じるほど。
 彼女は精霊だ。

 そして――

「なっ……」

 僕もユノも動揺した。
 理解に時間がかかった。
 僕らは今、認識阻害のローブを身につけている。
 誰にも姿を見られないように、未来から来たことを悟られないために。
 だからここまで、誰とも直接関わってこなかった。
 それなのに、目の前の彼女は、ハッキリと確実に僕らを目でとらえている。
 
「どうして僕たちが見えて……」

「っ、そうか! そうじゃった……精霊とは……ぬかったのう」

「ユノ?」

 ユノは理由に気付いたようだ。
 それをため息交じりに伝えてくれる。

「精霊とは魔力の集合体じゃ。故に、肉体の構造からそもそも違う」

「そうか! 五感じゃなくて、魔力を見ているのか」

「うむ」

 このローブは、相手の脳に働きかけ、認識のエラーを引き起こす。
 それによって、見えているのに認識できない状態を生み出している。
 つまり、作用しているのは脳であり感覚だ。
 精霊とは意思を持った魔力の集合体。
 彼らは魔力そのものを見て、感じている。
 視覚でとらえていない以上、ローブの効力の範囲外だ。

 ユノはがくりと肩を落とす。

 そして僕も、道中に感じた視線が、違和感ではないと悟った。
 ここに来るまでの間、周囲からの視線を感じていた。
 人の多さゆえの錯覚だと思っていたけど、精霊たちには気付かれていたんだ。
 しかし、この状況をどうするか。
 落ち込むより先に、そっちを考えたほうが良さそうだ。
 すると――

「ご安心ください」

 ナイアードに似た精霊は、微笑みながらそう言った。
 さらにこう続ける。

「あなた方が今日、こちらへいらっしゃることは、以前よりわかっておりました」

「何じゃと?」

「私はユグドラム、時を司る精霊です。私には少し先の未来が見えます」

「未来視の力!?」

 僕の頭では、ヒナタの顔が浮かび上がった。
 彼女と同じ、かどうかは別として、ユグドラムと名乗ったこの精霊にも、未来を視る力があるらしい。
 僕とユノは互いに顔を見合い、ユグドラムへ視線を戻す。
 すると、女性は僕らに提案する。

「どうぞこちらへ」

 彼女が示した先には、重厚な扉があった。
 見るからに怪しい雰囲気をかもし出している。
 ユノが問う。

「何をするつもりじゃ?」

 ユグドラムは穏やかな口調と表情で答える。

「少しお話を。ここは他の方々も来られます。あなた方も、人のいない場所のほうが都合がよろしいのではありませんか?」

 そう言って、ユグドラムは一人扉へと歩いていく。
 ユノも僕もまだ動かない。
 ホロウは僕らがどう判断するかを待っている。
 僕はユノに確認する。

「どうする?」

「……」

 ユノは考えているようだ。
 ユグドラムの言い回しは、まるで僕らの素性を知っているようだった。
 未来が見えるとして、一体どこまで知っているのか。
 そもそも本当なのかもわからない。
 一分ほど無言のまま、ユノは考えている。

 ユグドラムは扉の前に到着し、先に開けてから、僕らが来るのを待っている。

 そしてユノは――

「行くしかないのう。どの道、ワシらの姿は見られてしまったわけじゃし」

「そうだね」

 ユグドラムについていく。
 結論が出た僕らは、警戒しながら彼女のほうへ歩み寄っていく。
 僕は意識的にホロウへ近づき、彼女を守れるように身構える。

「こちらです」

 ユグドラムの案内で、扉の先を進む。
 扉の向こうはすぐ階段になっていた。
 地下へと続く階段を、一歩一歩音を響かせながら下っていく。
 そうして階段が終わり、もう一つの扉があった。
 扉を潜ると、最初に飛び込んできたのは壁画だ。

「この絵……」

 以前に同じような壁画を見たことがある。
 ドランゴ王国の周辺で見つけた壁画とよく似ている。
 あれは確か、蘇生魔法について描かれたものだったけど、今回の物は少し違う。

 多くの人々が魔法陣の中に描かれていて、両手を上にかざしている。
 絵画は天地が逆転していて、両手をかざす先には大地が、魔法陣の下には空が描かれていた。
 この絵が何を意味するのか気になった僕だけど、今は先に考えるべきことがある。
 目の前にいる精霊、ユグドラムとの邂逅。
 これが歴史的に、どういう意味を持つのか……

「お座りください」

 彼女は石で出来た椅子に僕らを誘う。
 僕らは横に並んで座り、ユグドラムは石の机を隔てた反対側の椅子へ座る。
 それから僕らに、こう尋ねてくる。

「あなた方のお名前を教えていただけませんか?」

「ウィリアムです」

「ユノじゃ」

「ホロウ……です」

 僕らは順番に答えた。
 ホロウはちょっぴり怯えているように見える。
 そういえば、彼女は精霊に合ったことがなかったはずだ。
 未知との遭遇に対して、僕ら以上に警戒しているらしい。

「で、話とは何じゃ? そもそも、そちらはどこまで知っておる?」

 ユノが先に質問した。
 ユグドラムは、僕から順に表情を確認して、それから答える。

「私が見たのは、あなた方が来られるということだけです。ですが……」

 ユグドラムはホロウを見つめた。

「あなた方が異質な存在であることは、先ほどお会いした際にわかりました。特にあなたの魔力は、私の知るものではありません」

 精霊の目は誤魔化せない。
 そう悟ったときには、もう手遅れだった。
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