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時間旅行編

172.ひなまつり

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 記されていた巫女の伝承は、少し切なくて、読んでいてしんみりする内容だった。
 僕はページを閉じる。
 それを見て、スメラギが話し始める。

「その本に出てくる巫女様が、私やヒナタのご先祖様と言われています。だから私たちの一族は、代々この大樹を治めてきました」

「あっ、もしかして未来視の力もそうなんですか?」

「いいえ、未来視の力は別です。一説によると、巫女と交わった男性が持っていた力だと言われています」

「へぇ~」

 その男性とやらに少し興味がわいた。
 だけど今は、お願いのほうを早く知りたいな。
 僕はスメラギに視線を送る。
 スメラギは察して、話を先に進めだす。

「伝承に記されている大災害は四月に起きたものです」

「ちょうど今くらいの時期ですね」

 伝承の中には、春の訪れと共に……と書かれている一文があった。
 この領地は別だけど、一般に春の始まりは三月から四月だ。
 時期的には今が当てはまる。

「はい。そこで私たちは、巫女様の伝承を広め残すため、毎年この時期に催し物を開いております」

 スメラギが言う催し物の内容はこうだった。
 生き雛と呼ばれる巫女役と、巫女を守る守護者役を一人決め、他数名の取り巻きと一緒に大樹をぐるりと一周する。
 ちょうど伝承の中で、病を沈めるため国中を回った巫女のように。
 大樹の下層から最上部まで歩き、最終的にはこの建物がゴールになる。
 そしてたどり着いたら、巫女役が太陽に捧げる舞を披露して、大樹に暮らすものの健康を祈る。

「昨年まで、生き雛は私が担当していました。ですが今年からは、ヒナタにお願いしようと思ってます」

 生き雛役を務めるのは、末裔であるスメラギの一族。
 これまではヒナタが不在だったため、ずっとスメラギが務めていたらしい。
 ヒナタに目を向けると、ニコニコ楽しそうにしながらこっちを見ていた。
 何となく話が見えてきたぞ。
 たぶん僕に頼みたいのは――

「ウィリアム様には、守護者の役をお願いしたいのです」

 やっぱりかと思った。
 スメラギが説明を続ける。

「毎年守護者役は、警備をしてくださっている男性陣から、一人選ばせていただいておりました。今年もそのつもりだったのですが、この子がどうしてもウィリアム様がいいと」

 スメラギは申し訳なさそうに言いながら、隣に座るヒナタに目を向ける。
 反対にヒナタは嬉しそうに語る。

「えへへっ、だって守ってもらうなら、ウィルが良いって思ったんだもん」

 ヒナタは無邪気にそう言った。
 僕はスメラギと目を合わせる。

「えっと、守護者役は何をすればいいんです? 一緒に歩いて回ればいいんですか?」

「はい。基本的にはそうです。舞を舞うのも生き雛の役割ですので」

「なるほど、わかりました」

「引き受けていただけますか?」

「それは最初に答えましたよ? 喜んでお受けします」

「やったー!」

 僕が答えると、ヒナタが両手をあげて喜んだ。
 スメラギはほっとした様子で微笑んでいる。
 楽しそうな催しだし、断る理由はないよね。
 強いて言うなら、一つだけ提案したいことが出来た。

「スメラギさん、生き雛が歩くルートって決まってるんですか?」

「はい、毎年同じ道を行きます」

「それって大樹の中だけですよね?」

「そうですが」

「せっかくなので、街中を回ったり出来ませんか? 例えば僕の屋敷をスタートにして、各エリアを周り、最終的にここへたどり着くみたいな」

「それ面白そう! 私もやってみたいよ!」

 先にヒナタが反応した。
 スメラギは数秒考えて、不安要素を口にする。

「この催しは、日が出ているうちに行います。一日で周りきれるでしょうか?」

 元々の予定では、朝の十時から開始して、太陽が一番高く上がる二時ごろに最上部へ到着。
 そこから三十分かけて、巫女が舞を披露するという感じらしい。

「う~ん、ルート次第だと思いますね。あとは開始を早朝にすれば、ギリギリいけると思います」

「そうですか。ウィリアム様がそうおっしゃるのであれば、やってみる価値はあると思います」

「じゃあ決まりですね。日取りはいつ頃にしますか?」

「予定は四月三十日です。それまで準備を進めます。特に巫女の舞は重要ですので、ヒナタには毎日しっかり稽古をつけます」

「う……が、頑張るよ」

 ヒナタはちょっと嫌そうだった。
 他の準備はスメラギさんのほうでやってくれるらしい。
 僕は現実的に回れるルートを決めることにした。
 ソラたちに伝えてから、街中にも宣伝ことにしよう。
 ちょうど来月には、この暑さともお別れする。
 最後に景気良く、楽しく祭りでも開ければ良いと思った。

「じゃあヒナタ、稽古頑張ってね」

「うん! 楽しみにしてて! あっでも、偶に励ましに来てほしいなぁ……」

「もちろん行くよ。応援しに」

「本当? 絶対だよ!」

「うん、約束する」

 そうして僕は、一人大樹をあとにした。
 帰り道、来月という言葉と祭りという言葉を頭に思い浮かべていたら、ふと別の催しを連想した。

「そういえば、王国の建国記念日もそろそろだっけ」

 毎年盛大に行われる祭り。
 たぶんもう、僕は見に行くこともないんだろうけどね。
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