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時間旅行編

169.迷子の子猫

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 ある日の午後。
 今日も訓練場では、警備部隊の皆が厳しい訓練に励んでいた。

「もう少しで休憩だ! 気合入れろよ!」

「「はい!」」

「お前もだぜ? イズチ」

「ああ、わかってるよ」

 警備部隊の隊長であるイズチが、訓練の中心に立って指示を出していた。
 ここでは、毎日午後三時に一時間の休憩を設けている。
 ぶっ通しでの訓練は疲労が溜まるだけで身にならない。
 より効率的な訓練をするためにと、警備部隊発足時にウィルとイズチで考えた方針だ。
 そして、休憩の時間に合わせて、屋敷からお菓子の差し入れがある。
 いつも交代で、屋敷のメイドの一人が届けに行っている。
 この日の担当は、最年少メイドのロトンだった。
 彼女はコロコロと給仕用のカートを引いて、訓練場へと向かっていた。

「よいしょ……あとちょっと」

 カートには山盛りにお菓子が積んである。
 ロトンはまだ十四歳で、身体が小さく力もない。
 自分と同じくらいの高さのカートを、せっせと慎重に運んでいる。
 そうして無事、訓練場までたどり着く。

「こ、こんにちは皆さん! お菓子の差し入れを持ってきました」

 ロトンがお腹から頑張って声を出すと、いち早くイズチが気付く。

「ん、時間か。各自休憩に入ってくれ!」

 イズチが指示をとばした。
 すると、隊員たちがロトンのところへゾロゾロ集まっていく。
 お菓子を手に取り、ありがとうと伝えて去っていく。
 ロトンはちょっぴりおどおどしながらも、頑張って配っていた。
 最後のほうに、イズチもやってくる。

「お、お疲れ様です! イズチ様」

「おう、お疲れ。俺も一つ貰うよ」

「あ、はい! どうぞ」

 イズチがお菓子を手に取る。
 それを食べながら、思い出したように口にする。

「いつもありがとう。助かっているよ」

「え、い、いえ! 皆さんが頑張ってくださっているので、少しでも力になれれば嬉しいです」

「ははっ、そっか。にしても、ロトンはすごいな。その年で色々任されてて、仕事もちゃんとやってるし」

「そ、そんなことありません。ボクなんかいつも失敗ばかりで、皆さんにご迷惑をかけていますので……」

「そうか? 俺には十分に見えるけどな。ウィルもよくやってくれてるって褒めてたし」

「ほ、本当ですか?」

 ウィルの名前を出すと、ロトンは嬉しそうに尻尾を振り出した。
 それに気付いたイズチは、微笑ましさを感じながら笑う。

「ロトンも、ウィルのことが大好きなんだな」

「は、はい!」

「はははっ、やっぱりすごいなあいつは」
  
 その後、ウィルのことで話が盛り上がる。
 時計を見ると、休憩時間が終わる手前になっていた。

「あ、あの、ボクそろそろ戻ります」

「ああ、もうそんな時間か。引き止めてわるかったな」

「い、いえ! お話出来て楽しかったです。それに……」

「ん?」

「な、何でもありません! では失礼します」

「おう、気をつけて帰れよ」

 そうして屋敷へ帰ろうとしたときだった。
 ふと、道の横で何かが鳴く声が聞こえてくる。

「今の声……猫?」

「みたいな声だったな」

 視線を向けると、雑草が生えた道端に、白と黒のハチワレ猫が転がっていた。
 ロトンはカートを置いて駆け寄る。
 転がっていたのは子猫で、酷く衰弱している様子だった。

「かなり弱っているな」

「ど、どうしよう……」

「ここじゃ治療できない。屋敷へ連れ帰ったらどうだ? ウィルなら相談にのってくれるだろ」

「そ、そうですね! わかりました!」

 ロトンは子猫を抱きかかえた。
 そのまま大急ぎで屋敷に戻っていく。
 彼女の後ろ姿を見送りながら、イズチはあることを思い出す。

「そういえば、ウィルのやつ今……」

 イズチは呟きながら、しまったという表情をした。
 屋敷に戻ったロトンは医務室へ直行した。
 道中にサトラとすれ違い、彼女に事情を説明する。

「ウィル様に伝えてくるわ。先に医務室に行っていて」

「は、はい!」

 ロトンは医務室へ向かい、サトラがウィルに伝えに向かう。
 医務室に着いたロトンは、子猫を人用の大きなベッドに寝かせた。
 何日も食べていないのか、お腹の部分がおおきく凹んでいるように見える。
 五分くらいして、サトラがウィルをつれてきた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 サトラから事情を聞いた僕は、急いで医務室に向かった。
 到着すると、小さな猫がベッドに寝かされていた。
 隣には不安そうに付き添うロトンの姿もある。

「ウィル様!」

「待たせてごめんね。この子がそうなのかい?」

「は、はい! 訓練場の近くに倒れていて……」

「迷い猫かな? いや、今はそれより治療が先だね。万能薬と、あと点滴も一緒に用意してほしい」

「わかりました!」

 子猫は衰弱していたけど、大きな外傷はなく綺麗な状態だった。
 万能薬を使い、栄養を点滴で入れるとみるみるうちに回復していった。
 二日後の昼には、一人で立てるほどに。
 人懐っこくて、特に見つけたロトンには懐いている。
 彼女が抱きかかえると、甘い声で鳴きながらスヤスヤ眠るようだ。

「順調に回復しているみたいだね」

「はい。ご飯も食べれるようになったんです」

「なら良かったよ」

「はい! あの……ウィル様、この子の親は、どこかにいるんでしょうか?」

「ん? まぁいるんじゃないかな? 迷い猫みたいだし」

「で、でしたら探してあげたいです!」

 ロトンは子猫を抱きかかえながら、勇気を振り絞るように言った。
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