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時間旅行編

168.良い鬼

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「今日から一晩中、オレが一緒にいてやるよ。そんで悪い鬼が出たらぶっとばしてやる。そうすりゃ万事解決だろ?」

「本当?」

「おう! 男に二言はねぇよ。ウィルもそれでいいか?」

「トウヤとニーナがいいなら、僕もそれで構わないけど……」

「んじゃ決まりだな。ほれ、お前らはさっさと仕事に戻れ」

「う、うん。ありがとう、トウヤ」

 部屋から出ようとする僕らに、トウヤは手を振っている。
 トウヤなりに気を使ってくれたのだろうか。
 一先ず僕らは、それぞれの持ち場に戻っていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ウィルたちが去ったあと、二人きりになったトウヤとニーナ。
 ニーナはベッドで包まったままだ。
 トウヤはベッドの横に腰掛ける。

「さて、そんじゃのんびりしてようぜ」

「うん……」

「いつまでもしけた面してんなよ。オレがいるんだから、もうちっとシャキッとしやがれ」

「うぅ~ そんなこと言われてもぉ……」

「ったく仕方ねぇな~」

 トウヤはポリポリと頭をかいていた。
 そうして、ふと思い出したかのように話し出す。

「リンがお前にした話なんだけどな。あれ半分実話らしいんだわ」

「えっ……半分?」

「ああ、ウィルから聞いてるだろうけど、オレたち鬼族には狂化っつう力がある。そいつは強力だが理性を失っちまうんだ。話に出てきた鬼は、そういう状態だったんだよ」

 正しい話では、追放された鬼が村々を襲ったところまでは本当らしい。
 ただ鬼の仲間が全滅したというのは、事実と異なっている。
 追放された鬼が村を襲い始めた頃、鬼族の村にもその噂が流れてきた。
 かつての仲間が狂化し、理性を失ったことを悟った鬼たちは、数人で集まり村へ向かった。
 そして、狂化した仲間と遭遇する。
 罪人とはいえ、狂化してしまったことに同情した彼らは、何とか治めようとした。
 しかし、努力虚しく怪我人が出てしまう。
 もはやこれまでと悟り、仲間の一人が狂化した鬼の首をはねた。

「狂化しちまったらどうしようもねぇんだ。仲間を殺すかもしれねぇし、仲間を殺さないといけなくなるかもしれねぇ。そういうことにならねぇように、理性を強く持てってことを教える話なんだよ」

「や、やっぱり怖いよぉ……」

「はははっ、かもな! だけど多少は見え方が変わってくるだろ?」

「そうかなぁ……でも、じゃあ何でリンちゃんの話は違ったの?」

「あれか? どっからか知らねぇけど、怪談話になってたみたいだぜ? どっかの馬鹿が怖くアレンジして、現代に伝わったって言ってたな」

「誰だよそれぇ~ 絶対見つけたら噛み付いてやるぅ」

「とっくにおっちんでんだろ? つーか噛み付く元気があるなら、外にでも行こうぜ? 俺も一緒に行ってやるから」

「うん……そうする」

 その日は二人で、街中を適当にぶらぶら歩きまわった。
 ニーナが手を繋いでほしいとお願いしたらしく、歩いている間はずっと手を繋いでいた。
 見かけた人たちにからかわれながら過ごし、夜になる。
 二人はニーナの部屋に戻っていた。

「ちっとは落ち着いたか?」

「うん……でもやっぱり怖い」

 そう言いながら、ニーナは窓の外を眺めた。
 昼間は晴れていたのに、日が落ちる頃には曇っていて、雨が降ってきそうだった。
 そうして夕食も済んで、皆が寝静まる時間帯になると、外は大雨に見舞われていた。 

 ゴロゴロゴロ――

 雷鳴が響いてくる。
 昨晩のことを思い出し、ニーナはベッドで震えていた。

「ぅ……怖い」

「泣くなよ。まだ何も出てねぇんだから」

 トウヤはベッドに座って慰めていた。
 雨は次第に激しさを増し、雷の音が近づいていることがわかる。
 日を跨ぎ、雷雲が街の上までかかった頃、そいつは現れた。
 
 雷鳴と共に、一瞬の光が部屋の窓から差し込む。
 その瞬間、血まみれで真っ赤になった鬼が、扉の前に立っていた。

「ひっ、あ、あれだよ! 昨日の鬼!」

「マジか、本当に出やがった」

 姿かたちはまさしく鬼だった。
 赤い瞳と、口から垂流されているよだれ。
 理性を失って、狂っている鬼の姿である。
 狂った鬼は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「ウゥ……」

「いや……来ないで。怖い、怖いよぉ」

 ニーナは怖がり、ベッドが揺れるほど震えてしまっている。
 瞳からは大粒の涙が零れ落ちている。
 そんな彼女に、トウヤはやさしく頭を撫でた。

「大丈夫だ。安心しろよ」

「っ……トウヤ?」

「ここに良い鬼がいるんだぜ。言っただろう? オレがぶっとばしてやるってな!」

 狂った鬼が床を強く蹴って迫る。
 トウヤもベッドから立ち上がり、狂った鬼の拳を受け止める。
 掴んだ拳をいなし、露になった腹に一発叩き込む。
 さらに胸、顔にも一発、怒りを込めた拳を叩き込んだ。
 すると狂った鬼は、青い砂になって消えてしまった。

「何だ? 大して強くもねぇし、消えやがったぞ?」

 ふと、足元に目を向けると、小さな虫が転がっていることに気付く。
 トウヤは拾っても持ち上げる。
 まじまじと見てが、知らない虫だった。
 後日調べてわかったことだが、この虫はベイブという魔物の一種らしい。
 ベイブは人の恐怖感情を好み、狙った獲物の恐怖心を煽る姿に変身する能力がある。
 本来はこちらの大陸に生息していない。
 おそらくは、ベルゼが服にでもつけて連れて来てしまったのだろう。

「まっ、いいや。とりあえずこれで一見落ちゃ――うおっと!」

 振り返ったトウヤに、ニーナが勢いよく抱きついた。

「ど、どうしたよ?」

「ありがとうぉー……本当に、本当にありがとうトウヤぁ……。あたし怖くて、もう……」

 泣き崩れながら、ニーナはトウヤに感謝を伝えた。
 トウヤは小さく笑い、ニーナの頭を撫でながら言う。

「どういたしまして」

 こうして、鬼退治の夜は明ける。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 翌日の朝。
 ニーナが元気よく部屋から出てきた。

「おはようトウヤ! ウィル様も!」

「おう」

「もう大丈夫そうだね」

「うん! トウヤのお陰だよ! えへへ~」

「何だよその笑いわ」

「ううん、なんでもない! じゃあお仕事行ってきます!」

「うん、いってらっしゃい」

 ニーナは手を振って去っていった。
 彼女を見送った後で、僕はトウヤにお礼を言う。

「トウヤ、ありがとね」

「別に構わねぇよ。大したことしてねぇし」

「そんなことないよ。でも、何だか意外だったかな」

「そうか? まぁなんつーか、あいつ見てると思い出すんだよ。小さい頃のリンを」

「へぇ~ 似ていたのかい?」

「どうだろうな? 同じ話をしてやったら、あいつ見てーに怖がってたのは確かだ。それに、鬼が怖いもんんだって思い込んでほしくなかったからなぁ」

 感慨にふけるようにトウヤが言った。

「そこはもう大丈夫そうだね」

 ニーナの表情を見れば一目瞭然だ。
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