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時間旅行編

158.行き倒れ

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 時が進み、三月下旬。
 街の復興作業は順当に進み、ほとんどが元通りになった。
 平穏なひと時を取り戻し、街の皆からは笑顔がこぼれる様になった。
 その様子を、僕は執務室の窓から眺めている。

「ようやく戻ったかな」

 巨人の襲撃で壊れた建物は、ギランと皆の頑張りで元通り。
 むしろ、元よりも立派になったと喜んでいる者もいた。
 僕は椅子に腰を下ろして、ため息に近い息を吐く。

 ここ最近、ずっと忙しい毎日が続いていた。
 それがようやく一段落着いて、少し力が抜けてしまったかな。
 
 トントントン。
 
 執務室の扉を叩く音が聞こえてきた。

「どうぞ」

「失礼します」

 空ける前に声で誰かわかった。
 執務室にやってきたのは、エルフ族のシーナだ。

「ウィル様、少しだけお時間よろしいですか? 実はご相談したいことがありまして」

「うん、いいよ。どうしたの?」

「森の家に戻りたいんです。あそこの倉庫に、忘れ物をしていることを思い出したので」

「そうなの? 森ならユノの扉を繋いであるし、彼女にお願いすればすぐだと思うけど。一人で大丈夫かい?」

「はい。忘れ物をとって戻るだけですから」

「わかった。じゃあユノに頼んでおくよ」

「ありがとうございます」

「うん。ちなみに忘れ物って何だったの?」

「燻製器です。ソラさんがほしいと言っていて、森で使っていたものを思い出したんです」

「なるほどね。じゃあ待ってて」

 その後すぐに、ユノに頼んで扉をつなげて貰った。
 エルフの森、旧居住区には二度も行っているし、直接行けるようになっている。
 おそらく危険はないだろうけど、一応気をつけるように伝えた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 扉を潜ったシーナ。
 彼女が向かったのは、村の奥にある倉庫だ。
 古い鍵がかけられていて、本来は長の許可がなければ開けられない。
 今日は予め鍵を貰っている。
 燻製器を見つけ、街にもって帰ればそれで終わる。

「ん? 何だろう……」

 倉庫へ向かう途中。
 ふと、シーナは一軒の家の扉が不自然に開いていることに気付いた。
 ウィルの街へ来る前、すべての家は戸締りをきちんとしたはずだ。
 それが不自然に空いていて、さらに足元には人の足跡もある。
 シーナは恐る恐る家の中を覗き込んだ。

「誰かいるの?」

 返事はない。
 やはり誰もいなかったのか。
 そう彼女が思ったとき、がさっと何かが動く音がした。
 慌てて振り向くと、地面に人が横たわっているのを発見する。

「だ、大丈夫ですか?」

 シーナはすぐに駆け寄った。
 倒れていたのは人間の男性のようだ。
 茶色い髪に、めがねをしている。

「うぅ……」

 息はあるようだ。
 しかし非常に衰弱している。

「ど、どうしよう……」

 見知らぬ人間に戸惑うシーナ。
 このまま放置は出来ないと、彼女は男性を抱えた。
 男性は半分意識を失っていて、彼女にもたれかかるようにぐったりしている。
 その所為で余計に重いだろうが、シーナは頑張って家から運び出し、扉を潜った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 僕は一人、玄関のシーナの帰りを待っていた。
 忘れ物をとりに戻っただけだし、危険はないと自分で言いつつ、やっぱり心配だった。
 十分以内に戻らなかったら、念のために自分も行こうと思っていたくらいだ。

「十分……そろそろ戻ってくるかな?」

 心配になって扉に手を伸ばそうとした。
 すると、触れる前にガチャっと音がして、扉が開いた。

「ウィル様!」

「おかえりシーナ――どうしたの!?」

「この方が村に倒れていて」

 シーナが抱えてきた人間の男性に、僕はとても驚いた。
 驚いたけど、男性が昏睡状態だと気付き、急いで頭を回す。

「医務室に連れて行こう! 僕が代わるよ!」

「お、お願いします」

 僕は男性を担ぎなおし、シーナと一緒に屋敷の医務室へ向かった。
 男性をベッドで寝かし、全身状態を確認する。
 服はボロボロになっているけど、幸いなことに大きな怪我はないようだ。
 皮膚に擦り傷がある程度しか見つからない。
 ただ顔色がとても悪い。
 見るからに真っ青だ。
 体温を測ってみたが、明らかに低かった。

「シーナ、万能薬をとってもらえるかな?」

「はい!」

 棚には薬品がずらっと並んでいる。
 そこから雪山で取れた万能薬を取り出し、男性の口に流し込む。
 この万能薬なら、衰弱しきった身体にも効果がある。

「あとは身体を温めよう。出来るだけたくさん布団を持ってきて、あとは栄養も流し込まないと」

「ソラさんを呼んできます! ソラさんのほうが私より詳しいです!」

「うん、お願い」

 シーナがソラを呼んできて、三人がかりで手当てをする。
 三十分くらいかけて、男性の状態は何とか落ち着いた。
 顔色も徐々に戻ってきている。
 このまま安静にしていれば、いずれ目を覚ますだろう。
 男性が眠っている間に、僕とシーナはエルフの森へ向かった。

「ここです。ここに倒れていました」

「荒らされた痕跡はなさそうだね」

 家の中は比較的綺麗だった。
 盗みに入ったわけではなさそうだ。

「魔物に教われて逃げ込んだのでしょうか?」

「かもしれないね」

 状況を確認した僕らは街へ戻った。
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