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魔界編(本編)
185.他心侵入
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グラエルの悲鳴が木霊して、そのが合図になってアリスの世界は消えた。
倒れこんだ彼は、まだ辛うじて息はしているようだ。
「はぁ……っ……はぁ……」
勝利したアリスも膝をついた。
汗を流し呼吸は乱れてしまっていた。
魔道書によって構築された空間は、維持するために莫大な魔力を必要とする。
無限の魔力をもつ者でもない限り、そう長くは続けられない。
平均的な魔術師よりも魔力が多いアリスでも、保って数分といったところだった。
それでも――
「勝ちましたよ。レイ様」
彼女は勝利した。
自分を信じてくれた人の期待に応えることができた。
その喜びは、彼女の心を暖かく満たした。
「おぉ~ アリス殿のほうは、どうやら終わったようでありますなぁ」
彼女が死闘を繰り広げていた頃、ムウも戦っていた。
相手はグラエルの兄グリムである。
彼も弟と同じくタルタロスに収容されていた悪魔で、その実力は本物なのだろう。
しかし――
「さて、こちらもそろそろ終わりそうでありますな」
「くっ……」
グリムは膝をついていた。
全身ボロボロの彼に対して、ムウは初代勇者の姿で平然と立っていた。
勘違いしないでほしいが、グリムという男は強い。
悪魔として高い魔法センスと身体能力を有しており、戦争が耐えなかった時代を生き抜いてきた紛れもない強者である。
ただし、ムウには及ばなかった。
正確には彼の変身した姿、かつての初代勇者の力には届かなかったのだ。
「まさか……これほどとは」
「本物の主殿は、この程度はないでありますよ」
「なるほど、理解したよ。正攻法で戦うのは愚作というわけか」
「心配しなくても、主殿と戦う機会なんて訪れないでありますよ」
「それはどうかな?」
グリムは不敵な笑みを浮かべた。
あの表情は――何かたくらんでいるでありますか?
その前にしとめるでありますよ!
ムウはその笑みを危険だと判断した。
間髪いれずに剣を振り抜き、グリムは躱すことなく斬撃を浴びた。
攻撃が当たる刹那の時間に、彼の瞳が紫色に光ったように見えたが、特に何も起こらず倒れこんだ。
グラエル同様致命傷ではない。
ムウは勝利したのだ。
「ふぅ、何かたくらんでいたようでありますが、これで――」
終わりだな。
「――!?」
ムウはグリムの声を聞いた。
驚いたムウは倒れているグリムを確認した。
その場に倒れこんだグリムはピクリとも動かない。
しかし聞こえたのは彼の声だった。
どういうことでありますか。
一体どこから声が……なっ、何でありますか!?
「う、動けないであります」
ムウは動きを封じられていた。
攻撃を受けた感覚はなかった。
気付けば全身がまったく動かせない。
瞬きすら自分の意思ではできなくなっていた。
「そちらも終わったのですね」
そこへ戦いを終えたアリスがやってきた。
動けないムウは彼女に背を向けたまま、近寄るなと警告しようと試みた。だが、すでに声すら出せなくなっており、無言のまま立ち尽くしていた。
「……」
「ムウ様?」
警告はできなかったが、ムウのこの様子を見れば、アリスも異常を察することはできるだろう。
だから安心……とはならなかった。
「アリス殿でありましたか。はい、何とか勝てたでありますよ」
ムウは振り返って返事をした。
さも当然のように、普段通りの彼の姿だった。
アリスは感じた違和感を気のせいだったと処理してしまった。
(違うのでありますアリス殿! 今の我輩は、本当の我輩ではないのであります! 油断したのでありますよ……まさか、我輩の身体をのっとるスキルを持っているなんて――)
グリムは【他心侵入】というスキルを有していた。
相手の精神に干渉し、意識と身体を乗っ取ってしまうスキル。
発動条件は一メートル以下の至近距離で、互いの眼を合わせることである。
スキル発動後、本体である身体無防備になってしまうが、一度乗っ取ってしまえば相手の意思では解除できない。
(気付いたところでもう遅い。このまま女を殺し、レイブという男も始末しよう)
グリムはムウとの戦闘の末、正面からレイブと戦っても勝ち目がないと悟った。
その時点で方針を変更、このスキルを使い、隙をつく作戦に切り替えた。
そしてムウは、彼の思惑にまんまと乗せられてしまったのだ。
(まずいでありますよ……このままじゃアリス殿と主殿が……。最悪他の皆様も殺されてしまうかもしれないであります)
ムウは強く焦りを感じていた。
しかしどれだけ焦ろうと声には出せず、汗すらかくことはできない。
アリスが自力で気付くしかなかいのだが、本物と異なっているのは意識のみ。
外見も雰囲気も一緒で、言葉使いも似せられれば、簡単には気付けない。
(アリス殿ー!)
(無駄だ。お前は見ていると良い。自分の手によって、仲間が殺されるさまを)
「ムウ様」
「なんでありますか?」
「いつまでその姿でいるのですか?」
「えっ……」
「普段の、猫の姿に戻られてはどうです?」
アリスは不意に質問した。
戦闘を終えた後から、ムウは初代勇者の姿のままだったのだ。
倒れこんだ彼は、まだ辛うじて息はしているようだ。
「はぁ……っ……はぁ……」
勝利したアリスも膝をついた。
汗を流し呼吸は乱れてしまっていた。
魔道書によって構築された空間は、維持するために莫大な魔力を必要とする。
無限の魔力をもつ者でもない限り、そう長くは続けられない。
平均的な魔術師よりも魔力が多いアリスでも、保って数分といったところだった。
それでも――
「勝ちましたよ。レイ様」
彼女は勝利した。
自分を信じてくれた人の期待に応えることができた。
その喜びは、彼女の心を暖かく満たした。
「おぉ~ アリス殿のほうは、どうやら終わったようでありますなぁ」
彼女が死闘を繰り広げていた頃、ムウも戦っていた。
相手はグラエルの兄グリムである。
彼も弟と同じくタルタロスに収容されていた悪魔で、その実力は本物なのだろう。
しかし――
「さて、こちらもそろそろ終わりそうでありますな」
「くっ……」
グリムは膝をついていた。
全身ボロボロの彼に対して、ムウは初代勇者の姿で平然と立っていた。
勘違いしないでほしいが、グリムという男は強い。
悪魔として高い魔法センスと身体能力を有しており、戦争が耐えなかった時代を生き抜いてきた紛れもない強者である。
ただし、ムウには及ばなかった。
正確には彼の変身した姿、かつての初代勇者の力には届かなかったのだ。
「まさか……これほどとは」
「本物の主殿は、この程度はないでありますよ」
「なるほど、理解したよ。正攻法で戦うのは愚作というわけか」
「心配しなくても、主殿と戦う機会なんて訪れないでありますよ」
「それはどうかな?」
グリムは不敵な笑みを浮かべた。
あの表情は――何かたくらんでいるでありますか?
その前にしとめるでありますよ!
ムウはその笑みを危険だと判断した。
間髪いれずに剣を振り抜き、グリムは躱すことなく斬撃を浴びた。
攻撃が当たる刹那の時間に、彼の瞳が紫色に光ったように見えたが、特に何も起こらず倒れこんだ。
グラエル同様致命傷ではない。
ムウは勝利したのだ。
「ふぅ、何かたくらんでいたようでありますが、これで――」
終わりだな。
「――!?」
ムウはグリムの声を聞いた。
驚いたムウは倒れているグリムを確認した。
その場に倒れこんだグリムはピクリとも動かない。
しかし聞こえたのは彼の声だった。
どういうことでありますか。
一体どこから声が……なっ、何でありますか!?
「う、動けないであります」
ムウは動きを封じられていた。
攻撃を受けた感覚はなかった。
気付けば全身がまったく動かせない。
瞬きすら自分の意思ではできなくなっていた。
「そちらも終わったのですね」
そこへ戦いを終えたアリスがやってきた。
動けないムウは彼女に背を向けたまま、近寄るなと警告しようと試みた。だが、すでに声すら出せなくなっており、無言のまま立ち尽くしていた。
「……」
「ムウ様?」
警告はできなかったが、ムウのこの様子を見れば、アリスも異常を察することはできるだろう。
だから安心……とはならなかった。
「アリス殿でありましたか。はい、何とか勝てたでありますよ」
ムウは振り返って返事をした。
さも当然のように、普段通りの彼の姿だった。
アリスは感じた違和感を気のせいだったと処理してしまった。
(違うのでありますアリス殿! 今の我輩は、本当の我輩ではないのであります! 油断したのでありますよ……まさか、我輩の身体をのっとるスキルを持っているなんて――)
グリムは【他心侵入】というスキルを有していた。
相手の精神に干渉し、意識と身体を乗っ取ってしまうスキル。
発動条件は一メートル以下の至近距離で、互いの眼を合わせることである。
スキル発動後、本体である身体無防備になってしまうが、一度乗っ取ってしまえば相手の意思では解除できない。
(気付いたところでもう遅い。このまま女を殺し、レイブという男も始末しよう)
グリムはムウとの戦闘の末、正面からレイブと戦っても勝ち目がないと悟った。
その時点で方針を変更、このスキルを使い、隙をつく作戦に切り替えた。
そしてムウは、彼の思惑にまんまと乗せられてしまったのだ。
(まずいでありますよ……このままじゃアリス殿と主殿が……。最悪他の皆様も殺されてしまうかもしれないであります)
ムウは強く焦りを感じていた。
しかしどれだけ焦ろうと声には出せず、汗すらかくことはできない。
アリスが自力で気付くしかなかいのだが、本物と異なっているのは意識のみ。
外見も雰囲気も一緒で、言葉使いも似せられれば、簡単には気付けない。
(アリス殿ー!)
(無駄だ。お前は見ていると良い。自分の手によって、仲間が殺されるさまを)
「ムウ様」
「なんでありますか?」
「いつまでその姿でいるのですか?」
「えっ……」
「普段の、猫の姿に戻られてはどうです?」
アリスは不意に質問した。
戦闘を終えた後から、ムウは初代勇者の姿のままだったのだ。
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アイスは草wwww
草刈り取りにいきます
なかなか過激な感想ですね。
僻みや悪態は劣等感からくるものです。
きっと羨ましかったんでしょうねぇ。
27話、「あそこには『百0年以上』」
正解が分かりません( ̄ー ̄)
誤字報告感謝します。
ただ申し訳ありません。
42話までは一巻発売と同時にレンタル移行されるため、修正しない場合があります。
それ以降の改稿も全然終わってなくて……
本当に面目ない。
教えていただいたこの二点は修正しておきました。