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魔界編(本編)
170.アリス・フォートランド⑤
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日記を最後まで目を通した俺は、そっと閉じて机に置いた。両目を閉じて見た情報を整理する。そして両目を開けて整理した情報を言葉にする。
「つまり、この男が黒魔法の原点を生み出したのか。一族全員を犠牲にして、自分だけが生き残って……」
「そんな……」
隣に立つアリスが声と身体を震わせている。日記の最後には記された何は、フォートランドという文字が混ざっていた。アリスはエリサが言っていた同胞という言葉を思い出し、罪悪感のような感情を抱いていた。
「アリス」
「大丈夫です」
そう言いながらも、アリスは落ち込んでいるようだった。俺はアリスの肩にぽんと手を置いて、彼女を励ました。
「これは過去の話だ。今のお前には関係ない」
「はい」
「そもそもこの話が事実なら、末裔なんて存在しないはずだ。一族は全員トーラス以外死んだんだろ? トーラス自身も人ではなくなった。人では無いものから、人は生まれない」
「確かにそうですね……」
「おそらく、まだ謎があるんだ」
アリスが部屋を見渡した。出入り口は入ってきた一箇所しかなく、これ以上先へは進めない。
「レイ様」
「道ならあるよ」
俺は壁に近づいて、石レンガの一つを押し込んだ。そこがスイッチになっていて、押し込んだ石レンガ周囲のレンガも押し込まれていく。最終的には長方形の穴が出来上がった。
「隠し通路ってやつだ」
「いつ気が付いたのですか?」
「千里眼でここを見つけたとき、壁の先が透けて見えたんだ。昔ダンジョン探索へ行ったとき、同じような仕掛けがあってさ。それでわかったんだよ」
「さすが主殿でありますな!」
俺が先導して、見つけた通路を進んでいく。トラップの類は仕掛けられていない。一本道をひたすら真っ直ぐ進んでいく中、アリスが話を始める。
「そういえば、入り口にあった壁画ですが」
「あーあれね」
「儀式ではなく、トーラスが魔法を発動させている絵だったのですね」
天使のように描かれていたのが、魔法によって変質したトーラス。下に描かれたたくさんの人々は、魔法発動のための生贄だった。
あの壁画は、一体誰が描いたものなのだろう。
トーラスが魔法を発動した瞬間を知る者は、トーラス本人だけしか残っていないはずだ。まさか生き残りがいたのか?
そもそもこの遺跡は、トーラスが造ったものじゃないのか?
「わからないことの方が多いな」
俺はぼそりと愚痴をこぼしながら先に進んだ。やがて開けた場所に到着する。天井は低く横広の空間に、石で出来た棺のようなものが並べられていた。
「これはなんでありますか?」
「全部誰かの墓だな」
「この数……もしかして生贄になった方々の」
「さぁな」
歩きながら周囲を観察していると、棺の一つが半分だけ空いていることに気付いた。警戒しつつ中を覗き込むと――
「空っぽ」
アリスとムウが近寄ってくる。アリスも恐る恐る中を確認した。ムウも棺のふちにぴょんと飛び乗って中を覗き込む。
「本当でありますな」
「……他も確かめてみるか」
俺の予想が正しければ、棺は全部空っぽだ。俺は棺の蓋を、中が見える程度ずつずらしていく。次々に除いていくが、予想通り中は空っぽだった。そして、最後の一つを開ける。
「ん、何かあるぞ」
最後の棺にも遺体は入っていなかった。しかしよく目を凝らすと、奥にメモ帳のような本を見つけた。拾い上げて表紙をめくると、一ページ目に名前が記されていた。
「エバン・フォートランド……トーラスじゃない。この名前は女性か」
この本はエバンという女性の日記だった。次のページをめくると――
「トーラスは大罪を犯してしまった。私は彼を止めることができなかった。その所為で、多くの同胞が死んでしまった……」
記されていたのは、トーラスと同じ一族の誰かの後悔の念だった。どうやら一族の中に、彼の研究に最後まで関わっていなかった者がいたようだ。
日記にはさらにこうつづられている。
彼の生み出した魔法、あれはとても危険な力だ。彼はその力で、人であることを止めてしまった。このまま彼を放っておくことはできない。同じ一族の者として、今度こそ彼を止めなくては……。
日記を途中まで目を通して、俺はアリスにこう伝えた。
「アリス、お前の先祖はトーラスじゃなくて、この日記を書いた人だよ」
「そう……みたいですね」
アリスは少しだけほっとしたように表情を和らげた。
さらに日記をめくると、重要なことが記されていた。
「彼に対抗するために、新しい魔道書を作った。自分の魂を……具現化する魔法!?」
俺は思わず声を大きくした。魂を変質する黒魔法とは別の、全く新しい魔法の存在を知った瞬間だった。
すぐに日記を見つけた棺の中を探した。しかし残念ながら魔道書らしきものは無い。理由は次のページに記されていた。
魔道書のことが彼に知られてしまった。彼はいずれここにやってくる。子供は安全な場所へ避難させた。早く迎え撃つ準備をしなくては。
日記はそのページを最後に、後は白紙が続いていた。
「勝てなかったのでしょうか」
「だろうな。じゃあこの棺は全部、トーラスに殺された人達なんだろう」
一族の罪を裁くため、トーラスに挑んだ彼女達は、無残にも殺されてしまったのだ。しかし子供達は逃げ延び、こうしてアリスの代まで繋がっていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
4月から仕事が忙しくなるので、更新が若干不定期になります。
また落ち着き次第、通常の更新ペースに戻します。
「つまり、この男が黒魔法の原点を生み出したのか。一族全員を犠牲にして、自分だけが生き残って……」
「そんな……」
隣に立つアリスが声と身体を震わせている。日記の最後には記された何は、フォートランドという文字が混ざっていた。アリスはエリサが言っていた同胞という言葉を思い出し、罪悪感のような感情を抱いていた。
「アリス」
「大丈夫です」
そう言いながらも、アリスは落ち込んでいるようだった。俺はアリスの肩にぽんと手を置いて、彼女を励ました。
「これは過去の話だ。今のお前には関係ない」
「はい」
「そもそもこの話が事実なら、末裔なんて存在しないはずだ。一族は全員トーラス以外死んだんだろ? トーラス自身も人ではなくなった。人では無いものから、人は生まれない」
「確かにそうですね……」
「おそらく、まだ謎があるんだ」
アリスが部屋を見渡した。出入り口は入ってきた一箇所しかなく、これ以上先へは進めない。
「レイ様」
「道ならあるよ」
俺は壁に近づいて、石レンガの一つを押し込んだ。そこがスイッチになっていて、押し込んだ石レンガ周囲のレンガも押し込まれていく。最終的には長方形の穴が出来上がった。
「隠し通路ってやつだ」
「いつ気が付いたのですか?」
「千里眼でここを見つけたとき、壁の先が透けて見えたんだ。昔ダンジョン探索へ行ったとき、同じような仕掛けがあってさ。それでわかったんだよ」
「さすが主殿でありますな!」
俺が先導して、見つけた通路を進んでいく。トラップの類は仕掛けられていない。一本道をひたすら真っ直ぐ進んでいく中、アリスが話を始める。
「そういえば、入り口にあった壁画ですが」
「あーあれね」
「儀式ではなく、トーラスが魔法を発動させている絵だったのですね」
天使のように描かれていたのが、魔法によって変質したトーラス。下に描かれたたくさんの人々は、魔法発動のための生贄だった。
あの壁画は、一体誰が描いたものなのだろう。
トーラスが魔法を発動した瞬間を知る者は、トーラス本人だけしか残っていないはずだ。まさか生き残りがいたのか?
そもそもこの遺跡は、トーラスが造ったものじゃないのか?
「わからないことの方が多いな」
俺はぼそりと愚痴をこぼしながら先に進んだ。やがて開けた場所に到着する。天井は低く横広の空間に、石で出来た棺のようなものが並べられていた。
「これはなんでありますか?」
「全部誰かの墓だな」
「この数……もしかして生贄になった方々の」
「さぁな」
歩きながら周囲を観察していると、棺の一つが半分だけ空いていることに気付いた。警戒しつつ中を覗き込むと――
「空っぽ」
アリスとムウが近寄ってくる。アリスも恐る恐る中を確認した。ムウも棺のふちにぴょんと飛び乗って中を覗き込む。
「本当でありますな」
「……他も確かめてみるか」
俺の予想が正しければ、棺は全部空っぽだ。俺は棺の蓋を、中が見える程度ずつずらしていく。次々に除いていくが、予想通り中は空っぽだった。そして、最後の一つを開ける。
「ん、何かあるぞ」
最後の棺にも遺体は入っていなかった。しかしよく目を凝らすと、奥にメモ帳のような本を見つけた。拾い上げて表紙をめくると、一ページ目に名前が記されていた。
「エバン・フォートランド……トーラスじゃない。この名前は女性か」
この本はエバンという女性の日記だった。次のページをめくると――
「トーラスは大罪を犯してしまった。私は彼を止めることができなかった。その所為で、多くの同胞が死んでしまった……」
記されていたのは、トーラスと同じ一族の誰かの後悔の念だった。どうやら一族の中に、彼の研究に最後まで関わっていなかった者がいたようだ。
日記にはさらにこうつづられている。
彼の生み出した魔法、あれはとても危険な力だ。彼はその力で、人であることを止めてしまった。このまま彼を放っておくことはできない。同じ一族の者として、今度こそ彼を止めなくては……。
日記を途中まで目を通して、俺はアリスにこう伝えた。
「アリス、お前の先祖はトーラスじゃなくて、この日記を書いた人だよ」
「そう……みたいですね」
アリスは少しだけほっとしたように表情を和らげた。
さらに日記をめくると、重要なことが記されていた。
「彼に対抗するために、新しい魔道書を作った。自分の魂を……具現化する魔法!?」
俺は思わず声を大きくした。魂を変質する黒魔法とは別の、全く新しい魔法の存在を知った瞬間だった。
すぐに日記を見つけた棺の中を探した。しかし残念ながら魔道書らしきものは無い。理由は次のページに記されていた。
魔道書のことが彼に知られてしまった。彼はいずれここにやってくる。子供は安全な場所へ避難させた。早く迎え撃つ準備をしなくては。
日記はそのページを最後に、後は白紙が続いていた。
「勝てなかったのでしょうか」
「だろうな。じゃあこの棺は全部、トーラスに殺された人達なんだろう」
一族の罪を裁くため、トーラスに挑んだ彼女達は、無残にも殺されてしまったのだ。しかし子供達は逃げ延び、こうしてアリスの代まで繋がっていた。
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