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魔界編(本編)

166.見知らぬ面影

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 ゼロとの戦いにむけ、戦力を手に入れるため動き出した俺達は、それぞれの目的地へと出発した。獣人の国ガストニアへ向かう俺とアリス、それからムウは真っ直ぐ西へ進んでいく。彼らは現在、濃く暗い緑の葉をつけた木々が生い茂る中にいた。木々が揺れる音、吹き抜ける冷たい風、薄暗い視界……すべてが不気味さを感じさせる。
 隣を歩くアリスが言う。

「ご主人様、いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「ん、いいよ」

 俺は歩きながらアリスの質問に耳を傾けた。

「なぜ私なのですか」

「理由ね、そうだな。俺達が向かっているガストニアは獣人の国だ。獣人は他の種族に比べて、多種族に対する警戒心が強い」

「警戒心が強いというのは、見下しているという事でしょうか」

「いいや、単に人見知りなんだよ。だから大人数での接触は控えたい。加えて発言や仕草、行動にも注意する必要がある。一歩間違うと、そのまま戦争ってなりかねないからな」

「それほどなのですね」

「ああ、その分味方になれば信頼できる相手でもある。だから交渉は慎重に進めたい。アリスを選んだのは、あの中で一番冷静に、尚且つ的確に対応できると思ったからだ」

 アリス・フォートランド、彼女は幼い頃より、アストレア皇国のメイドとして暮らしてきた。当然目上の者と接する機会も、そういった者達が集まる場でも仕事をしている。それによって培われた対応力は、獣人達と接する上で有用である。
 相手を不快にさせず、信用のおける人物だと思わせる。場の空気を読み、相手の心情を察して行動することが大切なのだ。

「そういうわけだから、ガストニアに着いたら頼むぞ。俺も交渉とかってあんまり得意じゃないし」

「かりこまりました。ですがそれでしたら、リル様もご一緒にこられたほうが」

「あー、神眼か?」

 アリスはこくりと頷いた。

「確かに、あの眼があれば相手の心情なんて察する必要もない。ただ、獣人は勘が異常に鋭い。神眼を知らなくても、何かされたってことは察知されるかもしれない。そうなると弱効果だ。それに……」

「それに?」

「あのルートには、リルの力が一番必要なんだよ」

 そう言った俺を、アリスは不思議そうに見ていた。
 リルネット達はエルフ族が暮らす国フェアリールへ向かった。最大の目的はエルフとの接触だが、その道中にも立ち寄る場所がある。ルート上にある小国、そのうちの一つにリルネットの力が絶対に必要になる国がある。そのことをアリスに伝えた。

「そういうことでしたか」

「そうそう。だからリルはあっちのルート、俺達はこっちだ」

「理解しました」

 俺はアリスの顔をチラっと横目に見た。なるほど、言葉通り理解はしている。しかし納得はしてない、そういう顔をしていた。

「アリスの心配もわかるよ。でもリルだって成長してる。他のみんなも一緒だし大丈夫だと思うぞ」

 俺は彼女の不安を察したつもりで励ました。アリスはそんな俺をジーっ見つめて、長く細くため息をついた。

「ほんと、あなたは鈍い人ですね」

「え、なに、どういうこと?」

「なんでもありません」

 アリスは呆れた表情を見せた。俺は意味が分からずタジタジだった。そんな俺に、アリスは次の質問をしてくる。

「ヒポグリフは使われないのですか?」

「使わないよ。魔界の空域は、人間界よりも不安定で危険なんだ。出くわすと面倒な魔物がたくさんいるし、徒歩の方が確実で安全なんだよ」

「そうなのですね。ご主人様なら問題ないのかと思いましたが」

「そりゃあ、強行突破しようと思えば出来るよ。だけど余計な波風はたてたくないんだ。言ったろ、慎重に進むってさ」

 俺が持っている魔界の情報は古い。かつて支配した大地も、長い年月をかけて変化してしまっていた。予期せぬ事態に陥らないためにも、ここから先は慎重にことを進めたい。俺一人ならともかく、アリスを巻き込みたくないという気持ちもあった。一緒に来ている時点で、その心配は遅いとも思っている。

「そういえばムウ、さっきから全然しゃべらないけど大丈夫か?」

 気配がなく忘れてしまっているかもしれないが、ムウは俺達に同行している。今もアリスの横をてくてく歩いていた。

「大丈夫でありますよ!」

「だったらいいけど、なんで無言だったわけ」

「お二人の会話を邪魔しないためであります! 我輩空気を読んだのでありますよ!」

「へぇ~ 空気が読めるようになったのか」

 昔は不用意な発言とかしまくってたのにな。

「そうであります! 我輩も成長しているでありますよ!」

 ムウはえっへんと自分で言いながらドヤ顔をした。人間が同じことをやったら憎たらしいだけだけど、猫の姿でやられると可愛さしか感じない。

「ところで主殿、今はどちらに向かわれているのでありますか?」

「あー、もう少し進むと――!?」

 急に立ち止まった俺に、アリスとムウも合わせて止まった。俺は進行方向を睨みながら、二人に伝える。

「気をつけろアリス、ムウ。敵が来るぞ」

 俺の言葉に反応して、アリスとムウが警戒の姿勢をとった。そして、俺が睨む先に視線を向ける。木と木の間、薄暗く視界の悪い影から、人の形をした影が浮き出てくる。

「あら、もう気付くなんてさすがね」

「お前は――……」

 現れた女性に、俺達は目を奪われた。
 その容姿、声色がアリスによく似ていたから。
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