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魔王時代編

18.エレナの憂鬱

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 エレナは一人、とある遺跡を訪れていた。
 コケの生えた石レンガが、鳥居のような門を造っている。周りは森で覆われ、門の先には大きな湖があった。エレナは門を潜り、湖の前に立った。

「ここが最古の湖ね……」

 どうしてこんな場所に彼女が一人で訪れているのか。エレナもまた、ムウと同じようにおつかいを頼まれていたのだ。ベルフェオルが彼女に頼んだのは、世界中に散らばる魔剣の収集だった。

「頼めるか?」

「別に構わないわよ。でもそんなに必要かしら? ベル君はもう、最強の魔剣を持っているでしょう」

「いいや、ティルヴィングだけじゃ駄目なんだ。ただ、戦力アップだけが目的じゃないよ。全ての魔剣を集めることは、悪用を防ぐためでもある」

「悪用ねぇ。ベル君の願いは、世界から争いを無くすことだったわね」

 この時にはもう、ベルフェオルはすべてをエレナに語っていた。自分が勇者の転生者であること、かつての失敗を悔いていること。そして、二度目の転生でやり遂げたい夢を――
 エレナは細く長く息を漏らした。

「わかったわ」

「ありがとう」

 エレナは仕方が無いという表情で受け入れた。ベルフェオルもそれがわかって礼を口にした。
 そうして向かったのが、この湖である。ここには、水害を司る魔剣メルカルトが眠っているらしい。湖の水は、一切の濁りもなく透き通っていた。深さは五〇メートルはあるであろう底を、陸地からハッキリ確認することができる。

「……あれね」

 湖の奥底に、一本の大剣が突き刺さっていた。目視で確認したエレナは、潜るための準備を始める。

「【強化魔法:エアーフィード】」

 エアーフィードは、空気の無い場所でも呼吸を可能にする魔法である。効果はギムレット同様、魔力が続く限り持続する。
 エレナが勢いよく湖へ飛び込んだ。ゆっくりと沈むように魔剣の元へ向かっていく。一分ほどで水底にたどり着いた。魔剣にそっと手を伸ばす、あと少しで触れられる距離で、エレナはピタリと手を止めた。

 本当にこれでいいのかしら?

 エレナの頭の中には、そんな疑問が浮かんでいた。彼女は全て聞いている。ベルフェオルが目指している未来も、かける想いも知っている。そして彼が望んだ未来に、彼自身の未来がないことも理解している。

 このまま進めば、いずれ彼は死んでしまう。目的を遂げても、未来に彼は生きていない。そんな未来……

 エレナはずっと悩んでいた。成長を喜ばしく思いながらも、未来のない未来へ向かう彼を心配していた。本当は無理やりにでもとめたいと、何度も思っていた。それでも――

「そうね」

 エレナは魔剣に手を伸ばした。

「ワタシがベル君を信じなくてどうするの」

 彼女は自分に言い聞かせるように呟いた。きっとこの先も、彼女の憂鬱は続くのだろう。
 
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