一度目は勇者、二度目は魔王だった俺の、三度目の異世界転生

染井トリノ

文字の大きさ
上 下
110 / 132
魔界編(本編)

162.人類の可能性を信じて

しおりを挟む
「これは中々……まずい事になったわね」

 エレナは亀裂が消えた空を見上げながらそう呟いた。俺も同じように空を見上げ、そのまま視線を王都の街まで下げる。

「ああ」

 千里眼など使わなくてもわかる。今、王都の人たちは苦渋の表情を浮かべているだろう。きっと恐怖以上に困惑の感情に支配されているはずだ。これまで英雄の象徴だった片割れが、誰もが憧れる存在だった彼が残して言った言葉。

 ――僕が滅ぼす。君達人類をね。

 それが脳裏に張り付いて消えてくれない。自分達はどうすればいいのか、何を信じればいいのだろうか。そういう不安と疑問が込みあがっていき、王都の街中を支配している。

「王よ、これは早急に手を打ったほうがよろしいのでは」

「わかっておる」

 会議に参加していた大臣の一人が国王に言う。国王はそれに同意した。このまま放置すれば王都の人々の不安は膨れ上がるばかり。それどころか不安が人間界中に広がってしまうかもしれない。そうなる前に手を打つべきだと国王も感じていた。そんな彼が注目したのは俺の後姿だった。

「ベル君」

「ああ」

 王都の街を見下ろしていたエレナと俺は、後ろから向けられる国王の視線に気付いた。振り返り国王と目を合わせる。その視線が何を訴えているのか、もはや言葉を交わすまでも無く理解できた。

「レイブ君、すまないが……」

「ええ、大丈夫ですよ」

 そう言った俺を見つめながら、隣に立つエレナが問う。

「いいのね」

「いいさ。どの道アストレアで素性はバレたわけだし、何もしなくてもいずれは伝わるだろうからな。それにあんな宣言されて、俺が黙ってられるわけ無いだろ」

「そうね」

 エレナはクスリと小さく笑った。そして俺を見つめながら言葉で後押しする。

「なら、言ってらっしゃい」

「おう。言ってくるよ」

 至急応急では会見の準備を進めた。全国民、そして通信が届きうる全ての人間界に向けて、そのメッセージは送られた。

「敬愛する国民、そして全人類諸君。私はイルレオーネ王国、国王ユークリフ・イルレオーネである――」

 国王は王城から王都を見下ろせる場所に立ち、全人類に向けて言葉をなげかけている。目の前には魔道具が設置されており、この音声及び映像が人間界にある国や街へ流されている。

「先の宣言を受けて、皆も思うところはあるだろう。ただ、不安にかられて俯く前に聞いてほしい話があるのだ」

 国民は、人々は国王の言葉に耳を傾けた。

「と言っても話すのは私ではない。ここからは彼にこの場を譲ろう」

 国王が背を向け去っていく。それと入れ替わるようにして俺が人類の前に姿を見せた。灰色の髪に銀色の瞳、人々は俺を灰色の守護者と呼んだ。

「人間界に暮らす全ての人類達よ。俺の名はレイブ・アスタルテ――かつて魔王ベルフェオルだった男だ」

 俺は全人類に向けて宣言した。自分が三〇〇年前に魔界を先導し、勇者と共に世界の基盤を作った存在である事を。普通ならここで、歓喜の声や真偽を求める声があがるはずなのだが――

 誰一人声もあげない……か。まぁあんな宣言をされた後じゃ当然か。

 俺はため息混じりに笑みを見せた。そして――

「まず最初に言っておこう。さっきゼロが、元勇者が言ったことは全て事実だ。あいつは失踪したんじゃない。権力に取り付かれた男達によって殺されたんだ」

 人々は二度にわたって真実を聞かされる。二大英雄と呼び慕った俺達の言葉だ。もはや疑う事などできず、自分の胸に手をあて俯いていた。そんな人類に俺が問いかける。

「今この話を聞いて、お前達はどう思った?」

 本当に馬鹿げた事をしてくれた。
 これだから貴族は……
 俺なら絶対そんな事しないのに。

「本当にそうか?」

 俺の言葉が刃よりも鋭く突き刺ささる。

「人の心は自分達が思っているほど強くはない。弱いんだよ人間って言う生き物は……。他の生き物よりも優れた知性を持っているからこそ、何よりも臆病なんだ。そして人間は環境にも流されやすい。自分達は違うと思っていても、同じ立場や環境におかれれば同じようになるのさ」

 貧しい環境で育った者と裕福な家庭で育った者は違う。価値観も物事を決める基準も、何を優先するのかも違ってくる。人を作るのは環境だ。その立場が逆なら、環境にあった人格が形成されるだけ。

「人はそういう愚かさを誰もが持っている。だからこそ間違うし後悔だってする。そういうところにあいつは、ゼロは嫌気がさしたんだろうな」

 人々は再び頭を垂れる。己の中にある愚かさを恥じる様に、悔いるように瞑想する。

「俺にもあいつの気持ちはわかるよ。だがそれでも、俺はお前たちを見捨てない!」

 その言葉に閉じていた瞼を、垂れていた頭をあげた。

「人は確かに愚かだ。でもそんな愚かさを、間違いを正そうと努力する事だって出来る。当然誰もがそうあるわけじゃない。世の中にはどうしようもない程墜ちた奴だっているし、泥水より汚い悪党だっている。それでも俺は人の中にある善意を、変わろうとする勇気を知っている。それこそが人類の可能性――世界の美しさにだって負けない輝きだ! 俺はそれを信じているし守りたい。だから人類よ、俺にもう一度見せてくれ! その輝きを!」

 人々は最後まで無言で聞いていた……聞き入っていた。それはまさに、人類にとって希望に他ならない。揺れる人々の心は、彼の言葉によって希望を取り戻した。そして同時に、二度と同じ過ちは繰り返させないと心に誓ったのだった。
しおりを挟む
感想 291

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺おとば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる! ×ランクだと思ってたギフトは、オレだけ使える無敵の能力でした

赤白玉ゆずる
ファンタジー
【コミックス第1巻発売中です!】 皆様どうぞよろしくお願いいたします。 【10/23コミカライズ開始!】 『勘当貴族なオレのクズギフトが強すぎる!』のコミカライズが連載開始されました! 颯希先生が描いてくださるリュークやアニスたちが本当に素敵なので、是非ご覧になってくださいませ。 【第2巻が発売されました!】 今回も改稿や修正を頑張りましたので、皆様どうぞよろしくお願いいたします。 イラストは蓮禾先生が担当してくださいました。サクヤとポンタ超可愛いですよ。ゾンダールもシブカッコイイです! 素晴らしいイラストの数々が載っておりますので、是非見ていただけたら嬉しいです。 【ストーリー紹介】 幼い頃、孤児院から引き取られた主人公リュークは、養父となった侯爵から酷い扱いを受けていた。 そんなある日、リュークは『スマホ』という史上初の『Xランク』スキルを授かる。 養父は『Xランク』をただの『バツランク』だと馬鹿にし、リュークをきつくぶん殴ったうえ、親子の縁を切って家から追い出す。 だが本当は『Extraランク』という意味で、超絶ぶっちぎりの能力を持っていた。 『スマホ』の能力――それは鑑定、検索、マップ機能、動物の言葉が翻訳ができるほか、他人やモンスターの持つスキル・魔法などをコピーして取得が可能なうえ、写真に撮ったものを現物として出せたり、合成することで強力な魔導装備すら製作できる最凶のものだった。 貴族家から放り出されたリュークは、朱鷺色の髪をした天才美少女剣士アニスと出会う。 『剣姫』の二つ名を持つアニスは雲の上の存在だったが、『スマホ』の力でリュークは成り上がり、徐々にその関係は接近していく。 『スマホ』はリュークの成長とともにさらに進化し、最弱の男はいつしか世界最強の存在へ……。 どん底だった主人公が一発逆転する物語です。 ※別小説『ぶっ壊れ錬金術師(チート・アルケミスト)はいつか本気を出してみたい 魔導と科学を極めたら異世界最強になったので、自由気ままに生きていきます』も書いてますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。