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1巻

1-3

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 4 今日までの自分にさようならを――


「え? 通りすがりの一般人ですが?」
「……」

 さすがに苦しかったか。
 まあでも、敵意や警戒心のたぐいは感じられない。怪しまれてはいるけど、敵だとは思われていないって感じだな。
 やれやれ、それにしてもどうしたものか……
 俺は今まで自分の経歴を隠して生きてきた。それは面倒事に巻き込まれたくなかったから……というのもあるが、一番は俺の存在が知られることで争いが起きるのを避けるためだ。
 いつの時代、どんな場所だろうと、強大な力が存在すれば必ずそれを巡って争いが起こる。これは二度の人生で学んだことだ。

「貴方が、悪人でないことはわかります……でも、わからないことがいっぱいあって。貴方が使った魔法はどれも高位のものばかり。それに知らない魔法まで使っていました」
「誰の目から見ても、貴方が一般人ではないのはわかります」

 銀髪の少女に続いて、アリスが言う。
 やっぱり回帰魔法まで使ったのは失敗だったか。俺が生きていた時代では、あの程度は当たり前のように皆使えたんだけどな。どうも現代だと、昔より魔術師のレベルが低くなっているらしい。争いがなくなったことで、戦うための力を必要としなくなったからか。どちらにしても、この状況……どう誤魔化ごまかす?
 銀髪の少女が真剣な眼差しで迫ってくる。

「助けていただいたのにこんなことを聞くのは失礼だとわかっています! でも……どうしても、貴方のことが知りたいのです!」

 な、なんだ? 急に深刻そうな顔になったぞ?
 しかも迫り方が本気だ……これから告白でもされるのか?

「貴方なら、わたしを――」

 俺は落ち着いて返答する。

「俺のことが知りたいのはよくわかった。でもな? その前に自分のことを話したらどうだ?」
「あっ、す、すみません! 自己紹介もしていませんでしたね」

 ちなみに俺についてだが、彼女に真実を話すつもりは、今のところない。
 どうも訳ありなんだろうということは伝わってくるけど、誰かわからない他人に話すことはありえない。見たところどこかの国の貴族? とかだろう。軽々しく話して噂でも流されたら大変だ。
 ただ今回の一件で、俺の常識と現代の常識にギャップがあることがわかった。
 それを修正するためには情報がいる。場合によっては、情報を聞き出せるだけ聞き出して、二人の記憶を操作して逃げよう。
 銀髪の少女が一息ついて告げる。

「改めまして、わたしはアストレア皇国の第二皇女、リルネット・エーデル・アストレアと申します。そしてこちらが――」
「リルネット様にお仕えしております。アリス・フォートランドです。先ほどは助けていただいてありがとうございました」


 こ、皇女だった!!
 まじか、高貴な身分だとは思ってたけど、本物の姫様だったとは……
 ていうか、アストレア皇国ってどこだよ!
 俺が生きてた時代にはなかったぞ!?

「そ、そうか……皇女だったのか」

 どうしよう、めちゃくちゃデカイ態度で話してたよ。
 これってマズイんじゃないのか? 下手したら世界中のお尋ね者に――

「あの――」

 リルネットが不思議そうな顔をして声をかけてくる。

「は、はい! なんでしょうか?」
「いえ、わたしの名前を聞いて、敵意を向けなかった方は初めてだったので……」
「敵意?」

 リルネットが口にした言葉に、俺は反応した。驚きとかおそれじゃなくて、敵意だって?
 俺が疑問に思っていると、リルネットはさらに続ける。

「はい……もしかしてご存じないのですか?」

 俺については一切明かさないつもりだったが、これは駄目だな。もう誤魔化しきれない……仕方ない、正直に話そう。

「申し訳ない。実を言うと、俺はつい先日まで小さな村に住んでいて、そこから出たこともない田舎者なんです。だから外の事情にはうとくて……正直、貴女の国の名前すら知りませんでした」
「そうだったのですね……」
「なので、もし良ければ、さっき言った、敵意について教えてもらえませんか?」
「……」

 リルネットは明らかに躊躇ちゅうちょしている。
 よほど人に話したくないことなのだろう。きっと並々ならぬ事情があるに違いない。
 気になる……だけど――

「無理なら別に構いません。誰にでも言いたくないことはありますから」

 俺がそう言うと、リルネットはうつむいてしまった。アリスがリルネットに声をかける。

「リル様……」
「大丈夫だよアリス、話しましょう。この方には知っていてもらいたい」

 真剣な眼差しで俺を見つめるリルネット。
 そしてゆっくりと口を開く。

「実は……わたしは普通の人間にはない特別な力を……特別な眼を持って生まれてきました」

 特別な眼?
 人間だったら千里眼、魔族なら魔眼まがんといったところか。
 かつてはありふれていたはずだが、まさか現代じゃその程度すら希少になってしまったのか?

「この眼は、本来は見えないものを見ることができます。他人が保有する魔力、身に纏うオーラ……そして、他人の考えていることまで」
「無知ですみません。他にその眼を持っている奴はいないのですか? もしくは全く同じじゃなくても、似たような何かを持っている奴とか?」

 俺がそう口を挟むと、リルネットはさらに続ける。

「そうですね……私と同じように他者の心をのぞいたり、目に見えないものを見たりできる眼を持っている方は存在します。ただ、わたしの場合は、そのどれとも異なります」
「と言いますと?」
「本来、眼に力を宿した者は、自分の意思でその力をコントロールできるんです。だから、何もしていない時はただの目と変わりません。でも私の眼は……何もしていない状態でも、なぜか心の中が見えてしまい、その声さえ聞こえてしまうのです」

 えっ、ちょっと待てよ……それってまずくないか?
 さっきまでの俺の考え、というか今こうして考えてる声も聞こえてるんじゃ……

「そ、それって誰でも? 常になのですか?」
「はい、オーラや魔力を見ることはできませんが、心の中だけは常に見え、聞こえてしまいます。ただアリスのようにこの指輪を付けていれば、私の眼の効果は無効化できます」

 よく見るとアリスの左手中指には、変わった指輪がはめられていた。

「ですが普通の人間では――あれ? そういえば、貴方の心の声を一度も聞いていないような……」

 二人の視線が俺に刺さる。

「間違いないです。今さら気付きましたが、貴方からは一切心の声が聞こえません」

 意外な流れから、二人にさらなる疑問を抱かせてしまった。
 いや、でもしょうがないだろ。その手の能力は俺には効かないんだよ! 仮にも元勇者で元魔王だからな。そのくらいの耐性も対策も持ってるに決まってるだろ。

「そ、そうなんですか? いや~不思議なこともあるもんですね~」
「……わかりました。話を元に戻します」

 良かった、突っ込まれずに済んだぞ。
 リルネットが空気を読める良い子で助かった。

「わたしはこの力のせいで、幼い頃からぞくに狙われてきました。幾度となくさらわれ、その度に国に、皆に迷惑をかけてしまいました」
「……」
「周囲の人達は、こんなわたしにも優しく接してくれます……でも、心の中でどう思っているかも知っています」

 悲しい話だな。
 望んで力を手にしたわけでもないのに、それに振り回されてきたんだろう。特別だとか言われて……

「辛かっただろうな」
「ええ、でも仕方がないことだと割り切っていました。そんなある日のことです。皇帝……父にイルレオーネ王国の王都へ行くことを勧められました」
「王都に?」
「はい。イルレオーネ王国の王都には優れた魔術師達がいます。王都ならこの眼をなんとかする方法が見つかるかもしれない。そして王都には魔法学園があります。そこへ入学し、魔法について学べば、何かが掴めるかもしれないと……」
「それじゃ、今は試験を受けに行く途中だったと?」
「はい。アリスも一緒です」

 なるほど、そういうことだったのか。つまりこの二人は、俺と同じように王立魔法学園に入学することを目指していると……
 そうかそうか。
 それなら、逆に好都合かもしれない――

「大体の事情は理解できました」

 二人が俺と同じまなへ入学するなら、これからも関わりはある。正直さっきまで、二人の記憶を消して逃げるつもりまんまんだったけど……そういうことなら話は別だ! この二人は使える。
 俺は笑みを噛み殺して告げる。

「それじゃ、そろそろ積もりに積もった二人の疑問に、答えるとしましょう」
「えっ、よろしいのですか!?」

 リルネットが目を見開く。

「ええ、ただ、これから話すことは他言無用でお願いします」
「もちろんです!」

 アリスもそれに同意する。一応、俺の能力で調べてみたけど、二人とも嘘はついていないようだ。

「さてと、どこから説明すればいいか……いや、見てもらったほうが早いですね」
「見る?」
「はい、貴女の眼は、他人の魔力やオーラが見えるんですよね?」
「は、はい、そうです」
「だったら、その眼で俺を見てください。それがこれから話すことが真実だという証明になります」

 打ち明けようとしている内容は、きっとすぐには信じられないと思う。だから先に、俺の持つ魔力を見ておいてもらったほうが効率が良いと考えたのだ。
 それに、彼女の眼についても気になるし、ちょうど良いだろう。

「わ、わかりました! では――」

 リルネットは両目を閉じる。そこから魔力を高め、勢い良く閉じた目を見開く。
 すると彼女の瞳は、灰色から透き通るようなエメラルドグリーンへと変化した。そんな特別な眼で彼女は俺を見る。
 彼女は驚きの声を上げる。

「す、すごい! こんなの初めて見ました!」

 彼女の眼には、俺から放たれるオーラと、身に纏う魔力が見えているはずだ。
 それはまるでこの世界のものとは思えないほど強大で、偉大な輝きを放っていることだろう。

「なんて量の魔力! なんて神々しいオーラなの! これは――っ!!」

 俺が顔を近づけると、リルネットは頬を赤らめる。

「へぇ~なるほど、これは確かに珍しいな。まさか……神眼しんがんを持ってる奴がいるなんて」
「し、神眼?」

 驚くリルネットに俺は説明を続ける。

「そう。文字通り神の眼――天壌てんじょうに住まう神々が、地上の民を監視するために貸し与えた恩恵――それが神眼だ」
「神の眼……そんなものがあったなんて知りませんでした」
「そりゃそうだろう。俺が生きていた時代でも、そいつを持っている人間なんてほとんどいなかったからな~」
「えっ……」

 リルネットは、俺の言葉の中にあったヒントに気付いたようだ。
 俺は言った。自分が生きていた時代でも……と。
 それが意味するものは……

「改めて自己紹介をしよう! 俺の名はレイブ・アスタルテ、一〇〇〇年前に勇者としてこの世界に召喚され、その三〇〇年後に魔王として転生した――元勇者で元魔王だった男だ」
「なっ!?」
「……」

 二人は驚愕のあまり言葉を詰まらせる。
 無理もない。むしろこれくらいのリアクションはしてもらわないと悲しいくらいだ。
 こうして正体を明かすのはいささかリスキーではある。それでも明かしたのは、彼女達を通して現代の情報を得るためだ。
 俺が知っている知識は、遠方の村から流れてくる噂や、誰でも知っているようなものだけ……あの村の中で暮らすなら、その程度の情報で生活には困らなかった。
 しかし、これから向かう王都は現代世界の中心。中途半端な知識しか持たない状態では、すぐにボロが出てしまうだろう。そうならないためにも、現代に魔王や勇者の行動がどう伝わっているのか、いろいろ知っておく必要があった。
 まぁそれ以前に、彼女が神眼を持っているとわかった時点で、正体をばらすか記憶を消して逃げるかの二択しかなかったんだけどね。
 リルネットが声を上げる。

「一〇〇〇年前ってことは……初代勇者様!?」
「そうそう」
「その三〇〇年後ってことは……伝説の二大英雄の一人、魔王ベルフェオル様!?」
「そうそ――……えっ?」

 予想していなかった一言に、俺は驚かされた。

「っちょ、ちょっとまってくれ! 今英雄とか聞こえたんだが……もしかして魔王ベルフェオルのことを言ってるのか?」
「当たり前ですよ! 魔王ベルフェオル様といえば、今の時代を勇者様と共に作り上げたお方――英雄の中の英雄ですよ!?」

 ど、どういうことだ?
 俺のうかがい知らぬところで、勝手に英雄扱いされているだとおおおおおおお?
 いや確かにやってたことはそれに近いけど!
 でも変だぞ? 俺は自分の計画を一部の信頼の置ける仲間と勇者にしか話していない。二人の様子だと、俺が勇者と協力してたことまで知っている感じじゃないか?
 一体誰が広めたんだ!
 まさか、四天王の誰かが……いやいや、あいつらが話すわけはない。ていうか、魔族側の誰かが話しても、人間達は信じないしな。

「あ、あのさ? 俺のことってどんな風に伝わってるの? ていうか、誰が伝えたの?」
「え? わたしもそこまで詳しくはないのですが、言い伝えによると、戦いを終えて帰還された勇者様が、全世界へのメッセージを発信なされて、その時に魔王様の計画も伝えられたと言われています」

 あいつか!?
 あのくそったれ勇者がぁ!!
 普通そんな簡単に話すか!? 確かに俺も言うなとは言ってなかったけどさ! こういうのって知る人ぞ知るって感じになるもんじゃないの? 何、勝手に世界中にバラしてんの?
 リルネットが嬉しそうに言う。

「でも本当に魔王様なのですね! わたしずっと憧れていたんです!」
「え? あ、ああ……そうなの?」
「もちろんです! わたしだけじゃありません! 世界中の人々が貴方に憧れ、深く感謝しています!!」
「そっか」

 まぁでも、そのお陰で平和な今があるのだと思えば、これはこれで悪くないか……

「やれやれ……」
「リル様、私にはまだ信じられません……本当に、この方は魔王様なのですか?」
「間違いないよアリス! わたしがこの眼で見たんだから!」

 リルネットは灰色の瞳を文字通り輝かせている。

「その眼についてなんだけどな?」
「えっ、あ、はい! なんでしょうか?」

 そんなにかしこまらなくてもいいのに……まぁいいや。

「他人の心が見え、その声が常に聞こえてしまうのは、君が眼を制御できていないからだ。神の力は人の手に余るからね? おそらく王都に行ったとしても、それを改善することはできないと思うぞ」
「そ、そんな……それじゃあわたしは……」

 高まっていたリルネットのテンションが、一気に落とされる。
 酷く落ち込むさまを見て、少し心苦しく感じるが仕方がない……それが事実なのだから。

「さて、一通り話し終わったところで、俺から二人にちょっとした相談があるんだが……聞いてくれるか」

 リルネットがゆっくりと顔を上げる。

「相談ですか?」
「そうそう。実は俺も、二人と同じように王都へ向かう途中だったんだよ。目的も同じで、魔法学園に入るためにね」
「魔王様が!? どうしてわざわざ」
「うーっんと、ただの気まぐれなんだけどさ。たまたま村を出る話があって、ちょうど良いからこの機会に、今の世界がどうなっているのか、自分の目で確かめたいと思ったんだ。王都にも興味あったし、国家魔術師になれば行動の幅も広がるしさ」
「なるほど、そういうわけですか……ということは、魔王様とわたし達は首尾よくいけば同級生になるということですね?」
「そういうことになるな。そこで二人に相談だ。俺の学園生活をサポートしてくれないか?」
「サポート……ですか」

 リルネットは戸惑ったような表情を見せる。

「ああ、俺は自分の正体をあまり知られたくないんだ。騒ぎになるし、自由が利かなくなるからな。でも今日のことでわかった。このまま俺一人で行動してたら、確実にすぐバレる」

 村を出て数日。たったその期間でこの有様だからな……
 人目が多い王都に行けば、秒殺されること間違いなしだ。

「だから二人には、俺と話を合わせてほしいんだ。一般人なら効果は薄いかもしれないけど、皇族の……しかも神眼を持つ君が言った言葉を疑う者は少ないだろ?」
「確かにそうですね」

 リルネットは俺の「神眼を持つ」という言葉に反応し、肩を落とした。
 やはり神の力と知っても、いきなり受け入れることはできないのだろう。今のところ、不利益のほうが多そうだしな。

「もちろんタダでとは言わないぞ? 協力してくれるなら、その眼――俺が制御してやろう!」

 リルネットの瞳に、希望の光が戻った。

「えっ? そんなことできるんですか!?」
「ああ、できる。神の力を使えるのは、神か神に選ばれた者だけ……神の力を抑え込めるのは、神が創りし神具のみ……そして、神の力を制御できる者は、神にも等しい力を持つ者だけだ」
「それじゃ……」
「俺なら制御できる!」

 リルネットの目から涙がこぼれる。
 消えてしまった希望がよみがえり、諦めていた救いの手が、今差し伸べられたのだ。
 そのことがたまらなく嬉しかったんだろう、彼女は涙を流し続けた。

「ただし、その方法にはちょっとしたリスクがある」
「リスク?」
「あー、リスクというか、覚悟が必要って感じかな?」

 首を傾げるリルネットに、俺は説明を続けた。

「君の眼を制御するためには、君を俺の支配下に置く必要があるんだ」
「支配下?」
「要するに、俺に君自身の全権限を譲渡する……形式上は、俺の所有物的な扱いになるってこと」
「――っ!?」

 さすがに動揺しているな。
 今日会ったばかりの相手に自分の全権限を譲るなんて、普通は誰だって躊躇ちゅうちょする。その反応になるのはわかる。

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