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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
ある日、俺は異世界に勇者として召喚された。
平和な世界で平凡に生きていた俺が、なぜ選ばれたのか未だに謎だ。
なんでもこの世界には魔王がいて、人間達の住む領域を脅かしているらしい。つまり俺に、その魔王を倒してほしいという話だった。
ファンタジー小説では実にありがちな展開だけれど、これは現実に起こったことだ。
それから俺は、勇者として世界を旅した。
聖剣を持ち、多くの仲間を得て、各地を回った。
途中、魔王の幹部達との戦いを経て成長し、数年かけてようやく魔王の城にたどり着いた。
元々俺は、魔王に対してなんの感情も抱いていなかった。勇者として魔王を倒すことが当たり前だと思っていたのだ。しかし、旅を続ける中でその考えは変わった。
道中で俺が見たのは……なんの力もない人々が、罪のない子供達が、魔族に殺されている光景だった。
そんなものを見せられれば、誰だって怒りが生まれるだろう。加えて俺は、共に旅した仲間を失い、怒りどころか恨みさえ抱くようになっていた。
それでも俺は勇者だ。
恨みのような感情で剣を振り下ろすわけにはいかない。だから俺は、こみ上げるそうした感情を必死で抑え込み、人々を救うため、との思いだけで魔王と戦った。
激しい戦闘が繰り広げられた。
戦いの中、俺は魔王に尋ねた。
なぜ多くの人々を殺したのか。どうしてそれ以外の方法を考えられなかったのか。結局、何を目指していたのか。しかし、その答えが出る前に戦いは終わった。
結果は言うまでもなく勇者の勝利だ。魔王と勇者が戦えば勇者の勝利で終わる。どこの世界でも、結末は変えられないらしい。しかし、俺もまたこの戦いで重傷を負い、そのまま世界を去ろうとしていた。
悔いはないといえば嘘になる。魔王を倒した後の世界を見たかったとも思う。
それでも、自分の役割は終わったのだと、俺はほっと胸を撫で下ろし、息を引き取った。
† † †
それから三〇〇年後、俺は再び同じ世界に生を受ける。
なぜか以前の記憶を持ったまま転生した俺は驚愕する。
勇者だった俺は、なんと悪魔として生まれ変わっていたのだ。
俺はこれからをどう生きていけばいいのか考えた。
魔界には魔王はいないらしく、俺がいるのは魔王城のようだが、以前の殺伐とした雰囲気は感じられない。
ふと、俺は自分の未練を思い出す。
俺が救った世界は、どうなっているのだろうか?
これからの生き方を決めるのは、それを確認してからでもいいだろう。そう思った俺は、さっそく調べることにした。
過去の出来事が記載されている本を読み漁り、古い時代から生きているという悪魔達に尋ねてみる。そうして俺は知った。知りたくもなかった酷く愚かな現実を……
俺が魔王を倒したことで、世界のバランスは大きく崩れてしまったらしい。
人間達は勇者の勝利に勢いづき、魔族の領地に侵攻した。対して魔王という柱を失った魔族達は統率を乱し、為す術もなく敗れ去った。
人間と魔族のパワーバランスは逆転し、魔族達は住処を失った。
奪う側だった魔族達は、人間に怯えて生活するようになった。それでも人間達の侵攻は止まることなく、さらに領地を拡大させていく。
人間に虐げられたのは、魔族だけではなかった。
あろうことか人間は、獣人やエルフまで標的にしたのだ。
人間は自分達と違うというだけで他種族を差別し、虐待を繰り返した。それは、かつて魔族達が人間にしていたことと同じだった……
しかし俺は、まだ信じられずにいた。
何かの間違いだ、きっとそんなことはない、そう思おうとした。だから俺は、実際にその現場を見て確かめることにしたのだ。
そして、俺は思い知らされた。間違っていたのは、自分のほうだったという現実を……
俺が目にしたのは、罪のない魔族達の村を焼き払い、住人の魔族の首を刈り取り、それを掲げて高笑いする人間の姿だった。そこには、かつて自分の背で怯えていた弱く脆い人間などいなかった。以前の俺が邪悪と定めた悪魔達よりも、彼らは邪悪だった。
こんな奴らのために、俺は戦ったのか?
溢れんばかりの後悔が俺を襲った。
それから俺は、これからどう生きていくか考えた。そして、結論は簡単に決まった。
魔王になる――
それ以外に思いつかなかった。
かつて勇者として、俺は魔王を倒した。人々が平和に暮らせる世界を作るために戦った。だが、その結果がこれだ。人間と魔族、互いの立場が逆転しただけで、何も変わっていない。
俺は初め、魔族だから邪悪な心を持っているのだと思っていた。でも実際は違った。人間も魔族もそんな心は等しく持っているのだ。かつては、魔族にその傾向が現れやすい状況だっただけのこと。
このまま人間を放置しては、魔族や亜人はこの世界から消滅させられるだろう。その原因を作ったのは、俺だ。
だから、俺は責任を果たさなければならない。勇者としては平和な世界に導くことはできなかったが、魔王としてならできるかもしれない。
俺は、魔王になるため立ち上がった。
幸いにもその資格は持っていたらしく、俺は瞬く間に魔王となった。
俺はすぐに多くの仲間を率いて、奪われた領地を取り戻すために人間の領域に侵攻。勇者だった頃のように、俺は敵の領地に進軍していった。
程なくして、人間側に勇者が誕生した。
それをきっかけに人間達は奮い立った。俺が戦いで得た領地は奪い返され、このままではいずれ魔王城まで侵攻してくる。そうなれば多くの同胞達が殺され、死体の山を築くだろう。
それではかつてと変わらない。また同じことを繰り返してしまう。その展開だけは避けなければならない。
しかし、魔王が勇者に倒されるという結末はやはり変えられないようだ。遅かれ早かれ、俺はこの世界から退場することになるだろう。だったら、俺は死から逃げない。
人間と魔族、互いの領地が半分ずつになった頃、俺は戦いを止めた。人間の領域と魔族の領域の境界線には巨大な渓谷があったが、その手前に高く長い壁と大きな城を造り、そこで俺は勇者を待った。
やがて、勇者が城へ攻め込んでくる。俺は予め備えておいた罠を使い、勇者を仲間から分断し、一対一の状況を作ることに成功した。
そこで俺は、勇者と対話した。
これまでのこと、これからのことを話し、そして俺は勇者にこう願った。
どうか、俺と同じ過ちを繰り返さないでくれ。
お前が、人々を導いてくれ。
かつて俺が失敗した理由。それは、俺が死んでしまったことだ。その結果、俺は人々を正しく導くことができなかった。先頭に立って、人々を導いていく。勇者とはそういう存在なのだ。
かつて、柱を失ったのは魔族だけではなく、人間達もだった。それ故、彼らは歪み、誤った道へ進んでしまった。
俺は、勇者に伝える。
魔王である俺は、ここでお前に倒される。その後のことはお前に任せよう。魔族側のことは心配しなくてもいい。すでに腹心にすべてを話し、了承は得ている。初めは反対されたが、皆、俺の理想に賛同してついてきてくれた者ばかりだった。最後には俺の願いを受け入れてくれた。
そして、勇者は魔王を倒す。
勇者は俺の最期の願いを聞き入れ、必ず実現してみせると誓ってくれた。俺は安堵し、再びこの世を去った。
そして、異世界での二度目の人生を終える直前に俺は思った。
もしかしたら、かつて俺が倒した魔王も、同じ境遇だったのではないか?
今ではもう確かめようがないけれど、魔族達と触れ合い、そのすべてが邪悪でないと知ったことで、そんなことを思うようになっていた。
† † †
それから七〇〇年後。
異世界での一度目の人生から約一〇〇〇年が経った頃。
俺は三度、この世界に降り立つことになった――
1 三度目の人生
森と草原に囲まれた場所に小さな村がある。
人が住めるほどの大きさの建物はわずかに十数軒しかない。本当に小さな村だ。
「それじゃー父さん、母さん! いってくるよ!」
そのうちの一軒から、クワを持った青年が飛び出す。灰色の髪と銀色の瞳をした青年は、一直線に駆けていった。
「いってらっしゃい! 気を付けてね、レイ」
母に見送られ、青年は振り返ることなく畑へと向かった。
彼の名前はレイブ・アスタルテ。今年で一五歳になる、人類種の青年である。
「さて、今日も頑張るかな」
† † †
どうも初めまして。
先ほど紹介された村人のレイブだ。両親や村の人達からは、レイと呼ばれている。基本的には毎日畑仕事をしていて……
「おーい! レイ、ちょっといいか?」
俺のもとへ、村人が一人駆け寄ってくる。
「おはようございます。どうしましたか?」
「実は村の近くまで魔物が来てるみたいなんだ!」
「魔物ですか?」
「ああ、すまないが、また頼めるか?」
「わかりました。今から行くので安心してください」
申し訳ない。話の途中だったと思うが、急用ができた。
先にそっちを終わらせよう。
† † †
レイブは畑仕事を中断し、腰に剣を装備して森へと向かった。
「この辺りかな」
歩みを止めるレイブ。すると、そこへ三つの影が迫る。
赤い眼を光らせて現れたのは、三匹の黒いオオカミ。ダークウルフと呼ばれる魔物である。
「よし――【強化魔法:ギムレット】!」
レイブがそう唱えると、彼の身体を光が包む。それから彼はゆっくりと腰の剣を抜き、呼吸を整えるように長く息を吐く。
「来い!」
一斉に襲いかかる魔物。レイブが息を止めると、その直後、彼の姿は魔物の視界から消えた。
レイブは、魔物達の後ろに立っていた。
剣を鞘に収める。
それと同時に魔物達は両断された。
目にも留まらない斬撃で、彼は魔物を斬り伏せたのだ。
「これで終わりだな」
† † †
おっとすまない。
こんなタイミングで恐縮だが、さっきの話の続きをしようか。
俺の名前はレイブ。この村で育った人間で――元勇者で元魔王だ。
俺は、初め勇者として召喚された。そこで俺は、人々を苦しめていた魔王を討伐し、役目を終えてこの世を去った。
それから約三〇〇年後、再び俺はこの世界に転生する。今度は、悪魔としてだ。最初はかなり戸惑った。勇者が悪魔に生まれ変わるとは、なんて悪夢だと嘆いたりもした。でも、人間達に虐げられる魔族達を見て、自分が間違いを犯していたことに気付いた。
それから俺は、魔王になって世界をより良い方向に導こうとした。そして最期、新たな勇者にすべてを託し、俺は二度目の生涯を終えた。
それから七〇〇年後、最初の召喚から一〇〇〇年後に俺は三度、転生を果たす。
俺の経歴をざっくり説明するとこんな感じだ。
そして、今は三度目の転生から一五年と数ヶ月経っている。
まさかまた転生するとは思っていなかった。でも正直三度目ともなると、あまり驚きもしない。
転生していたことに気付いたのは物心がついた頃。すぐに俺は冷静に状況を分析した。
今はどんな世界になっているのだろうか?
俺は、世界がどう変わったのか確かめることにした。そして、一五年この村で生活する中でわかった……どうやら、俺は正しい選択ができていたらしい。
かつて互いに殺し合うだけだった人間と魔族が、今では共に助け合って暮らしていた。
まさに、俺が夢にまで見た光景だった。
小さな争いやイザコザはあるものの、以前のような人間界と魔界を巻き込むほどの争いは起きていなかった。七〇〇年の間一度も。
しかし、だからこそ疑問がある。
この平和になった世界に、俺は転生させられたのだ。それも――勇者と魔王の力をそのまま受け継いだ状態で……
ありえないだろ?
これだけ平和な世界に、どうしてこんなチート能力が必要なんだ?
明らかにおかしい。異常としか言いようがない。
もしかしたら、この平和な世界にまた何かが起こるのかもしれない。
そう考えて、俺は何年も身構えていたが……転生してから一五年経った現在も世界は平和を維持している。
そもそも、俺が生まれた場所は辺境の土地だったし、種族も家柄も普通だ。それにもかかわらず、俺の能力は無意味にチート状態だった。
いや別に、力があることには不満はない。
さっきみたいに魔物から村を守ることができるし、むしろ便利ではある。
ただ――
俺は一体、三度目の人生をどう生きればいいんですか?
2 さよならは突然に
「村を出る気はないか?」
「え?」
いきなり村を出ていけと言われた。
どういうことなんだ一体!
村長に呼び出されて来てみたら、なんか村長だけじゃなくて村の皆がいた。
ものすごく空気が重いから村の一大事か? とか思っていたら、突然そんな話をされたわけだ。全くこの状況についていけないぞ。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうして急にそんなこと……」
俺、何か悪いことでもしたのかな?
いや、全然身に覚えないけど。むしろ俺は、良いことばっかりしてるはずなんだけど?
もしかして元魔王だってバレたのか? それとも気付かないうちに大罪でも犯してたのか!?
「それは俺から説明しよう」
そう言って前に出てきたのは――
「父さん……」
この人は村長の息子、そして俺の父親だ。
父さんは神妙な面持ちで告げる。
「レイブ、急にこんな話をしてすまない。勘違いしないでほしいんだが、俺達はお前を追放しようとしているわけじゃないんだ」
「じゃあ、どうして……」
「それは……お前が才能のある人間だからだ」
「え?」
「俺はこの一五年間、ずっとお前を見てきた。だからこそわかる! お前は俺達のような凡人とは違う。選ばれし者だ」
才能? 選ばれし者?
この人はいきなり何を言っているんだ? そんなこと言われても……
「うん、そうだね」としか言えないだろ!?
知ってるよそんなこと! こっちは人生三回目だぞ?
嫌味ではなく、これだけ人生繰り返してたら嫌でも自分が選ばれまくっていることはわかる。
「俺は魔法についてそこまで詳しくない……にもかかわらず、お前は教えてもいないのに魔法を使いこなしている」
まぁ元魔王ですしね?
普段はあまり目立ちたくなかったし、現在この世界では魔法の使用にいろいろと規制があるらしいから派手には使ってないけど、魔王の時の力もそのまま受け継いでるからな。ちなみに、普通の人間じゃ使えないような魔法も使えるぞ?
「魔物と戦えるほどでないにしても、武術に関しては俺も自信があった。だからお前を鍛えようと指導をしていたが……お前はあっという間に俺を超えていった」
いや元勇者ですからね。
曲がりなりにも聖剣使ってましたし。というか、今も持ってますし。体格の差があった頃は、父さんにも勝てなかったけどね。
「そんなお前が、こんな辺境の村で一生を終えることを、俺はもったいないと思ったんだ」
「父さん……」
これが、子を持つ親の気持ちというやつか……
三度人生を繰り返している俺にもわからない感情だ。二度とも俺は、誰かとの子を残す前に死んでたからな。そういう意味では、悲しい人生だったとも言える。
「俺は父として、お前にもっと才能を活かしてほしいと願っているんだ。だから……王都に行ってみないか?」
「王都?」
王都とは、人類種の国、イルレオーネ王国の中心都市だ。なんと世界人口の約五分の一が、そこに住んでいる。
今は種族間の争いがなくなっているのに、どうして人類種の国があるのか、疑問を持つ人もいるだろうか?
一応説明しておくと、確かに種族同士の蟠りは解消されている。しかし、それと生活スペースを異種族で共有できるかは別問題だ。
簡単な話、種族が違えば習慣が違うし、信仰も考え方も違う。それ以前に、生きやすい環境が違うのだ。それを無理やり一つにまとめるのはナンセンスだろう?
そもそもこの世界は、一つの大きな大陸で形成されている。
大陸の中央を縦断する長い渓谷があって、それを境に東側が人間界、西側が魔界となっている。これは七〇〇年前の争いでそうなって以来、ずっと続いているのだ。
魔族や亜人種のほとんどは魔界で生活していて、人間同様に国を形成している。ただ、完全に住み分けられているわけではない。人間界で生活している魔族もいるし、その逆もいる。
ここまでの情報は、時折村を訪れる旅人や商人から教えてもらったものだ。今の俺にはこれ以上のことはわからない。
話を戻して、俺は父さんの顔をまじまじと見る。
「王都ってことは、もしかして……」
「そうだ! 俺はお前に、王立魔法学園への入学を勧める」
王立魔法学園。
イルレオーネ王国直属の機関で、人類種側で唯一の魔法教育を行っている施設である。
現在この世界では、再び大規模な争いが起こらないように魔法の使用が厳しく制限されている。
魔法を自由に使うには、特定の教育課程を修了し国家魔術師になる必要がある。そのための教育機関こそ、王立魔法学園なのだ。
父さんが真剣な眼差しで言う。
「二ヶ月後にはちょうど入学審査がある。それを受けに行ってみないか?」
「王立魔法学園……国家魔術師か――」
父の話に興味がないわけじゃない。
国家魔術師になれれば、自由に魔法が使えるようになる。
正直これだけ魔法の能力があるのに、人前で自由に使えなかったのはなかなか不便だった。それに、王都という場所にも興味がある。決して悪い話ではない……
だけど――
「俺がいなくなったら、村の守りはどうなる?」
この村には時折、野生の魔物が近づいてくる。それを撃退するのは俺の役目だった。というのも、村には俺以上の強者はいない。それどころか、魔物とまともに戦える人間なんて一人も……
「俺が村を出たら、魔物の相手は誰がするんだ?」
三度目の人生とはいえ、俺はこの村で育った。それなりに愛着はある。村が危険に晒されるとわかっていて出ていけるほど、俺は恩知らずじゃない。
そう思っていたんだが、父さんは首を横に振って言う。
応援ありがとうございます!
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