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魔法学園編(本編)

121.フレンダ・アルストロメリア⑩

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 レイブの斬撃がキルケーに届く。
 胴体を斬り裂かれた魔女は、噴水のように血を噴出し倒れていく。
 ギリギリで踏み止まろうと膝を突くが、流れた血で滑ってしまいうつ伏せに倒れた。
 レイブはに剣ついた血を振り払い、そのまま光の粒子へ変換して収納した。

「と……どめは……ささないの?」

 レイブは倒れたキルケーを見下ろす。

「ささないよ。お前の身柄は王国に引き渡す。お前が動いている以上、他の魔女達も動いてると考えたほうがいいからな。情報源のお前を殺すメリットが無い。それに、どちらにしろもう戦えないだろう?」

「本当に……そう思うかしら? 貴方も……わ……たしの魔法に……襲われる事も……」

「それは無いよ。そんな事は絶対に無い」

 キルケーの固有魔法は知っての通り、他人のトラウマを夢に見せる事で精神を破壊するものだ。
 普通なら誰もが恐れる能力ではある。
 それに対して、俺がここまで言いきれるのには当然理由がある。

「お前の魔法は所詮、相手の心の弱さにつけこむものだ。トラウマも後悔も、全部心の弱さが原因なんだからな。だが俺にそんなものは無い」

 これは強がりなどではない。
 もちろん俺だって、トラウマも後悔もする事はある。
 というより、そんなものはかつて嫌と言うほど味わってきた。
 だからこそ、俺にはキルケーの魔法は通じない。
 彼女の魔法の最低条件は、相手が負の思い出を持っている事である。
 それなら俺も満たしているし、生きていれば誰だって1つは抱えているだろう。
 次にこの魔法で、相手の精神を崩壊させるための条件は、その対象が自分の過去から目を背けている事だ。
 相手が忘れたいと思っている過去を、目を背けたい現実を無理やり直視させる。
 それこそ、彼女の魔法が持つ本物の脅威。
 誰だって忘れたい事は忘れていたいし、目を逸らしたい事は一生目を逸らしていたい。
 当たり前の事だ。
 なぜなら、そういう事とトラウマと呼ぶわけで、後悔として残っていくのだから。
 しかし逆に言えば、後悔もトラウマも受け入れてしまっていればどうだろう?
 乗り越えるまではいかなくとも、それ事態を直視し、自身の一部として認知していれば?
 たとえ夢を見せられても、それは単に思い出の映像を見ているだけでしかない。
 後悔を後悔として認め、己の糧としているのなら何の問題も無い。
 もちろんそんな事が出来る者など早々いない。
 ただ俺の場合、普通の人よりもそれらと向き合う機会が多すぎた。
 つまり俺は、これまで幾度と無く後悔を後悔し、トラウマに直面してきている。
 文字通り飽きるほどに、トラウマがトラウマで無くなるほどに……

「まぁこんな事……俺くらいしか言えないだろうけどな。人間の心なんて、大抵ガラス細工みたいに脆いものだし」

「フフッ……そうね。あの娘も……そうだったものね?」

「あの娘、フレンダ先輩の事か?」

「ええ……可愛そうな娘ねぇ~ あの娘もその父親も……私に出会わなければ幸せだったでしょうに……本当に可愛そうだわ……」

「ああ、何だ。やっぱりそうだったのか」

 フレンダの父親を殺したのはキルケーだった。

「あら? 気づいていたのね……」

 確信は無かった。
 ただ何となく、直感的にそう思っていただけだった。
 だけど今考えれば納得できる。
 彼女の父、テスカルトはあの剣帝と肩を並べる程の強者だったらしい。
 ゾンビ状態の彼と、直に剣を合わせた今の俺にはそれが事実だったとわかる。
 それほどの男が、単純に魔物の襲撃だけで命を墜とすわけが無い。
 しかし相手が魔女で、なおかつゾンビの軍団であれば別だ。
 誇り高い騎士であるからこそ、ゾンビと化したかつての同胞を斬れなかった。
 敗因はそこにあったのだろう。

「それじゃあ……あの娘も……知っているのかしら?」

「いいや、気づいたのは俺だけだ。でも今確認もとれたからな。後で伝えるさ」

「いいのかしら、そんな事しても……せっかく、貴方のお陰で乗り越えたのに……また壊れてしまうわよ?」

「大丈夫だよ。それよりお前は、自分の心配をした方がいい」

「フフフ……甘いわねぇ」

 その甘さが命取りよ……

 レイブの背後に影が忍び寄る。
 影の正体はテスカルトのゾンビだった。
 本体であるキルケーが倒れた事でほとんどのゾンビは消滅したが、この個体だけは残っていたのだ。
 ゾンビは静かに剣を振り上げる。
 レイブは後ろを振り向く事無く、キルケーを見続け言う。

「確かに人の心は脆く弱い……だけど――――」
 
 剣が振り下ろされる。
 その瞬間、テスカルトの身体を一本の矢が穿つ。

「――――ちゃんと強くなれるんだよ」

 テスカルトの身体が塵になって消える。
 その後ろには、涙を流しながらも弓を放ったフレンダの姿があった。

「そんなっ……」
 
 あの娘が撃ったというの?
 自分の父親を……自分の意思で?

「お前が今、地べたに這い蹲っている理由は……人間を嘗めすぎた事からだよ」

 その言葉を最後に、キルケーの意識は沈んでいく。
 かくして、父とその娘……代を跨いだ因縁に終止符がうたれる。

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次回更新は12/9(日)12時です。
感想お待ちしております。
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