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魔法学園編(本編)
119.フレンダ・アルストロメリア⑧
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レイブの激励によって脳裏に映し出された姿。
亡き父の誇り高い背中を、フレンダは思い浮かべた。
否、思い直したのだ。
「お父様……私は……」
「先輩、あんたが戦うべき相手はこんな場所に居ないよ。あんたが戦うべきなのは、自分自身でも過去でも無い。今目の前にある脅威だ。その脅威に人々が、仲間が脅かされている。それを何とかするために先輩の力が必要なんだ」
フレンダは涙を拭う。
拭われたのは涙だけではなく、悲しき過去もだった。
まだまだ完全には程遠い。
そもそも完全に過去を乗り越えるなんて不可能だ。
記憶に残っている限り、少なからず傷も残る。
「だから先輩、早く戻りましょう。皆が先輩を待っています」
それでも、少しだけ軽くはなるのだ。
父の死によって生まれた偽りの罪悪感が、ほんの少し重さを失った。
「ええ」
だから彼女は、力強い言葉と声でそう言った。
周囲の風景が光の粒になって消えていく。
彼女がトラウマに勝利した事で、トラウマだった世界が消失していく。
フレンダはレイブと向かい合ったまま、笑顔を見せてこう言った。
「ありがとう」
その言葉を最後に、世界は完全に消滅した。
魔女の世界が消滅するより前、現実世界でレイブがフレンダの精神世界へ突入した直後の事。
それを見送った一行は、すぐに戦闘に備え始めた。
「急ぎ負傷者の手当てをしろ! 動けるものは砲台の整備だ!」
マッケンの指示が飛ぶ。
リルネット達も協力して、砦の守りを強化する。
襲撃の直後で慌しいのはわかる。
しかし聊か焦りすぎているようにも見える。
さすがに大規模な襲撃があったばかりで、すぐに攻め込んでくる事は無いだろう。
普通はそう考えるはずだ。
ただこの場にいる全員が予感していた。
嫌な予感を浮かべていた。
そしてその予感は、見事に的中する。
一度目の襲撃から1時間後。
キルケーは死人の軍団を再編成していた。
「さぁ、行きましょう」
彼女の背後には、死霊魔法で召喚したゾンビの軍団が控えている。
その数は一度目の襲撃時と同等。
これほどの軍団を再編成するのには、本来膨大な魔力を消費する。
にもかかわらず、キルケーはいとも容易く揃えて見せた。
ふふっ、そろそろあの娘を助け出すために頑張ってる頃かしら?
彼には驚かされたけど、彼さえ居なければ負ける事は無いわ。
それに彼も、まさか私がこれほど早く攻め込んでくるとは思っていないはず。
いいえ、たとえ思っていたとしても彼には何も出来ない。
人のトラウマはそう簡単に解決できない。
かつて私の固有魔法から逃れられた者なんていないもの。
彼がどれだけ奮闘しようと、もうあの娘は助からないわ。
そして彼が諦めて戻ってきた時には、彼を除く全員を私の人形に変えてあげましょう。
そうすればきっと、彼の絶望した顔が見られるわ。
キルケーは軍団を率いて進む。
彼女が居る場所は森の中、グレーデン砦の前方に広がる大きな森。
一見してわかりやすい隠れ場所だが、案外誰も気づかない。
そんな在り来たりな場所に隠れているはずが無い。
中途半端に賢い者ほどそう考えるからだ。
だからこれまで、一度も気付かれたことは無い。
この日も変わらず死体を率いたキルケーが森を抜ける。
率いているとは語弊があるかもしれない。
軍団を率いているのはキルケーだが本人ではない。
彼女の作り出した作り物の身体だ。
本体は別の場所に潜んでいる。
森を抜ける事十数分。
真っ直ぐ足を進めた先に、グレーデン砦が見える。
「あら? 生意気にも備えるまでは間に合ったみたいね」
でも所詮は敗戦兵の残党。
一度目の襲撃より確実に戦力は少ないはず。
やはり私の勝利は確実ね。
キルケーはそう思った。
しかし直後に考えを改める事になる。
キルケーが勝利を確信した理由、それはレイブという強者が不在であったから。
彼さえ居なければ、自分の侵攻を阻む者は無いと思っていたからだ。
つまり、逆に言うと彼さえいれば、キルケーの侵攻を止められるという事になる。
だからこそキルケーは考えを改めた。
改めざるを得なかった。
なぜなら―――
彼はそこに立っていた。
紛れも無く立っていた。
見間違える事無く、彼はレイブ・アスタルテだった。
キルケーは侵攻を止める。
その代わりに思考を進めた。
どういう事!?
なぜ彼がこの戦場に、こんなにも早く立っているの?
まさか救ったというの?
私の固有魔法から彼女を、これほど早く救ったというの?
そんな事はありえないわ!
「まさか……初めから見捨てたというの?」
キルケーは小さく呟く。
当然レイブには聞えない。
たが彼には予想できていた。
キルケーが今何を考え、どんな言葉を零したのか。
だから彼はこう返した。
「見捨てるわけ無いだろ。お前は俺を……いいや、人間を舐めすぎだ」
レイブが笑みを浮かべる。
その瞬間、後方の砦から光の矢が放たれる。
放たれた矢は一目散にキルケーへ向かう。
キルケーの身体は無残にも弾け飛ぶ。
作り物の身体が破壊される一瞬、キルケーは砦を見た。
遠すぎてハッキリとはわからない。
しかしそこに彼女を見た。
フレンダ・アルストロメリア。
囚われていた少女が、再び立ち上がっている姿を―――
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
次回更新は12/6(木)12時です。
感想お待ちしております。
キャラ文芸の方もよろしくね。
亡き父の誇り高い背中を、フレンダは思い浮かべた。
否、思い直したのだ。
「お父様……私は……」
「先輩、あんたが戦うべき相手はこんな場所に居ないよ。あんたが戦うべきなのは、自分自身でも過去でも無い。今目の前にある脅威だ。その脅威に人々が、仲間が脅かされている。それを何とかするために先輩の力が必要なんだ」
フレンダは涙を拭う。
拭われたのは涙だけではなく、悲しき過去もだった。
まだまだ完全には程遠い。
そもそも完全に過去を乗り越えるなんて不可能だ。
記憶に残っている限り、少なからず傷も残る。
「だから先輩、早く戻りましょう。皆が先輩を待っています」
それでも、少しだけ軽くはなるのだ。
父の死によって生まれた偽りの罪悪感が、ほんの少し重さを失った。
「ええ」
だから彼女は、力強い言葉と声でそう言った。
周囲の風景が光の粒になって消えていく。
彼女がトラウマに勝利した事で、トラウマだった世界が消失していく。
フレンダはレイブと向かい合ったまま、笑顔を見せてこう言った。
「ありがとう」
その言葉を最後に、世界は完全に消滅した。
魔女の世界が消滅するより前、現実世界でレイブがフレンダの精神世界へ突入した直後の事。
それを見送った一行は、すぐに戦闘に備え始めた。
「急ぎ負傷者の手当てをしろ! 動けるものは砲台の整備だ!」
マッケンの指示が飛ぶ。
リルネット達も協力して、砦の守りを強化する。
襲撃の直後で慌しいのはわかる。
しかし聊か焦りすぎているようにも見える。
さすがに大規模な襲撃があったばかりで、すぐに攻め込んでくる事は無いだろう。
普通はそう考えるはずだ。
ただこの場にいる全員が予感していた。
嫌な予感を浮かべていた。
そしてその予感は、見事に的中する。
一度目の襲撃から1時間後。
キルケーは死人の軍団を再編成していた。
「さぁ、行きましょう」
彼女の背後には、死霊魔法で召喚したゾンビの軍団が控えている。
その数は一度目の襲撃時と同等。
これほどの軍団を再編成するのには、本来膨大な魔力を消費する。
にもかかわらず、キルケーはいとも容易く揃えて見せた。
ふふっ、そろそろあの娘を助け出すために頑張ってる頃かしら?
彼には驚かされたけど、彼さえ居なければ負ける事は無いわ。
それに彼も、まさか私がこれほど早く攻め込んでくるとは思っていないはず。
いいえ、たとえ思っていたとしても彼には何も出来ない。
人のトラウマはそう簡単に解決できない。
かつて私の固有魔法から逃れられた者なんていないもの。
彼がどれだけ奮闘しようと、もうあの娘は助からないわ。
そして彼が諦めて戻ってきた時には、彼を除く全員を私の人形に変えてあげましょう。
そうすればきっと、彼の絶望した顔が見られるわ。
キルケーは軍団を率いて進む。
彼女が居る場所は森の中、グレーデン砦の前方に広がる大きな森。
一見してわかりやすい隠れ場所だが、案外誰も気づかない。
そんな在り来たりな場所に隠れているはずが無い。
中途半端に賢い者ほどそう考えるからだ。
だからこれまで、一度も気付かれたことは無い。
この日も変わらず死体を率いたキルケーが森を抜ける。
率いているとは語弊があるかもしれない。
軍団を率いているのはキルケーだが本人ではない。
彼女の作り出した作り物の身体だ。
本体は別の場所に潜んでいる。
森を抜ける事十数分。
真っ直ぐ足を進めた先に、グレーデン砦が見える。
「あら? 生意気にも備えるまでは間に合ったみたいね」
でも所詮は敗戦兵の残党。
一度目の襲撃より確実に戦力は少ないはず。
やはり私の勝利は確実ね。
キルケーはそう思った。
しかし直後に考えを改める事になる。
キルケーが勝利を確信した理由、それはレイブという強者が不在であったから。
彼さえ居なければ、自分の侵攻を阻む者は無いと思っていたからだ。
つまり、逆に言うと彼さえいれば、キルケーの侵攻を止められるという事になる。
だからこそキルケーは考えを改めた。
改めざるを得なかった。
なぜなら―――
彼はそこに立っていた。
紛れも無く立っていた。
見間違える事無く、彼はレイブ・アスタルテだった。
キルケーは侵攻を止める。
その代わりに思考を進めた。
どういう事!?
なぜ彼がこの戦場に、こんなにも早く立っているの?
まさか救ったというの?
私の固有魔法から彼女を、これほど早く救ったというの?
そんな事はありえないわ!
「まさか……初めから見捨てたというの?」
キルケーは小さく呟く。
当然レイブには聞えない。
たが彼には予想できていた。
キルケーが今何を考え、どんな言葉を零したのか。
だから彼はこう返した。
「見捨てるわけ無いだろ。お前は俺を……いいや、人間を舐めすぎだ」
レイブが笑みを浮かべる。
その瞬間、後方の砦から光の矢が放たれる。
放たれた矢は一目散にキルケーへ向かう。
キルケーの身体は無残にも弾け飛ぶ。
作り物の身体が破壊される一瞬、キルケーは砦を見た。
遠すぎてハッキリとはわからない。
しかしそこに彼女を見た。
フレンダ・アルストロメリア。
囚われていた少女が、再び立ち上がっている姿を―――
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次回更新は12/6(木)12時です。
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