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【連載中】或るシンガーソングライターの憂鬱
#13 怪しく話が進んでいく
しおりを挟む僕に関しての一切を自分が取り仕切って当然だとばかりに、婆さんは悠然たる態度であぐらをかいている。
「若造は、彼女と結婚させる」
婆さんがお隣さんを指差すと、酎ハイ缶をいじっていた202のお隣さんが、ノセさんに向かって三つ指をつき丁寧にお辞儀をした。
「結婚?」
さっき飛び出した目玉をさらに前方へ突き出して、僕は頭を下げているお隣さんを見やった。
「この人はな、大変な努力をして語学を習得され、今や立派な通訳として活躍されておる。こんな大層なお方が、バイト暮らしでギター奏者の夢を未だ追いかけておる、子供じみた若造でも、良いとおっしゃっているんだ。若造、想いが叶って良かったな」
婆さんは満面の笑みを浮かべているが、僕には意地の悪い面にしか見えなかった。
「斉藤くん、結婚したい人がいたの」
ノセさんが悲しげに僕に問いかける。
「違いますよ。結婚って、何でいきなりそうなるのですか。付き合ってもいないし、第一、僕この人に何の感情も持っていないですよ」
ノセさんに弁解する必要はないが、婆さんとお隣さんには調解が生じたことを、はっきりと談じておかなければいけない。
「彼女は独身か、彼氏はいるかなど聞いておったくせに。本人を目の当たりにすると、恥ずかしがりよって」
「あれは、だから、夜のイビキがあまりにうるさいから、隣に男の人が一緒に住んでいないのはおかしいと思って」
僕は立ち上がって婆さんとお隣さんを睨みつけた。
「僕にも話がありました。お隣さん、僕のギターがうるさいとか言ってきましたけど、お宅のイビキの方がよっぽど酷いのですけど。もう、夜も寝付けませんよ。大家さん、他の部屋からもそういった苦情がきているでしょうが」
興奮しつつもようやく口にできたことに安増して、僕はひとまず深く息を吸い込み、婆さんの言葉を待つ。
「イビキの苦情?そんなもん、ありゃしないよ。おまえ、イビキくらいでそんなにいきり立って、みっともない」
婆さんは蔑んだ目で僕を見上げる。
「いや、驚愕もんですよ」
「私、イビキなんてかきません!」
口元を両手で覆い、お隣さんは半泣きになっている。
婆さんが僕に向かって、
「せっかくの縁談話を」
と、がなる。
「縁談なんて応じない」
僕はレジ袋に入っているビールを乱暴に取り出し、畳に叩きつけた。
「三山ひろしを捨てて、フォークのゆずを一生懸命聴いていたのに」
恨めしそうな顔をして、お隣さんは小さい目から涙を押し出した。
「もう、いいよ。もういいよ、斎藤くん。オレに気を使わなくても。斉藤くんに結婚の話があるとも知らずによお、オレはよお。斎藤くん、オレを傷つけまいとして躍起になってくれるのは嬉しいけど、逆に大事な彼女を傷つけてどうすんだあ。養子の件はオレ、諦めるよ。諦める。オレは男泣きして諦める」
ノセさんは、どうぞどうぞと僕をお隣さんに突きつけ、「お幸せに」と僕とお隣さんの肩をたたき、くくうと歯を食いしばって泣いた。
「よく言った、ノセさんよ。しかし、どうじゃ。コイツをノせさんの養子にしてから、二人が結婚したらいいのではないか?」
婆さんは調子外れな声をあげて、ノセさんとお隣さんを交互に見た。
二人は数秒婆さんを見つめたあと、「おお」と感嘆のため息を漏らし、うなずき合い、握手までやりだした。
婆さんは満足げにそれを見守っている。
「ちょっと待ってくださいよ。なんですか、それ」
僕は話の制止を試みたが、三人はちっとも気にとめず話を進めていく。
「その手がありますな」
「問題はなかろう」
「素敵な提案です」
などと賛同の言葉をつなげていく。
呆然に呆然が輪をかけて、僕の頭の回りに渦巻いた。
本人の感情はないものとして扱われていることに、こっちが泣きたくなった。
僕がいなけりゃ始まらない話であるのに僕の存在が全くない。
足元に横たわっているギターがふいに目に入った。
手に触れると、一世一代のライブになるはずだった、8年前のあの日を思い出した。
つづく
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最終的に利害一致みたいになって、もう逃げられない感じですね😂
主人公以外、全員の利害が一致してるでしょ😂
もう現実逃避して、過去を語っていきます。彼は😂
突然の養子提案、それを断わる大家さん、大家さん何を考えているのか、考えると怖いです😂
大家さん、なかなか手強い提案をしてきます…!
受け入れられるか斉藤😆⁉️
ノセさーーん!!
夜お店閉めてたんですね🤣
でも、ノセさん本当に憎めない人。
RYOJIくんも怒ったり、呆れたりだけど、なんだかんだで優しいですね😊
労働時間、実は極端に少ない人でした😂
小説を最近投稿してませんでしたが、感想もらって嬉しくなったので、また投稿開始します🙏
ありがとうございます!