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【完結話】或るシングルマザーの憂鬱
#17 茶番劇
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電話を切ってすぐ、「圭吾~」と低くうなって振り返ったら、ドアの前には圭吾も野田もいなかった。
歯をかみしめて、閉められたドアのガラス部分から中をのぞいた。
騒ぎ立てる群れから離れ、部屋の隅の方で床に体育座りをして、二人並んで笑っていた。
野田が立ち上がり、テーブルから飲み物と食べ物を持ってきて、圭吾の横にまた座り直した。
他の大人たちは二人を気にすることなく、宴を続けている。
圭吾は普段自分で開けているジュースの缶を野田に開けてもらい、わざとこぼして口元や服を拭いてもらっていた。
甘えた顔をしている。
あたしはガラスにおでこをつけて、圭吾と野田を見据えた。
から揚げを野田の口に入れてあげるふりをして、めがねに押し付ける圭吾。
ふさふさの野田の髪の毛を抜けるくらい引っ張って、馬乗りになる圭吾。
そしてあれやって、これやってと要求をエスカレートしつつ、野田をこき使っている。
子供がすることだから、と言うには少々度が過ぎているが、嫌がらせをしているわけではない。
嬉しくて、楽しくて、ただそれだけなのだ。
相手の反応など気にせず、関わるだけ。
それだけでいいのだ。好きなのだ。
野田はされるがままに笑っている。
圭吾に充分応えている。
この二人は完璧な関係だな、と案じていたらガラスが霞んで二人がぼやけた。
ガラスを擦ってもますます見えなくなり、ああ、あたしは泣いているのだ、と気づいた。
あたしには特段、甘えたり無茶をしてきたりなどしない圭吾が、野田にはあんなに子供らしく甘えて、無茶をして、要求している。
パパを知らない圭吾が野田を「パパだ」と言いたい訳はわかった。
しかしよりによって、野田か。
あの、きもっさんで、こわっさんで、やばっさんの野田か。
あたしは化粧が取れるくらい顔を強く擦った。
手で覆う口元からふつふつと笑いがこみ上げてくる。
野田はないだろうという本心と、野田でもいいかぁというまさかの感情が、どちらに片寄ることもないニュートラルな状態で胸の中に浮かんでいる。
あたしはドアを開け二人の元へ近づいていく。
野田が先に顔をあげ、圭吾もあたしを見つめる。
「野田さん、すみませんでした。圭吾、野田さんに会いたかったみたいなんです」
そうなんでしょ、と圭吾に目配せして、あたしは野田に頭を下げた。
圭吾は肩を落として口を結ぶ。
「そうでしたか。気が合いますね。わたしも圭吾くんと、会いたかったんですよ」
野田が嬉しそうに圭吾を見て言った。
それを聞いて圭吾は、結んでいた唇をへの字に曲げて、ポロポロと涙をこぼした。
声をたてまいと必死に堪えている。
野田がびっくりして、震える手で圭吾の頭を撫でると、声のダムが崩壊したような大きな声で圭吾が泣き出した。
盛り上がる人だかりの中の数人が、不思議そうにこちらを見る。
鮫島くんの「あ、圭吾くんがいる!しかも泣いてる」という声が聞こえる。
「圭吾、今日は野田さんに遊んでもらってよかったね。でもここは大人の場所だから、もう帰るの。わかるでしょ」
ぐしょ濡れになった圭吾の顔をハンカチで拭く。
「お、お、おれ、じゃあ、もうかえる。こんどは、こどものばしょで、あ、あそんで」
圭吾はしゃくりあげて、野田と指きりをする。
野田はあたしの目を気にしながら、小さく口を動かす。
「いいですよ。いっぱい、行きたいところあります。また遊びましょう」
まあ、いいだろう。圭吾は涙を浮かべたまま微笑んでいる。
あたしは「よし」とうなずいてやった。
帰り支度をしていると、「やだ、帰っちゃうの。まだいいじゃない」と山本さんがあたしを引き止めた。
「子供が勝手に来てしまったので、連れて帰ります」と圭吾を指差し、お世話になったお礼も述べて会議室を出た。
野田は自転車置き場まで圭吾と手をつないでついてきた。
穴あきだったトタンの屋根が、きれいに直されている。
軒越しに、冬の短い夕方の空が見えた。
薄紫色の空には、下方をオレンジピンクに染めた雲が浮かんでいる。
野田は圭吾を荷台の子供乗せ椅子に座らせ、空を見上げていたあたしに、見当外れも甚だしいことを言ってきた。
「こ、この数日忙しくて、逢瀬がなくて、すみません」
呆気にとられた。
気味悪さに震える。
でも何だか照れを隠したシュールなジョークにも聞こえて、思わず少し笑ってしまった。
「なにを二人れ、いい雰囲気になっているんれすかぁー」
呂律の回っていない声がして振り向くと、すわった目をした鮫島くんが立っていた。
あたしと野田が共に会議室から出たのを怪しんで、抜け出してきたのだろうか。
「いい雰囲気とかじゃないわよ。圭吾を見送りにきてくれたの、野田さんは」
しょうがない人だなぁと鮫島くんに呆れ返り、半ば無視して自転車にまたがった。
「圭吾くんは、えらく野田さんに、馴染んれますね。ぼくには、素っ気なかったのにさー」
お酒のにおいを振りまいて、鮫島くんはふくれる。
「だって、のだっさん、おもしろいんだもん」
「かぁー。野田さんは卑怯ら。子供から攻め落としていくなんて」
「そんな、とんでもないです。ただ、圭吾くんがかわいくて」
「おれも。のだっさんが、かわいくて」
「圭吾くん、野田さんに騙されているよ。可哀相に」
「のだっさんは、だましてない。サメジマのばか」
「なんだよ、わかんねーガキだな」
また鮫島くんは子供相手にムキになっている。愛想もつきてしまう。
「もう、主賓の人も酔っ払いの人も戻ってね。じゃ、今年もお世話をになりました。良いお年を」
早くここから離れてしまおうと、ペダルを踏み出そうとしたら、
「圭吾くん、そんなに野田さんがいいなら、野田さんの養子になっちゃえばいいじゃーん」
と、鮫島くんが吐き捨てるように言ってきた。
あたしは「はぁ?」と顔を歪めて振り向いた。
「そうしたら、小北さんとぼくは二人で付き合えるしさー」
「ちょっと。酔っ払っているにしても、なんてこと言うの。信じられない。ばかじゃないの」
鮫島くんの考えもつかない楽観的な見通しは、一体、どういう思考回路を経て行き着くのだろう。
「親子そろって、ばかばか言うなー」
鮫島くんはグルグル腕を回して、側にいた野田につっ掛かっていった。
野田は避けながらも数発ポカリと頭をぶたれている。
修羅場と呼ぶには程遠いぶざまで幼稚な寸劇に、あたしはほとほと呆れ返って声も出ない。
「わたしはいいですよ。圭吾くんを養子にもらっても」
これ以上、事を続けなくてもよいのに、野田が鮫島くんに言い返す。
「でしょう?やった、これで小北さんと遠慮なく付き合える」
指を鳴らして浮かれる今の鮫島くんは、とても脳ミソを使って話している人とは思えない。
「圭吾を邪魔もの扱いするような人とは、付き合わない!」
あたしは、地の底から押し出してきたような野太い声で、はっきりと物申した。
もろ手を挙げていた鮫島くんの体の動きが、静止画みたいにピタリと止まり、「え」と母音を漏らした後、丸太が倒れる勢いでその場にひっくり返った。
ピクリともしない。
でも声だけは聞こえてきた。
「あめらー」とか「うー」とか唸っている。「ダメだ、もうー」と言っているらしい。
「お、お気を確かに」
「サメジマ、いまのは、おもしろかった」
圭吾は含み笑いし、野田は鮫島くんを抱き起こす。
こんなに困った人だったっけ、とあたしは鮫島くんの酔っ払って真っ赤な顔を見た。
ふと、野田と目が合った。
野田は、ときめいた顔をしている。
明らかに何かを期待した熱い視線をあたしにぶつけている。
何の真似かといぶかしく思い目をそらした。
が、咄嗟の推理である結論を導き出し、大急ぎで叫んだ。
「圭吾を大事にしてくれるからといって、付き合ったりもしませんから!」
危ないところだった。
うなずく仕草でも見せていたら、とんでもない方向へ飛んでいってしまうところだった。
それはやっぱり嫌だ。
あたしのきっぱりした言葉を耳にすると、野田は白目をむいて鮫島くんの横に転げた。
トタン屋根を見上げ、梅干を食べた時にする、すっぱい顔をして首を縦や横に振った。
白目のままだ。
「あはー。やっぱり、のだっさんが、いちばんおもしろい」
と圭吾が満足した様子で手を叩く。
なんなんだろう、この誇大で挙動のおかしな男二人は。
道端の電灯が自動で点灯し、共倒れしている野田と鮫島くんを改めてくっきりと照らし出す。
うまく左右対称に、「シェッー」のポーズだ。
回収されないボーリングのピンのように二人並んで倒れている姿は、気の毒なくらい失笑を買うポージングでキメられていた。
みっともなくて目も当てられないが、二人のぶっ倒れシーンをボーリングのCMにでもしたら面白いだろうなぁと、半ば感服さえした。
圭吾が笑いながらくしゃみをして鼻水をたらす。
すっかり日の落ちた空。
自転車置き場に敷き詰められた白い砂利。
手前のマンションから出てきた、いつもごみ出し日や時間を守らない若い女。
なんら変わりない日々の風景が目に映っているだけなのに、徐々に可笑しさがあたしにまとわりついてくる。
早く去ってしまいたいけれど、ここから動けなくなって、圭吾が笑うのにつられて一緒に大笑いするのだった。
「或るシングルマザーの憂鬱」章 おわり
次回から新章「或るシンガーソングライターの憂鬱」を投稿します。
よろしくお願いします。
歯をかみしめて、閉められたドアのガラス部分から中をのぞいた。
騒ぎ立てる群れから離れ、部屋の隅の方で床に体育座りをして、二人並んで笑っていた。
野田が立ち上がり、テーブルから飲み物と食べ物を持ってきて、圭吾の横にまた座り直した。
他の大人たちは二人を気にすることなく、宴を続けている。
圭吾は普段自分で開けているジュースの缶を野田に開けてもらい、わざとこぼして口元や服を拭いてもらっていた。
甘えた顔をしている。
あたしはガラスにおでこをつけて、圭吾と野田を見据えた。
から揚げを野田の口に入れてあげるふりをして、めがねに押し付ける圭吾。
ふさふさの野田の髪の毛を抜けるくらい引っ張って、馬乗りになる圭吾。
そしてあれやって、これやってと要求をエスカレートしつつ、野田をこき使っている。
子供がすることだから、と言うには少々度が過ぎているが、嫌がらせをしているわけではない。
嬉しくて、楽しくて、ただそれだけなのだ。
相手の反応など気にせず、関わるだけ。
それだけでいいのだ。好きなのだ。
野田はされるがままに笑っている。
圭吾に充分応えている。
この二人は完璧な関係だな、と案じていたらガラスが霞んで二人がぼやけた。
ガラスを擦ってもますます見えなくなり、ああ、あたしは泣いているのだ、と気づいた。
あたしには特段、甘えたり無茶をしてきたりなどしない圭吾が、野田にはあんなに子供らしく甘えて、無茶をして、要求している。
パパを知らない圭吾が野田を「パパだ」と言いたい訳はわかった。
しかしよりによって、野田か。
あの、きもっさんで、こわっさんで、やばっさんの野田か。
あたしは化粧が取れるくらい顔を強く擦った。
手で覆う口元からふつふつと笑いがこみ上げてくる。
野田はないだろうという本心と、野田でもいいかぁというまさかの感情が、どちらに片寄ることもないニュートラルな状態で胸の中に浮かんでいる。
あたしはドアを開け二人の元へ近づいていく。
野田が先に顔をあげ、圭吾もあたしを見つめる。
「野田さん、すみませんでした。圭吾、野田さんに会いたかったみたいなんです」
そうなんでしょ、と圭吾に目配せして、あたしは野田に頭を下げた。
圭吾は肩を落として口を結ぶ。
「そうでしたか。気が合いますね。わたしも圭吾くんと、会いたかったんですよ」
野田が嬉しそうに圭吾を見て言った。
それを聞いて圭吾は、結んでいた唇をへの字に曲げて、ポロポロと涙をこぼした。
声をたてまいと必死に堪えている。
野田がびっくりして、震える手で圭吾の頭を撫でると、声のダムが崩壊したような大きな声で圭吾が泣き出した。
盛り上がる人だかりの中の数人が、不思議そうにこちらを見る。
鮫島くんの「あ、圭吾くんがいる!しかも泣いてる」という声が聞こえる。
「圭吾、今日は野田さんに遊んでもらってよかったね。でもここは大人の場所だから、もう帰るの。わかるでしょ」
ぐしょ濡れになった圭吾の顔をハンカチで拭く。
「お、お、おれ、じゃあ、もうかえる。こんどは、こどものばしょで、あ、あそんで」
圭吾はしゃくりあげて、野田と指きりをする。
野田はあたしの目を気にしながら、小さく口を動かす。
「いいですよ。いっぱい、行きたいところあります。また遊びましょう」
まあ、いいだろう。圭吾は涙を浮かべたまま微笑んでいる。
あたしは「よし」とうなずいてやった。
帰り支度をしていると、「やだ、帰っちゃうの。まだいいじゃない」と山本さんがあたしを引き止めた。
「子供が勝手に来てしまったので、連れて帰ります」と圭吾を指差し、お世話になったお礼も述べて会議室を出た。
野田は自転車置き場まで圭吾と手をつないでついてきた。
穴あきだったトタンの屋根が、きれいに直されている。
軒越しに、冬の短い夕方の空が見えた。
薄紫色の空には、下方をオレンジピンクに染めた雲が浮かんでいる。
野田は圭吾を荷台の子供乗せ椅子に座らせ、空を見上げていたあたしに、見当外れも甚だしいことを言ってきた。
「こ、この数日忙しくて、逢瀬がなくて、すみません」
呆気にとられた。
気味悪さに震える。
でも何だか照れを隠したシュールなジョークにも聞こえて、思わず少し笑ってしまった。
「なにを二人れ、いい雰囲気になっているんれすかぁー」
呂律の回っていない声がして振り向くと、すわった目をした鮫島くんが立っていた。
あたしと野田が共に会議室から出たのを怪しんで、抜け出してきたのだろうか。
「いい雰囲気とかじゃないわよ。圭吾を見送りにきてくれたの、野田さんは」
しょうがない人だなぁと鮫島くんに呆れ返り、半ば無視して自転車にまたがった。
「圭吾くんは、えらく野田さんに、馴染んれますね。ぼくには、素っ気なかったのにさー」
お酒のにおいを振りまいて、鮫島くんはふくれる。
「だって、のだっさん、おもしろいんだもん」
「かぁー。野田さんは卑怯ら。子供から攻め落としていくなんて」
「そんな、とんでもないです。ただ、圭吾くんがかわいくて」
「おれも。のだっさんが、かわいくて」
「圭吾くん、野田さんに騙されているよ。可哀相に」
「のだっさんは、だましてない。サメジマのばか」
「なんだよ、わかんねーガキだな」
また鮫島くんは子供相手にムキになっている。愛想もつきてしまう。
「もう、主賓の人も酔っ払いの人も戻ってね。じゃ、今年もお世話をになりました。良いお年を」
早くここから離れてしまおうと、ペダルを踏み出そうとしたら、
「圭吾くん、そんなに野田さんがいいなら、野田さんの養子になっちゃえばいいじゃーん」
と、鮫島くんが吐き捨てるように言ってきた。
あたしは「はぁ?」と顔を歪めて振り向いた。
「そうしたら、小北さんとぼくは二人で付き合えるしさー」
「ちょっと。酔っ払っているにしても、なんてこと言うの。信じられない。ばかじゃないの」
鮫島くんの考えもつかない楽観的な見通しは、一体、どういう思考回路を経て行き着くのだろう。
「親子そろって、ばかばか言うなー」
鮫島くんはグルグル腕を回して、側にいた野田につっ掛かっていった。
野田は避けながらも数発ポカリと頭をぶたれている。
修羅場と呼ぶには程遠いぶざまで幼稚な寸劇に、あたしはほとほと呆れ返って声も出ない。
「わたしはいいですよ。圭吾くんを養子にもらっても」
これ以上、事を続けなくてもよいのに、野田が鮫島くんに言い返す。
「でしょう?やった、これで小北さんと遠慮なく付き合える」
指を鳴らして浮かれる今の鮫島くんは、とても脳ミソを使って話している人とは思えない。
「圭吾を邪魔もの扱いするような人とは、付き合わない!」
あたしは、地の底から押し出してきたような野太い声で、はっきりと物申した。
もろ手を挙げていた鮫島くんの体の動きが、静止画みたいにピタリと止まり、「え」と母音を漏らした後、丸太が倒れる勢いでその場にひっくり返った。
ピクリともしない。
でも声だけは聞こえてきた。
「あめらー」とか「うー」とか唸っている。「ダメだ、もうー」と言っているらしい。
「お、お気を確かに」
「サメジマ、いまのは、おもしろかった」
圭吾は含み笑いし、野田は鮫島くんを抱き起こす。
こんなに困った人だったっけ、とあたしは鮫島くんの酔っ払って真っ赤な顔を見た。
ふと、野田と目が合った。
野田は、ときめいた顔をしている。
明らかに何かを期待した熱い視線をあたしにぶつけている。
何の真似かといぶかしく思い目をそらした。
が、咄嗟の推理である結論を導き出し、大急ぎで叫んだ。
「圭吾を大事にしてくれるからといって、付き合ったりもしませんから!」
危ないところだった。
うなずく仕草でも見せていたら、とんでもない方向へ飛んでいってしまうところだった。
それはやっぱり嫌だ。
あたしのきっぱりした言葉を耳にすると、野田は白目をむいて鮫島くんの横に転げた。
トタン屋根を見上げ、梅干を食べた時にする、すっぱい顔をして首を縦や横に振った。
白目のままだ。
「あはー。やっぱり、のだっさんが、いちばんおもしろい」
と圭吾が満足した様子で手を叩く。
なんなんだろう、この誇大で挙動のおかしな男二人は。
道端の電灯が自動で点灯し、共倒れしている野田と鮫島くんを改めてくっきりと照らし出す。
うまく左右対称に、「シェッー」のポーズだ。
回収されないボーリングのピンのように二人並んで倒れている姿は、気の毒なくらい失笑を買うポージングでキメられていた。
みっともなくて目も当てられないが、二人のぶっ倒れシーンをボーリングのCMにでもしたら面白いだろうなぁと、半ば感服さえした。
圭吾が笑いながらくしゃみをして鼻水をたらす。
すっかり日の落ちた空。
自転車置き場に敷き詰められた白い砂利。
手前のマンションから出てきた、いつもごみ出し日や時間を守らない若い女。
なんら変わりない日々の風景が目に映っているだけなのに、徐々に可笑しさがあたしにまとわりついてくる。
早く去ってしまいたいけれど、ここから動けなくなって、圭吾が笑うのにつられて一緒に大笑いするのだった。
「或るシングルマザーの憂鬱」章 おわり
次回から新章「或るシンガーソングライターの憂鬱」を投稿します。
よろしくお願いします。
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