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【完結話】或るシングルマザーの憂鬱

#11 地下道にいたアイツ

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次の日。
散歩しよう、と圭吾を外に連れ出した。


「きょう、おじいちゃんが、じてんしゃもってきてくれるかも。おれ、いえでまってる」


そう言ってきかなかったのを無理矢理だ。
キュンキュン・ワールドへ行くとは、まだ圭吾には言っていない。

びっくりさせたいのもあるが、万が一何かの事情でキュンキュン・ワールドに入ることができなかったら、また圭吾をがっかりさせることになるのを避けるためだ。

晴れて良かった。
野田が付き添うきらいは大いにあるが、かかるお金は全部向こう持ちみたいだし、たまに視界に野田が入ってくることを我慢さえすればいいのだ。
概ね圭吾と二人で楽しむことができる。

逆にラッキーだったかもしれない。
鮫島くんとはこうはいかなかっただろう。

昨日、帰り際に鮫島くんを撒くのに苦労したもんだ。


「野田さんとキュンワーに行くことなんてないですよ。実家でパーティーもあるのだし。ドタキャンすればいい」


自転車置き場にまでついてきて、しつこくドタキャンしろ、と詰め寄ってきたのだ。


「はー。でもまあ、タダだし、圭吾も喜ぶだろうし行くよ。野田さんは居ていないようなものだし」


「どうしても行くのなら、ぼくと三人で行きましょうよ。タダですよ、ぼくとだってー」


鮫島くんはあたしの両腕をつかんで、駄々っ子みたいに揺すってきた。
子供っぽくて可愛らしい仕草も、時と場合によっては煩わしさが数段アップする。


「だめなんだよ。鮫島くんとじゃ、だめなの。今回は圭吾を楽しませるってことだけに重点をおいているの。だから野田さんでちょうどいいんだよ。鮫島くんとじゃ、圭吾がヤキモチ焼いて大変なの。あたしが鮫島くんと二人で楽しいって思っているのがバレてるのかなー」


鮫島くんを少し喜ばせるようなことを言って、いい気にさせてそのままま放っていこうと思った。


「そうかあ。僕とじゃ、二人のデートになってしまいますもんね。わかりました、今回だけですよ。キュンワー出たら、電話くださいね。気になるから」


効き目があったようだ。
変に声をうわずらせた鮫島くんは、口笛を吹いて嬉しげに社内へ戻っていき、あたしを解放したのだった。



祝日の今日は珍しく空が青く澄んでいる。見上げると空の端っこは、冬枯れの木の枝を模様にしたスカーフのように見えた。
寒さも普段より少し和らいでいる。
あたしと圭吾は気分よく保育園に行く道順を辿って行った。

まさかキュンキュン・ワールドを目指しているとは思ってもいない圭吾は、あちこち道草をして、なかなか進もうとしない。

道路わきの用水路に続く、ひとすじの水流に夢中になっている。
秋には綺麗だったモミジの赤い葉が、今は黒ずんで底にへばり付いている。

つないでいた手を離した圭吾が、枯葉と土が混じった塵を触りだした。
その中から、ひそかに隠れていた、彩りを残す一枚の葉を見つけ出した。

得意げにあたしに見せてきて、ミミズみたいな細い流れにそっと浮かせる。
色あせた他の葉につっかえながら流れていく赤い葉は、それでも止まることなく大きな用水路まで行き着き、早い水の流れにさらわれていった。

「うみにいくのを、てつだってあげたのだ」


「それでいいのだ」


再び手をつないで圭吾ペースで歩き出す。
国道に出ると、キュンキュン・ワールドが見えて、いやでも早足で引き寄せられるに違いない。




随分遠くからでも、地下道の入り口前に立つ、野田の姿がはっきりとわかった。

派手な色の服装をしているわけでもないのに、醸し出すオーラといものが、そこらにいる人たちと歴然とした違いを表している。

以外にも若い服装でキメているが、借りてきた感いっぱいで着こなせていない。

黒いニット帽に硬くて多い髪の毛をしこたま詰め込んでいるせいか、どうもミニアフロに見えてしまう。

細身の白いライダースジャケットは、野田が着ることによって作業着風に一変している。

背中にはリュックを背負っているのか、両脇に肩ひもが見えて、小学三年生の遠足を連想させる。

右見てソワソワ、左見てソワソワと落ち着きがない。
ため息ものだ。

歩み寄るあたしたちに気づいた野田は、目をひん剥いたひょうしにずり落ちたメガネを元に戻した。

しばらく口元に微笑を浮かべてあたしたちを見守っていたが、圭吾の視線を感じた途端、くるりと優雅に半回転ターンを決め、よその方向を向いた。

自分はあなたたちとは無関係だと示したつもりの野田の行動は、余計に目立って気を引いてしまい、圭吾の目も他の親子連れの目をも釘付けにさせた。



つづく
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