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後日談
86 私の愛する夫2
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「……また見当外れな事を考えているようですね」
アーサーは溜息を吐くと、なぜか私の上からどいた。
「貴女の心など望まない。信じてくれなくても構わない。貴女さえ手に入るならそれでいいと思っていましたが、こんな風に泣かれるのは思っていたより、つらいですね」
アーサーは寝台の端に座ると上半身を起こした私と向き直った。
「貴女は信じないけれど私は貴女を愛しています。でなきゃ妻の妊娠中、禁欲などしませんよ」
愛しているから妻の妊娠中、他の女性を抱かなかった?
彼の言っている事は一応、理に適っている。
「……信じていいの? 信じて裏切られたら? そんなの耐えられない!」
「……もしかして、それが私の言葉だけは頑なに信じない理由ですか?」
アーサーは私を抱きしめた。いつもの奪うようなものではなく、どこか労わるような抱擁だった。
「手に入ればそれでいいと貴女ときちんと向き合わなかった私のせいですね」
「……別にあなたのせいじゃない。私もきちんとあなたと向き合わなかったもの」
私の周囲に見せる姿が偽りだと見抜かれていたけれど本当の自分として彼と向き合ってこなかった。そんな私と腹を割って話そうとは思わないだろう。
「貴女があんな態度でなければ、私は貴女に興味を持つ事はなかったですよ」
「え?」
驚いた事に、アーサーは私の言葉と表情が一致しない言動で私に興味を持ち愛するようになったのだという。
「私の体も心も命も、私の全ては貴女のものだ」
軽く口づけられた。
「そして、貴女の体も心も命も、貴女の全ては私のものだ」
今度は深い口づけに変わった。
口づけが終わった頃には、くたりとした私をアーサーは寝台に押し倒した。
「……てっ!? ちょっと待って!」
アーサーが私の寝間着を脱がそうとしているのを見て、ようやく我に返った。
(……危なかった! もう少しで流されるところだったわ!)
慌ててアーサーの手を払いのけ襟元を掻き合わせると、彼はあからさまに不機嫌そうな顔になった。
「……まだ何か? 肉欲を満たすためだけに抱いている訳じゃないと、もう分かったでしょう?」
アーサーは言外に「まだ何か文句あるのか?」と言いたげだ。
「……しばらくは駄目」
「ああ!?」
初めて聞いたアーサーの殺気立った声に私はびくりと震えた。
「……人がこの一年禁欲に耐えて、ようやく貴女が復調したから抱けると思ったら散々ごねて、挙句『しばらくは駄目』? ふざけんな!」
どんなに怒っても怒鳴る事だけはしなかったアーサーが最後は怒鳴りつけてきた。
私は息を呑んだ。
アーサーが怒鳴ったからだけでなく私を見る彼の目が怒りと欲望にぎらついていたからだ。
(……これは、まずい!)
こうなったアーサーからは絶対逃げられない。
けれど、しばらくは彼と肌を重ねたくない。
(……ど、どうしよう!?)
内心焦る私にアーサーが不穏な事を言いだした。
「さっき好きにすればいいと言いましたよね? では、好きにしますね」
「……あ、あれは」
……確かに言った。どんなに抵抗しても力では敵わないし、体だけしか求められていないと思い込んで自暴自棄になっていたからだ。
私のそんな気持ちなどアーサーだったらお見通しだろうに、今は自分の都合のいいように曲解する気らしい。
「……私を愛しているのよね? 肉欲だけで私を抱いているのじゃないのよね? だったら、もうしばらく我慢してくれない?」
私はうるうるの瞳でアーサーを見上げて懇願したが、「発情中の雄」を思わせる眼差しにぶつかって、ぞくりとした。
「……そんな可愛い顔で懇願されても逆効果ですよ。リズ」
(……睨んでも逆効果だと言ってたけど? 私はどうすればいいのよ!)
内心で罵る私にアーサーが冷たく言った。
「私ももう限界なので」
私を愛していると言いながら彼は結局自分の欲望を優先するのだ。
そんな事は分かっていた。
閨で私がどれだけ懇願しても泣き喚いても彼が満足するまで解放される事はなかったのだから。
冷静沈着、怜悧で理性的で禁欲的、そして、自分勝手な私の夫。
それでも愛している。
だから――。
「……今の私の体を見せたくないの」
「リズ?」
「私の体、妊娠前と違うわ。……胸とかお腹とかお尻とか」
息子を産んだ体を恥じる気はないが、妊娠前よりだぼついたお腹やお尻をさらす度胸もない。
ドレスを着ている分にはいいのだ。妊娠前とさして変わらなく見える。
ただし裸になれば一目瞭然だ。
もうアーサーと肌を重ねる事はないと思っていたから油断していた。
「……そんな事か」
アーサーは溜息を吐いた。
「そんな事って、人の深刻な悩みを」
むっとしてアーサーを睨みつけると思いの外優しい眼差しが返ってきた。
「アーサー?」
戸惑う私にかけるアーサーの声音まで優しかった。
「貴女なら貧乳でも抱ける。まして私の息子を産んだ体だ。厭うはずがない」
(あなた、自分の息子を愛してないどころか、関心すらないよね?)
それだのに、咄嗟に息子の事を持ち出すのは、どうかと思う。
それに聞き捨てならない事まで言ってくれた。
「今は貧乳じゃないわよ!」
メアリーほどではないが授乳期間(実際にリカルドに授乳するのは乳母だけど)である今の私の胸は妊娠前よりは豊かになった。……授乳期間が終われば元に戻るだろうけど。
「ふうん」
アーサーはにやりと笑った。
「それは夫として、ぜひ確認しなくては」
「何言っているのよ!?」
抵抗する私に構わずアーサーは寝間着を強引にはぎ取った。
こうなっては諦めるしかなさそうだ。
だったらせめてと、私はにっこり笑ってお願いした。
「一年ぶりなんだから手加減してね」
アーサーもにっこり笑って一言。
「無理」
「は?」
「一年ぶりなので手加減は絶対無理。まして、散々焦らされた」
「焦らしてない!」
とんだ言いがかりに思わず睨みつけた。
「その顔は、この場合逆効果ですよ。リズ。尤も」
アーサーは、くすりと笑った。
「貴女のどんな表情も仕草も全て私の『雄』を煽るものでしかないですが」
衝撃的な科白に私は絶句した。
「翌日はちゃんとお世話しますから貴女は思う存分、乱れて啼いてください」
どんな女性も陥落するだろう色気が滴るような美しい笑顔でアーサーは言い放った。
「やっぱやだあっ!」
じたばた暴れる私を当然アーサーが逃がしてくれるはずもなく――。
王太女夫妻の寝室から一晩中、私の悲鳴交じりの嬌声がやむ事はなかった。
翌日、疲労困憊で寝台から動けない私は、妙にすっきりした顔で甲斐甲斐しく私の世話をするアーサーを罵った。
「アーサーの馬鹿! 一年といわず一生禁欲してなさい!」
私のこの呪い(?)が効いたのか、アーサーは一生ではないが禁欲する事になる。
私が後二回妊娠するからだ。
来年には第二子で次男のヘンリー(愛称はハンク)が、その四年後には第三子で長女、唯一の娘であるエリザベス(愛称はベス)が生まれる。
アーサーは溜息を吐くと、なぜか私の上からどいた。
「貴女の心など望まない。信じてくれなくても構わない。貴女さえ手に入るならそれでいいと思っていましたが、こんな風に泣かれるのは思っていたより、つらいですね」
アーサーは寝台の端に座ると上半身を起こした私と向き直った。
「貴女は信じないけれど私は貴女を愛しています。でなきゃ妻の妊娠中、禁欲などしませんよ」
愛しているから妻の妊娠中、他の女性を抱かなかった?
彼の言っている事は一応、理に適っている。
「……信じていいの? 信じて裏切られたら? そんなの耐えられない!」
「……もしかして、それが私の言葉だけは頑なに信じない理由ですか?」
アーサーは私を抱きしめた。いつもの奪うようなものではなく、どこか労わるような抱擁だった。
「手に入ればそれでいいと貴女ときちんと向き合わなかった私のせいですね」
「……別にあなたのせいじゃない。私もきちんとあなたと向き合わなかったもの」
私の周囲に見せる姿が偽りだと見抜かれていたけれど本当の自分として彼と向き合ってこなかった。そんな私と腹を割って話そうとは思わないだろう。
「貴女があんな態度でなければ、私は貴女に興味を持つ事はなかったですよ」
「え?」
驚いた事に、アーサーは私の言葉と表情が一致しない言動で私に興味を持ち愛するようになったのだという。
「私の体も心も命も、私の全ては貴女のものだ」
軽く口づけられた。
「そして、貴女の体も心も命も、貴女の全ては私のものだ」
今度は深い口づけに変わった。
口づけが終わった頃には、くたりとした私をアーサーは寝台に押し倒した。
「……てっ!? ちょっと待って!」
アーサーが私の寝間着を脱がそうとしているのを見て、ようやく我に返った。
(……危なかった! もう少しで流されるところだったわ!)
慌ててアーサーの手を払いのけ襟元を掻き合わせると、彼はあからさまに不機嫌そうな顔になった。
「……まだ何か? 肉欲を満たすためだけに抱いている訳じゃないと、もう分かったでしょう?」
アーサーは言外に「まだ何か文句あるのか?」と言いたげだ。
「……しばらくは駄目」
「ああ!?」
初めて聞いたアーサーの殺気立った声に私はびくりと震えた。
「……人がこの一年禁欲に耐えて、ようやく貴女が復調したから抱けると思ったら散々ごねて、挙句『しばらくは駄目』? ふざけんな!」
どんなに怒っても怒鳴る事だけはしなかったアーサーが最後は怒鳴りつけてきた。
私は息を呑んだ。
アーサーが怒鳴ったからだけでなく私を見る彼の目が怒りと欲望にぎらついていたからだ。
(……これは、まずい!)
こうなったアーサーからは絶対逃げられない。
けれど、しばらくは彼と肌を重ねたくない。
(……ど、どうしよう!?)
内心焦る私にアーサーが不穏な事を言いだした。
「さっき好きにすればいいと言いましたよね? では、好きにしますね」
「……あ、あれは」
……確かに言った。どんなに抵抗しても力では敵わないし、体だけしか求められていないと思い込んで自暴自棄になっていたからだ。
私のそんな気持ちなどアーサーだったらお見通しだろうに、今は自分の都合のいいように曲解する気らしい。
「……私を愛しているのよね? 肉欲だけで私を抱いているのじゃないのよね? だったら、もうしばらく我慢してくれない?」
私はうるうるの瞳でアーサーを見上げて懇願したが、「発情中の雄」を思わせる眼差しにぶつかって、ぞくりとした。
「……そんな可愛い顔で懇願されても逆効果ですよ。リズ」
(……睨んでも逆効果だと言ってたけど? 私はどうすればいいのよ!)
内心で罵る私にアーサーが冷たく言った。
「私ももう限界なので」
私を愛していると言いながら彼は結局自分の欲望を優先するのだ。
そんな事は分かっていた。
閨で私がどれだけ懇願しても泣き喚いても彼が満足するまで解放される事はなかったのだから。
冷静沈着、怜悧で理性的で禁欲的、そして、自分勝手な私の夫。
それでも愛している。
だから――。
「……今の私の体を見せたくないの」
「リズ?」
「私の体、妊娠前と違うわ。……胸とかお腹とかお尻とか」
息子を産んだ体を恥じる気はないが、妊娠前よりだぼついたお腹やお尻をさらす度胸もない。
ドレスを着ている分にはいいのだ。妊娠前とさして変わらなく見える。
ただし裸になれば一目瞭然だ。
もうアーサーと肌を重ねる事はないと思っていたから油断していた。
「……そんな事か」
アーサーは溜息を吐いた。
「そんな事って、人の深刻な悩みを」
むっとしてアーサーを睨みつけると思いの外優しい眼差しが返ってきた。
「アーサー?」
戸惑う私にかけるアーサーの声音まで優しかった。
「貴女なら貧乳でも抱ける。まして私の息子を産んだ体だ。厭うはずがない」
(あなた、自分の息子を愛してないどころか、関心すらないよね?)
それだのに、咄嗟に息子の事を持ち出すのは、どうかと思う。
それに聞き捨てならない事まで言ってくれた。
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「ふうん」
アーサーはにやりと笑った。
「それは夫として、ぜひ確認しなくては」
「何言っているのよ!?」
抵抗する私に構わずアーサーは寝間着を強引にはぎ取った。
こうなっては諦めるしかなさそうだ。
だったらせめてと、私はにっこり笑ってお願いした。
「一年ぶりなんだから手加減してね」
アーサーもにっこり笑って一言。
「無理」
「は?」
「一年ぶりなので手加減は絶対無理。まして、散々焦らされた」
「焦らしてない!」
とんだ言いがかりに思わず睨みつけた。
「その顔は、この場合逆効果ですよ。リズ。尤も」
アーサーは、くすりと笑った。
「貴女のどんな表情も仕草も全て私の『雄』を煽るものでしかないですが」
衝撃的な科白に私は絶句した。
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どんな女性も陥落するだろう色気が滴るような美しい笑顔でアーサーは言い放った。
「やっぱやだあっ!」
じたばた暴れる私を当然アーサーが逃がしてくれるはずもなく――。
王太女夫妻の寝室から一晩中、私の悲鳴交じりの嬌声がやむ事はなかった。
翌日、疲労困憊で寝台から動けない私は、妙にすっきりした顔で甲斐甲斐しく私の世話をするアーサーを罵った。
「アーサーの馬鹿! 一年といわず一生禁欲してなさい!」
私のこの呪い(?)が効いたのか、アーサーは一生ではないが禁欲する事になる。
私が後二回妊娠するからだ。
来年には第二子で次男のヘンリー(愛称はハンク)が、その四年後には第三子で長女、唯一の娘であるエリザベス(愛称はベス)が生まれる。
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