83 / 86
後日談
83 私の最愛の妻2(アーサー視点)
しおりを挟む
「アーサー様!」
嬉しそうに駆け寄って来たヨハンナを男の一人が取り押さえた。
「放して!」
ようやく私以外のこの場にいる、どう見ても堅気ではない男達に気づいたのか、ヨハンナは顔色を変えた。
「お言いつけ通り、ヨハンナを連れてきました。では、私はこれで失礼します」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
妾妃の部下で彼女の命令で王太女の侍女となったグレンダは、基本的に妾妃とリズの命令しか受けつけない。今回私に従ったのは、そうするように妾妃に命じられたからだ。
妾妃も知っているのだ。ヨハンナがわざとリズに王妃の死を聞かせた事を。なぜ、そうしたのかも気づいているのだろう。
だから、ヨハンナの処分を私に任せた。
別に自ら手を汚す事にためらいがあるからではないだろう。そういう人間なら王妃の取り巻きを「始末」したり我が子を復讐の道具にはできない。
ヨハンナが私に惚れているから私が手を下したほうが、より彼女のショックが強いと思い私に任せたのだ。
「ま、待って! グレンダさん!」
ヨハンナはすがるような目をグレンダに向けたが、彼女は無視して、さっさと馬車に乗り込んだ。
馬車が視界から消えると、男に取り押さえられたヨハンナは怯えたように私を見た。
グレンダは「アーサー王子があなたに内密な話があるそうなの」と言って、ここに連れてきた。彼女はてっきり自分が数か月前にした「愛人志願」を私が承諾したと思い警戒もせずにグレンダについてきたのだろう。
けれど、到着した途端、堅気ではない男に取り押さえられ、グレンダは自分を見捨てて、さっさと逃げ出した。
ヨハンナはようやく分かったようだ。私が自分を呼びだした理由が自分が思い描いていた事とは、まるで違うと。
「――見たよな?」
「……アーサー様?」
「私とリズの閨を覗いていたよな?」
「……ひっ!」
私の口調こそ静かだが抑えきれない怒気に気づいたのか、ヨハンナはがくがくと震えだした。
ケイティはリズに妾妃の部下だとばれた時、「主の命令だったから仕方なく貴女を監視していたのだ」と言い訳は一切せず、ただ「貴女を騙していました」と土下座した。妾妃の命令でした事とはいえ、実際にリズを監視しリズの信頼を裏切っていたのは自分だからと、どんな報復をされても受け入れる覚悟をしていたのだ(リズの性格なら私や妾妃のような残酷な報復は絶対にできないだろうが)。
ヨハンナは、この女は、外見特徴こそケイティに似ているが、彼女のように私に喰ってかかる胆力や自分がした事の責任をとる覚悟もない。
その程度の人間がリズを、私と妾妃という、いざとなれば人間性を一切棄て冷酷非情になれる化物の至宝を傷つけるとは。分かったところで全てもう遅いが。
「私とリズの閨を覗いたばかりか、リズを傷つけた。それ相応の報いを受けてもらう」
安定期に入り体調が戻ってきたリズとは仕事以外では距離を置いていた。そうしなければ……襲うのが確信できるからだ。彼女に対してだけは理性も自制心も役に立たない。せっかく得た腹の子を失ってしまうかもしれない。
別に父親として我が子が流れる事を忌避しているのではない。私は人として大切な何かが欠けた人間だ。両親だろうと我が子だろうと肉親の情など抱けない。私に人間らしい感情を抱かせるのはリズだけだ。
子を失うのはどうでもいいが、子を失って悲しむリズは見たくない。
愛する妻が悲しむ姿を見て胸が痛むというのなら人間らしい感情だろうが、私はただ単にリズが私以外の事で感情を乱すのがとにかく嫌なのだ。
妾妃としても、妊娠でただでさえ精神が不安定になっているリズが嫌っている自分の顔を見せれば、興奮して腹の子によくないだろうと会いに行くのを自粛していた。
グレンダも妾妃の部下だと知られ解雇こそされていないが遠ざけられている。以前ほどリズの様子を探れなくなった。
それぞれの理由で私達がリズに近づけないでいる時に、リズへの精神攻撃を実行されたのだ。全く腹立たしい。ヨハンナに対しては勿論、自分自身に対してもだ。
「安心しろ。命はとらない」
私は「命は」と強調しているのに、それに気づかないのか、ヨハンナはあからさまにほっとしている。
「それでは生温いからな」
「え?」
「リズの媚態を見た目、リズの嬌声を聞いた耳、それらは潰させてもらう。私以外は知らなくていいリズのあの時の姿を見たなど、女であっても絶対に許さない」
必ず報復するので見られているのを知っていて放置していたのは棚上げした。
「お、お許しください!」
地面に這いつくばる女に構わず私は男達に言った。
「目と耳を潰した後は、お前達が楽しんでいいぞ。その後は、娼館に売ってこい」
目と耳を潰した女を買い取ってくれる所など娼館窟でも最下層に決まっている。
傅かれた貴族の女性にとっては娼館などどこも同じに見えるだろうが、客を厳選し美しいドレスを纏い避妊と性病の予防もしてくれ個室で毎日風呂に入る事も許される高級娼館と、避妊も性病の予防もせず不衛生な環境で不特定多数の客を取らされる最下層な娼館。どちらも多数の男に体を好き勝手される事に変わりなくても、どちらがマシか考えるまでもない。
「畏まりました」
男達は頷いた。
「い、嫌! お許しください! アーサー様!」
喚き始めた女を無視して、私は離れた所に繋いでいた愛馬に跨ると走らせた。
背後から女の悲鳴が聞こえたが、私の頭はもう出産中の最愛の妻の元に向かう事しか考えていなかった。
嬉しそうに駆け寄って来たヨハンナを男の一人が取り押さえた。
「放して!」
ようやく私以外のこの場にいる、どう見ても堅気ではない男達に気づいたのか、ヨハンナは顔色を変えた。
「お言いつけ通り、ヨハンナを連れてきました。では、私はこれで失礼します」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
妾妃の部下で彼女の命令で王太女の侍女となったグレンダは、基本的に妾妃とリズの命令しか受けつけない。今回私に従ったのは、そうするように妾妃に命じられたからだ。
妾妃も知っているのだ。ヨハンナがわざとリズに王妃の死を聞かせた事を。なぜ、そうしたのかも気づいているのだろう。
だから、ヨハンナの処分を私に任せた。
別に自ら手を汚す事にためらいがあるからではないだろう。そういう人間なら王妃の取り巻きを「始末」したり我が子を復讐の道具にはできない。
ヨハンナが私に惚れているから私が手を下したほうが、より彼女のショックが強いと思い私に任せたのだ。
「ま、待って! グレンダさん!」
ヨハンナはすがるような目をグレンダに向けたが、彼女は無視して、さっさと馬車に乗り込んだ。
馬車が視界から消えると、男に取り押さえられたヨハンナは怯えたように私を見た。
グレンダは「アーサー王子があなたに内密な話があるそうなの」と言って、ここに連れてきた。彼女はてっきり自分が数か月前にした「愛人志願」を私が承諾したと思い警戒もせずにグレンダについてきたのだろう。
けれど、到着した途端、堅気ではない男に取り押さえられ、グレンダは自分を見捨てて、さっさと逃げ出した。
ヨハンナはようやく分かったようだ。私が自分を呼びだした理由が自分が思い描いていた事とは、まるで違うと。
「――見たよな?」
「……アーサー様?」
「私とリズの閨を覗いていたよな?」
「……ひっ!」
私の口調こそ静かだが抑えきれない怒気に気づいたのか、ヨハンナはがくがくと震えだした。
ケイティはリズに妾妃の部下だとばれた時、「主の命令だったから仕方なく貴女を監視していたのだ」と言い訳は一切せず、ただ「貴女を騙していました」と土下座した。妾妃の命令でした事とはいえ、実際にリズを監視しリズの信頼を裏切っていたのは自分だからと、どんな報復をされても受け入れる覚悟をしていたのだ(リズの性格なら私や妾妃のような残酷な報復は絶対にできないだろうが)。
ヨハンナは、この女は、外見特徴こそケイティに似ているが、彼女のように私に喰ってかかる胆力や自分がした事の責任をとる覚悟もない。
その程度の人間がリズを、私と妾妃という、いざとなれば人間性を一切棄て冷酷非情になれる化物の至宝を傷つけるとは。分かったところで全てもう遅いが。
「私とリズの閨を覗いたばかりか、リズを傷つけた。それ相応の報いを受けてもらう」
安定期に入り体調が戻ってきたリズとは仕事以外では距離を置いていた。そうしなければ……襲うのが確信できるからだ。彼女に対してだけは理性も自制心も役に立たない。せっかく得た腹の子を失ってしまうかもしれない。
別に父親として我が子が流れる事を忌避しているのではない。私は人として大切な何かが欠けた人間だ。両親だろうと我が子だろうと肉親の情など抱けない。私に人間らしい感情を抱かせるのはリズだけだ。
子を失うのはどうでもいいが、子を失って悲しむリズは見たくない。
愛する妻が悲しむ姿を見て胸が痛むというのなら人間らしい感情だろうが、私はただ単にリズが私以外の事で感情を乱すのがとにかく嫌なのだ。
妾妃としても、妊娠でただでさえ精神が不安定になっているリズが嫌っている自分の顔を見せれば、興奮して腹の子によくないだろうと会いに行くのを自粛していた。
グレンダも妾妃の部下だと知られ解雇こそされていないが遠ざけられている。以前ほどリズの様子を探れなくなった。
それぞれの理由で私達がリズに近づけないでいる時に、リズへの精神攻撃を実行されたのだ。全く腹立たしい。ヨハンナに対しては勿論、自分自身に対してもだ。
「安心しろ。命はとらない」
私は「命は」と強調しているのに、それに気づかないのか、ヨハンナはあからさまにほっとしている。
「それでは生温いからな」
「え?」
「リズの媚態を見た目、リズの嬌声を聞いた耳、それらは潰させてもらう。私以外は知らなくていいリズのあの時の姿を見たなど、女であっても絶対に許さない」
必ず報復するので見られているのを知っていて放置していたのは棚上げした。
「お、お許しください!」
地面に這いつくばる女に構わず私は男達に言った。
「目と耳を潰した後は、お前達が楽しんでいいぞ。その後は、娼館に売ってこい」
目と耳を潰した女を買い取ってくれる所など娼館窟でも最下層に決まっている。
傅かれた貴族の女性にとっては娼館などどこも同じに見えるだろうが、客を厳選し美しいドレスを纏い避妊と性病の予防もしてくれ個室で毎日風呂に入る事も許される高級娼館と、避妊も性病の予防もせず不衛生な環境で不特定多数の客を取らされる最下層な娼館。どちらも多数の男に体を好き勝手される事に変わりなくても、どちらがマシか考えるまでもない。
「畏まりました」
男達は頷いた。
「い、嫌! お許しください! アーサー様!」
喚き始めた女を無視して、私は離れた所に繋いでいた愛馬に跨ると走らせた。
背後から女の悲鳴が聞こえたが、私の頭はもう出産中の最愛の妻の元に向かう事しか考えていなかった。
0
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。

もう一度あなたと?
キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として
働くわたしに、ある日王命が下った。
かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、
ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。
「え?もう一度あなたと?」
国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への
救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。
だって魅了に掛けられなくても、
あの人はわたしになんて興味はなかったもの。
しかもわたしは聞いてしまった。
とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。
OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。
どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。
完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。
生暖かい目で見ていただけると幸いです。
小説家になろうさんの方でも投稿しています。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです
じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」
アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。
金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。
私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる