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本編

72 私の最後の意地(皇太子視点)

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 留学しているとはいえ皇太子の義務として社交はしている。

 ある夜会でリズとアーサーと会った。

 リズが改めて公開試験をするようにアドバイスしてくれたお礼を私に言った後、アーサーはさりげなく彼女を追い払った。

 タイミングよくリズがDクラスにいた頃、一緒に行動する事が多かった令嬢三人を見つけて彼女達と話してくるように促したのだ。クラスが別になってから、あまり話していないだろうと。

 それに心動かされたのか、リズは私に一礼すると彼女達の元に向かった。

 私と向き直ったアーサーの雰囲気が、がらりと変わった。

 一見無表情なのは変わらない。けれど、リズを見る目には愛情や温かみがあったが、私を見る目には、そんなもの欠片もなかった。

 明らかの敵を見る目だ。

 完璧な容姿と誰もが跪かずにいられないカリスマ性を持つアーサーからそんな目を向けられれば逃げ出したくなるけれど、皇太子として……いや、その矜持以上に、同じ女性を愛する男としての意地で何とか踏みとどまった。

「王女殿下も仰ってましたが、私からもお礼を言います。皇太子殿下。あなたのアドバイスのお陰で王女殿下は不正の噂を一掃できました。ありがとうございました」

 誰もが見惚れるような美しい一礼をしても敬語を遣っていても敬意など全く感じられない。

「お礼を言われる事ではないよ。王女殿下の実力の結果だ」

「そうですね」

 一見何気ない返答だが、アーサーの瞳は言外に語っている。「そんな事は分かっている」と。

「今回は、あなたのアドバイスで助かりましたが、あまりリズに近づかないでくださいね。言いたくないですが、あなたはリズの婚約者筆頭候補だった方だ。妙な誤解をされては困りますから」

 これを言いたくてリズを追い払ったのか?

「クラスメイトになった以上、今までより親しくなってしまうが?」

 素直に言う事を聞くがの癪だった。

 名実共にアーサーはリズを手に入れる。

 クラスメイトとして親しくなるくらい大目に見ろと言いたい。

 アーサーは目を眇めた。それだけで妙な迫力があったが、私は自分を叱咤し彼から目をそらさなかった。

 リズも似たような事を言っていた。

 リズは純粋に私を心配して言ってくれているのが分かるが、この男は、ただ単に――。

「そんなに嫌なのか? 私が彼女に近づくのが」

 愛する婚約者に懸想する男が、しかも、彼女の婚約者筆頭候補だった男が近づくのを嫌がる気持ちは分かる。

 分かるけれど、二人きりになってから牽制するほどかと思う。

「嫌ですよ。あなたでなくても私以外の男がリズに近づくのは」

 素直に認めるアーサーに私は驚いた。

 この手の男は絶対に嫉妬や独占欲を他人に見せる事はないと思っていたからだ。

「それでも、王女殿下の婚約者は君だ」

 リズの婚約者はアーサーで、リズもアーサーを愛している。

 私でも誰でも入り込む事などできやしない。

「ええ。私です。誰にも譲る気はありません」

 アーサーは挑戦的な眼差しを私に向けてきた。

 私は表面上は平然と彼の視線を受け止めた。

 統治者として、男として、自分がアーサーに負けているのは分かっている。

 それでも、愛する女性への想いの強さだけは負けない。

 それだけが私に残っている最後の意地プライドだ。

「飛び級する王女殿下と私がクラスメイトでいられるのも少しの間だ。私自身、二年後には帝国に帰って婚約者と結婚する」

 そう、私にも婚約者がいる。テューダ王国王女であるリズとの婚約を断られた後、帝国のエウドキア・ミトロファノフ公爵令嬢との婚約が整った。王侯貴族なら幼少期で婚約を決められるのは当然の事なのだ。

「この先の人生を乗り切るために、多少の思い出を作るくらいは我慢してくれ。君は名実共に彼女を手に入れるのだから」

 異母弟やアーサーと違って、ごく普通の男である私が皇帝として生きるのだ。

 この先の人生を乗り越えるために、愛する女性と少しでも多く過ごしたかった。

「そんな事、私には関係ないです」

 言外に「知った事か」と告げるアーサーに私は微笑んだ。

「そう言うと思ったよ」

 今のやり取りで分かった。

 人間離れした外見と内面を持つ男が愛する女性に関してだけは驚くほど心が狭いのは。

 愛する女性との思い出を作るためなら多少怖い思いをするのは覚悟しよう。

 さすがに皇太子である私に「不愉快だから」という理由だけで消しにかかる事まではしないだろう。

 ……しないと思いたい。




 私はアーサーに消される事もなく無事に卒業した。

 婚約者のエウドキア・ミトロファノフ公爵令嬢と結婚し、三年後に息子ニコライが生まれた。

 そのニコライとリズとアーサーの娘ベスと私の異母弟イヴァンとの間に、ある騒動が起こるのだが、それは未来の話だ。






 







 










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