妾は、お前との婚約破棄を宣言する!

青葉めいこ

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本編

71 手に入れられなかった少女(皇太子視点)

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 リズと初めて会ったのは、彼女の六歳の誕生日会だった。

 実際にリズに会うのは、その時が初めてだったが、物心つく頃から彼女の存在は心に深く刻み込まれていた。私の婚約者筆頭候補として。

 ラズドゥノフ帝国皇太子の私、ピョートル・ラズドゥノフとテューダ王国王女の彼女、リズことエリザベス・テューダ、同い年の私達が生まれた時、帝国からテューダ王国に婚約をずっと打診してきたが、テューダ王国側は考えさせてほしいと返事を濁してきた。

 それが一年前、テューダ王国側が正式に婚約を断ってきた。王女の婚約者をペンドーン侯爵令息アーサーにすると正式に決めたのだという。

 帝国貴族の大半は、皇太子ではなく代々宰相を務める名門貴族とはいえ侯爵令息ごときを王女の婚約者に選ぶのかと憤っていたが、実際に婚約しなければならない皇太子わたしには何の感慨もなかった。

 顔も知らない少女だ。将来妻になるのだと聞かされても何とも思わない。

 皇太子として生まれた義務として顔や人格を知らなくても結婚しなければならないのは分かっていたが、まだ幼かった私には実感がなかったのだ。

 婚約を断られたとはいえ、ラズドゥノフ帝国以外を属国にしたほどの軍事力を持つテューダ王国と事を構えたくはない帝国は、婚約を断られた皇太子わたしに王女の誕生日会に参加させた。テューダ王国に対して何の含みもない事を示したかったらしい。

 実際に間近で婚約者となるはずだった王女を見て内心惜しかったなと思ってしまった。

 幼いながら整い過ぎた容姿の美少女だったのだ。

 けれど、私が心を奪われたのは、彼女の容姿ではない。

 子供とはいえ貴族である以上、公衆の面前ではそれなりの振る舞いを要求される。王族や皇族であれば尚更だ。

 けれど、彼女は、どういう訳か泣きそうな顔で婚約者であるアーサー・ペンドーン侯爵令息に悪態を吐いている。「本当は、こんな事言いたくないけど言わなきゃいけないの!」という悲壮な決意(?)まで感じさせた。

 彼女の言葉と表情が一致しない言動に興味を覚えた私は、主役だのにパーティーを抜け出す彼女をつけてしまった。そこで、人気のない林に入っては泣きながらアーサーに謝る姿を見てしまったのだ。

 他の男のために泣く彼女を見て心がざわめいた。

 アーサーを実際に見て国王が、なぜ皇太子わたしではなくアーサーを王女の婚約者にしたのか分かった。

 幼いながら完璧な容姿と聡明さ、そして、誰もが跪かずにいられないカリスマ性。

 この時は、まだ産まれていなかった私の異母弟イヴァンと同じ種の人間なのだ。

 そんな彼を王配に、次期「国王」にしたいと誰もが考えるのは当然だ。

 テューダ王国には王女はリズしかいない。アーサーを王配にしたいのなら彼女の夫にするしかないのだ。

 手に入るはずだった、けれど結局手に入れられなかった少女の泣く姿を、ただ見ている事しかできなかった。

 私が慰めた所で何の意味もないと分かってしまったからだ。

 一人の女性として幸せに生きたいと願う彼女にとって、女王にしろ、皇后にしろ、負担でしかない。

 アーサーとの婚約を破棄か解消して、皇太子わたしと婚約しようと言った所で無意味なのだ。

 何より、政略を抜きにしても彼女とアーサーは愛し合っている。

 肝心の彼女が、に気づいていないが。

 この想いを自覚した途端、失恋だ。

 悔しいので私からは教えてなどやらない。

 それに、生涯を共にするのだ。わざわざ教えてあげなくても、いずれ気づくだろう。

 私でも誰でも二人の間に入り込むなどできやしない。

 それが分かっていても、この想いを棄てる事が、どうしてもできなかった。

 だから、せめて少しの間でもいいから彼女の姿を見ていたくてテューダ王国への留学を希望した。

 留学という名目の人質なのは分かっている。

 それでも、遠くからでも彼女の姿を見ていたかった。

 初等部からの留学を希望したが、結局、高等部の三年間だけの留学になった。

 皇太子を自国とは微妙な関係の国に長い間留学させたくなかったのだろう。

 私に何があったとしても私以上に優れた皇子であるイヴァンがいるのだ。帝国は安泰だと思うだろう。

 能力的には申し分ない異母弟だが、アーサーと同じで彼には人として大切な何かが欠けていた。幼い容姿にはそぐわない大人びた言動をする彼の黒い瞳は常に何かに餓えている。

 アーサーには愛する女性がいて彼女への想いが彼をまだ人として繋ぎとめているが、イヴァンには、そんな女性などいない。

 そんな彼を皇帝に据えるのは不安だった。

 イヴァンは皇位に何の興味もない。棄てるだけならいざ知らず、邪魔だと思えば帝国を滅亡させる事さえするかもしれない。

 それも数年後、後に生まれるリズの娘が私の不安を解消してくれるのだが、それは未来の話だ。









 


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