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本編

69 私の婚約者

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 その後、皇太子と一緒に学院長に公開試験してくれるように申請した。

 学院長は、こちらが拍子抜けするくらいあっさり了承してくれた。彼としても王女の不正の噂に頭を痛め解決策を探していたのだろう。公開試験の準備が整ったら実行日を知らせると約束してくれた。

 皇太子とは成り行きで行動を共にしたが……婚約者ではない女というだけでなく微妙な関係の国の王女、しかも、以前は婚約者以外の男を「恋人」にした何かと悪い評判の王女わたしだ。

「付き合ってくださったのは、ありがたいのですが……私といる所を見た人が妙な誤解をしてしまったのなら申し訳ありません」

 学院長室を出ると早速謝罪した。

 謝ったところで皇太子の立場が良くなるはずもないのだが、謝ったのは、まあ、私の罪悪感を減らすためだ。

「提案したのは私ですから学院長への申請を一緒にするのは当然ですよ」

 まあ確かに彼は提案者だし……正直付き合ってくれて助かった。

 王女とはいえ評判が良くない上、不正の噂の渦中にいる私だけが申請しても学院長は頷いてくれなかっただろう。

 ラズドゥノフ帝国の皇太子という事で当初は警戒していた教師や生徒達も彼の優秀さや人当たりの良さに次第に警戒心を解いていったという。

 彼が提案したから学院長も公開試験に頷いてくれたのだろう。

「それに、ただ貴女といただけで妙な誤解をする人間などいないでしょう。心配する事などないですよ」

 だといいのだけれど。




 後宮の私室に戻ると何とアーサーが待っていた。

「突然訪問して申し訳ありません」

 ものすごく怒っていた婚約破棄宣言したあの夜ならともかく普段のアーサーならば婚約者わたし相手だろうと事前に訪問する旨を伝えてくる。

「えっと、何か急ぎの用事かしら?」

 制服のままではあるが私は着替えは後回しにしてアーサーの対面のソファに座った。

 グレンダがカップを私の前に置くと一礼して去って行った。

 アーサーの前にもカップがあるが手を付けた様子がなかった。別に毒薬を心配しているのではなく(私や私の侍女が彼を毒殺する理由がない)飲む気になれなかっただけだろう。

 夏休み中、アーサーの家で過ごしたが、それで距離が縮まった訳ではない。

 今までが今までだったのだ。たとえ彼への態度が演技だとばれていたとしても、今までの態度を謝っても、それで急速に仲良くなれる訳でもない。

 ただ婚約者わたしの顔を見たいからという理由だけで訪ねに来るとは思えなかった。

「単刀直入に言います。皇太子殿下には、あまり近づかないでください」

「は?」

 アーサーの発言が想定外で私は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 アーサーの言う「皇太子殿下」は、私に公開試験を提案し学院長と一緒に申請してくれたラズドゥノフ帝国皇太子ピョートル・ラズドゥノフだろう。

 ラズドゥノフ帝国とテューダ王国とテューダ王国が属国にした国々、それで構成されている広大な大陸が私達が生きる世界だ。

 探せば私達が生きるこの大陸以外の大陸が見つかるかもしれないと言われいるが、今の所見つかっていないため私達は私達が生きるこの大陸をただ「大陸」と呼んでいる。

 この大陸で帝国はラズドゥノフ帝国だけだ。だから、皇太子と呼ばれるのは彼しかない。

「不正の噂で悩んでいた貴女が皇太子殿下の提案に救われ感謝するのは分かります。だからといって、婚約者わたし以外の男性とあまり親しくるのは、よくないと思いますよ」

「……どうして、ついさっきあった出来事をあなたが知っているのかとか、聞いちゃいけない気がするわ」

 皇太子と二人きりと思っていたが、実際には国王かアーサーの影がついていたのだ。

 以前なら二十四時間監視されている事に恐怖と憤怒を感じて抗議しただろうが今更だろう。王女として生まれた私の宿命だと思って諦めた。

「私だってもう婚約者あなた以外の男性と親しくなる気はないわ。相手の人の迷惑にもなるし」

 王配になりたくて言い寄って来たエドワード馬鹿なら、どうなろうと気にしないが、それ以外の男性が王女わたしに係わったせいで不名誉な噂が立つのは申し訳ない。

「それを聞いて安心しました」

「それを言いたくて来たの?」

 女王になりたくないからとはいえ婚約者以外の男を「恋人」にした私だ。わざわざ忠告しにくるほどアーサーの私への信頼度は底辺にあるのだろう。

 自分の過去の行いの結果だ。悲しいとは思わない。

「聡明な貴女が私を裏切るとは思いませんが」

 ……うん。裏切ったら私がどれだけ泣き叫んでも今度こそ本当に婚前交渉するだろうからね。

「皇太子殿下が近づいてきても貴女が相手をしないのなら私も安心ですから」

「は?」

 私は再び間抜けな声を上げてしまった。それだけアーサーの発言が意外だったのだ。

「今日はたまたま一緒に行動しただけで、皇太子様から私に近づく事は今後ないわよ?」

 国同士の関係が微妙な上、評判が芳しくない王女だ。まともな男性なら自分から近づいてきたりなどしない。

「だといいのですが」

 常に冷静沈着無表情なアーサーにしては珍しく思案気な顔になった。

「……本来なら彼が貴女の婚約者になっていたかもしれませんから」

 確かに、アーサーがいなければ、十中八九、皇太子こそが私の婚約者になっていただろう。

「……でも、私の婚約者は、あなただわ」

 どうしてか言わずにいられなかった。

 国の事を考えれば、皇太子である彼を婚約者にすべきだったかもしれない。それでも国王は私を帝国の皇后にするよりも私を女王にしてアーサーを王配にするほうを選んだ。

 国王がそれだけアーサーを買っているという事だろう。

 何にしろ、国王のその決断には感謝している。

 皇太子は善良な男性だとは思う。放っておけばいいのに、私の不正の噂を払拭するための提案をして一緒に行動してくれたのだから。

 彼と結婚しても、それなりに幸せになれたかもしれない。

 それでも、私が愛しているのも、結婚したいのも、アーサーだけなのだ。

 彼が私を愛していなくても構わない。

 政略結婚が当然の王女として生まれながら愛する男性と生涯を共にして彼の子供を産めれば女として充分幸せだと思えるから。

「ええ。私です。誰にも譲る気はありません」

 アーサーは私を真っ直ぐ見つめて決然と言った。



















 




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