妾は、お前との婚約破棄を宣言する!

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
65 / 86
本編

65 新しい侍女

しおりを挟む
 アーサーと別れて後宮の私室に戻った私を侍女長が出迎えた。

「お戻りですか。王女様。さっそくですが、新しい侍女を紹介したいのですが」

 ケイティが辞めたために新たな侍女を補充したのだ。

 ケイティは、つい先日、王女わたしの侍女を辞めた。エリックの、次代のヴォーデン辺境伯の妻になるのだ。いくら有能なケイティでも王女わたしの侍女と辺境伯夫人という二足の草鞋は履けない。

 結婚するのはエリックが学院を卒業した後だが、ケイティはヴォーデン辺境伯の妻に相応しい知識と教養と礼儀作法を身につけるために、ヴォーデン辺境伯領の領主館で勉強に励むそうだ。

 侍女長と共に応接間に行くと、ソファの傍に王宮の侍女の制服である簡素なエプロンドレスを身に着けた女性が立っていた。この女性が新たな王女わたしの侍女なのは間違いないだろう。

 三十前後か。こげ茶色の髪に、くすんだ緑の瞳、すらりとした肢体の美女だ。

 なぜだろう。初めて会う気がしない。

 この年齢で王宮の侍女をしているのだ。王女わたしの侍女となる前も、どこかに配属されていたに違いない。

 彼女を王宮のどこかで見かけたのかもしれないが、性格はともかく外見は完璧な身内を見慣れているせいか、多少見栄えのする外見では印象に残らないのだ。

「グレンダ、王女様ですよ。ご挨拶なさい」

 侍女長は緊張した面持ちの彼女、グレンダに声をかけた。

「初めまして。王女様。私はグレンダと申します。至らぬ所もあるかと思いますが、誠心誠意、王女様にお仕えいたします」

 グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。

「……あなた、おかあ……王妃様がいつも引き連れていた侍女の一人ね」

 王妃といつも行動を共にしていた侍女五人は、それぞれ色の違うベールで顔を隠していた。外見では分からなかったが声で分かった。

「……はい。その通りです。王女様」

 隠しておきたかったのか、グレンダは仕方なさそうに認めた。

「どうして私の侍女になったの?」

 いつも引き連れていたほど気に入っていた侍女の一人だ。それが、娘でないと知り愛情が失せるどころか、ずっとその事を隠していた事で嫌悪感を抱いている私の下に配属させるだろうか?

 妾妃であれば、自分の娘わたしの日常を知るために(それが私を守るためでもあるのは分かっているが、はっきりいってプライバシーの侵害としか思えないので感謝はしない)自分の部下を侍女として配属させる(実際、自分の部下だったケイティを私の侍女にした)。

 けれど、あの脳筋な王妃は、そんな事、思いつきもしないだろう。

「……実は、王妃様の不興を買ってしまい首になりました」

 脳筋で気性の激しい王妃は、些細な事でカッときて侍女を解雇するのを何度も繰り返していたのでグレンダの言葉に納得した。

「……王女わたしの評判は、それはもうひどいものだろうけど」

 女王になりたくなくて、アーサーと婚約破棄したくて、周囲に高慢で馬鹿な王女と思わせていた。ここ最近、今までの行動を改めたからといって、今すぐ王女わたしの評判が良くなるはずもない。

 ……いや、そもそも素の私として周囲に接したとしても、私は外見と身分以外取り柄のない人間だ。今までとさして評価は変わらないと思う。

「余程私の癇に障る事をしなければ、侍女あなた達を解雇したりなどしないから安心していいわ」

 私個人としては世話をしくれる侍女など、そんなにいらないのだけれど侍女達にとっては生活が懸かっている仕事だ。王宮に勤めれば市井で働くよりも給金がいいのだ。これが分かるようになったのは、ジャックのお店で働いたお陰なのだけれど。

 最低な評判しか聞かない王女わたしから、そう言われても安心できないだろうと思ったのだが、意外な事にグレンダはにっこり微笑んだ。

「王女様にそう言っていただけて嬉しいです。誠心誠意、お仕えいたします」

「そう。これからよろしくね」

 私は王妃の元侍女、これから私の侍女となる女性に、そう言った。




「え? ペンドーン侯爵家に来てくれる侍女は、あなただけなの?」

 寝間着で鏡台の前に座った私の髪を櫛で梳くグレンダに私は言った。

 王女わたしの侍女の中では年嵩だと思うが、新入りのせいか、どうやら王女わたしの世話を押しつけられたらしい。今までの私の態度のせいなのだが、私は侍女達から遠巻きにされているのだ。

 幸いというべきか、あの脳筋で気性の激しい王妃に気に入られていた(結局首になってしまったが)侍女だ。ケイティのように、てきぱきと動いてくれて私が苛つくような事は今の所なかった。

「はい。皆、その……ペンドーン侯爵家で過ごすのが嫌みたいで」

 グレンダがためらいがちに言うのは、告げ口みたいだと思っているからだろう。

 けれど、お陰で、王女わたしの夏休みの間、アーサーの近くで過ごすなど侍女達には耐えられないのだと分かった。

 私の侍女達は、ケイティのようにアーサーを蛇蝎のごとく嫌っている訳ではないと思う。

 婚約破棄宣言する前は、あのアーサーに惹かれない女性はいないと思い込んでいた。確かに、あの容姿とカリスマ性に惹かれる女性はいる。私とロクサーヌがそうだった。

 けれど、一方で、アーサーのあまりにも人間離れした完璧な容姿と精神は、人に多大な緊張を強いるのだと今は理解している。

「あなたはいいの? あなたも嫌ならいいのよ」

 別に侍女がいななくても一人で身の回りの事くらいはできる。伊達に最終的には王女の身分も何もかも棄てて出奔しようと考えていた訳ではないのだ。

「いいえ。王女様の行かれる所なら、どこでもお供します」

 グレンダは決然と言った。

「無理しなくていいのよ」

「無理はしてません。私は王女様の侍女。どこまでもお供します」

 私の新しい侍女は、どうやら侍女としての責任感が強い女性らしい。









 










 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

もう一度あなたと?

キムラましゅろう
恋愛
アデリオール王国魔法省で魔法書士として 働くわたしに、ある日王命が下った。 かつて魅了に囚われ、婚約破棄を言い渡してきた相手、 ワルター=ブライスと再び婚約を結ぶようにと。 「え?もう一度あなたと?」 国王は王太子に巻き込まれる形で魅了に掛けられた者達への 救済措置のつもりだろうけど、はっきり言って迷惑だ。 だって魅了に掛けられなくても、 あの人はわたしになんて興味はなかったもの。 しかもわたしは聞いてしまった。 とりあえずは王命に従って、頃合いを見て再び婚約解消をすればいいと、彼が仲間と話している所を……。 OK、そう言う事ならこちらにも考えがある。 どうせ再びフラれるとわかっているなら、この状況、利用させてもらいましょう。 完全ご都合主義、ノーリアリティ展開で進行します。 生暖かい目で見ていただけると幸いです。 小説家になろうさんの方でも投稿しています。

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...