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本編
65 新しい侍女
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アーサーと別れて後宮の私室に戻った私を侍女長が出迎えた。
「お戻りですか。王女様。さっそくですが、新しい侍女を紹介したいのですが」
ケイティが辞めたために新たな侍女を補充したのだ。
ケイティは、つい先日、王女の侍女を辞めた。エリックの、次代のヴォーデン辺境伯の妻になるのだ。いくら有能なケイティでも王女の侍女と辺境伯夫人という二足の草鞋は履けない。
結婚するのはエリックが学院を卒業した後だが、ケイティはヴォーデン辺境伯の妻に相応しい知識と教養と礼儀作法を身につけるために、ヴォーデン辺境伯領の領主館で勉強に励むそうだ。
侍女長と共に応接間に行くと、ソファの傍に王宮の侍女の制服である簡素なエプロンドレスを身に着けた女性が立っていた。この女性が新たな王女の侍女なのは間違いないだろう。
三十前後か。こげ茶色の髪に、くすんだ緑の瞳、すらりとした肢体の美女だ。
なぜだろう。初めて会う気がしない。
この年齢で王宮の侍女をしているのだ。王女の侍女となる前も、どこかに配属されていたに違いない。
彼女を王宮のどこかで見かけたのかもしれないが、性格はともかく外見は完璧な身内を見慣れているせいか、多少見栄えのする外見では印象に残らないのだ。
「グレンダ、王女様ですよ。ご挨拶なさい」
侍女長は緊張した面持ちの彼女、グレンダに声をかけた。
「初めまして。王女様。私はグレンダと申します。至らぬ所もあるかと思いますが、誠心誠意、王女様にお仕えいたします」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
「……あなた、おかあ……王妃様がいつも引き連れていた侍女の一人ね」
王妃といつも行動を共にしていた侍女五人は、それぞれ色の違うベールで顔を隠していた。外見では分からなかったが声で分かった。
「……はい。その通りです。王女様」
隠しておきたかったのか、グレンダは仕方なさそうに認めた。
「どうして私の侍女になったの?」
いつも引き連れていたほど気に入っていた侍女の一人だ。それが、娘でないと知り愛情が失せるどころか、ずっとその事を隠していた事で嫌悪感を抱いている私の下に配属させるだろうか?
妾妃であれば、自分の娘の日常を知るために(それが私を守るためでもあるのは分かっているが、はっきりいってプライバシーの侵害としか思えないので感謝はしない)自分の部下を侍女として配属させる(実際、自分の部下だったケイティを私の侍女にした)。
けれど、あの脳筋な王妃は、そんな事、思いつきもしないだろう。
「……実は、王妃様の不興を買ってしまい首になりました」
脳筋で気性の激しい王妃は、些細な事でカッときて侍女を解雇するのを何度も繰り返していたのでグレンダの言葉に納得した。
「……王女の評判は、それはもうひどいものだろうけど」
女王になりたくなくて、アーサーと婚約破棄したくて、周囲に高慢で馬鹿な王女と思わせていた。ここ最近、今までの行動を改めたからといって、今すぐ王女の評判が良くなるはずもない。
……いや、そもそも素の私として周囲に接したとしても、私は外見と身分以外取り柄のない人間だ。今までとさして評価は変わらないと思う。
「余程私の癇に障る事をしなければ、侍女達を解雇したりなどしないから安心していいわ」
私個人としては世話をしくれる侍女など、そんなにいらないのだけれど侍女達にとっては生活が懸かっている仕事だ。王宮に勤めれば市井で働くよりも給金がいいのだ。これが分かるようになったのは、ジャックのお店で働いたお陰なのだけれど。
最低な評判しか聞かない王女から、そう言われても安心できないだろうと思ったのだが、意外な事にグレンダはにっこり微笑んだ。
「王女様にそう言っていただけて嬉しいです。誠心誠意、お仕えいたします」
「そう。これからよろしくね」
私は王妃の元侍女、これから私の侍女となる女性に、そう言った。
「え? ペンドーン侯爵家に来てくれる侍女は、あなただけなの?」
寝間着で鏡台の前に座った私の髪を櫛で梳くグレンダに私は言った。
王女の侍女の中では年嵩だと思うが、新入りのせいか、どうやら王女の世話を押しつけられたらしい。今までの私の態度のせいなのだが、私は侍女達から遠巻きにされているのだ。
幸いというべきか、あの脳筋で気性の激しい王妃に気に入られていた(結局首になってしまったが)侍女だ。ケイティのように、てきぱきと動いてくれて私が苛つくような事は今の所なかった。
「はい。皆、その……ペンドーン侯爵家で過ごすのが嫌みたいで」
グレンダがためらいがちに言うのは、告げ口みたいだと思っているからだろう。
けれど、お陰で、王女の夏休みの間、アーサーの近くで過ごすなど侍女達には耐えられないのだと分かった。
私の侍女達は、ケイティのようにアーサーを蛇蝎のごとく嫌っている訳ではないと思う。
婚約破棄宣言する前は、あのアーサーに惹かれない女性はいないと思い込んでいた。確かに、あの容姿とカリスマ性に惹かれる女性はいる。私とロクサーヌがそうだった。
けれど、一方で、アーサーのあまりにも人間離れした完璧な容姿と精神は、人に多大な緊張を強いるのだと今は理解している。
「あなたはいいの? あなたも嫌ならいいのよ」
別に侍女がいななくても一人で身の回りの事くらいはできる。伊達に最終的には王女の身分も何もかも棄てて出奔しようと考えていた訳ではないのだ。
「いいえ。王女様の行かれる所なら、どこでもお供します」
グレンダは決然と言った。
「無理しなくていいのよ」
「無理はしてません。私は王女様の侍女。どこまでもお供します」
私の新しい侍女は、どうやら侍女としての責任感が強い女性らしい。
「お戻りですか。王女様。さっそくですが、新しい侍女を紹介したいのですが」
ケイティが辞めたために新たな侍女を補充したのだ。
ケイティは、つい先日、王女の侍女を辞めた。エリックの、次代のヴォーデン辺境伯の妻になるのだ。いくら有能なケイティでも王女の侍女と辺境伯夫人という二足の草鞋は履けない。
結婚するのはエリックが学院を卒業した後だが、ケイティはヴォーデン辺境伯の妻に相応しい知識と教養と礼儀作法を身につけるために、ヴォーデン辺境伯領の領主館で勉強に励むそうだ。
侍女長と共に応接間に行くと、ソファの傍に王宮の侍女の制服である簡素なエプロンドレスを身に着けた女性が立っていた。この女性が新たな王女の侍女なのは間違いないだろう。
三十前後か。こげ茶色の髪に、くすんだ緑の瞳、すらりとした肢体の美女だ。
なぜだろう。初めて会う気がしない。
この年齢で王宮の侍女をしているのだ。王女の侍女となる前も、どこかに配属されていたに違いない。
彼女を王宮のどこかで見かけたのかもしれないが、性格はともかく外見は完璧な身内を見慣れているせいか、多少見栄えのする外見では印象に残らないのだ。
「グレンダ、王女様ですよ。ご挨拶なさい」
侍女長は緊張した面持ちの彼女、グレンダに声をかけた。
「初めまして。王女様。私はグレンダと申します。至らぬ所もあるかと思いますが、誠心誠意、王女様にお仕えいたします」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
「……あなた、おかあ……王妃様がいつも引き連れていた侍女の一人ね」
王妃といつも行動を共にしていた侍女五人は、それぞれ色の違うベールで顔を隠していた。外見では分からなかったが声で分かった。
「……はい。その通りです。王女様」
隠しておきたかったのか、グレンダは仕方なさそうに認めた。
「どうして私の侍女になったの?」
いつも引き連れていたほど気に入っていた侍女の一人だ。それが、娘でないと知り愛情が失せるどころか、ずっとその事を隠していた事で嫌悪感を抱いている私の下に配属させるだろうか?
妾妃であれば、自分の娘の日常を知るために(それが私を守るためでもあるのは分かっているが、はっきりいってプライバシーの侵害としか思えないので感謝はしない)自分の部下を侍女として配属させる(実際、自分の部下だったケイティを私の侍女にした)。
けれど、あの脳筋な王妃は、そんな事、思いつきもしないだろう。
「……実は、王妃様の不興を買ってしまい首になりました」
脳筋で気性の激しい王妃は、些細な事でカッときて侍女を解雇するのを何度も繰り返していたのでグレンダの言葉に納得した。
「……王女の評判は、それはもうひどいものだろうけど」
女王になりたくなくて、アーサーと婚約破棄したくて、周囲に高慢で馬鹿な王女と思わせていた。ここ最近、今までの行動を改めたからといって、今すぐ王女の評判が良くなるはずもない。
……いや、そもそも素の私として周囲に接したとしても、私は外見と身分以外取り柄のない人間だ。今までとさして評価は変わらないと思う。
「余程私の癇に障る事をしなければ、侍女達を解雇したりなどしないから安心していいわ」
私個人としては世話をしくれる侍女など、そんなにいらないのだけれど侍女達にとっては生活が懸かっている仕事だ。王宮に勤めれば市井で働くよりも給金がいいのだ。これが分かるようになったのは、ジャックのお店で働いたお陰なのだけれど。
最低な評判しか聞かない王女から、そう言われても安心できないだろうと思ったのだが、意外な事にグレンダはにっこり微笑んだ。
「王女様にそう言っていただけて嬉しいです。誠心誠意、お仕えいたします」
「そう。これからよろしくね」
私は王妃の元侍女、これから私の侍女となる女性に、そう言った。
「え? ペンドーン侯爵家に来てくれる侍女は、あなただけなの?」
寝間着で鏡台の前に座った私の髪を櫛で梳くグレンダに私は言った。
王女の侍女の中では年嵩だと思うが、新入りのせいか、どうやら王女の世話を押しつけられたらしい。今までの私の態度のせいなのだが、私は侍女達から遠巻きにされているのだ。
幸いというべきか、あの脳筋で気性の激しい王妃に気に入られていた(結局首になってしまったが)侍女だ。ケイティのように、てきぱきと動いてくれて私が苛つくような事は今の所なかった。
「はい。皆、その……ペンドーン侯爵家で過ごすのが嫌みたいで」
グレンダがためらいがちに言うのは、告げ口みたいだと思っているからだろう。
けれど、お陰で、王女の夏休みの間、アーサーの近くで過ごすなど侍女達には耐えられないのだと分かった。
私の侍女達は、ケイティのようにアーサーを蛇蝎のごとく嫌っている訳ではないと思う。
婚約破棄宣言する前は、あのアーサーに惹かれない女性はいないと思い込んでいた。確かに、あの容姿とカリスマ性に惹かれる女性はいる。私とロクサーヌがそうだった。
けれど、一方で、アーサーのあまりにも人間離れした完璧な容姿と精神は、人に多大な緊張を強いるのだと今は理解している。
「あなたはいいの? あなたも嫌ならいいのよ」
別に侍女がいななくても一人で身の回りの事くらいはできる。伊達に最終的には王女の身分も何もかも棄てて出奔しようと考えていた訳ではないのだ。
「いいえ。王女様の行かれる所なら、どこでもお供します」
グレンダは決然と言った。
「無理しなくていいのよ」
「無理はしてません。私は王女様の侍女。どこまでもお供します」
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