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本編

61 婚約者の家へ

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 翌日、再び国王に呼び出された。

 けれど、呼び出されたのは私だけで場所も昨日とは違い国王の私室の応接間ではなく執務室だった。

 そこには、国王だけでなく宰相とアーサーまでいた。

 あの仮面舞踏会以降もアーサーとは会ってはいる。とはいっても、私的にではなく、お茶会や夜会など公的な集まりに一緒に参加しているのだ。そういう集まりは婚約者か夫婦同伴が基本なので。

 今までだったら、そんな集まり、まして、婚約者アーサーと同伴で参加など全て断っていた。

 けれど、女王になろうと決意したのだ。実質はアーサーが「王」となり私がお飾りの女王に過ぎなくても最低限の務めは果たすべきだろう。だから、今までさぼりまくっていた王女としての務めを果たすようになったのだ。

 国王は一人掛けのソファ、その右のソファにアーサーと宰相は並んで座っている。

 国王に「座れ」と促された私は、国王の左、アーサーと宰相とはテーブルを挟んで対面のソファに腰を下ろした。

「何で宰相とアーサーがいるの?」

 疑問が無意識のうちに声に出ていた。

「俺が呼んだ」

 国王が言うまでもなく、そんな事は分かっている。国王に呼び出されなければ、わざわざ二人が彼の執務室に来るはずもない。

「なぜ、私達三人を呼んだのですか?」

 国王が私達三人を呼びつけた理由が分からない。

 一応、私達は身内だ。王妃と宰相が兄妹だから宰相と国王は義兄弟、私とアーサーは従兄妹(……本当は違うけど)で婚約者だ。けれど、いくら身内でも、さして親しくもないのだ。

 アーサーと宰相だけなら「仕事なのね」と納得できるが、王女とはいえ国政に全く係わっていない私まで呼びつけられた理由が分からない。

 怪訝そうな顔をする私に国王が思ってもいなかった事を言いだした。

「お前、夏休みの間、ペンドーン侯爵家で過ごせ」

「は?」

 父親とはいえ国王相手に私は間抜けな声を上げてしまった。

 宰相とアーサーは平静だ。私のように初めて聞かされたのなら、いくら冷静沈着な二人でも多少は驚きを見せるはずだから事前に国王から訊いていたのだろう。

「……なぜ、私がペンドーン侯爵家で夏休みを過ごさなければならないのでしょうか?」

 世間的には私とアーサーは従兄妹で婚約者だ。家を行き来したり時には泊まったりしてもおかしい事ではない。

 けれど、私はアーサーに対して演技とはいえ邪険に接していた。普通の婚約者同士のような過ごし方をした事など全くないのだ。

 国王は、私の婚約者アーサーに対する態度が演技でもそうでなくても、とにかく「アーサーと結婚して子をせばいい」くらいしか思っていないはずだ。だから、今まで私にもアーサーにも「婚約者らしく仲良くしろ」などと言った事はなかった。

 それが、なぜ突然、私に「婚約者のペンドーン侯爵家で夏休みを過ごせ」などと命じるのか?

 そう、これは要望ではなく命令だ。

 国王の言い方からして、としか思えない。

 私が王女、国王の娘である事を抜きにしても、この国の国民である限り国王の命令には従わなければならない。出奔しようと考えていた以前なら納得できない国王クソ親父の命令など無視していたが。

 とにかく、なぜ、そんな事を命じるのか、理由は知りたい。

「お前には、しばらく王妃と離れて過ごしてほしいんだ」

 国王の言葉に私は納得した。

 王妃がそう願うのは無理もない。

 十六年慈しんでいたわたしが、実は、この世で一番嫌いな女が産んだ娘だったと知れば、まして、私はを知っていながら二重の意味で王妃を騙し続けていた。そんな私の顔など見たくもないに決まっている。

 広い広い後宮だ。その気になれば互いに顔を合わせないようにする事も可能だが、私が同じ敷地内にいるというだけでも王妃は許せないのだろう。

 だから、国王に、私を後宮から追い出してほしいと願ったに違いない。

「……王妃様が望んでいらっしゃるのなら後宮を出ましょう。でも、なぜ、ペンドーン侯爵家で過ごさなければならないのですか?」

 王妃から離れて過ごせというのならペンドーン侯爵家でなくてもいいはずだ。王女わたしを追いやるなら国にいくつかある離宮だろうに。

「アーサーは、お前の婚約者。夏休みの間くらいアーサーの家で世話になっても、おかしい事ではないだろう?」

 国王の言う通りではあるが。

「……まだ結婚していないのに」

 いくら婚約者の家で、彼一人が暮らしている訳でなくても(彼の両親や使用人達も住んでいる)結婚前に婚約者の家で過ごすのは、どうかと思うのだ。

「……公衆の面前で妊娠発言しておいて、を気にするんですか?」

 今まで黙っていたアーサーが心底呆れたと言わんばかりの視線を私に向けた。

 ……それを言われると何も言えない。

「ユテルとアーサーの了承は得ているぞ」

 黙り込んだ私に国王が言った。

 国王の命令だから宰相とアーサーは仕方なく受け入れたのだろう。

 たとえ、私の今までの態度が演技だと見抜かれていても、素の私自身がこの親子に好かれているとは思わない。

 私は宰相とアーサーの顔を見た。年齢を除けば、そっくりな完璧な美貌。親子なのだから当然だけど。

 顔だけでなく、今二人は同じ無表情で何を考えているのか、私には全く分からなかった。

「……今までさぼりまくっていた勉強を始めたいから教師達を呼びたいのだけど、構わないのかしら?」

 王侯貴族には必ず家庭教師がいる。それでも貴族の子女を学院に通わせるのは、勉学のためというよりは人脈作りのためなのだろう。

 今までは「女王に相応しくない馬鹿な王女」と周囲に思ってもらうために、学院での試験では手を抜きまくっていたし、王家で雇われている教師達の授業もさぼりまくっていた。

 けれど、今は女王になると決意したのだ。女王に相応しい能力を身につけるために、今まで避けまくっていた王家の教師達の授業も真面目に受けるようになった。

 たとえ、実際の統治者の役割はアーサーが担うもので、彼なら私や他の誰かの助けなどなくても歴史に名が残る王配になれるとしても、彼に全てを押しつける事はしたくないのだ。

 そう思うのは、ようやく目覚めた王女としての義務と責任からだけではない。

 アーサーが私を愛していなくても、私はアーサーを愛している。

 少しでも彼の助けになりたいのだ。

 私の自己満足に過ぎないと分かっていても。

「構いませんよ。それも陛下から伺っています」

 今まで黙って私達の話を聞いていた宰相が言った。

 国王には何も言っていないのに、今まで避けまくっていた王家の教師達の授業を真面目に受けるになった事で国王も私の心情の変化を察したのだろう。



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