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本編
60 私は幸せですよ(アルバート視点)
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「……何なのよ? いったい」
半ば強引に国王によって私と一緒に部屋から追い出された異母姉は、不満そうに扉を睨みつけた。彼女が実際に睨みつけているのは、扉の向こうにいる国王だろうが。
私は私で考え込んでいた。
私とリズを追い出す前、国王は明らかに怒っていた。その怒りの理由が気になるのだ。
――残念だよ。ベッツィ。
あれは、どういう意味なのだろう?
ベッツィの何が残念なのか?
国王が「あの科白」を言う前、確か王妃は「次代の王になるのはアルバート、妾の息子だ」と宣った。
次代の王を勝手に決められて怒ったのか?
それが怒りの理由なら納得できなくはない。あの男は、王妃やメアリーの夫である事よりも私とリズの父親である事よりも国王である事を何よりも優先しているからだ。
けれど、何かが引っかかった。
「……まさか」
ありえない考えが浮かんだ。
「……まさかな」
ありえない。
国王の怒りの原因が「王妃がリズを切り捨てたから」だなんて。
息子は勿論、娘に対しても、あの男は一度として父親として接した事などなかった。
――違う。これの共犯は、お前達じゃない。
メアリーが我が子と王妃の子を取り替えるのを知っていた私とリズも共犯だと言った時の国王の言葉だ。
私とリズがメアリーの共犯でないのなら、国王が考える真の共犯者は――。
(……自分だと、あなたは思っているのか?)
私やリズと同じように、知っていながら黙っていた自分もメアリーの共犯だと思っていたとしても、わざわざ私とリズに「違う」と否定したのは――。
(……私とリズは被害者で共犯者ではないと、そう言いたかったのか?)
それでは、まるで――。
ありえないと、先程までの私なら切り捨てる考えだ。
けれど、それなら国王が強引に私とリズを部屋から追い出した理由も納得できるのだ。
リズは、このままおとなしく私室に戻る気はないらしく扉に耳を当てていた。何とか部屋の向こうにいる三人の話を聞こうとしているらしいが、私は彼女の腕を摑んで歩き出した。
「アルバート。放してよ。私は、お父様達の話を聞きたいの」
私の腕を振りほどこうとするリズに私は言った。
「貴女に話があります。陛下達の話なら後で何を話していたか、聞けばいいでしょう」
今、扉の向こうで話している三人の話を聞いてはいけないような、いや、リズに聞かせてはいけない気がした。私のこういう勘はよく当たるのだ。
リズがショックを受けたり傷ついたりしたら、あの二人が何をするか……それを考えると怖い。
聡明だのに、時に突飛で無鉄砲な行動をしてくれるこの姉に関する事で私がまず真っ先の考えるのは、これだった。
無論、アーサーやメアリーの事を抜きにしても、弟として私なりにリズを気にかけてはいるが、二人の存在が何よりも姉を気にかける理由だ。
弟が姉を気にかける理由としては変だろうが……リズに関する事で怒ったあの二人ほど私にとって恐ろしいものはないのだ。
リズを私室の応接間に連れてくると、侍女は紅茶やお菓子を用意してくれた。
侍女が去ると、リズはテーブルの対面のソファ座った私に、さっそく話しかけた。
「話って?」
リズは弟の話も国王達の話と同じくらい気になっているようだ。
気にしているリズには申し訳ないが、今、国王達が話しているのに比べれば(おそらく)私の話は大した事ではない。
それでも、これは、いつか姉に言おうと思っていた。いい機会なのかもしれない
「私はメアリーに育ててもらって幸せですよ」
「アルバート?」
私が何を言おうとしているのか全く見当がつかないのだろう。リズは怪訝そうだ。
「貴女は、王妃殿下からの愛情を、本来私が享受すべき愛情を奪ったと、私に対して罪悪感を抱いているようなので」
「……アルバート」
リズは何とも言えない微妙な顔になった。悲しそうな申し訳なさそうな顔だ。
そんな顔をしてほしくなかった。メアリーやアーサーが怒るからではない。私自身がリズのそんな顔を見たくないのだ。
「……あなたが一番の被害者よ。偽りで成り立っていたとしても、私は王妃様から母親としての愛情をもらっていたわ。それだけでなく、あなたが欲してやまないあの女からの愛情も。本来なら、あの女だけでなく私の事も憎んで当然だわ」
「貴女には何の罪もない」
リズも被害者だ。メアリーに復讐の道具にされたのだから。
私は、この事でメアリーを責める気は毛頭ないが、だからといって真実や事実から目を背けたりもしない。
「そもそも、メアリーから母親としての愛情を得たい訳ではありませんよ」
メアリーを「母」だと思った事などない。最初から私にとって彼女は「女性」だった。
王妃も赤ん坊の頃、取り替えられたからか、生物学上以外で母だと思わない。
だから、異母姉が王妃とメアリーから母親の愛情を注がれても羨んだ事はないのだ。
「王妃殿下の息子として育てられたとしても、たぶん私は王妃殿下を母として愛せなかった」
そして、今のようにメアリーを女性として愛してしまっただろう。
実の母から引き離され、自分を復讐の道具としてしか見ない女性に育てられるのは不幸だと人は言うのかもしれない。
けれど、私は――。
「『母親』の愛情を得られなくても、私は自分を不幸だと思った事はありませんよ」
メアリーが私を復讐の道具としか思っていなくても構わない。
王子として何不自由なく生きられただけでなく愛する女性の傍にいられる。
それに、リズに自覚はないだろうが、彼女なりに異母弟を愛してくれている。
王妃とメアリー、二人の「母親」の愛情を弟から奪ったと罪悪感が抱いているのだから。弟を何とも思っていないのなら、そんな事思うはずがないのだ。
そういう姉だから、私も愛する女性が産んだ、彼女が誰よりも愛している娘だからというだけでなく、私なりに、この姉を愛している。
だから、父親と母親からの愛など要らなかった。
肉親の愛なら姉からだけで充分だった。
けれど、別に要らないと思っていた父親からの愛情に気づいて困惑している。
あの男は、何よりも「国王」である事を優先する。それでも、息子や娘に対して愛情がない訳ではないと先程の会話で気づいたのだ。
メアリーが子供の取り替えるのを黙認していたのも、国王にとっても息子である兄を殺された復讐だったのだろう。
この先も、あの男は私とリズに父親としての愛情を示しはしないだろう。国王である事を優先しているからだ。
父親としては問題だが国王としては正解だ。国王であるなら家族よりも国と国民を第一に考えるべきだからだ。
別に要らないと思っていた父親からの愛情だ。実は愛されていると気づいても、私は「だから、何だ?」として思えないが、リズは喜ぶだろう。
あの人の娘とは思えない程、真っ直ぐな気性のリズは、父親からの愛を心の奥底では求めているだろうからだ。
けれど……言えない。
アーサーが怖い。
アーサーにとってリズは「一番」ではなく「唯一」なのだ。
リズ以外に何も価値を見出せない人間(……本当に人間かと疑いたくなる時もあるが)だ。
そんなアーサーにとって肉親であっても自分以外の人間がリズの心に入り込むなど許さないだろう。
だからこそ、あれだけメアリーを嫌っているのだから。
あれだけあからさまだのに、なぜ、リズは気づかないのだろう?
半ば強引に国王によって私と一緒に部屋から追い出された異母姉は、不満そうに扉を睨みつけた。彼女が実際に睨みつけているのは、扉の向こうにいる国王だろうが。
私は私で考え込んでいた。
私とリズを追い出す前、国王は明らかに怒っていた。その怒りの理由が気になるのだ。
――残念だよ。ベッツィ。
あれは、どういう意味なのだろう?
ベッツィの何が残念なのか?
国王が「あの科白」を言う前、確か王妃は「次代の王になるのはアルバート、妾の息子だ」と宣った。
次代の王を勝手に決められて怒ったのか?
それが怒りの理由なら納得できなくはない。あの男は、王妃やメアリーの夫である事よりも私とリズの父親である事よりも国王である事を何よりも優先しているからだ。
けれど、何かが引っかかった。
「……まさか」
ありえない考えが浮かんだ。
「……まさかな」
ありえない。
国王の怒りの原因が「王妃がリズを切り捨てたから」だなんて。
息子は勿論、娘に対しても、あの男は一度として父親として接した事などなかった。
――違う。これの共犯は、お前達じゃない。
メアリーが我が子と王妃の子を取り替えるのを知っていた私とリズも共犯だと言った時の国王の言葉だ。
私とリズがメアリーの共犯でないのなら、国王が考える真の共犯者は――。
(……自分だと、あなたは思っているのか?)
私やリズと同じように、知っていながら黙っていた自分もメアリーの共犯だと思っていたとしても、わざわざ私とリズに「違う」と否定したのは――。
(……私とリズは被害者で共犯者ではないと、そう言いたかったのか?)
それでは、まるで――。
ありえないと、先程までの私なら切り捨てる考えだ。
けれど、それなら国王が強引に私とリズを部屋から追い出した理由も納得できるのだ。
リズは、このままおとなしく私室に戻る気はないらしく扉に耳を当てていた。何とか部屋の向こうにいる三人の話を聞こうとしているらしいが、私は彼女の腕を摑んで歩き出した。
「アルバート。放してよ。私は、お父様達の話を聞きたいの」
私の腕を振りほどこうとするリズに私は言った。
「貴女に話があります。陛下達の話なら後で何を話していたか、聞けばいいでしょう」
今、扉の向こうで話している三人の話を聞いてはいけないような、いや、リズに聞かせてはいけない気がした。私のこういう勘はよく当たるのだ。
リズがショックを受けたり傷ついたりしたら、あの二人が何をするか……それを考えると怖い。
聡明だのに、時に突飛で無鉄砲な行動をしてくれるこの姉に関する事で私がまず真っ先の考えるのは、これだった。
無論、アーサーやメアリーの事を抜きにしても、弟として私なりにリズを気にかけてはいるが、二人の存在が何よりも姉を気にかける理由だ。
弟が姉を気にかける理由としては変だろうが……リズに関する事で怒ったあの二人ほど私にとって恐ろしいものはないのだ。
リズを私室の応接間に連れてくると、侍女は紅茶やお菓子を用意してくれた。
侍女が去ると、リズはテーブルの対面のソファ座った私に、さっそく話しかけた。
「話って?」
リズは弟の話も国王達の話と同じくらい気になっているようだ。
気にしているリズには申し訳ないが、今、国王達が話しているのに比べれば(おそらく)私の話は大した事ではない。
それでも、これは、いつか姉に言おうと思っていた。いい機会なのかもしれない
「私はメアリーに育ててもらって幸せですよ」
「アルバート?」
私が何を言おうとしているのか全く見当がつかないのだろう。リズは怪訝そうだ。
「貴女は、王妃殿下からの愛情を、本来私が享受すべき愛情を奪ったと、私に対して罪悪感を抱いているようなので」
「……アルバート」
リズは何とも言えない微妙な顔になった。悲しそうな申し訳なさそうな顔だ。
そんな顔をしてほしくなかった。メアリーやアーサーが怒るからではない。私自身がリズのそんな顔を見たくないのだ。
「……あなたが一番の被害者よ。偽りで成り立っていたとしても、私は王妃様から母親としての愛情をもらっていたわ。それだけでなく、あなたが欲してやまないあの女からの愛情も。本来なら、あの女だけでなく私の事も憎んで当然だわ」
「貴女には何の罪もない」
リズも被害者だ。メアリーに復讐の道具にされたのだから。
私は、この事でメアリーを責める気は毛頭ないが、だからといって真実や事実から目を背けたりもしない。
「そもそも、メアリーから母親としての愛情を得たい訳ではありませんよ」
メアリーを「母」だと思った事などない。最初から私にとって彼女は「女性」だった。
王妃も赤ん坊の頃、取り替えられたからか、生物学上以外で母だと思わない。
だから、異母姉が王妃とメアリーから母親の愛情を注がれても羨んだ事はないのだ。
「王妃殿下の息子として育てられたとしても、たぶん私は王妃殿下を母として愛せなかった」
そして、今のようにメアリーを女性として愛してしまっただろう。
実の母から引き離され、自分を復讐の道具としてしか見ない女性に育てられるのは不幸だと人は言うのかもしれない。
けれど、私は――。
「『母親』の愛情を得られなくても、私は自分を不幸だと思った事はありませんよ」
メアリーが私を復讐の道具としか思っていなくても構わない。
王子として何不自由なく生きられただけでなく愛する女性の傍にいられる。
それに、リズに自覚はないだろうが、彼女なりに異母弟を愛してくれている。
王妃とメアリー、二人の「母親」の愛情を弟から奪ったと罪悪感が抱いているのだから。弟を何とも思っていないのなら、そんな事思うはずがないのだ。
そういう姉だから、私も愛する女性が産んだ、彼女が誰よりも愛している娘だからというだけでなく、私なりに、この姉を愛している。
だから、父親と母親からの愛など要らなかった。
肉親の愛なら姉からだけで充分だった。
けれど、別に要らないと思っていた父親からの愛情に気づいて困惑している。
あの男は、何よりも「国王」である事を優先する。それでも、息子や娘に対して愛情がない訳ではないと先程の会話で気づいたのだ。
メアリーが子供の取り替えるのを黙認していたのも、国王にとっても息子である兄を殺された復讐だったのだろう。
この先も、あの男は私とリズに父親としての愛情を示しはしないだろう。国王である事を優先しているからだ。
父親としては問題だが国王としては正解だ。国王であるなら家族よりも国と国民を第一に考えるべきだからだ。
別に要らないと思っていた父親からの愛情だ。実は愛されていると気づいても、私は「だから、何だ?」として思えないが、リズは喜ぶだろう。
あの人の娘とは思えない程、真っ直ぐな気性のリズは、父親からの愛を心の奥底では求めているだろうからだ。
けれど……言えない。
アーサーが怖い。
アーサーにとってリズは「一番」ではなく「唯一」なのだ。
リズ以外に何も価値を見出せない人間(……本当に人間かと疑いたくなる時もあるが)だ。
そんなアーサーにとって肉親であっても自分以外の人間がリズの心に入り込むなど許さないだろう。
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