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本編
50 理不尽な復讐
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国王の私室の応接間には、部屋の主である国王だけでなく王妃と妾妃もいた。
私と弟が二人でいるところに、国王の侍従が来て「陛下が王女殿下と王子殿下をお呼びです」と伝えに来たのだ。他の侍従がアルバートの部屋にも向かったらしいが、姉の部屋に行った彼とは入れ違いになったようだ。
国王が私とアルバートだけでなく王妃と妾妃まで呼び出したという事は、昨日私が王妃に告げた「真実」について話すためだろう。それ以外考えられない。
王妃は常に脳筋で高慢で、私が「高慢な王女」として振舞うのに参考にさせてもらった。けれど、今は憔悴し、せっかくの美貌に影を落としている。
そうさせた原因は私だけに申し訳なく思うが後悔はしていない。
「真実」である以上、王妃が知らなくても存在しているのだから。
「……ベッツィから聞いた」
一人掛けのソファに座った国王が重々しく口を開いた。
私は妾妃の隣、テーブルを挟んだ対面のソファに王妃とアルバートが並んで座っている。
「真実」を明かした昨日の今日だ。王妃の隣に座る勇気がなかった。それに、対面のほうが、しっかり顔を見て言える。……王妃も私を罵倒しやすいと思ったのだ。
アルバートが隣に座ると王妃はあからさまに動揺したが、弟は彼女と違って泰然としている。先程私に告げた通り、「真実」を知った王妃が自分への態度を変えたとしても彼にとっての王妃の存在は変わらない。生物学上の母親でしかないのだ。
「……何だって今更、話すんだ?」
国王は呆れた視線を私に向けた。
国王もアルバートと同じで「なぜ、今更?」という気持ちが強いのだ。
「……王妃様に対してだけ偽りの自分でいる事が嫌になったからです。素の自分になるのなら『真実』も明かすべきだと思いました」
そのせいで王妃を傷つけても、弟と妾妃と国王に「今更?」と呆れられても……私の自己満足に過ぎなくても、後悔はしていない。
「……お前と二人きりで話せば、妾は平常心を保てない。まして、こんな『真実』を打ち明けられてはな。皆がそろった今、訊かせてもらおう。なぜ、妾に、こんな仕打ちをした?」
王妃が妾妃に鋭い視線を向けた。
王妃は本当は「真実」を知った昨日、妾妃に詰め寄りたかったのだろう。けれど、彼女自身が今言った理由で、国王や子供達、「真実」を知っている関係者がそろった今、王妃は妾妃に対する尋問を開始したのだ。
「我が子の安全のためと復讐ですわ」
妾妃は王妃の鋭い視線を臆する事なく受け止めて堂々と答えた。王妃に対する申し訳なさとか犯した「罪」に対する自責の念など全く感じられなかった。
それが癇に障ったのだろう。王妃は明らかに憤怒の表情になったが、それを発散する前に自らの疑問をぶつける事を先にしたらしい。愛する夫である国王が傍にいる事が彼女の噴き出る感情の歯止めにもなっているのだろう。
「どういう意味だ?」
「あなたの取り巻きが、わたくしが最初に産んだ子ヘンリーを、ヘンリーの乳母に突然死に見せかけて殺させました。だから、わたくしは」
「ちょっと待て! どういう事だ!? 妾の取り巻きが、お前が最初に産んだ子を殺させただと!?」
王妃は妾妃の言葉を遮った。その顔も声も驚愕している。「真実」同様、彼女には思ってもいない話だったのだ。
「……まさか、知らなかったのか?」
国王が呆れた顔をしている。
いや、国王だけでなく私と妾妃とアルバートもだ。
確かに、妾妃が最初に産んだ子供、私の兄でありアルバートの異母兄であるヘンリーは世間的には突然死だ。
けれど、ヘンリーが「突然死」した直後、ヘンリーの乳母と王妃の取り巻きの貴婦人達が行方不明になり、取り巻きの家族の汚職が次々と明らかになったのだ。
少しでも物を見る目を持つ者ならば分かるはずだ。「ヘンリー王子の死と彼らに何らかの係わりがあり、国王か妾妃が制裁を加えたのだ」と。
「お前は、それを妾が命じたと思っているのか!?」
「いいえ。いくら大嫌いなわたくしの息子であっても、敬愛する陛下の御子でもある限り、あなたにヘンリーは殺せない」
興奮する王妃とは対照的に妾妃は冷静な受け答えだ。
「だったら、なぜ、復讐などと?」
「王妃が『無実』だと知っていて、なぜ、子供の取り換えなどした?」王妃は、そう疑問に思っているのだ。
「ご自分の取り巻きが勝手に仕出かした事だから、ご自分には何の咎もないと、そう思っていらっしゃるのね」
妾妃は、誰もが見惚れるような美しい微笑を浮かべ、耳に心地よい甘くまろやかな声で語っている。けれど、その目は冬の星々よりも冴え冴えと冷たく輝き、語る口調もどこまでも冷たかった。
脳筋で今は怒りに支配された王妃ですら、妾妃の発する冷たい威圧に気圧されたのだろう。表情から憤怒が抜け落ち、代わりに張り詰めたものに変わっている。
「彼女達は、あなたの取り巻きだった。取り巻きの管理も上に立つ者の責務ですよ。まして、王妃という王国全ての女性の最高位にいらっしゃるなら、尚更ですわ」
王妃に、エリザベス(ベッツィ)・テューダという女性に、その器がなかったとしても言い訳にはならない。
貴族令嬢、まして王妃となれるほどの高位貴族の令嬢に生まれた以上、国と王にその人生を捧げるのは当然で、その器でなかった事は、それだけで罪なのだ。
「……だから、妾の子と取り替える事で復讐したのか?」
「ええ。そうですわ」
あっさり認める妾妃に、王妃は「まさか」という顔になった。
「……まさか、突然死だというリズと同じ日に産まれたあの子は」
「あの子は、リジーは、正真正銘の突然死ですよ。いくらわたくしでも赤ん坊を手に掛けたくはありませんもの」
だから、妾妃も子供を取り替えるだけにしたのだ。それだけでも王妃には多大な精神的打撃になるからだ。
「リジーが突然死だとしても、お前は、妾の子だけでなく自分の子まで復讐の道具にしたのか!?」
「――そんな事は、分かっている」
王妃の非難に妾妃は顔色一つ変えなかった。
「あなたに言われるまでもない。自分が何をしたのか、わたくし自身がよく分かっていますわ。……あの瞬間、わたくしは、リズと亡くなったアルバートの母ではなくなったのです」
アルバートと同じ日に産まれ数日後に亡くなった彼の異母兄弟、私のもう一人の弟の名前も「アルバート」だ。
王妃が息子に「アルバート」と名付けたから、本来その名前を名付けられるべき取り替えた子供にも、その名前を与えたのだ。亡くなったエリザベスと同じように。そうしたところで、妾妃の自己満足に過ぎないのに。
「今のお言葉、リズとアルバートを慮って言ったのではないですよね? ただ、わたくしを非難したくて、この子達を引き合いに出しただけ、ですわよね?」
妾妃の指摘に、王妃は「この女は何を言っているんだ?」という顔になった。その顔こそが、妾妃の指摘が正しかった事を証明している。
王妃は復讐の道具にされた私とアルバートを慮って妾妃を非難したんじゃない。実の娘ではなかった私は勿論、実の息子だと判明したアルバートの事すら王妃の頭にないのだ。
王妃の頭に今あるのは、子供を取り替えられた(復讐された)怒りだ。
妾妃に「わたくしの息子の死は、あなたにも責任がある」と遠回しに言われても王妃は何一つ理解していない。
「取り巻きが勝手にやった事で、妾には何の係わりもない」王妃はそう思っているのだ。
妾妃の子供の取り換え(復讐)も理不尽な事をされたという認識しかないのだろう。
私なら、どう言われても、何をされても構わない。それだけの事を王妃にしたのだから。
けれど、アルバートは、弟は――。
私と弟が二人でいるところに、国王の侍従が来て「陛下が王女殿下と王子殿下をお呼びです」と伝えに来たのだ。他の侍従がアルバートの部屋にも向かったらしいが、姉の部屋に行った彼とは入れ違いになったようだ。
国王が私とアルバートだけでなく王妃と妾妃まで呼び出したという事は、昨日私が王妃に告げた「真実」について話すためだろう。それ以外考えられない。
王妃は常に脳筋で高慢で、私が「高慢な王女」として振舞うのに参考にさせてもらった。けれど、今は憔悴し、せっかくの美貌に影を落としている。
そうさせた原因は私だけに申し訳なく思うが後悔はしていない。
「真実」である以上、王妃が知らなくても存在しているのだから。
「……ベッツィから聞いた」
一人掛けのソファに座った国王が重々しく口を開いた。
私は妾妃の隣、テーブルを挟んだ対面のソファに王妃とアルバートが並んで座っている。
「真実」を明かした昨日の今日だ。王妃の隣に座る勇気がなかった。それに、対面のほうが、しっかり顔を見て言える。……王妃も私を罵倒しやすいと思ったのだ。
アルバートが隣に座ると王妃はあからさまに動揺したが、弟は彼女と違って泰然としている。先程私に告げた通り、「真実」を知った王妃が自分への態度を変えたとしても彼にとっての王妃の存在は変わらない。生物学上の母親でしかないのだ。
「……何だって今更、話すんだ?」
国王は呆れた視線を私に向けた。
国王もアルバートと同じで「なぜ、今更?」という気持ちが強いのだ。
「……王妃様に対してだけ偽りの自分でいる事が嫌になったからです。素の自分になるのなら『真実』も明かすべきだと思いました」
そのせいで王妃を傷つけても、弟と妾妃と国王に「今更?」と呆れられても……私の自己満足に過ぎなくても、後悔はしていない。
「……お前と二人きりで話せば、妾は平常心を保てない。まして、こんな『真実』を打ち明けられてはな。皆がそろった今、訊かせてもらおう。なぜ、妾に、こんな仕打ちをした?」
王妃が妾妃に鋭い視線を向けた。
王妃は本当は「真実」を知った昨日、妾妃に詰め寄りたかったのだろう。けれど、彼女自身が今言った理由で、国王や子供達、「真実」を知っている関係者がそろった今、王妃は妾妃に対する尋問を開始したのだ。
「我が子の安全のためと復讐ですわ」
妾妃は王妃の鋭い視線を臆する事なく受け止めて堂々と答えた。王妃に対する申し訳なさとか犯した「罪」に対する自責の念など全く感じられなかった。
それが癇に障ったのだろう。王妃は明らかに憤怒の表情になったが、それを発散する前に自らの疑問をぶつける事を先にしたらしい。愛する夫である国王が傍にいる事が彼女の噴き出る感情の歯止めにもなっているのだろう。
「どういう意味だ?」
「あなたの取り巻きが、わたくしが最初に産んだ子ヘンリーを、ヘンリーの乳母に突然死に見せかけて殺させました。だから、わたくしは」
「ちょっと待て! どういう事だ!? 妾の取り巻きが、お前が最初に産んだ子を殺させただと!?」
王妃は妾妃の言葉を遮った。その顔も声も驚愕している。「真実」同様、彼女には思ってもいない話だったのだ。
「……まさか、知らなかったのか?」
国王が呆れた顔をしている。
いや、国王だけでなく私と妾妃とアルバートもだ。
確かに、妾妃が最初に産んだ子供、私の兄でありアルバートの異母兄であるヘンリーは世間的には突然死だ。
けれど、ヘンリーが「突然死」した直後、ヘンリーの乳母と王妃の取り巻きの貴婦人達が行方不明になり、取り巻きの家族の汚職が次々と明らかになったのだ。
少しでも物を見る目を持つ者ならば分かるはずだ。「ヘンリー王子の死と彼らに何らかの係わりがあり、国王か妾妃が制裁を加えたのだ」と。
「お前は、それを妾が命じたと思っているのか!?」
「いいえ。いくら大嫌いなわたくしの息子であっても、敬愛する陛下の御子でもある限り、あなたにヘンリーは殺せない」
興奮する王妃とは対照的に妾妃は冷静な受け答えだ。
「だったら、なぜ、復讐などと?」
「王妃が『無実』だと知っていて、なぜ、子供の取り換えなどした?」王妃は、そう疑問に思っているのだ。
「ご自分の取り巻きが勝手に仕出かした事だから、ご自分には何の咎もないと、そう思っていらっしゃるのね」
妾妃は、誰もが見惚れるような美しい微笑を浮かべ、耳に心地よい甘くまろやかな声で語っている。けれど、その目は冬の星々よりも冴え冴えと冷たく輝き、語る口調もどこまでも冷たかった。
脳筋で今は怒りに支配された王妃ですら、妾妃の発する冷たい威圧に気圧されたのだろう。表情から憤怒が抜け落ち、代わりに張り詰めたものに変わっている。
「彼女達は、あなたの取り巻きだった。取り巻きの管理も上に立つ者の責務ですよ。まして、王妃という王国全ての女性の最高位にいらっしゃるなら、尚更ですわ」
王妃に、エリザベス(ベッツィ)・テューダという女性に、その器がなかったとしても言い訳にはならない。
貴族令嬢、まして王妃となれるほどの高位貴族の令嬢に生まれた以上、国と王にその人生を捧げるのは当然で、その器でなかった事は、それだけで罪なのだ。
「……だから、妾の子と取り替える事で復讐したのか?」
「ええ。そうですわ」
あっさり認める妾妃に、王妃は「まさか」という顔になった。
「……まさか、突然死だというリズと同じ日に産まれたあの子は」
「あの子は、リジーは、正真正銘の突然死ですよ。いくらわたくしでも赤ん坊を手に掛けたくはありませんもの」
だから、妾妃も子供を取り替えるだけにしたのだ。それだけでも王妃には多大な精神的打撃になるからだ。
「リジーが突然死だとしても、お前は、妾の子だけでなく自分の子まで復讐の道具にしたのか!?」
「――そんな事は、分かっている」
王妃の非難に妾妃は顔色一つ変えなかった。
「あなたに言われるまでもない。自分が何をしたのか、わたくし自身がよく分かっていますわ。……あの瞬間、わたくしは、リズと亡くなったアルバートの母ではなくなったのです」
アルバートと同じ日に産まれ数日後に亡くなった彼の異母兄弟、私のもう一人の弟の名前も「アルバート」だ。
王妃が息子に「アルバート」と名付けたから、本来その名前を名付けられるべき取り替えた子供にも、その名前を与えたのだ。亡くなったエリザベスと同じように。そうしたところで、妾妃の自己満足に過ぎないのに。
「今のお言葉、リズとアルバートを慮って言ったのではないですよね? ただ、わたくしを非難したくて、この子達を引き合いに出しただけ、ですわよね?」
妾妃の指摘に、王妃は「この女は何を言っているんだ?」という顔になった。その顔こそが、妾妃の指摘が正しかった事を証明している。
王妃は復讐の道具にされた私とアルバートを慮って妾妃を非難したんじゃない。実の娘ではなかった私は勿論、実の息子だと判明したアルバートの事すら王妃の頭にないのだ。
王妃の頭に今あるのは、子供を取り替えられた(復讐された)怒りだ。
妾妃に「わたくしの息子の死は、あなたにも責任がある」と遠回しに言われても王妃は何一つ理解していない。
「取り巻きが勝手にやった事で、妾には何の係わりもない」王妃はそう思っているのだ。
妾妃の子供の取り換え(復讐)も理不尽な事をされたという認識しかないのだろう。
私なら、どう言われても、何をされても構わない。それだけの事を王妃にしたのだから。
けれど、アルバートは、弟は――。
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