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48 君を切り捨てさせないでくれ(国王視点)

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 まさか王女リズ王妃ベッツィに「真実」を告白しているとは思わなかった俺は、夕方頃、俺の私室に現われたベッツィの顔色の悪さに驚いた。

「どうした? 顔色が悪いが。何かあったのか?」

「……陛下」

 ベッツィの美しい切れ長の黒い瞳が潤んでいた。彼女のこんな泣きそうな顔を見るのは初めてだった。

 いや正確には、大嫌いな妾妃おんなを後宮から追い出せなくて悔し泣きしている姿を影から見た事はある。

 だが、こんな風に悲しくて泣きたいという姿を見るのは初めてだった。

 この国は《脳筋国家》と揶揄されるほど武術が盛んな国だ。男はもとより女性も武術の腕で評価される。すぐ泣く女など軽蔑の対象でしかない。

 王妃としての資質には欠けているが、夫である俺の前でも涙を見せるような真似はしなかったベッツィが初めて泣きそうな顔を見せているのだ。

 余程の事があったに違いないと思ったのだが――。

 ソファに座る事なく俺に洗いざらいぶちまけてくれたベッツィの話を聞いて、俺は内心頭を抱えた。

(……なぜ、今になって「真実」を話すんだ! リズ!)

 妊娠発言ですら婚約破棄できなかったのだ。最後の手段は出奔だろう。

 エリオット・ラングリッジに告白され、彼と話しているうちに、女王になる決意を固めたと《影》からの報告を受けていなければ、最後の手段の出奔を決行する前に、自分に何があっても「母」であるベッツィが悲しまないように「真実」を打ち明けたのだと納得したが、今のリズに、その気はない。

 ……リズがエリオットから告白されたという報告を一緒に聞いた時のアーサーの顔は思い出したくもない。それはそれは美しい笑顔だった。けれど、目だけは爛々と輝き、百戦錬磨な《影》ですら卒倒しそうになっていた。

「真実」を話せば王妃ベッツィが婚約破棄のために行動するだろうが無駄なのだ。国王が認めないからだ。聡明なリズなら理解したはずだ。自分の誕生日の翌日の俺との会話で。

 一人掛けのソファに座った俺は、未だ立ったままのベッツィに座るように促した。

 ソファに座ると、早速ベッツィは話を再開した。

「……自分の話が信じられないのなら陛下に聞けと言われました」

(俺に丸投げするな!)と、ここにはいない娘に内心で悪態を吐いた。

 確かに、ベッツィには、とても信じられない話だ。

 いくら溺愛している(……いや、今はもう「していた」だろうか?)娘が語ったとはいえ信じないだろう。

 だから、リズも「信じられないなら陛下に聞け」と言ったのだ。俺が言った事なら、どれだけ信じられない「真実」であってもベッツィは信じるからだ。

 それだけ、ベッツィにとって、俺は唯一無二の絶対の存在なのだ。

(……けれど、悪いな、ベッツィ。俺にとっての「絶対」は、君ではないんだ)

 リズに「俺を国王としてではなく一人の男として愛してくれるベッツィを愛している」と語ったのは嘘ではない。

 そう、「一人の男として愛してくれる」から愛している。

 言い換えれば、「一人の男として愛してくれなければ」愛せない。

 愛してくれたから愛した。

 愛という種を相手から蒔かれなければ芽吹かない愛せない

 俺は人間として、どこか欠けているのだと思っていた。

 けれど、にも、人としての情はあったのだ。

 だから、ベッツィ――。

 話によっては、君を切り捨てる。

 俺を一人の男として愛してくれるベッツィ。

 俺に君を切り捨てさせないでくれ。

 祈る気持ちでいる俺には当然気づかず、ベッツィは自らの疑問を俺にぶつけてきた。

「……陛下も、ご存知だったのですか?」

 リズは「信じられないのなら陛下に聞け」と言ったのだ。それは、国王も知っていなければ言えない言葉だ。

「……ああ。知っていた」

 リズと亡くなったベッツィの娘(リジー)、アルバートと亡くなった妾妃の息子。

 皆そろって王家特有の黒髪紫眼で、顔も父親である俺に似ていた。

 ベッツィが子供の取り替えに気づかなかったのも無理はない。

 けれど、顔以外の耳や手の形は、リズは妾妃に、リジーはベッツィに、アルバートは宰相ユテルやアーサーに、妾妃の息子は俺に似ていたのだ。

 だから、俺は子供の取り替えに気づいた。

 気づいた上で……黙っていた。

 リズが言ったように、母親が違っても皆、俺の子供だったからではない。

 妾妃あれが、なぜ、そんな行動をとったのか、分かったからだ。

 子供の取り替えは我が子の安全のためであり……自分が産んだ最初の子(ヘンリー)を殺された復讐だ。

 実行したヘンリーの乳母と乳母に指示した当時の王妃ベッツィの取り巻きとその家族を死ぬよりもむごい目に遭わせただろうに、彼女の怒りはおさまらなかったのだ。

 にも親としての情はあったのだ。

 俺と同じように――。

「知っていらしたのなら、どうして教えてくださらなかったのですか!?」

 愛する夫である俺が「知っていた」と認めた事で、ベッツィの感情は爆発したようだ。

「……知っていて黙っていた俺も、の共犯だ。君の非難は甘んじて受けよう。だが――」

 興奮しているベッツィを強い眼差しで黙らせると俺は言った。

「王女とアルバートは、あれの行動の被害者だ。責めるのは、俺とあれだけにしろ」

「……でも、リズは……あの子は、妾をずっと騙していたのですよ」

 ベッツィのいう「騙していた」は、リズが「真実」を黙っていただけでなく偽りの自分としてしか接してこなかった事だ。

 むしろ、逆に俺は訊きたい。

「……あれの『猫』は即見破ったくせに、どうして王女の下手くそな演技かわいい『子猫』には気づかないんだ?」

 脳筋なベッツィだが妾妃の容姿とは裏腹な冷酷で酷薄な本性には、すぐに気づいた。だからこそ、王妃と妾妃という国王の寵愛を得ようと争うライバルだからというだけでなく彼女を毛嫌いしているのだ。

「……恋敵と娘は違いますから」

 ベッツィは、ぽつりと言った。

(……恋敵ね)

 俺は内心嗤った。

 俺にも妾妃にも互いに対する恋心など欠片もないのに。

 誰よりも近くで十八年も俺と妾妃を見ているはずだのに、なぜ、に気づかないのだろう?

 自分がを愛しているから、同じ「妻」の立場にいるあの女も俺を愛していると思い込んでいるのだろうか?

「それでも、あの子の君を『母』として慕っている気持ちだけは真実ほんとうだ。十六年もあの子を見ていて、それすら分からないのか?」

「真実」を聞いたばかりで今も混乱し苦しんでいるベッツィに、を言うのは酷かもしれない。

 けれど、今、君が味わっている苦しみなど、リズが味わっていたには及ばないのだ。

 実の母親に復讐の道具にされ、慕っている「母」を二重の意味で騙してしまった。

 リズには何の罪もない。

 結果的にベッツィを騙してしまったとしても、ただ、そうせざるを得なかっただけだ。

 婚約者アーサーに嫌われたくて、女王になりたくなくて、ベッツィのように振舞った。

 けれど、それだけでなく、皆に「王妃ベッツィの娘」だと思われたくて、そうしたのも気づいていた。

 だから、ベッツィ――。

 君といえど、あの子を傷つけたら許さない。

 確かに、俺は一人の男として俺を愛してくれる君を愛している。

 けれど、それ以上に、俺は俺の子供達を愛している。

 影で「クソ親父」や「あいつ」呼ばわりされ、生物学上以外で「父親」だと思われていなくてもだ。

 にもあった親としての情。

 愛されたから愛したのではなく、初めて愛したくて愛した俺の子供達。

 けれど、この想いは生涯、あの子達は勿論、誰にも明かさない。態度でも示さない。

 いざとなれば、俺は愛する子供達の「父親」である事よりも「国王」である事を優先するからだ。

 ……俺が「国王」より「父親」である事を優先していたら、いくらリズがアーサーを愛していても、を娘の夫に認めるはずがないのだから。

「まだ混乱しているんだろう? 部屋に戻って休むといい」

 休んで気持ちの整理がついても、まだリズを許せないというのなら、その時は――。

 俺のそんな暗い気持ちに気づいていないのだろう。ベッツィは素直に頷くと立ち上がった。

「……まだ聞きたい事はありますが、確かに、これ以上聞くと混乱しそうです」

「ああ、そうだ。、言い触らすなよ」

 愛する夫である俺が釘を刺せば、隠し事が苦手なベッツィといえど言い触らしはしない。

 知れ渡って非難されたとしても妾妃は全く動じないだろうが、リズとアルバートは違う。

 妾妃の行動の被害者であり、ずっと苦しんでいたあの子達を好き勝手な噂で傷つける事はあってはならない。

 ベッツィがいなくなり、一人になった私室で俺は呟いた。

「……俺に君を切り捨てさせないでくれよ、ベッツィ」

























 



 
 




 








 


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