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本編
41 この世で一番嫌いな男
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エリオットの告白やアルバートの話で精神的な疲れを感じつつ、私はケイティと話すタイミングを見計らっていた。後回しにしては言えなくなりそうなので。
「高慢な王女」として振舞うのをやめたものの、それが却って侍女達の不信感を抱かせたらしく相変わらず侍女達から遠巻きにされている。
そんな侍女達が傍にいるのも気まずいし、「高慢な王女」として振舞るのもやめたので、一人で身支度をするようになったのだが「私達の仕事がなくなります!」と泣きつかれてしまった。
なので、就寝の支度は以前と同じくケイティにしてもらっている。変わらず私に普通に接してくれたのは、皮肉にも「侍女の一人として扱う」と宣言したケイティだけだったのだ。
お陰で、二人きりになれたので、これはこれでよかったのかもしれないと思う。
就寝の支度を整え終えると、私はケイティに向き合った。
いつも通り、「それでは、失礼いたします」と言って出て行こうとするケイティに私が待ったをかけた。
「あなたに話があるの。ケイティ」
「え?」
突然、王女から「話がある」と言われてケイティは驚いた顔だ。無理もない。約一ヶ月前、宰相府で話して以来、親密な話などした事はない。私は言葉通り、ケイティを特別扱いなどせず侍女の一人として扱っていたのだから。
「エリックから、あなたに求婚した話を聞いたわ」
私は鏡台の前の椅子に座ったまま、傍らに立っているケイティに言った。
「……そうですか」
ケイティは納得した様子だ。なぜ、突然、王女が自分に話しかけてきたのか分かったからだろう。
「単刀直入に訊くわ。あなた、エリックが好きなの?」
「……エリック・ヴォーデン様は素晴らしい方です。あの方を嫌う人などいないでしょう」
「私が聞きたいのは、他人がエリックをどう思っているかじゃない。あなたがエリックをどう思っているかよ」
私は、じっとケイティを見つめた。彼女が何を思っているのか何一つ見逃さないように。
ケイティは長い睫毛を伏せた。
「……私があの方に恋愛感情を抱いているとして、それが何です? 姫様には関係ないと思います」
「エリックの求婚を断った理由が私なら関係なくないでしょう」
「……それは」
ケイティは困ったように視線をさ迷わせた。
「あの女……妾妃の命令で私を監視した事なら気にしなくていい。妾妃の部下だったなら当然の行動だし……いくらばればれでも周囲をずっと欺いてきた私がどうこう言えるはずないもの」
「……いいえ。姫様が私を責めるのは当然です。……貴女の信頼を私は裏切ったのですから」
「私があなたに勝手に心を許しただけよ。それで裏切られたと感じるのも私の勝手よ。あなたが気にする必要はないの」
「……姫様」
「エリックの求婚を断るために私を理由にしているの?」
「いいえ! 求婚を断るのに姫様を理由にしたりなどしません!」
ケイティは思いの外、強い口調で否定した。
「エリックを愛しているのなら私など気にせず結婚しなさい。辺境伯夫人になるのは大変だけど、あなたなら大丈夫だと思う。それに、エリックは勿論、私だって出来る限り、あなたの力になるわ」
「姫様」
ケイティは驚いたように目を瞠った。聡明なケイティは私の最後の言葉だけで私の決意や覚悟に気づいたようだ。
「……アーサー様と結婚して女王になるのですね」
「――ええ」
私は頷いた。
「……本当によろしいのですか? そのために、あんな下劣な男の恋人にまでなって、公衆の面前で婚約破棄宣言や嘘の妊娠発言までしたのに」
ケイティに言われて思い出した。
「……私の侍女だから、あいつに絡まれたのよね。不愉快な思いをさせて、ごめんなさい」
王女の謝罪に、ケイティは慌てた顔になった。
「い、いえ、大丈夫です。エリック様のお陰で、何もありませんでしたから」
「なら、よかったわ」
エリックと結婚してくれるなら、なおいいのだけれど。
「……姫様がアーサー様を愛している事は知っています」
……あれだけ「アーサーが嫌い」だとアピールしていたのに、私の下手な演技では周囲を騙せなかったようだ。
「そして、不敬を承知で、あえて言いますが、私はアーサー様が、この世で一番嫌いなんです」
「は?」
私は思わず王女らしかぬ間抜けな声を上げてしまった。
今はもう全ての女性がアーサーに惚れるとは思っていない。それでも侍女の身で侯爵令息で王女の婚約者相手に、よくもまあ「この世で一番嫌い」と言い放てるものだと感心する。
――姫様が、ご自分を貶めてまで婚約破棄する価値など、あの男にはないです。
婚約破棄宣言と妊娠発言した誕生日の夜のケイティの言葉を思い出した。
ケイティの言う「あの男」は、ずっとエドワードだと思っていた。
けれど、本当は――。
「……あれって、アーサーの事だったの?」
私が自分を貶めてまで婚約破棄する価値などアーサーにはないと、ケイティは言いたかったのだ。
「アーサー様のお父様、よく似た御姿の宰相閣下は素直に見惚れる事ができるのですが、アーサー様を見てると何か癇に障るんです。あの完璧な容姿も、畏怖しながらも惹きつけられてしまうカリスマ性も、多くの人は心酔するのでしょうが、私は駄目、視界にも入れたくないです」
人が人をどう思おうと自由だが、ケイティがアーサーに対して、そう思っていたのは正直意外だった。そして、だから、あんなにアーサーに食ってかかる事ができたのかと納得した。
「……だから、私個人としては、アーサー様と婚約破棄してくれたほうがよかったのですが」
私とは違う理由で、ケイティは私とアーサーの婚約破棄を望んでいたようだ。
「……敵に塩を送るようで嫌ですが、姫様が苦しむのは、もっと嫌なので言っておきます」
ケイティは奇しくもエリオットと同じ嫌そうな顔で同じ事を言ってきた。
「貴女がアーサー様を愛する以上に、アーサー様は貴女を愛しています」
「……悪いけど、それは信じられない」
「……姫様の信頼を裏切ったのです。私の言葉など信じられなくて当然だと思います」
「……そういう事じゃないのよ」
そう、言ったのがケイティでなくても「アーサーが私を愛している」という言葉だけは信じられないのだ。
「……そうですね。私や他の誰かではなく、アーサー様が姫様が信じるに値する人間にならなければ意味がありませんね。……彼には、せいぜい頑張っていただきましょうか」
ケイティの最後の言葉は、いっそ冷たく突き放したように感じられるものだった。
「エリック様との事ですが」
ケイティは話題を変えた。
「姫様が許してくださるのなら……私、エリック様の求婚を受けようと思います」
思った通り、ケイティがエリックの求婚を拒んでいた一番の理由は王女だったようだ。
「あなたも、やっぱりエリックが好きなのね」
でなければ、「愛人なら構わない」などと言わないだろう。
「求婚を受ける一番の理由は、勿論、私もエリック様をお慕いしているからですが、辺境伯夫人になれば侍女である今以上に姫様のお役に立てると思うからです」
ケイティが求婚を拒んだ一番の理由は王女だったが、求婚を受ける決め手も王女のようだ。
「私の事なら気にしなくていいから、エリックと幸せにね」
私の心からの言葉に、ケイティは可憐な笑顔で「はい!」と頷いた。
「高慢な王女」として振舞うのをやめたものの、それが却って侍女達の不信感を抱かせたらしく相変わらず侍女達から遠巻きにされている。
そんな侍女達が傍にいるのも気まずいし、「高慢な王女」として振舞るのもやめたので、一人で身支度をするようになったのだが「私達の仕事がなくなります!」と泣きつかれてしまった。
なので、就寝の支度は以前と同じくケイティにしてもらっている。変わらず私に普通に接してくれたのは、皮肉にも「侍女の一人として扱う」と宣言したケイティだけだったのだ。
お陰で、二人きりになれたので、これはこれでよかったのかもしれないと思う。
就寝の支度を整え終えると、私はケイティに向き合った。
いつも通り、「それでは、失礼いたします」と言って出て行こうとするケイティに私が待ったをかけた。
「あなたに話があるの。ケイティ」
「え?」
突然、王女から「話がある」と言われてケイティは驚いた顔だ。無理もない。約一ヶ月前、宰相府で話して以来、親密な話などした事はない。私は言葉通り、ケイティを特別扱いなどせず侍女の一人として扱っていたのだから。
「エリックから、あなたに求婚した話を聞いたわ」
私は鏡台の前の椅子に座ったまま、傍らに立っているケイティに言った。
「……そうですか」
ケイティは納得した様子だ。なぜ、突然、王女が自分に話しかけてきたのか分かったからだろう。
「単刀直入に訊くわ。あなた、エリックが好きなの?」
「……エリック・ヴォーデン様は素晴らしい方です。あの方を嫌う人などいないでしょう」
「私が聞きたいのは、他人がエリックをどう思っているかじゃない。あなたがエリックをどう思っているかよ」
私は、じっとケイティを見つめた。彼女が何を思っているのか何一つ見逃さないように。
ケイティは長い睫毛を伏せた。
「……私があの方に恋愛感情を抱いているとして、それが何です? 姫様には関係ないと思います」
「エリックの求婚を断った理由が私なら関係なくないでしょう」
「……それは」
ケイティは困ったように視線をさ迷わせた。
「あの女……妾妃の命令で私を監視した事なら気にしなくていい。妾妃の部下だったなら当然の行動だし……いくらばればれでも周囲をずっと欺いてきた私がどうこう言えるはずないもの」
「……いいえ。姫様が私を責めるのは当然です。……貴女の信頼を私は裏切ったのですから」
「私があなたに勝手に心を許しただけよ。それで裏切られたと感じるのも私の勝手よ。あなたが気にする必要はないの」
「……姫様」
「エリックの求婚を断るために私を理由にしているの?」
「いいえ! 求婚を断るのに姫様を理由にしたりなどしません!」
ケイティは思いの外、強い口調で否定した。
「エリックを愛しているのなら私など気にせず結婚しなさい。辺境伯夫人になるのは大変だけど、あなたなら大丈夫だと思う。それに、エリックは勿論、私だって出来る限り、あなたの力になるわ」
「姫様」
ケイティは驚いたように目を瞠った。聡明なケイティは私の最後の言葉だけで私の決意や覚悟に気づいたようだ。
「……アーサー様と結婚して女王になるのですね」
「――ええ」
私は頷いた。
「……本当によろしいのですか? そのために、あんな下劣な男の恋人にまでなって、公衆の面前で婚約破棄宣言や嘘の妊娠発言までしたのに」
ケイティに言われて思い出した。
「……私の侍女だから、あいつに絡まれたのよね。不愉快な思いをさせて、ごめんなさい」
王女の謝罪に、ケイティは慌てた顔になった。
「い、いえ、大丈夫です。エリック様のお陰で、何もありませんでしたから」
「なら、よかったわ」
エリックと結婚してくれるなら、なおいいのだけれど。
「……姫様がアーサー様を愛している事は知っています」
……あれだけ「アーサーが嫌い」だとアピールしていたのに、私の下手な演技では周囲を騙せなかったようだ。
「そして、不敬を承知で、あえて言いますが、私はアーサー様が、この世で一番嫌いなんです」
「は?」
私は思わず王女らしかぬ間抜けな声を上げてしまった。
今はもう全ての女性がアーサーに惚れるとは思っていない。それでも侍女の身で侯爵令息で王女の婚約者相手に、よくもまあ「この世で一番嫌い」と言い放てるものだと感心する。
――姫様が、ご自分を貶めてまで婚約破棄する価値など、あの男にはないです。
婚約破棄宣言と妊娠発言した誕生日の夜のケイティの言葉を思い出した。
ケイティの言う「あの男」は、ずっとエドワードだと思っていた。
けれど、本当は――。
「……あれって、アーサーの事だったの?」
私が自分を貶めてまで婚約破棄する価値などアーサーにはないと、ケイティは言いたかったのだ。
「アーサー様のお父様、よく似た御姿の宰相閣下は素直に見惚れる事ができるのですが、アーサー様を見てると何か癇に障るんです。あの完璧な容姿も、畏怖しながらも惹きつけられてしまうカリスマ性も、多くの人は心酔するのでしょうが、私は駄目、視界にも入れたくないです」
人が人をどう思おうと自由だが、ケイティがアーサーに対して、そう思っていたのは正直意外だった。そして、だから、あんなにアーサーに食ってかかる事ができたのかと納得した。
「……だから、私個人としては、アーサー様と婚約破棄してくれたほうがよかったのですが」
私とは違う理由で、ケイティは私とアーサーの婚約破棄を望んでいたようだ。
「……敵に塩を送るようで嫌ですが、姫様が苦しむのは、もっと嫌なので言っておきます」
ケイティは奇しくもエリオットと同じ嫌そうな顔で同じ事を言ってきた。
「貴女がアーサー様を愛する以上に、アーサー様は貴女を愛しています」
「……悪いけど、それは信じられない」
「……姫様の信頼を裏切ったのです。私の言葉など信じられなくて当然だと思います」
「……そういう事じゃないのよ」
そう、言ったのがケイティでなくても「アーサーが私を愛している」という言葉だけは信じられないのだ。
「……そうですね。私や他の誰かではなく、アーサー様が姫様が信じるに値する人間にならなければ意味がありませんね。……彼には、せいぜい頑張っていただきましょうか」
ケイティの最後の言葉は、いっそ冷たく突き放したように感じられるものだった。
「エリック様との事ですが」
ケイティは話題を変えた。
「姫様が許してくださるのなら……私、エリック様の求婚を受けようと思います」
思った通り、ケイティがエリックの求婚を拒んでいた一番の理由は王女だったようだ。
「あなたも、やっぱりエリックが好きなのね」
でなければ、「愛人なら構わない」などと言わないだろう。
「求婚を受ける一番の理由は、勿論、私もエリック様をお慕いしているからですが、辺境伯夫人になれば侍女である今以上に姫様のお役に立てると思うからです」
ケイティが求婚を拒んだ一番の理由は王女だったが、求婚を受ける決め手も王女のようだ。
「私の事なら気にしなくていいから、エリックと幸せにね」
私の心からの言葉に、ケイティは可憐な笑顔で「はい!」と頷いた。
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