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本編
33 エリックの想い人2
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「今はレベッカ嬢の事は置いておけ。エリックはリズにケイティの事を話したくて来たんだろう?」
私とエリックが落ち込んでいて話が進まないので、黙っていたロバートが口を挟んできた。
「……そうだな」
エリックは頷くと、話を元に戻した。
「ケイティに一目惚れして、結婚を前提に付き合ってくれるように頼んだのですが、愛人として付き合うのは構わないけれど結婚は嫌だと言われました」
ケイティが即行で断るのではなく「愛人なら構わない」と言うとは意外だった。エリックに助けられた事もあって好意を抱いたのだとは思う。
ケイティが結婚を断る理由は分かる。彼女は平民でエリックはヴォーデン辺境伯の跡取りなのだから。
「この半年、結婚を承諾してくれるように努力したのですが……」
エリックの言い方からして断り続けられたのだろう。
「えっと、肝心な事を訊くけど、ケイティは王女の侍女とはいえ平民よ。本当に結婚できると思うの?」
エリックが真剣にケイティを想っているとしても周囲が許さないだろう。
「義父上なら気にしませんよ。愚弟の母君はヴォーデン辺境伯家の侍女だったし、母の母、義父上の義母もそうでしたから」
ヴォーデン辺境伯エドガーが侍女を妻に迎えエドワードが生まれたのは有名な話だ。
前ヴォーデン辺境伯(エドガーの父親でエリックの祖父)もまた前妻(エドガーの母)を亡くした後、侍女だった女性を後妻に迎えてエリックとエリオットの母エイミーが生まれた。ヴォーデン辺境伯エドガーとラングリッジ伯爵夫人エイミーは十五歳年の離れた異母兄妹なのだ。それでも義母や異母妹と良い関係を築いたらしい。
「ヴォーデン辺境伯が気にしなくても、周囲がうるさいでしょう?」
「……それでも、私は結婚するなら彼女しか考えられないんです」
ケイティに負担をかけてしまうと分かっていても、エリックは彼女以外の女性と結婚する気はないのだ。
「……それで、自分の想い人がケイティだと明かして、私に何をさせたいの?」
ただ自分の想い人が私の侍女だと明かす事が目的で、わざわざ王女を呼び出した訳ではないだろう。
「……王女殿下は、今でもケイティを許せませんか?」
エリックが唐突に話題を変えてきた。
「……何を言いたいの?」
言葉通り、私にはエリックが何を言いたいのか分からなかった。
「……ケイティがメアリー妃の命令で貴女を監視していて、それがばれて貴女をとても傷つけた。生涯、貴女にお仕えする事で償おうと思う。だから、私とは結婚できないと言われました」
……ケイティには分かっていたのだ。自分が妾妃の命令で王女を監視していた事が私を怒らせたのではなく傷つけたのだと。
――私の地雷は、あの女に関する事よ。
そう口にした事で、王女は「怒っている」のだと思わせた。
怒りも確かにあった。けれど、それ以上に、いつの頃からか心を許していたケイティに「裏切られた」と傷ついた気持ちのほうが強かったのだ。
「……許す許さないとかじゃない。私に、そう思う資格などないもの」
演技だと見抜かれていようと、素の私として接してこなかったのだ。真の信頼などケイティとの間に、いや、他の誰とも築けるはずがない。
――貴女に私の何が分かると言うんだ?
……アーサーの言う通りだ。いくら演技だと見抜かれていようと、私が「本当の私」を見せてこなかったように、私も彼の表面しか見ていなかった。
……今更、婚約者とは、どうにもならない。
アーサーが、ただ冷静で怜悧なだけの人間でないのは、もう分かっている。自分も他人も愛せず、底知れぬ何かを抱えている妾妃以上に厄介な人間だとしても、私は彼を愛している。彼以外愛せない。
けれど、彼との結婚は私が女王になる事……そして、愛のない結婚が確定してしまう。
自分が愛しさえすれば耐えられるとは思わない。
……だって、私は愛されたい。
偽りの上で成り立つものではなく、愛されていても嫌悪感しか抱けないものではなく、愛する人に純粋に愛されたかった。
そうできるだろうケイティが羨ましかった。
私への不要な罪悪感で、エリックと歩む幸せな未来を潰してほしくない。
「……私への償い云々は、あなたと結婚したくない言い訳かもしれないわよ?」
おそらくは、ケイティもエリックを想っているとは思うのだ。エリックは彼の愚弟などよりもずっといい男だ。彼に真剣に想われて好きにならない女性はいないだろう。
けれど、いくら賢くても、心底怒っているアーサーを前にしても動じないほどの胆力を持っていても、ケイティは平民だ。辺境伯夫人となるのは、いろいろと苦労が多いのは簡単に予想できる。いくらエリックを好きでも、ためらう気持ちは分かる。
それでも、エリックと共にならば、辺境伯夫人としても、ただの女性としても、幸せに生きていけるのではないかと思うのだ。
「……そうかもしれません。それでも、私の求婚を断る理由が貴女への償いで、その貴女が許すと仰ってくださるのなら、私にも希望はあると思ってしまったんです。……虫がいい考えですが」
「私にケイティに『許す』と言ってほしいのね?」
それが言いたくて私を呼び出したのだと、ようやく分かった。
「……それでも、あなたとの結婚は嫌だと言うかもしれないわよ?」
「求婚を受け入れてくれるまで諦める気はありません」
好きな男性でなければ、迷惑この上ない科白だ。
「……同じ女として、ケイティの主として、ケイティがあなたを何とも思ってないなら、王女としての権力でも何でも使って、あなたとの結婚を阻止するわよ」
いくら、あの馬鹿との事でエリックに対して罪悪感を持っていても、無理矢理ケイティと結婚させる気はない。
私とエリックが落ち込んでいて話が進まないので、黙っていたロバートが口を挟んできた。
「……そうだな」
エリックは頷くと、話を元に戻した。
「ケイティに一目惚れして、結婚を前提に付き合ってくれるように頼んだのですが、愛人として付き合うのは構わないけれど結婚は嫌だと言われました」
ケイティが即行で断るのではなく「愛人なら構わない」と言うとは意外だった。エリックに助けられた事もあって好意を抱いたのだとは思う。
ケイティが結婚を断る理由は分かる。彼女は平民でエリックはヴォーデン辺境伯の跡取りなのだから。
「この半年、結婚を承諾してくれるように努力したのですが……」
エリックの言い方からして断り続けられたのだろう。
「えっと、肝心な事を訊くけど、ケイティは王女の侍女とはいえ平民よ。本当に結婚できると思うの?」
エリックが真剣にケイティを想っているとしても周囲が許さないだろう。
「義父上なら気にしませんよ。愚弟の母君はヴォーデン辺境伯家の侍女だったし、母の母、義父上の義母もそうでしたから」
ヴォーデン辺境伯エドガーが侍女を妻に迎えエドワードが生まれたのは有名な話だ。
前ヴォーデン辺境伯(エドガーの父親でエリックの祖父)もまた前妻(エドガーの母)を亡くした後、侍女だった女性を後妻に迎えてエリックとエリオットの母エイミーが生まれた。ヴォーデン辺境伯エドガーとラングリッジ伯爵夫人エイミーは十五歳年の離れた異母兄妹なのだ。それでも義母や異母妹と良い関係を築いたらしい。
「ヴォーデン辺境伯が気にしなくても、周囲がうるさいでしょう?」
「……それでも、私は結婚するなら彼女しか考えられないんです」
ケイティに負担をかけてしまうと分かっていても、エリックは彼女以外の女性と結婚する気はないのだ。
「……それで、自分の想い人がケイティだと明かして、私に何をさせたいの?」
ただ自分の想い人が私の侍女だと明かす事が目的で、わざわざ王女を呼び出した訳ではないだろう。
「……王女殿下は、今でもケイティを許せませんか?」
エリックが唐突に話題を変えてきた。
「……何を言いたいの?」
言葉通り、私にはエリックが何を言いたいのか分からなかった。
「……ケイティがメアリー妃の命令で貴女を監視していて、それがばれて貴女をとても傷つけた。生涯、貴女にお仕えする事で償おうと思う。だから、私とは結婚できないと言われました」
……ケイティには分かっていたのだ。自分が妾妃の命令で王女を監視していた事が私を怒らせたのではなく傷つけたのだと。
――私の地雷は、あの女に関する事よ。
そう口にした事で、王女は「怒っている」のだと思わせた。
怒りも確かにあった。けれど、それ以上に、いつの頃からか心を許していたケイティに「裏切られた」と傷ついた気持ちのほうが強かったのだ。
「……許す許さないとかじゃない。私に、そう思う資格などないもの」
演技だと見抜かれていようと、素の私として接してこなかったのだ。真の信頼などケイティとの間に、いや、他の誰とも築けるはずがない。
――貴女に私の何が分かると言うんだ?
……アーサーの言う通りだ。いくら演技だと見抜かれていようと、私が「本当の私」を見せてこなかったように、私も彼の表面しか見ていなかった。
……今更、婚約者とは、どうにもならない。
アーサーが、ただ冷静で怜悧なだけの人間でないのは、もう分かっている。自分も他人も愛せず、底知れぬ何かを抱えている妾妃以上に厄介な人間だとしても、私は彼を愛している。彼以外愛せない。
けれど、彼との結婚は私が女王になる事……そして、愛のない結婚が確定してしまう。
自分が愛しさえすれば耐えられるとは思わない。
……だって、私は愛されたい。
偽りの上で成り立つものではなく、愛されていても嫌悪感しか抱けないものではなく、愛する人に純粋に愛されたかった。
そうできるだろうケイティが羨ましかった。
私への不要な罪悪感で、エリックと歩む幸せな未来を潰してほしくない。
「……私への償い云々は、あなたと結婚したくない言い訳かもしれないわよ?」
おそらくは、ケイティもエリックを想っているとは思うのだ。エリックは彼の愚弟などよりもずっといい男だ。彼に真剣に想われて好きにならない女性はいないだろう。
けれど、いくら賢くても、心底怒っているアーサーを前にしても動じないほどの胆力を持っていても、ケイティは平民だ。辺境伯夫人となるのは、いろいろと苦労が多いのは簡単に予想できる。いくらエリックを好きでも、ためらう気持ちは分かる。
それでも、エリックと共にならば、辺境伯夫人としても、ただの女性としても、幸せに生きていけるのではないかと思うのだ。
「……そうかもしれません。それでも、私の求婚を断る理由が貴女への償いで、その貴女が許すと仰ってくださるのなら、私にも希望はあると思ってしまったんです。……虫がいい考えですが」
「私にケイティに『許す』と言ってほしいのね?」
それが言いたくて私を呼び出したのだと、ようやく分かった。
「……それでも、あなたとの結婚は嫌だと言うかもしれないわよ?」
「求婚を受け入れてくれるまで諦める気はありません」
好きな男性でなければ、迷惑この上ない科白だ。
「……同じ女として、ケイティの主として、ケイティがあなたを何とも思ってないなら、王女としての権力でも何でも使って、あなたとの結婚を阻止するわよ」
いくら、あの馬鹿との事でエリックに対して罪悪感を持っていても、無理矢理ケイティと結婚させる気はない。
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