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本編
32 エリックの想い人
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学院の外れに生徒会室はある。身分と成績と人柄で選ばれる生徒会役員。良くも悪くも注目される彼らの安息のために、そこに造られたらしい。
なので、一般生徒には足を踏み入れにくい場所である。
ロバートは生徒会長でエリックは生徒会副会長。その二人に呼ばれたのだから、生徒会役員ではない一般生徒である(王女でも生徒会役員ではないので)私とローズマリーが来ても肩身が狭い思いをする必要はないだろう。
「遅かったな」
生徒会室の客間に現われた私とローズマリーに言ったのはロバートだ。
ロバートはいつも通りの様子だが、エリックは心なしか緊張した面持ちだ。
テーブルには、すでに紅茶やお菓子などが用意されていた。
「……色々あってね」
ジェロームの事をわざわざ報告する必要はないだろうと思って私はそう言ったのだが――。
「ジェローム様がリズ様に今朝の事を謝りに来たのですわ」
ローズマリーが言うと、ロバートは美しい眉をひそめた。
「……形ばかりの謝罪なら逆効果だ。せっかく彼女が、ぼこぼこにしてくれたお陰で、アーサーの制裁を免れたというのに……馬鹿だな」
アーサーがそんな事でジェロームに制裁を加えるとは思わないけれど。
「リズ様に諭されなければ、そうなっていたでしょうね」
ふふっとローズマリーは笑った。
「今朝の様子を見る限り、簡単に人の言う事を聞くお坊ちゃんには見えなかったがな」
ロバートは首を傾げた。
「リズ様が懇切丁寧に諭してくださったからでしょう」
ローズマリーの言うように「懇切丁寧」かは分からないが、少しでもジェロームの心に届いてくれたのならそれでいい。
話が一段落ついたのをみて、エリックがそっと言った。
「……王女殿下、今朝の事でお疲れなら日を改めましょうか?」
ローズマリーと同じ気遣いをしてくれたエリックに私は首を振った。
「疲れてないから、あなたの話を聞くわ」
「俺とローズマリーは黙っているから気にせず話してくれ」
ロバートの一人称は「俺」だ。容姿は似ていても、こういう些細な所もアーサーとは違う。
この客間には、いくつもソファが並んでいるので、ロバートとローズマリーは、私とエリックから離れて座った。会話を邪魔しないようにだろう。
「……話というのは、私の想い人の事なんです」
エリックが意を決して言った。
(エリックの想い人? それが私と何の関係が?)
そう疑問に思った私にエリックが衝撃の発言をした。
「私の想い人は、貴女の侍女のケイティなんです」
「「え――っ!? ケイティなのっ!?」」
私とローズマリーの驚きの声は同時だった。
ロバートは、とっくにエリックに教えられていたのか全く驚いておらず、咎めるように「ローズマリー」と名を呼んだ。
ローズマリーは済まなそうな顔になった。
「……申し訳ありません。黙ってます」
友人であるローズマリーとレベッカとマリアンヌを何度か後宮の私室に招待した。当然、王女の侍女であるケイティとも顔見知りだ。
知っている王女の侍女が辺境伯令息の想い人なのだ。ローズマリーが驚くのは無理もない。
そういえば、栗色の鬘を被り仮面をつけた私の後ろ姿を見て、アルバートはケイティと見分けがつかないと言った。確かに、私とケイティの体格は同じなので彼女と同じ髪色になれば後ろ姿の見分けはつかなくなるだろう。
それで、仮面舞踏会の時、エリックは私に注目したのだ。「御大層な変装」をした私の姿が想い人に似ていたから。
「……半年前、愚弟がケイティに言い寄っていて……困っていた彼女を助けたのが出会いです」
エリックの話し方が、どことなくためらいがちなのは、その頃なら彼の愚弟、エドワードは、王女の「恋人」になっていたからだろう。
婚約者を愛していながら王女が愚弟の「恋人」になったのは何らかの思惑(……そんな大層なものじゃないけど)があるとエリックにはもう分かっている。だがそれでも、「恋人」が自分以外の女性に言い寄るなど不愉快だろうと気遣ってくれているのだ。
そんな気遣いは全く無用だ。……アーサーがそうしたのなら今すぐ、どっかの樹を殴るなり蹴ったりして喚きたくなるが、あの馬鹿が何をしようが心は波立たない。
「……あの馬鹿が私の『恋人』になっていながら、いろんな女性に言い寄っているのは知っていたけど」
だから、アーサーも妾妃もケイティも、エドワードを「下劣な男」と言っていたのだろう。
「……まさか私の侍女にまで言い寄っていたとはね」
「レベッカにも言い寄っていました。まあ、そのお陰でレイモンド様と婚約できたのですが」
「黙っています」と言っておきながら口を挟んでしまったローズマリーは、「しまった!」という顔になったが、今度はロバートは咎めなかった。
私もだがロバートもローズマリーが今言った言葉に興味をそそられたようだ。
「確かに、レベッカからレイモンドと婚約したという報告を受けたけど、きっかけはエドワードがレベッカに言い寄ったからなの?」
今朝の騒動で、エレノアもレイモンドも王女に「レベッカと婚約した」と言うどころではなかった。昼休みに、レベッカから「レイモンド・フォゼリンガム様と婚約しました」と報告を受けたのだ。
レイモンドは侯爵令息でレベッカは子爵令嬢。家柄としては釣り合わないのだが、二人の気持ちを尊重して両家が認めたのだろう。
「……はい。あの馬鹿……エドワード様に言い寄られて困っていたレベッカをレイモンド様が助けたのが付き合うきっかけですね」
エドワードを「あの馬鹿」呼ばわりしたローズマリーだが彼の従兄で義兄であるエリックがいるから言い直したようだ。エリック自身も彼を「愚弟」呼ばわりだから構わないと思うけれど。
それにしても、彼らの出会いや付き合うきっかけが、あの馬鹿だったとは、正直驚いた。
「……レベッカ嬢に謝りにいかねばいけませんね」
エリックは愚弟がレベッカに迷惑をかけたので気にしているらしい。
「……あなたは悪くない。むしろ、謝らなければならないのは私だわ。ケイティもレベッカも私の侍女と友人だから、あの馬鹿に目を付けられたのでしょう?」
……ケイティもレベッカも私に何も言ってこなかった。私を慮ってくれたのだろう。
「まあ、お陰でレベッカはレイモンド様と婚約できたのですし」
ローズマリーはそう言ってくれるが、彼女達に迷惑をかけてしまったのは心苦しかった。
なので、一般生徒には足を踏み入れにくい場所である。
ロバートは生徒会長でエリックは生徒会副会長。その二人に呼ばれたのだから、生徒会役員ではない一般生徒である(王女でも生徒会役員ではないので)私とローズマリーが来ても肩身が狭い思いをする必要はないだろう。
「遅かったな」
生徒会室の客間に現われた私とローズマリーに言ったのはロバートだ。
ロバートはいつも通りの様子だが、エリックは心なしか緊張した面持ちだ。
テーブルには、すでに紅茶やお菓子などが用意されていた。
「……色々あってね」
ジェロームの事をわざわざ報告する必要はないだろうと思って私はそう言ったのだが――。
「ジェローム様がリズ様に今朝の事を謝りに来たのですわ」
ローズマリーが言うと、ロバートは美しい眉をひそめた。
「……形ばかりの謝罪なら逆効果だ。せっかく彼女が、ぼこぼこにしてくれたお陰で、アーサーの制裁を免れたというのに……馬鹿だな」
アーサーがそんな事でジェロームに制裁を加えるとは思わないけれど。
「リズ様に諭されなければ、そうなっていたでしょうね」
ふふっとローズマリーは笑った。
「今朝の様子を見る限り、簡単に人の言う事を聞くお坊ちゃんには見えなかったがな」
ロバートは首を傾げた。
「リズ様が懇切丁寧に諭してくださったからでしょう」
ローズマリーの言うように「懇切丁寧」かは分からないが、少しでもジェロームの心に届いてくれたのならそれでいい。
話が一段落ついたのをみて、エリックがそっと言った。
「……王女殿下、今朝の事でお疲れなら日を改めましょうか?」
ローズマリーと同じ気遣いをしてくれたエリックに私は首を振った。
「疲れてないから、あなたの話を聞くわ」
「俺とローズマリーは黙っているから気にせず話してくれ」
ロバートの一人称は「俺」だ。容姿は似ていても、こういう些細な所もアーサーとは違う。
この客間には、いくつもソファが並んでいるので、ロバートとローズマリーは、私とエリックから離れて座った。会話を邪魔しないようにだろう。
「……話というのは、私の想い人の事なんです」
エリックが意を決して言った。
(エリックの想い人? それが私と何の関係が?)
そう疑問に思った私にエリックが衝撃の発言をした。
「私の想い人は、貴女の侍女のケイティなんです」
「「え――っ!? ケイティなのっ!?」」
私とローズマリーの驚きの声は同時だった。
ロバートは、とっくにエリックに教えられていたのか全く驚いておらず、咎めるように「ローズマリー」と名を呼んだ。
ローズマリーは済まなそうな顔になった。
「……申し訳ありません。黙ってます」
友人であるローズマリーとレベッカとマリアンヌを何度か後宮の私室に招待した。当然、王女の侍女であるケイティとも顔見知りだ。
知っている王女の侍女が辺境伯令息の想い人なのだ。ローズマリーが驚くのは無理もない。
そういえば、栗色の鬘を被り仮面をつけた私の後ろ姿を見て、アルバートはケイティと見分けがつかないと言った。確かに、私とケイティの体格は同じなので彼女と同じ髪色になれば後ろ姿の見分けはつかなくなるだろう。
それで、仮面舞踏会の時、エリックは私に注目したのだ。「御大層な変装」をした私の姿が想い人に似ていたから。
「……半年前、愚弟がケイティに言い寄っていて……困っていた彼女を助けたのが出会いです」
エリックの話し方が、どことなくためらいがちなのは、その頃なら彼の愚弟、エドワードは、王女の「恋人」になっていたからだろう。
婚約者を愛していながら王女が愚弟の「恋人」になったのは何らかの思惑(……そんな大層なものじゃないけど)があるとエリックにはもう分かっている。だがそれでも、「恋人」が自分以外の女性に言い寄るなど不愉快だろうと気遣ってくれているのだ。
そんな気遣いは全く無用だ。……アーサーがそうしたのなら今すぐ、どっかの樹を殴るなり蹴ったりして喚きたくなるが、あの馬鹿が何をしようが心は波立たない。
「……あの馬鹿が私の『恋人』になっていながら、いろんな女性に言い寄っているのは知っていたけど」
だから、アーサーも妾妃もケイティも、エドワードを「下劣な男」と言っていたのだろう。
「……まさか私の侍女にまで言い寄っていたとはね」
「レベッカにも言い寄っていました。まあ、そのお陰でレイモンド様と婚約できたのですが」
「黙っています」と言っておきながら口を挟んでしまったローズマリーは、「しまった!」という顔になったが、今度はロバートは咎めなかった。
私もだがロバートもローズマリーが今言った言葉に興味をそそられたようだ。
「確かに、レベッカからレイモンドと婚約したという報告を受けたけど、きっかけはエドワードがレベッカに言い寄ったからなの?」
今朝の騒動で、エレノアもレイモンドも王女に「レベッカと婚約した」と言うどころではなかった。昼休みに、レベッカから「レイモンド・フォゼリンガム様と婚約しました」と報告を受けたのだ。
レイモンドは侯爵令息でレベッカは子爵令嬢。家柄としては釣り合わないのだが、二人の気持ちを尊重して両家が認めたのだろう。
「……はい。あの馬鹿……エドワード様に言い寄られて困っていたレベッカをレイモンド様が助けたのが付き合うきっかけですね」
エドワードを「あの馬鹿」呼ばわりしたローズマリーだが彼の従兄で義兄であるエリックがいるから言い直したようだ。エリック自身も彼を「愚弟」呼ばわりだから構わないと思うけれど。
それにしても、彼らの出会いや付き合うきっかけが、あの馬鹿だったとは、正直驚いた。
「……レベッカ嬢に謝りにいかねばいけませんね」
エリックは愚弟がレベッカに迷惑をかけたので気にしているらしい。
「……あなたは悪くない。むしろ、謝らなければならないのは私だわ。ケイティもレベッカも私の侍女と友人だから、あの馬鹿に目を付けられたのでしょう?」
……ケイティもレベッカも私に何も言ってこなかった。私を慮ってくれたのだろう。
「まあ、お陰でレベッカはレイモンド様と婚約できたのですし」
ローズマリーはそう言ってくれるが、彼女達に迷惑をかけてしまったのは心苦しかった。
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