妾は、お前との婚約破棄を宣言する!

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
27 / 86
本編

27 弟の婚約破棄の余波2

しおりを挟む
 私に似た系統の顔ながら平凡な容姿の彼女、リジー(ずっと「彼女」呼びもどうかと思うので言いにくいが「リジー」と呼ぶ事にする)は、どちらかというと、おとなしい印象の少女だ。

 けれど、リジーが見た目通りの人間でない事を私は知っている。

 貴族女性には珍しくもないが、夫のいる身で他の男性と密会していたり(もう別れたらしいが)、王女わたし相手でも臆さず言いたい放題言ったりもした。

 今回も大勢に注目されながら背筋を真っ直ぐに伸ばして、リジーはアントニアの前に進み出た。

「王子様の婚約者でありながら見目のいい多数の男性と密会していたでしょう。この学院内で知らぬ者はいないわ」

 ……私は知らなかった。

 存在そのものが苛つくのでアントニアに関する事は見聞きしないようにしていた。

 そんな私の気持ちを酌んだのか、私の弟で王子の婚約者を悪く言うのは気が引けたのか、高慢な王女として振舞っていた私と違って人づきあいがよく学院内の噂に熟知している私の友人達は、アントニアに関する事を私の耳に入れなかったのだ。

「……あなた、頭だけでなく股まで緩かったのね」

 思わず王女らしからぬ事を言ってしまった私をアーサーに似ているが若干彼より低い美声が諫めた。

「……リズ、いや王女殿下、王女としても若い女性としても、言うべき科白ではないですよ」

 声の主は、ロクサーヌの隣にいる彼女の兄、私とアーサーの従兄、ロバート・ウィザーズだ。アーサーと同じ黒髪黒目で顔も似ているが、アーサーが怜悧ならロバートは精悍な印象の美丈夫だ。それは、体格がアーサーより一回り大きく性格も真逆なせいだろう。

 私とロバートのやり取りをよそに、アントニアは私が驚く事を喚き始めた。

「あなたに言われたくないわ! あなただって、エリオット・ラングリッジ様と浮気しているくせに!」

(……エリオットと浮気?)

 では、彼女が仮面舞踏会で一緒に過ごし別れた想い人というのは――。

 リジーは一瞬だけ虚を衝かれた顔を見せたが次いで笑い出した。

「何がおかしいのよ!」

 アントニアは食ってかかった。

「家のために両親よりも年上の方と結婚したのよ。若い美形の男性と浮気しても責められる謂れはないわ」

 悪びれず堂々と言い放っているリジーだが、彼女の両の拳がわずかに震えている事に私は気づいた。

(虚勢を張っている?)

 大勢に注目されている中、自らの不貞を糾弾されるのは、どんな人間だってつらいに決まっている。いくらリジーが王女わたし相手でも臆さず言いたい放題言える人間でもだ。どんな目に遭っても心が折れない強い人間などいるはずがないのだから(……アーサーや妾妃は例外かもしれないが)。

 リジーはエリオットを本気で愛している。愛のない結婚をした気晴らしで浮気したのではない。昨夜の会話で、それ・・は明らかだ。

 だからこそ、震えながらも逃げ出さず、エリオットが悪く言われないように、迷惑をかけないように、自分を貶める事まで言っているのだ。

 自分がどんな目に遭っても愛する人を守りたい――。

 リジーのその気持ちが私には分かる。

「……話をすり替えないで。彼女は関係ないでしょう」

 そうだ。リジーが夫以外の男性と浮気しようと、アントニアが婚約破棄された事と何の関係もないのだ。

「あなたが何と言おうと、国王陛下立ち合いの下、あなたとアルバートの婚約は解消された。もう、あなたは王子アルバートの婚約者じゃなくなったわ」

 これだけ王女わたしが、はっきりきっぱり言っているというのに――。

「いいえ! わたくしのお腹にはアルバート様の御子がいるのですもの! わたくしは王子妃に、王妃になるんです!」

 アントニアは、また理解不能な事を叫んでくれた。

 このテューダ王国に貴族令嬢として生まれ、しかも王子の婚約者にまでなったくせに、アントニアは、どうも王家の慣習を理解していないらしい。彼女の自分の都合のいいようにしか考えられないおめでたい頭の中では、次期国王はアルバートで婚約者|(だった)の自分は次期王妃になっているのだ。

 確かに、私とアルバートなら統治者に相応しいのはアルバートだ。

 私が馬鹿で高慢な王女として振舞っていた事を抜きにしても、個人としての幸福を優先している私よりも、常に王子として考えて行動する弟のほうが相応しいに決まっている。

 けれど、そのアルバート以上に、統治者として相応しいのはアーサーなのだ。

 そして、そのアーサーを夫にする私こそが女王になる。私はお飾りの女王で、アーサーこそがテューダ王国の真の統治者になるのだ。

 アントニアがどう思っていようと、アルバートが次期国王になる事は絶対にない。弟自身、それ・・を望んだ事は一度としてないのだから。

 皆、アントニアに白けた眼を向け、中には、この場から離れようとする者まで出てきた。

「放っておこう」と考え始めた私に、アントニアが聞き捨てならない事を喚いてくれた。

「お義姉様だって、婚約者アーサーさま以外の男の子を妊娠しても、アーサー様と婚約したままじゃない!」

 頭の中が真っ白になった私の耳に、呆れたような声が、あちこちから聞こえてきた。

「……ここまで馬鹿だったとはな」

「……終わったな」

「……おとなしく婚約破棄されたままなら最悪な事態は避けられたのに」

 そんな外野の声など聞こえていないのだろう。アントニアは喚き続けた。

「お義姉様が婚約続行できたのなら、わたくしだってできるわ! だって、わたくしのお腹には、アルバート様の御子がいるのですもの!」

 突っ込むのが面倒なのでしないが、アントニアの話は、あまりにも矛盾だらけだ。話している本人が脳内お花畑なので気づいてないのだろう。

 誰かが呼んだのか、訳の分からない事を喚き続けるアントニアを数人の教師がどこかに連れて行った。


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

処理中です...