妾は、お前との婚約破棄を宣言する!

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
23 / 86
本編

23 帰ろうとしたら彼女と遭遇した

しおりを挟む
「……あの、よろしいですか?」

 今まで黙っていたエリックが言った。

「王女殿下と明日学院でお話したいのです。勿論、私一人ではなくロバートとローズマリー嬢にも同席してもらいます」

 エリックは、なぜかアーサーを気にしながら言っている。先程のエレノアと同じだ。

「話があるなら今聞くわ」とは言えない。アーサーとの会話で疲れたのだ。とてもエリックの話まで聞く余裕などない。エリックもそれが分かっているから「明日学院で」と言ったのだ。

 親友であるロバートだけでなく彼の婚約者で私の親友でもあるローズマリーにも同席してもらうのは、密室で男二人に女一人では妙な誤解を招くと思ったからだろう。彼の愚弟(あんなの義弟ではなく愚弟で充分だ)と王女わたしが騒動を起こしたのだ。そうするのは当然だ。

「……ごめんなさい。本当は、あの時、私と話したかったのよね?」

 中庭で二人きりになった時だ。婚約者アーサーの事だけで一杯一杯だった私に話しても無駄だと思ったから黙っていたのだろう。

「いえ。あの時は、王女殿下とは分かりませんでしたから」

 王女わたしの謝罪にエリックは慌てて言った。

「……そう、あなたは気づかなかったのよね」

 私のすぐ傍にいたエリックは「御大層な変装」をした王女わたしに気づかなかった。

 だのに――。

「エリオット。どうして、あなたは変装していた私に気づいたの?」

 ロクサーヌが気づいたのは私を嫌いだからだ。気になるから嫌う。気になるから大嫌いな私を注意深く見ていた。変装などで、ごまかされたりしないのだ。

 だが、エリオットと私は公式の場で挨拶をする程度の仲だ。好意や嫌悪を抱くような関係ではないのに。

 エリオットが考える素振りを見せたので、私はどんな答えを聞かされるのかと身構えてしまったのだが――。

「……偶々たまたまです」

「……そうなの」

 私はエリオットの答えに拍子抜けした。

「……まあ、私の演技同様、変装も下手だったって事ね」

 エリオットの言う通り、偶々気づかれてしまったのだと納得した私だが――。

「それで納得するんですか!?」

 ロクサーヌが信じられないと言いたげに私を見ていた。

「ロクサーヌ」

 アーサーが従姉の名を呼んだ。彼女に向けられた目は「余計な事を言うな」と言っていた。

 それだけでロクサーヌの細い肩がびくりと震える。普段の彼女はアーサーに対しても強気な態度に出られるのだが、先程の彼の気迫にまだ当てられているのだろう。

「……えっと、ロクサーヌ。あなたはエリオットが私の変装に気づいたのは、偶々ではないと思っているのね?」

 私は尋ねた。なぜ、彼女がそう思ったのか興味があったのだ。

「……申し訳ありません。わたくし、命が惜しいので言えません」

 ロクサーヌは婚約者エリオットと似たような事を言ってきた。

「どうして命が惜しいとか言うのよ?」

「……アーサーが怖いんです」

 私の純粋な疑問にロクサーヌが溜息交じりに答えた。「なぜ気づかないの?」と言いたげだ。

 私は思わずアーサーを見てしまったが、彼は涼しい顔で立っているだけだ。

 何とも気まずい空気が流れた。

「……あの、実はロバートとローズマリー嬢には、まだ明日の同席の件を頼んでいないので、今から頼みにいってきます」

 エリックは言った。明らかに、この場から離れるための口実だ。

「兄上、今度は、ゆっくりお話ししましょう」

 伯父の養子になったエリックは、実の兄弟とはいえ、あまりエリオットと交流する機会がないようだ。

「ああ。今度は父上や母上とも話そう。勿論、伯父上も交えてな」

「はい」

 兄の言葉に頷くと、エリックは優雅に一礼した。そして、そそくさとこの場から離れた。

「……エリオット様、わたくし、あなたにお話がありますわ」

 ロクサーヌはエリオットに近づくと、どこか挑むような眼差しで彼を見上げた。

「ロクサーヌ、私、先に帰るわ。今日は付き合ってくれて、ありがとう」

 エレノアは婚約者エリオットと二人きりで話したいらしいロクサーヌに気を遣って「先に帰る」事にしたらしい。

「悪いわね。一緒に帰れなくて」

 親友エレノアの気遣いにロクサーヌは申し訳なさそうな様子だ。

「だったら、私とアルバートと一緒に帰らない?」

 本当は二人きりにしてあげたいのだが、婚約者同士でもない男女が一緒に帰れば妙な誤解をされてしまう。アルバートは女性に無体な真似などしない(いくらエレノアが弟を好きでもだ)と、私は・・分かっているが世間はそう見ないだろう。

「……よろしいのですか?」

 エレノアは王子アルバートを気にしている。

「……姉上がそうしたいと仰るなら」

 アルバートは仕方なさそうに言った。エレノアも一緒でなければ、また私が「一人で帰る!」とごねるのを弟は分かっているのだ。




 エリオットとロクサーヌだけがその場に残り、私とアルバートとエレノアは馬車乗り場に向かっていた。

 アーサーだけは厩舎に行った。彼は馬車ではなく馬に乗って来たのだ。

 ……アーサーと帰るなら馬に相乗りする破目になったかもしれない。馬車なら離れて座ってられるが馬ではそうはいかない。まあ、私とアルバートが乗って来た馬車を使えばよかったのかもしれないが。

 帰るにはまだ早い時間だというのに、馬車乗り場には人がいた。

「……あ」

 彼女は驚いた顔で私達を見ていた。こんな時間に帰るのは自分だけだと思っていたのだろう。しかも、やってきたのは、王女と王子、侯爵令嬢という、この国の高位にいる貴人ばかりだ。

 彼女とは違う理由で私とアルバートとエレノアは驚いた。彼女の目は赤く仮面を外した顔は少しむくんでいて涙の跡まである。いかにも「さっきまで泣いてました」と言う顔なのだ。

「……エリザベス・ウォリンジャー」

 王妃と王女わたしが「エリザベス」だからか、この国には「エリザベス」という名前の女性が多い。彼女はリジーという愛称を持つ私と同い年の伯爵令嬢だ。

 公式の場で遠目で見かけるだけの彼女を憶えていたのは、その名前と愛称、私と共通点の多い容姿のためだ。

 長く真っ直ぐな黒髪、淡い青の瞳、小柄で華奢な肢体。ただ私に似た系統の顔立ちながら美しいと讃えられる私と違い彼女は言ってはなんだが平凡だ。

 ウォリンジャー伯爵家はテューダ王国でも五指に入る古い家系だ。何度か王族と婚姻関係を結んでいる。彼女が王女わたしに似ていても不思議ではない。

「貴女が謹慎中に結婚したので、今の彼女はウォリンジャー伯爵令嬢ではなくグレンヴィル子爵夫人ですよ」

 私が彼女のフルネームを呟いたからかアルバートが教えてくれた。

「まあ、そうなの。それは、おめでとう」

 この国では女性は十六から結婚が可能とはいえ今は学院を卒業する十八で結婚するのが多い。だから、ローズマリーもロクサーヌも今は結婚しないのだろう。彼女のように十六になったら即結婚とは珍しい。

「……姉上」

「……王女様」

 アルバートとロクサーヌが何とも言えない微妙な視線を私に送ってきた。

「……ありがとうございます」

 王女わたしの祝辞に謝意を述べた彼女の顔は少しも嬉しそうではなかった。

 その顔を見て気づいた。どうして、アルバートとロクサーヌが私にあんな視線を送ってきたのか、その理由にも。

 彼女は当然初婚であるがグレンヴィル子爵は再婚だ。亡くなった前妻との間に彼女より一つ年上の息子もいる。

 しかも、彼女の実家ウォリンジャー伯爵家は歴史こそ古いが、あまり裕福ではない。それにひきかえグレンヴィル子爵家は、へたな侯爵家や伯爵家よりもお金持ちである。

 親子ほど年の離れた彼女との結婚を条件にグレンヴィル子爵が彼女の実家に援助を申し出たのだと考えればすぐに分かる。グレンヴィル子爵はどうか分からないが、少なくとも彼女には夫に対する愛はないのだと思う。

 結婚と聞いて、すぐに祝辞を述べた自分が嫌になった。貴族にとって結婚は愛ではなく義務だと、よく分かっていたつもりだったのに。

 謝るのもおかしい気がしたので黙っているが何だか気まずい。

 そんな私の気持ちに気づいているのかいないのか、彼女は私が手に持っているけったいな仮面に気づいて息を呑んだ。

「……その仮面!?」

「これがどうしたの?」

 仮面を掲げた私に構わず彼女は何やらぶつぶつ呟いている。

「それに、そのドレス……髪は鬘だったのね」

「……えっと……エリザベス?」

 同じ名前なので「エリザベス」は言いにくいが彼女の愛称の「リジー」は、さらに言いにくい。

 ……なぜなら、私と同じ日に産まれ三日後に自然死した異母姉妹の愛称でもあるからだ。

 何を考えているのか、妾妃は「彼女」に私と同じ名前を付けたのだ。さすがに愛称までは同じにしなかったが。

 ……いや、王妃が娘に「エリザベス」と名付けたから、そう・・したのかもしれない。

 そう・・したところで、あの女の自己満足に過ぎないというのに。






 







 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

処理中です...