16 / 86
本編
16 身勝手な理由
しおりを挟む
「ここまで来れば大丈夫でしょう」
エリックが私を連れてきたのは回廊だった。中庭からは遠ざかったが舞踏会会場には近い。幸い、もう仮面舞踏会は始まったらしく回廊に出ている人はいない。
「……本当に、二度もお世話をおかけしてしまって」
……彼に対して多少罪悪感のある私は申し訳なさで消え入りたくなった。
一度目はエリックの勘違いだけど二度目は男女の睦み合いで固まった私をその場から遠ざけてくれたのだ。
「帰るなら馬車乗り場までお送りしますが」
回廊は舞踏会会場に近いが馬車乗り場にも近いのだ。私がもう帰るつもりだと思ってエリックはここに連れてきたのだろう。
「大丈夫ですわ。危なそうな所は通りませんから」
これ以上、彼に迷惑をかけたくない。
「事情があって来たと言いましたね」
「……大した事ではないんです」
……そう、他人から見ればくだらないと断言される事だ。「婚約者と仲良く話したい」など。
「話してみませんか? 私はあなたを知らない。あなたがご自分の正体を知られたくないのなら私は追及しない。そんな私だから話せば楽になれるかもしれませんよ?」
「……なぜ、そこまで仰ってくださるのですか?」
正体不明の女のために、なぜ、そこまで言ってくれるのだろう?
仮面でたぶん気づかれていないと思うけど、私はエリックに不審な眼差しを向けた。
「あなたが私の想い人に似ているから。それで王子殿下に引っ張られているあなたに目が行ったんですよ」
それで、王子に引っ張られて、どこに連れていかれようとする(全くのエリックの誤解だけど)女性を放っておけなかったのか。
大仰な仮面のお陰で顔の造作は分からないだろうから、私とエリックの想い人の共通点は年齢と髪(鬘だけど)や体型だろう。
「ロバート、様と一緒に来たのでしょう?」
いつもの癖で従兄を「ロバート」と言いそうになって慌てて「様」を付けた。この国でウィザーズ侯爵令息である彼を呼び捨てにできる女性は、従妹で王女である私しかいないのだ。
「あの方を放って私と話していても、よろしいのですか?」
「ロバートなら愛する婚約者が傍にいれば、私がいつの間にか消えても気にしませんよ」
エリックは、ふいに暗い顔になった。
「……ロバートは愚弟のせいで塞いでいる私を心配して気晴らしで仮面舞踏会に誘ってくれたんです。それで一応来たのですが、私は愚弟やロバートと違ってパーティーは好きではありません」
「……ごめんなさい」
私は思わず謝った。エリックが塞いでいる原因は十中八九、彼の言うところの愚弟であるエドワードと王女が起こした騒動だろう。
「お嬢さんが謝る必要はないでしょう?」
簡素な仮面なのでエリックが不思議そうな顔をしているのが、はっきりと分かる。
「……王女、様とは親しいので、つい」
「私が王女なの」と言えない卑怯者の私は、思わずこう言っていた。
「私の気鬱に王女殿下は関係ありませんよ」
「あなたの気鬱は、あのバ……いえ、エドワード様と王女様が起こしたあの騒動のせいでしょう?」
エドワードを思わず「馬鹿」呼ばわりしそうになった。結局、私の役に立たなかったので、私の中で彼はもう名前で呼ぶ価値もなくなっていたのだ。
「……それは否定しませんが。本当に王女殿下は関係ないのですよ。むしろ、あの方には申し訳なく思っているくらいで」
「どうして? むしろ、王女、様を恨むべきではないのですか?」
「……不敬罪ですよ。お嬢さん」
エリックが、そっとたしなめてきた。
……確かに、ただの令嬢なら王族に対して、あまりにも無礼な発言ではある。
「……構いませんわ。客観的に見て王女様が仕出かした事でいろんな方が迷惑を被ったのですもの。あなたも、そのお一人でしょう? だのに、なぜ王女様に申し訳ないなどと仰るの?」
「……言いにくい事を言いますね」
エリックは苦笑した。
……私が王女本人でなければ、こんな事、言えない。
「……私の愚弟が自分の分もわきまえず、婚約者のいる王女殿下に言い寄ったからですよ。私の愚弟が仕出かした事であり王女殿下は被害者だ。だから、申し訳なく思うのです」
「……言い寄って来たのは彼でも、婚約者のいる身で恋人になったのよ。だから、わた……王女にも責任はあるわ。あなたが王女に対して申し訳なく思う必要などないのよ」
私は思わず語気を強めていた。まさかエリックがこんな風に考えているとは思わなかったのだ。王女を恨みこそすれ「王女殿下に申し訳ない」などと思っていたとは。
「……まさか、貴女は」
エリックは、まじまじと私を見つめてきた。
(……やばい! ばれた!?)
ただの令嬢が王女に対して平然と不敬な事を言い放ったのだ。エドワードなどよりも格段に頭の出来がいいエリックが気づかないはずがない。
「……失礼しますわ」
私は、そそくさとその場を去ろうとした。
「待ってください。貴女がここに来た理由を伺っても?」
……そうだった。その話をしていたのだが思いっ切りエリックに対する罪悪感を刺激する話(愚弟のせいで塞いでいると言った事だ)が出たので、そちらのほうに話題がいってしまったのだ。
「……婚約者と仲良く話したいのです」
二度も助けられた(一度目はエリックの勘違いだけど)。彼には罪悪感もある。話すべきだろう。
……エリックにはもう王女だとばれている気がするが、なぜかそれについては言及してこないので変わらずただの令嬢として応対した。
「……顔を隠して自分だと分からない状態でそうしても意味がないのでは?」
エリックも弟と同じ疑問を持ったようだ。
「……身勝手な理由で、彼にはずっと嫌われる態度しかとってませんでした。素の私のままでは、私はいつも通り彼に悪態をついてしまう。私が誰か分からない状態なら素直な気持ちで彼と話せる気がするのです」
さぞ呆れているだろうとエリック見ていると、彼は何やら考え込んでいた。
「……あの時、王子殿下は帰ろうとする貴女を引きとめようとしていたのですね」
エリックは、どうやら王子に対して失礼な言動をとってしまったと落ち込んでいるようだ。私が王女で王子の姉である以上、あれは全くの彼の誤解なのは明らかなのだから。
「あ、いえ、あなたの勘違いを利用したのは私ですから、あなたが気に病む必要はありません。アル……王子様だって分かっていますわ」
「……なぜ、そうまでして仮面舞踏会にいらしたのに、お帰りになろうとしたのですか?」
エリックは、そこが気になったらしい。
「……女性に囲まれた彼を見て頭に血が上ったんです」
「……つまり嫉妬したと?」
「……そうです」
私が頷くとエリックは仮面越しでも分かるほど何ともいえない顔になった。きっと呆れているのだろう。
「……第三者、しかも愚弟が迷惑をかけた私が言うのもなんですが、貴女は婚約者ときちんと話したほうがいい。こんな風に顔を隠してではなく」
「……それができるなら、とうの昔にやっているわ。最後の最後だからアーサーと仲良く話したい。……たとえ私だと分からない状態でも」
そう願う事すら私の我儘だと分かっている。
それでも、唯一の願いが叶えられないのなら、これくらいはしてもいいだろうとも思ってしまう。
「最後?」
怪訝そうな顔をするエリックに私は(しまった)と思った。喋りすぎた。どういうわけか、恋人のふりをしていたエドワードなどよりもずっとエリックのほうが話しやすいのだ。
「……とにかく帰ります。女性達に囲まれている彼に話しかける勇気などないもの」
「姉上!」
くるりとエリックに背を向けた私は駆け寄って来たアルバートに気づいた。仮面越しでも分かるほど弟は鬼気迫る顔をしていた。
妙な誤解をされた上、姉に逃げられたのだ。弟が怒るのは分かるが、こんな風に、それをあからさまにするのは珍しい。赤ん坊の頃から一筋縄ではいかないあの妾妃の傍にいるのだ。アーサーほどではないが同世代よりは冷静なのだ。
「ア、アルバート?」
戸惑う私の肩を弟は、がしっと摑んだ。
「ご無事ですね! 誰かに何かされてませんね!」
アルバートは、どうやら私に語った仮面舞踏会で起こる「そういう事」が姉に起きたのではと心配しているらしい。……尤も彼が心配しているのは姉の身(貞操)ではなく自分の身(命)だろうが。
「大丈夫よ。『それらしき場面』には遭遇したけど、エリックのお陰で離れられたし」
私だけに注意が向いていたアルバートは、そこでようやく傍にいるエリックに気づいた。
「……先程は失礼いたしました。王子殿下」
王子の視線が自分に向いたためエリックは優雅な所作で頭を下げた。
「……いや、あれは、そういう風に見られても仕方ないし、それを私から逃げるのに利用したのは姉上だ。君は悪くない。むしろ、姉上を妙な輩から守ってもらったようで申し訳ない」
王子の謝罪にエリックは慌てた顔になった。
「……いえ、私は大した事は」
「……姉上を前にして言うのもなんだが、君は姉上を恨んで当然だ。いくら姉上が王女でも守ってやろうなどという気は普通ならおきない。君は義弟などよりも、ずっと高潔な紳士なんだな」
アルバートは感心したように言ったが、エリックは困った顔になった。
「……最初は王女殿下とは気づきませんでしたし。私が、この方を気にしたのは、私の想い人に似ていたからです。でなければ、放っていました。だから、王子殿下に褒められる事ではないのです。
それに、私も義父も王女殿下を恨んでなどいません。王女殿下にも言いましたが、あれは愚弟が仕出かした事。王女殿下並びに王族の方々に迷惑をかけて申し訳なく思っているのは、こちらです」
「……姉上にも責任はあるさ。王配になりたくて言い寄って来た馬鹿を利用したんだからな」
アルバートはエドワードの義兄を前にしても彼を「馬鹿」呼ばわりする事に遠慮しなかった。
また義弟をそう言われてもエリックは怒らない。言ったのが王子だからではないだろう。自らが彼を「愚弟」呼ばわりしているのだ。怒るはずがない。
「やはり何か目的があったのですね。王女殿下は、噂とはかなり違うお方のようですし」
私が公の場(学院)で素の自分を出したのは今日が初めてだ。
学院では学年が違う上、公式の場でも滅多に会う事がないエリックにとって王女の為人は噂でしか知らなかっただろう。この短い交流でも噂の「高慢な王女」というのが私の演技だと気づいたらしい。
「何より、貴女は婚約者を愛していらっしゃる。だのに、なぜ愚弟の恋人になどなったのですか?」
「……身勝手な理由よ」
そう、身勝手な理由だ。女王になりたくないからなどと。国王の言う通り、王女に生まれたのなら女王になったとしても受け入れるべきなのだ。
エリックが私を連れてきたのは回廊だった。中庭からは遠ざかったが舞踏会会場には近い。幸い、もう仮面舞踏会は始まったらしく回廊に出ている人はいない。
「……本当に、二度もお世話をおかけしてしまって」
……彼に対して多少罪悪感のある私は申し訳なさで消え入りたくなった。
一度目はエリックの勘違いだけど二度目は男女の睦み合いで固まった私をその場から遠ざけてくれたのだ。
「帰るなら馬車乗り場までお送りしますが」
回廊は舞踏会会場に近いが馬車乗り場にも近いのだ。私がもう帰るつもりだと思ってエリックはここに連れてきたのだろう。
「大丈夫ですわ。危なそうな所は通りませんから」
これ以上、彼に迷惑をかけたくない。
「事情があって来たと言いましたね」
「……大した事ではないんです」
……そう、他人から見ればくだらないと断言される事だ。「婚約者と仲良く話したい」など。
「話してみませんか? 私はあなたを知らない。あなたがご自分の正体を知られたくないのなら私は追及しない。そんな私だから話せば楽になれるかもしれませんよ?」
「……なぜ、そこまで仰ってくださるのですか?」
正体不明の女のために、なぜ、そこまで言ってくれるのだろう?
仮面でたぶん気づかれていないと思うけど、私はエリックに不審な眼差しを向けた。
「あなたが私の想い人に似ているから。それで王子殿下に引っ張られているあなたに目が行ったんですよ」
それで、王子に引っ張られて、どこに連れていかれようとする(全くのエリックの誤解だけど)女性を放っておけなかったのか。
大仰な仮面のお陰で顔の造作は分からないだろうから、私とエリックの想い人の共通点は年齢と髪(鬘だけど)や体型だろう。
「ロバート、様と一緒に来たのでしょう?」
いつもの癖で従兄を「ロバート」と言いそうになって慌てて「様」を付けた。この国でウィザーズ侯爵令息である彼を呼び捨てにできる女性は、従妹で王女である私しかいないのだ。
「あの方を放って私と話していても、よろしいのですか?」
「ロバートなら愛する婚約者が傍にいれば、私がいつの間にか消えても気にしませんよ」
エリックは、ふいに暗い顔になった。
「……ロバートは愚弟のせいで塞いでいる私を心配して気晴らしで仮面舞踏会に誘ってくれたんです。それで一応来たのですが、私は愚弟やロバートと違ってパーティーは好きではありません」
「……ごめんなさい」
私は思わず謝った。エリックが塞いでいる原因は十中八九、彼の言うところの愚弟であるエドワードと王女が起こした騒動だろう。
「お嬢さんが謝る必要はないでしょう?」
簡素な仮面なのでエリックが不思議そうな顔をしているのが、はっきりと分かる。
「……王女、様とは親しいので、つい」
「私が王女なの」と言えない卑怯者の私は、思わずこう言っていた。
「私の気鬱に王女殿下は関係ありませんよ」
「あなたの気鬱は、あのバ……いえ、エドワード様と王女様が起こしたあの騒動のせいでしょう?」
エドワードを思わず「馬鹿」呼ばわりしそうになった。結局、私の役に立たなかったので、私の中で彼はもう名前で呼ぶ価値もなくなっていたのだ。
「……それは否定しませんが。本当に王女殿下は関係ないのですよ。むしろ、あの方には申し訳なく思っているくらいで」
「どうして? むしろ、王女、様を恨むべきではないのですか?」
「……不敬罪ですよ。お嬢さん」
エリックが、そっとたしなめてきた。
……確かに、ただの令嬢なら王族に対して、あまりにも無礼な発言ではある。
「……構いませんわ。客観的に見て王女様が仕出かした事でいろんな方が迷惑を被ったのですもの。あなたも、そのお一人でしょう? だのに、なぜ王女様に申し訳ないなどと仰るの?」
「……言いにくい事を言いますね」
エリックは苦笑した。
……私が王女本人でなければ、こんな事、言えない。
「……私の愚弟が自分の分もわきまえず、婚約者のいる王女殿下に言い寄ったからですよ。私の愚弟が仕出かした事であり王女殿下は被害者だ。だから、申し訳なく思うのです」
「……言い寄って来たのは彼でも、婚約者のいる身で恋人になったのよ。だから、わた……王女にも責任はあるわ。あなたが王女に対して申し訳なく思う必要などないのよ」
私は思わず語気を強めていた。まさかエリックがこんな風に考えているとは思わなかったのだ。王女を恨みこそすれ「王女殿下に申し訳ない」などと思っていたとは。
「……まさか、貴女は」
エリックは、まじまじと私を見つめてきた。
(……やばい! ばれた!?)
ただの令嬢が王女に対して平然と不敬な事を言い放ったのだ。エドワードなどよりも格段に頭の出来がいいエリックが気づかないはずがない。
「……失礼しますわ」
私は、そそくさとその場を去ろうとした。
「待ってください。貴女がここに来た理由を伺っても?」
……そうだった。その話をしていたのだが思いっ切りエリックに対する罪悪感を刺激する話(愚弟のせいで塞いでいると言った事だ)が出たので、そちらのほうに話題がいってしまったのだ。
「……婚約者と仲良く話したいのです」
二度も助けられた(一度目はエリックの勘違いだけど)。彼には罪悪感もある。話すべきだろう。
……エリックにはもう王女だとばれている気がするが、なぜかそれについては言及してこないので変わらずただの令嬢として応対した。
「……顔を隠して自分だと分からない状態でそうしても意味がないのでは?」
エリックも弟と同じ疑問を持ったようだ。
「……身勝手な理由で、彼にはずっと嫌われる態度しかとってませんでした。素の私のままでは、私はいつも通り彼に悪態をついてしまう。私が誰か分からない状態なら素直な気持ちで彼と話せる気がするのです」
さぞ呆れているだろうとエリック見ていると、彼は何やら考え込んでいた。
「……あの時、王子殿下は帰ろうとする貴女を引きとめようとしていたのですね」
エリックは、どうやら王子に対して失礼な言動をとってしまったと落ち込んでいるようだ。私が王女で王子の姉である以上、あれは全くの彼の誤解なのは明らかなのだから。
「あ、いえ、あなたの勘違いを利用したのは私ですから、あなたが気に病む必要はありません。アル……王子様だって分かっていますわ」
「……なぜ、そうまでして仮面舞踏会にいらしたのに、お帰りになろうとしたのですか?」
エリックは、そこが気になったらしい。
「……女性に囲まれた彼を見て頭に血が上ったんです」
「……つまり嫉妬したと?」
「……そうです」
私が頷くとエリックは仮面越しでも分かるほど何ともいえない顔になった。きっと呆れているのだろう。
「……第三者、しかも愚弟が迷惑をかけた私が言うのもなんですが、貴女は婚約者ときちんと話したほうがいい。こんな風に顔を隠してではなく」
「……それができるなら、とうの昔にやっているわ。最後の最後だからアーサーと仲良く話したい。……たとえ私だと分からない状態でも」
そう願う事すら私の我儘だと分かっている。
それでも、唯一の願いが叶えられないのなら、これくらいはしてもいいだろうとも思ってしまう。
「最後?」
怪訝そうな顔をするエリックに私は(しまった)と思った。喋りすぎた。どういうわけか、恋人のふりをしていたエドワードなどよりもずっとエリックのほうが話しやすいのだ。
「……とにかく帰ります。女性達に囲まれている彼に話しかける勇気などないもの」
「姉上!」
くるりとエリックに背を向けた私は駆け寄って来たアルバートに気づいた。仮面越しでも分かるほど弟は鬼気迫る顔をしていた。
妙な誤解をされた上、姉に逃げられたのだ。弟が怒るのは分かるが、こんな風に、それをあからさまにするのは珍しい。赤ん坊の頃から一筋縄ではいかないあの妾妃の傍にいるのだ。アーサーほどではないが同世代よりは冷静なのだ。
「ア、アルバート?」
戸惑う私の肩を弟は、がしっと摑んだ。
「ご無事ですね! 誰かに何かされてませんね!」
アルバートは、どうやら私に語った仮面舞踏会で起こる「そういう事」が姉に起きたのではと心配しているらしい。……尤も彼が心配しているのは姉の身(貞操)ではなく自分の身(命)だろうが。
「大丈夫よ。『それらしき場面』には遭遇したけど、エリックのお陰で離れられたし」
私だけに注意が向いていたアルバートは、そこでようやく傍にいるエリックに気づいた。
「……先程は失礼いたしました。王子殿下」
王子の視線が自分に向いたためエリックは優雅な所作で頭を下げた。
「……いや、あれは、そういう風に見られても仕方ないし、それを私から逃げるのに利用したのは姉上だ。君は悪くない。むしろ、姉上を妙な輩から守ってもらったようで申し訳ない」
王子の謝罪にエリックは慌てた顔になった。
「……いえ、私は大した事は」
「……姉上を前にして言うのもなんだが、君は姉上を恨んで当然だ。いくら姉上が王女でも守ってやろうなどという気は普通ならおきない。君は義弟などよりも、ずっと高潔な紳士なんだな」
アルバートは感心したように言ったが、エリックは困った顔になった。
「……最初は王女殿下とは気づきませんでしたし。私が、この方を気にしたのは、私の想い人に似ていたからです。でなければ、放っていました。だから、王子殿下に褒められる事ではないのです。
それに、私も義父も王女殿下を恨んでなどいません。王女殿下にも言いましたが、あれは愚弟が仕出かした事。王女殿下並びに王族の方々に迷惑をかけて申し訳なく思っているのは、こちらです」
「……姉上にも責任はあるさ。王配になりたくて言い寄って来た馬鹿を利用したんだからな」
アルバートはエドワードの義兄を前にしても彼を「馬鹿」呼ばわりする事に遠慮しなかった。
また義弟をそう言われてもエリックは怒らない。言ったのが王子だからではないだろう。自らが彼を「愚弟」呼ばわりしているのだ。怒るはずがない。
「やはり何か目的があったのですね。王女殿下は、噂とはかなり違うお方のようですし」
私が公の場(学院)で素の自分を出したのは今日が初めてだ。
学院では学年が違う上、公式の場でも滅多に会う事がないエリックにとって王女の為人は噂でしか知らなかっただろう。この短い交流でも噂の「高慢な王女」というのが私の演技だと気づいたらしい。
「何より、貴女は婚約者を愛していらっしゃる。だのに、なぜ愚弟の恋人になどなったのですか?」
「……身勝手な理由よ」
そう、身勝手な理由だ。女王になりたくないからなどと。国王の言う通り、王女に生まれたのなら女王になったとしても受け入れるべきなのだ。
0
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる