妾は、お前との婚約破棄を宣言する!

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
5 / 86
本編

5 異母弟アルバート

しおりを挟む
 予想通りといおうか、私は国王から謹慎を命じられた。

 それを伝えにきたのは国王の侍従ではなく異母弟のアルバートだった。

「王子が侍従の真似事か?」

 王妃が去ってしばらくした後、アルバートはやってきた。

「私が伝えに行くと言ったのですよ。姉上」

 二か月後の誕生日になれば十五になる私の異母弟。母が違っても私達は父親似なので、そっくりだ。同じ黒髪紫眼。異性になった自分を見ているようだ。

 顔は似ていても長身で逞しい国王は精悍な印象だが、今はまだ中背で痩身なアルバートは儚げな印象の絶世の美少年だ。

 だが、その容姿を侮った人間は痛い目を見るのだ。伊達に、あの妾妃の「息子」をしている訳ではない。

「私に話があってきたの?」

 紅茶とお菓子を持ってきてくれたケイティには、アルバートと二人きりで話したいからと、しばらく誰も部屋に近づかないように命じておいた。アルバートと二人きりの今の私の一人称は「私」だ。

 妾妃やアルバート相手に王妃の真似をしても無意味なため素の話し方になる。

 生まれた時からの付き合いだのに、妾妃とアルバートは私という人間を見抜いているのに、国王と王妃は私の演技に気づかない。それは、きっと私に興味がないからだ。

 国王にとって私とアルバートは我が子ではなく王女と王子なのだ。王位継承権を持つ者達。自分の兄弟姉妹きょうだいを殺して王位に就いた男だ。いつ、自分の子供わたし達に寝首を掻かれるか不安なのだろう。常に国王の部下に監視されているのを私もアルバートも気づいている。

 それを悲しいとは思わない。国王が我が子わたし達を何とも思っていないように、私にとっても国王はどうでもいいのだ。でなければ「クソ親父」などと言わない。

 王妃の愛を失う事を思うと胸が痛むのに、国王に愛されない事に対して何とも思わないのは、父親と母親の違いだろうか? 

 王妃は彼女なりに私を愛してくれてはいる。だが、それは、わたしが愛する夫である国王に似ているからだ。私の表面しか見ていないのだ。……私という人間を理解して愛してくれている訳ではない。

「そうです」

 アルバートは紅茶を一口飲んで頷いた。この国では暗殺は日常茶飯事、毒殺など常套手段だ。父親を同じくする姉弟でも私達は王位を狙う敵同士。世間では、そう思われている。敵地で敵が用意した物を飲食するなど普通ならありえない。

 だが、アルバートは分かっているのだ。私が決して彼を殺さない事を。

 アルバートの事は嫌いではないが肉親の情は抱けない。それでも、たった一人の弟だ。周囲が彼の死を望んでいるとしても、私は殺さない。

 幸いというべきか、「高慢な王女」として振舞っている私は侍女達に敬遠されている。侍女達が王女わたしのためだと勘違いして王子アルバートを殺す事はありえない。

 お陰で、侍女達がアルバートのために、お茶を用意する時も警戒せずにすんでいる。

 ――主の気持ちを忖度したつもりになって勝手な行動をする部下など敵よりも厄介だわ。

 妾妃の言葉を思い出す。

 自業自得とはいえ身近にいる侍女達とすら親しくなれないのは悲しいが、異母弟アルバートを殺す事が王女わたしのためだと勘違いされるよりは、敬遠される主のままでいたほうがいい。

 アルバートだって私を殺さない。私を姉として慕っているからではない。彼も私と同じだ。私を姉と認識していても肉親の情はない。

 それでもアルバ―トが私を殺さないのは彼も私同様、王位に興味がないからであり、何より――。

 ――わたくしなりに、あなたの幸福を願っているのよ。

 見かけと違って腹黒い女だ。誰をも魅了する微笑みで平気で嘘を吐く。

 だが、あの言葉は嘘ではないと分かってしまう。

 嘘ならばよかった。

 嘘だと思い込めればよかった。

 そうすれば、あの女を嫌う事に罪悪感を抱かずにすんだのに。

 ……どれだけ反発しようと、私は、あの女の「愛」に守られているのだ。

 アルバートにとって唯一無二の存在である妾妃は彼女なりに私を愛している。

 だから、アルバートは私を殺さないのだ。

「あんな嘘を吐いてまで婚約破棄を宣言するとは、正直、驚きました」

 妾妃から聞いたのか、アルバートは、すでに私の妊娠が嘘だと知っている。

「私に説教しにきたのなら聞くつもりはないわよ。帰って」

 自分がどれだけ愚かな行動をしているかは、よく分かっている。誰に説教されても腹が立つが、特に、この異母弟相手では余計にだ。

 私と同じ「真実」を知っているくせに、元凶となったあの女・・・を憎むどころか慕っている異母弟が裏切り者に思えて仕方ないのだ。私の勝手な感情だと分かっている。姉弟であっても違う心を持つ人間なのだから。

「私が言うまでもなく、貴女はご自分の行動が、どれだけ愚かか自覚されているでしょう」

 ……説教されるより応えた。

「……やっぱり帰ってちょうだい」

 げんなりした顔で言う私の言葉をアルバートは無視して話を続けた。

「貴女はアーサーを愛しているのでしょう。彼と結婚できるのなら女王の重責くらい背負ってはいかがですか?」

「……あなたには理解できないだろうけれど、アーサーと結婚できても、女王になるのは絶対に嫌」

 アルバートは真実愛している女性とは絶対に結婚できない。

 政略でも愛する男性アーサーと結婚できるのに、それをわざわざ壊そうとする私は、アルバートにとっては理解不能で何より腹立たしいのだろう。

「確かに、貴女は聡明だが女王には向かない」

(……私が愚かだと言ったその口で聡明だと言うのね)

 私は内心おかしかった。

 何にしろ、私が女王の器でないのは確かなので、アルバートの言葉に怒りはしない。

「そして、私は王の器ではない。だから、貴女と結婚できなくても、アーサーが王になるのが一番いいのだが、今のこの国では、それは無理でしょう」

 このテューダ王国では王子や王女でなければ次代の国王にはなれない。

 アーサーが私とアルバートより王となるのに相応しい資質と王家に近い血を持っていても、王子でない彼は王女わたしと結婚しない限り「王」にはなれないのだ。

「だから、あいつ・・・は、何が何でもアーサーを王女あなたと結婚させようとしているのでしょう。貴女が婚約者アーサー以外の男の子を孕んだと言ってもね」

 アルバートの言う「あいつ」とは国王の事だ。さすがに人前では「父上」や「陛下」と呼ぶが、私と妾妃の前では「あいつ」や「あの男」呼ばわりだ。弟も私同様、父親など、どうでもいいのだ。

「私もアーサーが『王』になるのは賛成よ。そのために、私と結婚しなければならないのが問題だけど」

 アルバートはカップを口元に運んだ。

「何が問題ですか?」

 アーサーは「王」になり、私は愛する人と結婚できる。

 アルバートにとっては何が問題なのか全く理解できないのだろう。

「アーサーは私を愛していない。義務感だけで結婚するのよ」

「ぶっ!」

 アルバートは飲みかけの紅茶にむせた。

「アルバート! 大丈夫!?」

 ごほごほ咳き込む対面のソファに座る弟に駆け寄ろうとする私に彼は手を上げて制した。

「……大丈夫です。姉上」

 何とか落ち着きを取り戻した弟は、信じられないという顔で私を見つめた。

「……本気で仰っているのですか?」

「何が?」

「……アーサーが貴女を愛していなくて、義務感だけで結婚するという話です」

「……出会った時から嫌われる態度しかとらなかった。こんな私を好きになってもらえるはずないじゃない。いくら『王』になれるからって、こんな私を妻にするアーサーが可哀想だわ」

 今更、この仮面は外せない。

 アーサーと結婚しても、私は今と同じようにしか振舞えない。

「……だからって、アーサーが愛人を作るのなんて耐えられない」

 家同士の結びつきで結婚する王侯貴族だ。よほどのスキャンダルを起こさない限り、妻も夫も愛人持つ事を周囲は黙認する。

 アーサーは結婚後、十中八九、愛人を持つだろう。誰だって身分と外見だけが取り柄の高慢なわたしより優しい女性のほうがいいに決まっている。アーサーは身分を抜きにしても素晴らしい男性だ。妻になれなくても愛人でもいいという女性は、いくらでもいるだろう。

 それが王侯貴族の当然の姿だとしても……アーサーが私以外の女性に触れるなど耐えられない。

「……アーサーを愛しているっていうわりには、彼の事を、まるで分かってないんだな」

 アルバートは呆れた顔をしていた。

「……まあ確かに、人が他人に見ているのも、他人が人に見せているのも、その人の一面に過ぎないからな。貴女がアーサーに自分の本当の姿を見せまいとしているように、アーサーだって自分の全てを貴女に見せてない。それで、彼を理解しろというのは酷かもしれないが……」

 アルバートは、しみじみと呟いた。

「……同じ男として、彼に同情する」

「アルバート?」

「どういう意味?」と私が問いただす前に、アルバートは扉に向かった。

「アーサーはメアリー以上の食わせ者ですよ。姉上」

 そう言うと、アルバートは応接間から出て行った。
























しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...