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第二部 祐

109 「彼」は死んだ

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 一番苦痛な記憶は前世で死んだ時じゃない。

 前世のアンディ、《アイスドール》が私を庇って死んだ時だ。

 両親の仇だのに、復讐に人生を捧げたのに、祐への恋心が、女としての弱さが、祐を殺す事をためらせた。

 結果、《アイスドール》は私を庇って死んだのだ。

 そして、今生でも私はまた祐を殺す事をためらい……結果、今生の母ロザリーを死なせてしまった。

 私は本当の意味でロザリーのジョゼフィーヌではないのに。

 何より、こんな馬鹿で愚かな女を庇う必要などなかった。

 ――どうか生きて。の分まで幸せに。

(それが、あなたの望みならば叶えなければ――)

 そうでなければ、ロザリーの、お母様の死が無駄になる。

 先程まで殺すのを躊躇した祐は、呆然とした顔で佇んでいた。

 前世でも今生でも「彼」のこんな顔は初めて見る。

(どうしてそんな顔をしているの?)

 と思い、すぐに気づいた。

 ロザリーの今の顔は祐が唯一恋した女の顔だ。

「彼女」ではないと頭では理解していても、まるで愛する女を手に掛けたようでショックなのだろう。

 この男ですら、そんな感情が存在するとは驚きだ。

 それだけ「祥子」は彼にとって特別なのだ。

 先程までなら嫉妬し傷ついただろう。

 けれど、今なら嫉妬にも女としての弱さにも打ち克つ事ができる。

 私は素早く落ちていた太刀を一つ拾うと祐に斬りかかった。

 呆然としていた祐だが、さすがは《バーサーカー》、すんでの所で右の太刀で受け止めた。

「ちっ!」

 私は舌打ちし後方に飛び退り、すぐにまた斬りかかった。

 時には太刀を受け止め、あるいは斬りかかり、中庭を縦横無尽に動く私達。

「はっ! 先程と違って太刀筋に迷いがなくなったじゃないか!」

 致命傷にはならないが私の斬撃は先程と違い何度か祐の腕や肩をかすめている。だというのに祐は心底楽しそうだった。

「ええ! もう迷わない! あなたを殺す!」

 迷ったら、ロザリーの、お母様の死が無駄になってしまう。

 けれど、先程と違い本気で祐を殺そうと思っているのに、徐々に押されているのは私のほうだ。

 今生でも狂戦士バーサーカーと呼ばれるほどの男。しかも前世と違って死ぬ気など毛頭ない。

 覚悟や気力だけで簡単に殺せる相手ではないのだ。

 ついには、太刀を弾き飛ばされ足払いされ地面に転がされた。

「なかなか楽しめたよ」

 先程と同じく首に太刀を突きつけ、心からの笑顔を浮かべる祐は美しかった。

(……私は死ぬの?)

 せっかくお母様ロザリーに助けられた命だのに。

 二つの太刀は遠くある。拾いに行く前に祐に斬殺されてしまう。

 何より、拾いに行けたとしても祐と戦える体力がもう残ってない。

 衛兵達を殺して回り、私と戦ったというのに、それでもまだ祐に疲れた様子は微塵もなかった。いくら肉体が若返り鍛え上げたとはいえ、ここまでくると本当にもう化物だ。

(……ごめんなさい。お母様ロザリー。せっかくあなたに助けられた命だのに)

 近くにあるロザリーの遺体に目を向けた。

(……アンディ、レオン、リリ。これは私の勝手な行動が招いた事。どうか私が死んでも悲しまないで)

 私が大切に想い、また私を大切に想ってくれる人達。

 最期の最期に、彼らへの親愛が胸に満ちた。

 祐への報われない恋心を抱きしめて死ぬより、ずっといい。

 今生も天寿は全うできなかった。

 それでも前世のように復讐に人生を捧げた訳じゃない。

 考えてみれば、前世だってレオンのように悲惨な人生ではなかった。

 前世でも今生でも充分幸福な人生だった。

 だから、もう生まれ変わらなくていい。

 私は自分でも驚くほど静かな気持ちで祐が太刀を振り下ろすのを待ち受けていた。




「ジョゼ!」

「ジョゼ様!」

 太刀を振り上げた祐の向こうから駆け寄ってくるレオンとリリが見えた。二人の後ろにはアンディとウジェーヌもいる。

 私が「来ないで!」と叫ぶより早く、パンッ! と乾いた音がした。

 銃声だ。

 今生で聞いたのは初めてだ。

 まだこの世界で銃は開発されていないはずだのに。

 私に太刀を振り下ろそうとしていた祐が地面に膝をついた。元々祐は全身に返り血を浴びているので分かりづらいが彼の胸から血が噴き出している。

 私を追い詰め、ついには殺す寸前だった彼が、逆に死に直面している。

 それが信じられなくて私は呆然と彼の名を呟いた。

「……祐?」

 聞き慣れたテノールの美声が聞こえた。

「――前世の借りは返したぞ。《バーサーカー》」

 ニメートルほど離れた場所からアンディが祐に拳銃を向けていた。間違いなく祐を撃ったのはアンディだ。

「……夏生」

 祐は前世のアンディの名を呟いた。

 前世で自分が殺した男に殺されるのは、どんな気分なのだろう?

 不思議とその声にも表情にも自分を殺すアンディへの恨みや憎しみは感じられなかった。

 前世で私が殺した時と同じ、死を受け入れた者特有の諦念があった。

 アンディは祐に近づくと、さらに五発、彼の額や胸に銃弾を撃ち込んだ。

 その所作に全くためらいはなく、その瞳もアイスブルーの色に相応しく醒めたものだった。ただ自分に与えられた仕事を淡々とこなす、そんな感じだ。

 スローモーションのように、祐の体が地面に倒れる。

「――お父様」

 私は震える指を唇に当てた。

 今、「お父様」と呟いたのは、この体わたしではあるが「私」ではない。

「私」が「祐」を「お父様」と呼ぶ事は絶対にありえない。

 今生の肉体が血の繋がった親子だろうと「私」にとって「祐」は男でしかないからだ。

(――今のは)

 私の思考は消え入りそうな祐の呟きで遮られた。

「――ジョセフィン」

 祐の目は私に向けられていたが、彼が実際に見ているのは私ではない。

 私を通して私と同じ髪と瞳の色を持つ女性を見ているのだ。

 祐が唯一恋したのは、《エンプレス》、武東祥子だ。

 同じ魂を持っていようと彼女の生まれ変わりであるお祖母様ジョセフィンではない。

 けれど、消えてしまったはずの今生の人格ジョセフの想いが残っているのだろう。

「――しょう……こ」

 祐の顔に柔らかな笑みが一瞬だけ浮かび、そして消えた。

「彼」は死んだ。

 ジョセフ・ブルノンヴィル。

《バーサーカー》、武東祐。

 その肉体と人格、どちらも死んだのだ。

 今生の私のお父様が。

「私」が唯一恋した男が――。




「……今生でも最期まで『私』の名を呼んではくれなかったわね」

 私は祐の遺体に目を向けると、ぽつりと呟いた。

 ――祥子。

 前世でも彼が最期に呟いた名前。

 それは、「私」に向けられたのではない。

「彼」が最期に想ったのは、自分を殺した私やアンディではなく「自分」が愛する女なのだ。

「……祥子でもジョゼフィーヌでも、あなたに一度でも『私』の名を呼んでほしかった」

 静かに涙を流す私をアンディ達は私が泣き終わるまで見守っていてくれた。

























 



 

 



 






 

 


 

 



 

 



 






 

 


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