上 下
108 / 113
第二部 祐

108 女としての弱さ

しおりを挟む
 前世でも今生でも狂戦士バーサーカーと呼ばれる祐だが、意外にもその表情も太刀捌きも狂気を感じさせるものではない。

 その太刀捌きは見る分には舞を舞うかのように流麗で、その表情は敵を確実に屠るために効率よく考え動く、そんな淡々と仕事をこなす、感情を排した冷静さや冷徹さを感じさせるのだ。

 だからこそ、対峙した人間は皆、恐ろしくなる。

 死への恐怖も生への執着も何も感じさせず、ただ目の前の敵を屠る彼を自分と同じ人間とは思えなくなるのだ。

 私が思った通り、国王の執務室に来るまで衛兵達と戦っていたくせに、祐は疲労とは無縁だった。

 むしろ、押されているのは私のほうだ。

 それなりに鍛え前世と同程度の身体能力は身につけた。そこらの男に負けない自信はある。

 けれど、相手が悪かった。

(私が死んでも、せめて致命傷は負わせなければいけないのに!)

 私の攻撃を祐は全て余裕で避けている。逆に私は躱しきれずに腕や肩を斬りつけられている。深手でないのが、せめてもの救いだ。……けれど、それも時間の問題か。

「君は死にたいのか?」

 ふいに鍔迫り合いの最中、祐がぽつりと問いかけた。

「は? 何言っているの? 死にたくないに決まっているでしょう!」

 私は至近にいる祐を睨みつけた。

 馬鹿馬鹿しい。あまりにも愚問だ。

 せっかく前世の人格を保持したまま生まれ変わったのだ。前世とは異なる世界で新たな肉体であっても今度こそ人生を謳歌できるのなら、そうしたいに決まっている。

「……自覚がないのか」

 祐は何やら一人で納得すると、その長い脚で私の腹を蹴りつけた。

「ぐっ!?」

 予想していなかった攻撃に対処できず私は地面に倒れ込んだ。さらに最悪な事に両手から太刀が離れてしまった。

 太刀を拾いに行く前に祐の右手の太刀が私の首に突きつけられた。

「前世もそうだったが、覚悟もなしで俺の前に立つとはな」

 祐は苛立ちと怒りが混じる表情をしていた。

「……覚悟ならしているわ」

 唯一恋した男であり今生の父親であるジョセフを殺す覚悟も、自分が死ぬかもしれない覚悟も、どちらもしている。

「いや。君の目も太刀筋も迷っている。そんな人間が殺し合いで勝てるものか」

「……何いって」

 私は反論しようとして……できなかった。

(……ああ、そうか。私は――)

 ――心の奥底では祐を殺したくないと思っているのだ。

 覚悟は決めたはずだったのに。

 前世でもそうだった。

 両親の仇である祐を殺すために生きていた。

 けれど、実際に祐と対峙して……私の中の彼への恋心おもいが、彼を殺す事をためらせた。

 今もそうだ。

 前世でも今生でも祐を手に入れる事は叶わないのに。

 私達の行きつく先は殺し合いでしかないと理解しているのに。

 祐への消せない恋心おもいが、女としての弱さが、今こうして彼と対峙していても目や太刀筋に「迷い」として現れている。

 祐の言う通り、こんな人間わたしが殺し合いで勝てるはずがない。

「……そうね。認めるわ。私の負けね」

 生まれ変わっても祐への恋心を消せなかった。

 前世でも今生でも私は負けたのだ――。

 恋心に、女としての弱さに。

 前世で祐を殺せたのは彼が心の奥底で死にたがっていたのと……前世のアンディ、《アイスドール》の死を無駄にしたくなかったからだ。

 私を庇って祐に殺された前世のアンディ、《アイスドール》。

 私が祐への恋心や女としての弱さで彼を殺せず逆に殺されてしまったら《アイスドール》の死が無駄になってしまう。

 それが許せなかった。

《アイスドール》が私を庇って死んだ事が私の祐への恋心や女としての弱さに打ちつ事ができた。

 けれど、私だけでは決して祐には勝てない。

「……もういいわ。私を殺して」

 私が「私」である限り、祐への恋心は消せない。

 そして、私の恋は絶対に叶わず、私達の行きつく先は結局殺し合いでしかない。

 だったら、もうここで終わらせる。

 前世の記憶があろうとなかろうと、もう生まれ変わらなくていい。

 この恋心おもいを抱きしめたまま「私」は消える。

 祐が右手の太刀を振り上げた。

 瞼を閉じる事はしない。最期の最期まで彼の姿を見ていたかった。

 前世とは、まるで違うその姿。

 今の私と同じ銅色の髪、赤紫の瞳。

 私が唯一恋した人。

 そして、今生の私のお父様――。




「――ジョゼフィーヌ!」

 悲痛な叫び声で彼女は初めて私の名を呼んだ。

 太刀を振り上げた祐の向こうから真っ青な顔でこちらに駆け寄ってくるロザリーが見えた。

 柔らかな体に抱きしめられたと思った瞬間、鮮血が飛び散った。

 それは、私の一番苦痛な記憶と重なった。

「……ロザ、リー?」

「……よかった。無事ね」

 前世の私と同じ顔を苦痛に歪め、けれど私に目を向けると、ほっとしたように微笑んだ。

「どうして私を庇ったの!? 私は、あなたのジョゼフィーヌじゃない!」

「……貴女がどう思おうと……貴女も……私のジョゼフィーヌ……だから」

 ロザリーは右手でそっと私の頬に触れた。

「……どうか生きて。の分まで……幸せに」

 ロザリーの右手がパタリと地面に落ち暗褐色の瞳が閉じられた。

「――お母様」

 私がロザリーを母だと思えたのは、皮肉にも彼女が私を庇って死んだこの時だった。












 






 

 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

不倫をしている私ですが、妻を愛しています。

ふまさ
恋愛
「──それをあなたが言うの?」

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...