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第二部 祐

106 はっきり言って邪魔

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 アンディ達に被害が及ばないように私が王宮に滞在している事は周知している。祐がどこにいようと私の動向を探っているのなら、すぐに分かるはずだ。

 だが、思ったより早く祐はやって来た。

 私が王宮に着いた翌日だ。

 仮にも王宮だ。この国で最も守りが堅い場所だ。こっそり侵入するだろうと、そのために入念に準備してくると思い込んでいたのだが。

 前世からの付き合いだのに未だに私は、武東祐、《バーサーカー》という男を正確に把握していなかったようだ。

 祐は正門から堂々とやって来たのだ。




 フランソワ王子が執務室を出ようとした時、それは起こった。

「陛下をお守りしろ!」

「陛下に近づけるな!」

 外の悲鳴や怒号が執務室まで聞こえてくる。

 最初は、これが祐の仕業だとは思いもしなかった。

 けれど、どちらにしろ国王を守るという名目で王宮に来たのだ。賊が祐でなくても戦うべきだろう。

 私は傍に置いていた二つの太刀を手に取ると立ち上がった。

「陛下、フランソワ王子、お逃げください。ここは私が食い止めますから」

「ジョゼを置いて逃げるなどできない!」

 あれだけきっぱり拒絶したというのに、なぜか私を気に掛けるフランソワ王子が理解できない。

 何にしろ、その気遣いをありがたいとは欠片も思わないけど。ただ鬱陶しいだけだ。

「あなたにいられても足手まといなんだけど?」

「……ジョゼ」

 なぜかショックを受ける顔をするフランソワ王子に構わず、私は国王に目を向けた。

「陛下、さあ、お逃げください」

 その私の言葉に被さるように扉が蹴破られた。

「やあ、リリス、兄上」

 両手にそれぞれ握った太刀だけでなく全身に返り血を浴びた祐が室内に入って来た。

 そう、全て返り血だ。衛兵達は誰一人として祐に傷一つ負わせる事ができなかったのだ。

 伊達に「殺し合いでしか生きている実感がない」と宣っている訳ではない。普段は何をしても醒め切った顔をしているのに、今は衛兵達と戦った余韻か、私と同じ赤紫の瞳は興奮で輝き表情は生き生きとしている。

 姿は違っても、その様は私が見慣れた《バーサーカー》以外の何者でもなかった。

 凄惨であるのに、目が離せないほど美しい。

「ヒッ!」

 そのジョセフの姿に、フランソワ王子は短い悲鳴をあげた。

 そんなフランソワ王子に構わず、祐は私に目を向けた。

「王宮に滞在するとは、俺が次にする事を予想して手間を省いてくれたのか?」

「……アンディ達を巻き込みたくなかっただけよ」

 衛兵達や国王を巻き込んだが、どちらにしろ祐は私を殺した後、国王を殺すつもりなのだ。衛兵達は役目上、国王を守らなければならないのだから祐に殺されても不運や実力不足だったと諦めてもらうしかない。

「……本当に、『お前』はジョセフではないんだな」

 国王は、どこか呆然とした顔をしていた。

 肉体は同じであっても立ち居振る舞いや表情で人格なかみが以前と違うのは丸わかりだ。私もそうだったが予想はしていても以前とは真逆な姿を実際に見せられると結構衝撃を受ける。

「ああ。俺はもうあなたを慕っていたジョセフではない。だから、何のためらいもなく、を殺せる」

 ジョセフではありえない殺意に満ちた眼差し向けられ、さしもの国王も息を呑んだ。

「ジョセフがした事を思えば自業自得ではあるが、それでも、あのクズアレクシスにジョセフを差し出した事を俺は許さない」

 祐がそう言うのは、今生の自分ジョセフのためではないのだろう。自分が今生で生きる体にされそうになった仕打ちが許せないからだ。

 ジョセフがアレクシスの「おもちゃ」になるように画策したのは私とウジェーヌだが、止めなかった国王も同罪だと祐は考えているのだ。

 祐が国王を殺したいのは、ただ単に自分が生きる実感である殺し合いをするために、他国に戦争を仕掛けるために王位に就きたいからだけでなく、その恨みもあるからなのだ。

「その前に私が相手よ」

 私は国王の前に立ち塞がった。

「勿論、俺が一番殺したいのは君だ。その他大勢は後でゆっくり始末する」

 祐は国王である異母兄を「その他大勢」にいれたが、私にはどうでもいい事だったのでスルーした。

「ここは狭い。中庭でやるか?」

「そうね」

 連れだって国王の執務室を出ようとした私達を止めたのは、意外な事にフランソワ王子だった。

「ま、待て!」

 真っ青な顔で震えながらもフランソワ王子は扉の前に立ち塞がった。

「父上とジョゼを殺すつもりか!? 自分の兄と娘だろう!?」

 黙って醒めた眼差しをフランソワ王子に向ける祐の代わりに私が言った。

「生きていたければ、おとなしく引っ込んでいてください。フランソワ王子」

 私を殺すまでは祐は王族を殺しはしない。だから、今はまだおとなしくしているのが身のためだ。

「ジョゼと父上の命が危険にさらされているのに、放っておける訳ないだろう!」

「祐に対抗できるだけの実力を持ってから立ち塞がるなり何なりしてください。今のあなたは、はっきり言って邪魔です」

 私の冷たい言葉に、フランソワ王子は、あからさまにショックを受けた顔をしているが何とも思わない。

 前世で《アネシドラ》の実行部隊員として命のやり取りは日常茶飯事だった。一瞬の油断や無謀な行動は、そのまま死に繋がるのだ。

 フランソワ王子は私と国王を慮って祐の前に立ち塞がっているのだろう。

 それが優しさや肉親の情からくるものであろうと何の役にも立たないなら私には意味がない。はっきり言って邪魔なのだ。

「……でも、僕はジョゼが心配」

 フランソワ王子は最後まで言えなかった。自分の胸を刺す太刀を信じられないという顔で凝視し床に倒れた。

 心臓を正確に一突き。急いで医者に診せても、もう生き返らない。フランソワ王子は死んだのだ。

 相変わらずいい腕だ。

 目の前で、従兄で元婚約者、しかも私を好きだと言ってくれた少年を殺された事を悲しんだり衝撃を受けるより祐の前世と変わらぬその腕に感心してしまった。

「ふん。好きな女に格好つけたかったのだろうが、実力もないならリリスの言うように邪魔でしかないな」

 祐は扉の前を塞ぐ自分が殺した甥であり王子であるフランソワ王子の遺体を足でどかすと部屋を出た。

 私も彼の後に続いた。

 








 







 
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