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第二部 祐
102 私が死んでも、どうか悲しまないで
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アンディはいなくなり、部屋には私とロザリーが向かい合ってソファに座っている。
侍女であるロザリーはソファに座る事を最初渋ったが私が「話したい事があるから」と言って強引に座らせた。
ロザリーが私の慰めになるようにココアを持ってきてくれたのは分かっているが、今は申し訳ないが飲む気にはなれない。
目の前に置かれたココアには目もくれず私は話し始めた。
「……私は今でも自分をジョゼフィーヌだと思えないの」
ジョセフと祐を同一だと思えないように――。
「お嬢様?」
ロザリーだけは私がブルノンヴィル辺境伯を襲爵しても変わらず「お嬢様」と呼んでいる。
「あなたが言った事は間違ってはいない。魂が同じなら、今生の記憶を持っているのなら、私もまたジョゼフィーヌだわ。……頭では分かっている。でも、心が納得できないの」
自分をジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだと思えない。
けれど、だからといって、「今の私」は《ローズ》こと相原祥子でもないのだ。
相原祥子の肉体は死に、異世界のジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれ変わったのだから。
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルではない。
《ローズ》こと相原祥子でもない。
「今の私」は、前世の記憶と人格と今生の記憶と肉体を持って生きる人間なのだ。
「それでも、私にとっては今ここにいらっしゃる『貴女』もまた私の大切なお嬢様です」
ロザリーには、なぜ私がこんな事を言い始めたのか分からないだろうに、以前と同じ言葉を返してきた。
「……それでも、私にとって、あなたは『母親』ではないの」
私のこの科白も以前と同じだ。
「確かに、あなたが産んだのは私が今生きているこの体だわ。けれど、本来この体で生きる人格は、あなたの娘は、今ここにいる『私』ではなく……三歳で消えたジョゼフィーヌなのよ」
「私」もまたジョゼフィーヌだからと、ロザリーは「私」を受け入れた。
けれど、今となっては、ジョセフのように娘の体を乗っ取ったと責められたほうがよかった。
そうすれば……祐と戦って私が死んでもロザリーは悲しまない。
自分が産んだ娘の人格が「私」になっても変わらず気遣ってくれるロザリーに好意を持っている。だからといって、彼女を「今生の母親」だと思っている訳ではない。
だから、こんな薄情な私が祐に殺されても、どうか悲しまないでほしい。
「母」とは思えないけれど、だからといって、私を愛してくれる彼女に悲しんでほしくないのだ。
「……貴女が突然そんな事を仰るのは、肉体こそジョセフですが、人格がジョセフではなくなったあの方が現われたからですか?」
ロザリーの問いかけに私は黙っていたが、この沈黙は肯定と同じだと彼女も気づいているだろう。
「……あの方は、貴女やウジェーヌ様やアンディ様と前世で係りがあるのですね?」
ロザリーでなくても、あの場での会話を聞けば推測できるだろう。
「……ええ、前世で私が殺した男よ。そして――」
息を呑むロザリーに私は更なる爆弾発言をした。
「――私が唯一恋した男でもあるわ」
言わなくていい事なのは分かっていたが、私はあえて口にした。
私は前世で大勢の人間を殺した。私にとって祐は私が殺してきた人間達の一人というだけではないのだ。
「……どうして」
と言いかけてロザリーは口を噤んだ。おそらく「どうして唯一恋した男を殺したんですか?」と訊きたかったのだろう。けれど、いくら今生の母親とはいえ前世では何の係わりもない自分が踏み込むべきではないと口を噤んだのだ。
「前世の私の両親を彼が殺したからよ」
隠す事でもないので私はロザリーの疑問に答えた。
「……その復讐のために?」
「いいえ。私のためよ」
両親を殺したのが祐でなければ、そもそも復讐などしなかった。
復讐に人生を捧げる事ほど虚しいものははない。復讐を果たしても両親は生き返らないのだから。
両親だって死ぬ間際に言ったのだ。
「私達の復讐などしなくていい。自分のためだけに生きろ」と。
両親を殺したのが祐でなければ、その言葉に従った。
両親に言われたからではなく自分の人生を復讐になど捧げたくなかったからだ。
だから、「両親の復讐のため」とは絶対に言わない。
両親を殺したのが祐でなければ何もしなかった薄情な娘が両親を復讐の言い訳に遣うなど自分が許せないからだ。
「目の前で両親を殺した祐に一目で恋をした。そんな自分が許せなかったから復讐に人生を捧げたの」
そして、《アイスドール》、前世のアンディを犠牲にして祐を殺した。
それで全てが終わったはずだったのに――。
「……転生者である以上、異世界で新しい肉体に生まれ変わっても、前世の因縁からは逃れられないのね」
私はほろ苦く微笑んだ。
いや、厄介なのは前世の因縁ではなく祐の性だろう。
祐の今の肉体はジョセフであり、その記憶もあるのに、彼が「彼」である以上、「殺し合いでしか生きる実感がない」のだ。
そして、そんな自分の性を祐自身が疎ましく思っていたのに、私やウジェーヌやアレクシスが目覚めさせてしまった。
「目覚めたくなかった『彼』を目覚めさせてしまった責任は、とらなければならない」
私はロザリーを真っ直ぐ見つめて言った。
「だから、彼の望む形で決着をつける。そして、それは殺し合い以外ではありえないの」
「……まさか貴女は」
ロザリーには私が言わんとする事が理解できたようだ。前世の私に酷似した顔を真っ青にした彼女に私は微笑んだ。
「私が死んでも、どうか悲しまないで。私は『あなたのジョゼフィーヌ』ではないのだから」
「いいえ! 貴女が何と言おうと『貴女』もまた『私のお嬢様』です! だから、いくら貴女自身が望んでも貴女の死を許容するなど私にはできない!」
必死に言い募るロザリーとは対照的に私は冷静に切り返した。
「私だって最初から死ぬつもりで彼に挑むつもりはないわ。今生は天寿を全うしたいもの」
「だったら」
「『彼』との殺し合いなどやめてください」と言いかけたのだろうロザリーの言葉を私は決然と遮った。
「結果的に死ぬのだとしても、これは私がやらなければいけない事だから」
前世の因縁。
今生で目覚めたくなかった祐を目覚めさせてしまった責任。
そして――。
「――今生で『彼』の娘として生まれてしまった宿命だから」
あの祐を野放しには絶対にできない。
私が死ぬ事で悲しむ人達がいると分かっていても。
これは、私がやらなければいけない事だ。
侍女であるロザリーはソファに座る事を最初渋ったが私が「話したい事があるから」と言って強引に座らせた。
ロザリーが私の慰めになるようにココアを持ってきてくれたのは分かっているが、今は申し訳ないが飲む気にはなれない。
目の前に置かれたココアには目もくれず私は話し始めた。
「……私は今でも自分をジョゼフィーヌだと思えないの」
ジョセフと祐を同一だと思えないように――。
「お嬢様?」
ロザリーだけは私がブルノンヴィル辺境伯を襲爵しても変わらず「お嬢様」と呼んでいる。
「あなたが言った事は間違ってはいない。魂が同じなら、今生の記憶を持っているのなら、私もまたジョゼフィーヌだわ。……頭では分かっている。でも、心が納得できないの」
自分をジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだと思えない。
けれど、だからといって、「今の私」は《ローズ》こと相原祥子でもないのだ。
相原祥子の肉体は死に、異世界のジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルとして生まれ変わったのだから。
ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルではない。
《ローズ》こと相原祥子でもない。
「今の私」は、前世の記憶と人格と今生の記憶と肉体を持って生きる人間なのだ。
「それでも、私にとっては今ここにいらっしゃる『貴女』もまた私の大切なお嬢様です」
ロザリーには、なぜ私がこんな事を言い始めたのか分からないだろうに、以前と同じ言葉を返してきた。
「……それでも、私にとって、あなたは『母親』ではないの」
私のこの科白も以前と同じだ。
「確かに、あなたが産んだのは私が今生きているこの体だわ。けれど、本来この体で生きる人格は、あなたの娘は、今ここにいる『私』ではなく……三歳で消えたジョゼフィーヌなのよ」
「私」もまたジョゼフィーヌだからと、ロザリーは「私」を受け入れた。
けれど、今となっては、ジョセフのように娘の体を乗っ取ったと責められたほうがよかった。
そうすれば……祐と戦って私が死んでもロザリーは悲しまない。
自分が産んだ娘の人格が「私」になっても変わらず気遣ってくれるロザリーに好意を持っている。だからといって、彼女を「今生の母親」だと思っている訳ではない。
だから、こんな薄情な私が祐に殺されても、どうか悲しまないでほしい。
「母」とは思えないけれど、だからといって、私を愛してくれる彼女に悲しんでほしくないのだ。
「……貴女が突然そんな事を仰るのは、肉体こそジョセフですが、人格がジョセフではなくなったあの方が現われたからですか?」
ロザリーの問いかけに私は黙っていたが、この沈黙は肯定と同じだと彼女も気づいているだろう。
「……あの方は、貴女やウジェーヌ様やアンディ様と前世で係りがあるのですね?」
ロザリーでなくても、あの場での会話を聞けば推測できるだろう。
「……ええ、前世で私が殺した男よ。そして――」
息を呑むロザリーに私は更なる爆弾発言をした。
「――私が唯一恋した男でもあるわ」
言わなくていい事なのは分かっていたが、私はあえて口にした。
私は前世で大勢の人間を殺した。私にとって祐は私が殺してきた人間達の一人というだけではないのだ。
「……どうして」
と言いかけてロザリーは口を噤んだ。おそらく「どうして唯一恋した男を殺したんですか?」と訊きたかったのだろう。けれど、いくら今生の母親とはいえ前世では何の係わりもない自分が踏み込むべきではないと口を噤んだのだ。
「前世の私の両親を彼が殺したからよ」
隠す事でもないので私はロザリーの疑問に答えた。
「……その復讐のために?」
「いいえ。私のためよ」
両親を殺したのが祐でなければ、そもそも復讐などしなかった。
復讐に人生を捧げる事ほど虚しいものははない。復讐を果たしても両親は生き返らないのだから。
両親だって死ぬ間際に言ったのだ。
「私達の復讐などしなくていい。自分のためだけに生きろ」と。
両親を殺したのが祐でなければ、その言葉に従った。
両親に言われたからではなく自分の人生を復讐になど捧げたくなかったからだ。
だから、「両親の復讐のため」とは絶対に言わない。
両親を殺したのが祐でなければ何もしなかった薄情な娘が両親を復讐の言い訳に遣うなど自分が許せないからだ。
「目の前で両親を殺した祐に一目で恋をした。そんな自分が許せなかったから復讐に人生を捧げたの」
そして、《アイスドール》、前世のアンディを犠牲にして祐を殺した。
それで全てが終わったはずだったのに――。
「……転生者である以上、異世界で新しい肉体に生まれ変わっても、前世の因縁からは逃れられないのね」
私はほろ苦く微笑んだ。
いや、厄介なのは前世の因縁ではなく祐の性だろう。
祐の今の肉体はジョセフであり、その記憶もあるのに、彼が「彼」である以上、「殺し合いでしか生きる実感がない」のだ。
そして、そんな自分の性を祐自身が疎ましく思っていたのに、私やウジェーヌやアレクシスが目覚めさせてしまった。
「目覚めたくなかった『彼』を目覚めさせてしまった責任は、とらなければならない」
私はロザリーを真っ直ぐ見つめて言った。
「だから、彼の望む形で決着をつける。そして、それは殺し合い以外ではありえないの」
「……まさか貴女は」
ロザリーには私が言わんとする事が理解できたようだ。前世の私に酷似した顔を真っ青にした彼女に私は微笑んだ。
「私が死んでも、どうか悲しまないで。私は『あなたのジョゼフィーヌ』ではないのだから」
「いいえ! 貴女が何と言おうと『貴女』もまた『私のお嬢様』です! だから、いくら貴女自身が望んでも貴女の死を許容するなど私にはできない!」
必死に言い募るロザリーとは対照的に私は冷静に切り返した。
「私だって最初から死ぬつもりで彼に挑むつもりはないわ。今生は天寿を全うしたいもの」
「だったら」
「『彼』との殺し合いなどやめてください」と言いかけたのだろうロザリーの言葉を私は決然と遮った。
「結果的に死ぬのだとしても、これは私がやらなければいけない事だから」
前世の因縁。
今生で目覚めたくなかった祐を目覚めさせてしまった責任。
そして――。
「――今生で『彼』の娘として生まれてしまった宿命だから」
あの祐を野放しには絶対にできない。
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