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第二部 祐
100 あなたを破滅させます。お父様
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「……こんな私を主だと思わなくていい。あなたが仕えるに足ると思う新たな主を見つけて」
祐の登場で動揺してすがりつく私をアンディは振り払わなかった。
そうしたのは、もう一人の主であるお祖母様への忠誠心なのだろう。
お祖母様が孫である私の事を頼んだから。
前世の仇で唯一恋した男が今生の父親の姿で現れたとはいえ、たった一人の男の登場に動揺して自分にすがりつく人間など自分の主だと到底認められないだろうに。
「この世で私の主は貴女だけですよ。ジョゼ様」
アンディの言い方は思いの外優しかった。
「……私には到底お祖母様と同じ事はできない」
「同じ事はしなくていいのです」
アンディの言葉が意外で私は驚いた顔で隣に座る彼を見た。
てっきりアンディは、お祖母様のように常に自分を律した強い主を求めていると思っていたのだ。
「貴女は、ジョセフィン様でも、『祥子』、《エンプレス》でもない」
アンディの言う「祥子」は、前世の私、相原祥子ではなく《エンプレス》こと武東祥子の事だ。
「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルであり相原祥子、《ローズ》だ」
アンディの言う通り、前世と今生の記憶を持つ以上、《ローズ》こと相原祥子とジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルを合わせて「私」なのだ。
「今生で出会った時言いましたよね。貴女があの方に似ているから主に定めた訳ではないと」
「ええ」
「貴女が『祥子』やジョセフィン様と違う人間なのは最初から分かっています。
まず真っ先に公務を優先する『祥子』やジョセフィン様と違い、貴女は自分の大切な人達を優先する。
どんな過酷な状況でも折れる事がないしなやかで強靭な心と、それとは裏腹な恋する男を前にして動揺してしまう女性としての弱さも知っている」
「……あなたには分かっているのね」
私が祐を前にして動揺してしまったのは、ただ単に彼が今生の父親の肉体で現れたからだけではない。
自覚してしまったのだ。
今でも彼に恋をしている自分を。
前世で彼を殺した時に、この恋心も殺したと思ったのに。
今生の父親が前世の私の顔になったロザリーに迫った姿を見て嫌悪感を抱いて「ざまぁ」したくせに。
彼が今生きている肉体が今生の私の父親だと分かっているのに、その人格が祐になった途端、消えていなかった彼への恋心を自覚してしまったのだ。
「弱い所や情けない所を見ても、この人にならついていこうと思える人を主だと定めているのです。
『祥子』やジョセフィン様だって公人としては立派かもしれないが、家族としては……どうかと思う所がある。《アネシドラ》の活動に邪魔だからと娘を、前世の貴女の祖母を捨てた『祥子』と、いくら愚鈍で愛せなくても息子や孫を放置し、もう一人の孫であるお嬢様や貴女を愛していても、それを示さなかった。
家族よりも公人である事を優先する人だから、捨て子だった前世の私を拾って育ててくださったのは分かっていますが」
「……アンディ」
前世では両親を殺した復讐しか考えていなかったから、前世のアンディ、《アイスドール》が何を思って私を主に定めていようと、どうでもよかった。ただ《アネシドラ》の壊滅のために利用できればよかったのだ。
けれど、今の私にとって、いや、前世のアンディが死ぬ間際では、もう私にとって彼は家族のように大切な人になっていたのだ。
前世でも今生でも恋をしたのは祐だけだが、その彼を手に掛けた事よりも、前世の彼、《アイスドール》を失った衝撃のほうが大きかった。
《アイスドール》こと武東夏生でもアンドリュー・グランデ、アンディでも、彼が「彼」なら私には家族のように大切な人だが、彼にとっての私は自分に相応しい主かどうかという視点でしか見ていないのだろうと思っていた。
お祖母様のように常に自分を律した強い心だけを求めて、恋心に揺れる女の弱さなど軽蔑の対象でしかないと思っていたのだ。
けれど、私が思う以上に、アンディは「私」を見てくれていた。
そして、そんな「私」の弱さも情けない所も全てを認めて主だと定めてくれていたのだ。
そんなアンディを祐との事で巻き込む訳にはいかない。
前世では、私を庇って祐に殺されたのだ。
今度まで、そうなってしまったら耐えられない。
彼を目覚めさせてしまったのは、私だ。
その責任をとるべきは私だけでアンディは関係ない。
前世では祐を殺せたが、今生まで、そうできるとは思っていない。
前世では、いくら若く見えようと当時の祐は八十六歳のご老人だったし……彼が心の奥底で老いていく自分を不安に思い死にたがっていたから殺せたのだ。……後は、前世の私の外見が彼が唯一恋した女性に酷似していたのもあるだろう。
今生では目覚めたくなかったとは言っても、だからといって簡単に私に殺されてくれるとは思わない。
「無理矢理目覚めさせられた分、楽しませろ」と言ったのだ。
私を殺す気満々でくるだろう。
……今生は人生を謳歌したかったが、やはり無理だったようだ。前世で人を殺し続けた私が願う事ではなかった。
(――祐)
前世の私の仇。
「私」が唯一恋した男。
そして――。
私が今生で生きるこの体の――。
(――お父様)
あなたを目覚めさせてしまった責任はとる。
たとえ、それが私の死と引き換えにしたものであっても――。
あなたを破滅させます。お父様。
祐の登場で動揺してすがりつく私をアンディは振り払わなかった。
そうしたのは、もう一人の主であるお祖母様への忠誠心なのだろう。
お祖母様が孫である私の事を頼んだから。
前世の仇で唯一恋した男が今生の父親の姿で現れたとはいえ、たった一人の男の登場に動揺して自分にすがりつく人間など自分の主だと到底認められないだろうに。
「この世で私の主は貴女だけですよ。ジョゼ様」
アンディの言い方は思いの外優しかった。
「……私には到底お祖母様と同じ事はできない」
「同じ事はしなくていいのです」
アンディの言葉が意外で私は驚いた顔で隣に座る彼を見た。
てっきりアンディは、お祖母様のように常に自分を律した強い主を求めていると思っていたのだ。
「貴女は、ジョセフィン様でも、『祥子』、《エンプレス》でもない」
アンディの言う「祥子」は、前世の私、相原祥子ではなく《エンプレス》こと武東祥子の事だ。
「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルであり相原祥子、《ローズ》だ」
アンディの言う通り、前世と今生の記憶を持つ以上、《ローズ》こと相原祥子とジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルを合わせて「私」なのだ。
「今生で出会った時言いましたよね。貴女があの方に似ているから主に定めた訳ではないと」
「ええ」
「貴女が『祥子』やジョセフィン様と違う人間なのは最初から分かっています。
まず真っ先に公務を優先する『祥子』やジョセフィン様と違い、貴女は自分の大切な人達を優先する。
どんな過酷な状況でも折れる事がないしなやかで強靭な心と、それとは裏腹な恋する男を前にして動揺してしまう女性としての弱さも知っている」
「……あなたには分かっているのね」
私が祐を前にして動揺してしまったのは、ただ単に彼が今生の父親の肉体で現れたからだけではない。
自覚してしまったのだ。
今でも彼に恋をしている自分を。
前世で彼を殺した時に、この恋心も殺したと思ったのに。
今生の父親が前世の私の顔になったロザリーに迫った姿を見て嫌悪感を抱いて「ざまぁ」したくせに。
彼が今生きている肉体が今生の私の父親だと分かっているのに、その人格が祐になった途端、消えていなかった彼への恋心を自覚してしまったのだ。
「弱い所や情けない所を見ても、この人にならついていこうと思える人を主だと定めているのです。
『祥子』やジョセフィン様だって公人としては立派かもしれないが、家族としては……どうかと思う所がある。《アネシドラ》の活動に邪魔だからと娘を、前世の貴女の祖母を捨てた『祥子』と、いくら愚鈍で愛せなくても息子や孫を放置し、もう一人の孫であるお嬢様や貴女を愛していても、それを示さなかった。
家族よりも公人である事を優先する人だから、捨て子だった前世の私を拾って育ててくださったのは分かっていますが」
「……アンディ」
前世では両親を殺した復讐しか考えていなかったから、前世のアンディ、《アイスドール》が何を思って私を主に定めていようと、どうでもよかった。ただ《アネシドラ》の壊滅のために利用できればよかったのだ。
けれど、今の私にとって、いや、前世のアンディが死ぬ間際では、もう私にとって彼は家族のように大切な人になっていたのだ。
前世でも今生でも恋をしたのは祐だけだが、その彼を手に掛けた事よりも、前世の彼、《アイスドール》を失った衝撃のほうが大きかった。
《アイスドール》こと武東夏生でもアンドリュー・グランデ、アンディでも、彼が「彼」なら私には家族のように大切な人だが、彼にとっての私は自分に相応しい主かどうかという視点でしか見ていないのだろうと思っていた。
お祖母様のように常に自分を律した強い心だけを求めて、恋心に揺れる女の弱さなど軽蔑の対象でしかないと思っていたのだ。
けれど、私が思う以上に、アンディは「私」を見てくれていた。
そして、そんな「私」の弱さも情けない所も全てを認めて主だと定めてくれていたのだ。
そんなアンディを祐との事で巻き込む訳にはいかない。
前世では、私を庇って祐に殺されたのだ。
今度まで、そうなってしまったら耐えられない。
彼を目覚めさせてしまったのは、私だ。
その責任をとるべきは私だけでアンディは関係ない。
前世では祐を殺せたが、今生まで、そうできるとは思っていない。
前世では、いくら若く見えようと当時の祐は八十六歳のご老人だったし……彼が心の奥底で老いていく自分を不安に思い死にたがっていたから殺せたのだ。……後は、前世の私の外見が彼が唯一恋した女性に酷似していたのもあるだろう。
今生では目覚めたくなかったとは言っても、だからといって簡単に私に殺されてくれるとは思わない。
「無理矢理目覚めさせられた分、楽しませろ」と言ったのだ。
私を殺す気満々でくるだろう。
……今生は人生を謳歌したかったが、やはり無理だったようだ。前世で人を殺し続けた私が願う事ではなかった。
(――祐)
前世の私の仇。
「私」が唯一恋した男。
そして――。
私が今生で生きるこの体の――。
(――お父様)
あなたを目覚めさせてしまった責任はとる。
たとえ、それが私の死と引き換えにしたものであっても――。
あなたを破滅させます。お父様。
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