上 下
100 / 113
第二部 祐

100 あなたを破滅させます。お父様

しおりを挟む
「……こんな私を主だと思わなくていい。あなたが仕えるに足ると思う新たな主を見つけて」

 祐の登場で動揺してすがりつく私をアンディは振り払わなかった。

 そうしたのは、もう一人の主であるお祖母様への忠誠心なのだろう。

 お祖母様が孫である私の事を頼んだから。

 前世の仇で唯一恋した男が今生の父親の姿で現れたとはいえ、たった一人の男の登場に動揺して自分にすがりつく人間など自分の主だと到底認められないだろうに。

「この世で私の主は貴女だけですよ。ジョゼ様」

 アンディの言い方は思いの外優しかった。

「……私には到底お祖母様と同じ事はできない」

「同じ事はしなくていいのです」

 アンディの言葉が意外で私は驚いた顔で隣に座る彼を見た。

 てっきりアンディは、お祖母様のように常に自分を律した強い主を求めていると思っていたのだ。

「貴女は、ジョセフィン様でも、『祥子』、《エンプレス》でもない」

 アンディの言う「祥子」は、前世の私、相原祥子ではなく《エンプレス》こと武東祥子の事だ。

「ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルであり相原祥子、《ローズ》だ」

 アンディの言う通り、前世と今生の記憶を持つ以上、《ローズ》こと相原祥子とジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルを合わせて「私」なのだ。

「今生で出会った時言いましたよね。貴女があの方に似ているから主に定めた訳ではないと」

「ええ」

「貴女が『祥子』やジョセフィン様と違う人間なのは最初から分かっています。

 まず真っ先に公務を優先する『祥子』やジョセフィン様と違い、貴女は自分の大切な人達を優先する。

 どんな過酷な状況でも折れる事がないしなやかで強靭な心と、それとは裏腹な恋する男を前にして動揺してしまう女性としての弱さも知っている」

「……あなたには分かっているのね」

 私が祐を前にして動揺してしまったのは、ただ単に彼が今生の父親ジョセフの肉体で現れたからだけではない。

 自覚してしまったのだ。

 今でも彼に恋をしている自分を。

 前世で彼を殺した時に、この恋心も殺し消えたと思ったのに。

 今生の父親ジョセフが前世の私の顔になったロザリーに迫った姿を見て嫌悪感を抱いて「ざまぁ」したくせに。

 彼が今生きている肉体が今生の私の父親だと分かっているのに、その人格が祐になった途端、消えていなかった彼への恋心を自覚してしまったのだ。

「弱い所や情けない所を見ても、この人にならついていこうと思える人を主だと定めているのです。

『祥子』やジョセフィン様だって公人としては立派かもしれないが、家族としては……どうかと思う所がある。《アネシドラ》の活動に邪魔だからと娘を、前世の貴女の祖母を捨てた『祥子』と、いくら愚鈍で愛せなくても息子ジョセフルイーズを放置し、もう一人の孫であるお嬢様や貴女を愛していても、それを示さなかった。

 家族よりも公人である事を優先する人だから、捨て子だった前世の私を拾って育ててくださったのは分かっていますが」

「……アンディ」

 前世では両親を殺した復讐しか考えていなかったから、前世のアンディ、《アイスドール》が何を思って私を主に定めていようと、どうでもよかった。ただ《アネシドラ》の壊滅のために利用できればよかったのだ。

 けれど、今の私にとって、いや、前世のアンディが死ぬ間際では、もう私にとって彼は家族のように大切な人になっていたのだ。

 前世でも今生でも恋をしたのは祐だけだが、その彼を手に掛けた事よりも、前世の彼、《アイスドール》を失った衝撃のほうが大きかった。

《アイスドール》こと武東夏生でもアンドリュー・グランデ、アンディでも、彼が「彼」なら私には家族のように大切な人だが、彼にとっての私は自分に相応しい主かどうかという視点でしか見ていないのだろうと思っていた。

 お祖母様のように常に自分を律した強い心だけを求めて、恋心に揺れる女の弱さなど軽蔑の対象でしかないと思っていたのだ。

 けれど、私が思う以上に、アンディは「私」を見てくれていた。

 そして、そんな「私」の弱さも情けない所も全てを認めて主だと定めてくれていたのだ。

 そんなアンディを祐との事で巻き込む訳にはいかない。

 前世では、私を庇って祐に殺されたのだ。

 今度まで、そうなってしまったら耐えられない。

 彼を目覚めさせてしまったのは、私だ。

 その責任をとるべきは私だけでアンディは関係ない。

 前世では祐を殺せたが、今生まで、そうできるとは思っていない。

 前世では、いくら若く見えようと当時の祐は八十六歳のご老人だったし……彼が心の奥底で老いていく自分を不安に思い死にたがっていたから殺せたのだ。……後は、前世の私の外見が彼が唯一恋した女性に酷似していたのもあるだろう。

 今生では目覚めたくなかったとは言っても、だからといって簡単に私に殺されてくれるとは思わない。

「無理矢理目覚めさせられた分、楽しませろ」と言ったのだ。

 私を殺す気満々でくるだろう。

 ……今生は人生を謳歌したかったが、やはり無理だったようだ。前世で人を殺し続けた私が願う事ではなかった。

(――祐)

 前世の私の仇。

「私」が唯一恋した男。

 そして――。

 私が今生で生きるこの体の――。

(――お父様)

 あなたを目覚めさせてしまった責任はとる。

 たとえ、それが私の死と引き換えにしたものであっても――。

 あなたを破滅させ殺します。お父様


 

 









 
 









 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

【完結済】完全無欠の公爵令嬢、全てを捨てて自由に生きます!~……のはずだったのに、なぜだか第二王子が追いかけてくるんですけどっ!!〜

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
「愛しているよ、エルシー…。たとえ正式な夫婦になれなくても、僕の心は君だけのものだ」「ああ、アンドリュー様…」  王宮で行われていた晩餐会の真っ最中、公爵令嬢のメレディアは衝撃的な光景を目にする。婚約者であるアンドリュー王太子と男爵令嬢エルシーがひしと抱き合い、愛を語り合っていたのだ。心がポキリと折れる音がした。長年の過酷な淑女教育に王太子妃教育…。全てが馬鹿げているように思えた。  嘆く心に蓋をして、それでもアンドリューに嫁ぐ覚悟を決めていたメレディア。だがあらぬ嫌疑をかけられ、ある日公衆の面前でアンドリューから婚約解消を言い渡される。  深く傷付き落ち込むメレディア。でもついに、 「もういいわ!せっかくだからこれからは自由に生きてやる!」 と吹っ切り、これまでずっと我慢してきた様々なことを楽しもうとするメレディア。ところがそんなメレディアに、アンドリューの弟である第二王子のトラヴィスが急接近してきて……?! ※作者独自の架空の世界の物語です。相変わらずいろいろな設定が緩いですので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※この作品はカクヨムさんにも投稿しています。

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

転生したら避けてきた攻略対象にすでにロックオンされていました

みなみ抄花
恋愛
睦見 香桜(むつみ かお)は今年で19歳。 日本で普通に生まれ日本で育った少し田舎の町の娘であったが、都内の大学に無事合格し春からは学生寮で新生活がスタートするはず、だった。 引越しの前日、生まれ育った町を離れることに、少し名残惜しさを感じた香桜は、子どもの頃によく遊んだ川まで一人で歩いていた。 そこで子犬が溺れているのが目に入り、助けるためいきなり川に飛び込んでしまう。 香桜は必死の力で子犬を岸にあげるも、そこで力尽きてしまい……

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される

葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。 彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。 ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。 父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。 あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。 この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。 さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。 そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。 愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。 ※小説家になろうにも掲載しています

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

処理中です...