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第二部 祐
93 ジョセフであってジョセフではない男②(アレクシス視点)
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「起きろ」
容赦なく顔を叩かれた。しかも叩かれた感じからして平手ではなく何らかの道具を使われたようだ。
「……んっ」
目を開けた私は、ここが見慣れた地下の拷問室だと気づいた。
今まで「おもちゃ」にしてきた青年達に、隣の牢屋で散々肉体の快楽を教え込んだ後、拷問した。皆例外なく心を壊してきた。
私は上半身は裸で、ご丁寧に両手首には手枷が嵌められ天井に向かって吊るされ、両足首は肩幅程の長さの鎖で繋がった足枷が嵌められている。
……私が今まで「壊して」きた青年達と同じ格好をさせられている。
彼は部下二人をあっさり殺した後、私の鳩尾を殴って気絶させた。
気絶させた私を、わざわざここに連れてきたようだ。
私の顔を叩いたらしい乗馬鞭を手にした彼が目の前に立っていた。
「……私にこんな事をして、ただで済むと思っているのか?」
三年前、ジョセフが口にした科白と同じだが、彼と私では立場が違う。
彼は犯罪者で私はこの国の宰相だ。
「俺の事より自分を心配するんだな」
彼はバシリ! と私の裸の上半身を鞭打った。
「っ!」
苦痛に呻く私を見る彼の顔は、暴力を振るう嗜虐も興奮も何もない醒めきったものだった。
「安心しろ。俺は、あの子のように、ずっと生かして死ぬような苦痛を与え続けるなんて面倒な真似はしない。幸い俺は《アネシドラ》で拷問も任されていた。死が訪れるまで最大の苦痛を味わわせてやる」
「私は、この国の宰相だ! 私が死ねば、この国はどうなると思っているんだ!?」
「そんな事俺が知るかよ」
彼は冷たく一蹴すると再び鞭を振るった。
「……っ! やめろ!」
「お前は、やめなかった」
「……何?」
「ジョセフが『やめてくれ』と懇願しても、お前はやめなかった」
黙り込んだ私に構わず彼は話を続けた。
「いや、ジョセフだけじゃないな。今までお前が『壊して』きた青年達だって、そう懇願したはずだ。だが、お前はずっとやめずに、おぞましい行為を続けてきたんだろう? 人を犯すなら殺される覚悟もすべきだったな」
「偉そうに言うな! そういうお前はどうなんだ!?」
人を殺しても何とも思わない人間に言われたくはない。
「私にこんな事をするのは、正義の鉄槌だとでも言うつもりか!?」
「いいや」
彼は、あっさり私の言葉を否定した。
「今生で『俺』が目覚めて三年と前世で俺がしてきた事を考えると俺に人を裁く資格などない。俺がお前にこうするのは、無理矢理目覚めさせられた恨みと今生で俺が生きるこの体に与えられた屈辱を晴らしたいからと八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「前世の俺の父親は、お前に似た男でね。世間では清廉潔白な美丈夫で通っていたが、その裏で少年達をおぞましい欲望の対象にしていたクズだった」
今まで一切私に感情の乱れなど見せなかった彼の瞳が、ここにきて初めてぎらついた。
憤怒、嫌悪、おぞましさ、憎悪。
あらゆる負の感情を煮詰めた瞳は、ジョセフではありえないものだ。
「――実の息子である俺をも毒牙にかけようとするほどのな」
私は分かってしまった。
なぜ彼が、ジョセフの前世の人格が目覚めたのか。
彼にとって最大のトラウマだっただろう行為を私がしたからだ。
「あの子はジョセフをクズだと言ったが、俺からすれば本当のクズは、お前やあの男だ」
彼は射竦めるように私を見た。
「前世で、あの男に襲われた時は逃げる事しか頭になくて枕の下に隠し持っていた懐剣で、めった刺しにした。後から考えると、あっさり殺したと後悔したよ」
彼が放つ妙な気迫を前に「めった刺しが『あっさり』なのか?」というツッコミはできなかった。
「まあ、当時の俺は十三のガキで、あれが最初の殺人だったからな。あいつを痛めつける余裕などなかった。だから」
彼は手にしている乗馬鞭で私の顎を持ち上げた。
「前世で、あの男を痛めつけられなかった代わりに、あの男に似たお前を痛めつける事で憂さを晴らさせてもらう」
「そんなの私には関係ないだろう!」
あまりの理不尽に怒鳴ると容赦なく顔を鞭打ってきた。
「っ!」
「――俺は目覚めたくなどなかった」
炯々とした眼光に私は息を呑んだ。
ずっと見下していたジョセフと同じ魂で、同じ肉体で生きている男だのに――。
人格がジョセフではないというだけで、こうも違うのか。
伊達に一国の宰相などやっていないし、私自身、まともな人間ではない。そんな私ですら気圧されるほどの迫力が、この時の彼にはあったのだ。
「俺が俺である限り、こんな生き方しかできない。だから、前世であの子に殺された時、ほっとしたんだ。これでようやく死という永遠の安寧の中にいられると。それを――」
昂る感情を抑えつけるように一呼吸置いて彼は言った。
「――お前達が目覚めさせた」
――彼は分かっている。
「彼」を目覚めさせてしまった、そもそもの原因、ジョセフに対する仕打ちを画策したのが私だけではなかった事に。
転生者で前世からの知り合いであるジョゼとウジェーヌ。彼はジョゼだけでなくウジェーヌとも係りがあったのだ。だから、二人の関与にも、すぐに気づいた。
「後は、この体に与えられた屈辱を晴らすためでもある」
前世の父親を痛めつけられなかった八つ当たりだけでもない。
私自身に対する憎悪や憤怒があるから、こうしているのだと。
彼は言外に、そう語っている。
私は逃げられないと悟った。
この男は地位や権力ではなく自分の心にしか従わない。
有能な宰相である私を殺した結果、国や自分がどうなろうと本当にどうでもいいのだ。
厄介な男を目覚めさせてしまった。
そう思っても、もう遅いけれど。
ジョセフと同じ魂を持つ、ジョセフの体で生きる、けれど、ジョセフではない目の前の男。
人でありながら人である事をやめているとしか思えない美しい悪魔は、言葉通り死が訪れるまで、ありとあらゆる方法で最大の苦痛を私に味わわせた。
地下牢から一晩中、私の呻き声や悲鳴が途絶える事はなかった。
容赦なく顔を叩かれた。しかも叩かれた感じからして平手ではなく何らかの道具を使われたようだ。
「……んっ」
目を開けた私は、ここが見慣れた地下の拷問室だと気づいた。
今まで「おもちゃ」にしてきた青年達に、隣の牢屋で散々肉体の快楽を教え込んだ後、拷問した。皆例外なく心を壊してきた。
私は上半身は裸で、ご丁寧に両手首には手枷が嵌められ天井に向かって吊るされ、両足首は肩幅程の長さの鎖で繋がった足枷が嵌められている。
……私が今まで「壊して」きた青年達と同じ格好をさせられている。
彼は部下二人をあっさり殺した後、私の鳩尾を殴って気絶させた。
気絶させた私を、わざわざここに連れてきたようだ。
私の顔を叩いたらしい乗馬鞭を手にした彼が目の前に立っていた。
「……私にこんな事をして、ただで済むと思っているのか?」
三年前、ジョセフが口にした科白と同じだが、彼と私では立場が違う。
彼は犯罪者で私はこの国の宰相だ。
「俺の事より自分を心配するんだな」
彼はバシリ! と私の裸の上半身を鞭打った。
「っ!」
苦痛に呻く私を見る彼の顔は、暴力を振るう嗜虐も興奮も何もない醒めきったものだった。
「安心しろ。俺は、あの子のように、ずっと生かして死ぬような苦痛を与え続けるなんて面倒な真似はしない。幸い俺は《アネシドラ》で拷問も任されていた。死が訪れるまで最大の苦痛を味わわせてやる」
「私は、この国の宰相だ! 私が死ねば、この国はどうなると思っているんだ!?」
「そんな事俺が知るかよ」
彼は冷たく一蹴すると再び鞭を振るった。
「……っ! やめろ!」
「お前は、やめなかった」
「……何?」
「ジョセフが『やめてくれ』と懇願しても、お前はやめなかった」
黙り込んだ私に構わず彼は話を続けた。
「いや、ジョセフだけじゃないな。今までお前が『壊して』きた青年達だって、そう懇願したはずだ。だが、お前はずっとやめずに、おぞましい行為を続けてきたんだろう? 人を犯すなら殺される覚悟もすべきだったな」
「偉そうに言うな! そういうお前はどうなんだ!?」
人を殺しても何とも思わない人間に言われたくはない。
「私にこんな事をするのは、正義の鉄槌だとでも言うつもりか!?」
「いいや」
彼は、あっさり私の言葉を否定した。
「今生で『俺』が目覚めて三年と前世で俺がしてきた事を考えると俺に人を裁く資格などない。俺がお前にこうするのは、無理矢理目覚めさせられた恨みと今生で俺が生きるこの体に与えられた屈辱を晴らしたいからと八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「前世の俺の父親は、お前に似た男でね。世間では清廉潔白な美丈夫で通っていたが、その裏で少年達をおぞましい欲望の対象にしていたクズだった」
今まで一切私に感情の乱れなど見せなかった彼の瞳が、ここにきて初めてぎらついた。
憤怒、嫌悪、おぞましさ、憎悪。
あらゆる負の感情を煮詰めた瞳は、ジョセフではありえないものだ。
「――実の息子である俺をも毒牙にかけようとするほどのな」
私は分かってしまった。
なぜ彼が、ジョセフの前世の人格が目覚めたのか。
彼にとって最大のトラウマだっただろう行為を私がしたからだ。
「あの子はジョセフをクズだと言ったが、俺からすれば本当のクズは、お前やあの男だ」
彼は射竦めるように私を見た。
「前世で、あの男に襲われた時は逃げる事しか頭になくて枕の下に隠し持っていた懐剣で、めった刺しにした。後から考えると、あっさり殺したと後悔したよ」
彼が放つ妙な気迫を前に「めった刺しが『あっさり』なのか?」というツッコミはできなかった。
「まあ、当時の俺は十三のガキで、あれが最初の殺人だったからな。あいつを痛めつける余裕などなかった。だから」
彼は手にしている乗馬鞭で私の顎を持ち上げた。
「前世で、あの男を痛めつけられなかった代わりに、あの男に似たお前を痛めつける事で憂さを晴らさせてもらう」
「そんなの私には関係ないだろう!」
あまりの理不尽に怒鳴ると容赦なく顔を鞭打ってきた。
「っ!」
「――俺は目覚めたくなどなかった」
炯々とした眼光に私は息を呑んだ。
ずっと見下していたジョセフと同じ魂で、同じ肉体で生きている男だのに――。
人格がジョセフではないというだけで、こうも違うのか。
伊達に一国の宰相などやっていないし、私自身、まともな人間ではない。そんな私ですら気圧されるほどの迫力が、この時の彼にはあったのだ。
「俺が俺である限り、こんな生き方しかできない。だから、前世であの子に殺された時、ほっとしたんだ。これでようやく死という永遠の安寧の中にいられると。それを――」
昂る感情を抑えつけるように一呼吸置いて彼は言った。
「――お前達が目覚めさせた」
――彼は分かっている。
「彼」を目覚めさせてしまった、そもそもの原因、ジョセフに対する仕打ちを画策したのが私だけではなかった事に。
転生者で前世からの知り合いであるジョゼとウジェーヌ。彼はジョゼだけでなくウジェーヌとも係りがあったのだ。だから、二人の関与にも、すぐに気づいた。
「後は、この体に与えられた屈辱を晴らすためでもある」
前世の父親を痛めつけられなかった八つ当たりだけでもない。
私自身に対する憎悪や憤怒があるから、こうしているのだと。
彼は言外に、そう語っている。
私は逃げられないと悟った。
この男は地位や権力ではなく自分の心にしか従わない。
有能な宰相である私を殺した結果、国や自分がどうなろうと本当にどうでもいいのだ。
厄介な男を目覚めさせてしまった。
そう思っても、もう遅いけれど。
ジョセフと同じ魂を持つ、ジョセフの体で生きる、けれど、ジョセフではない目の前の男。
人でありながら人である事をやめているとしか思えない美しい悪魔は、言葉通り死が訪れるまで、ありとあらゆる方法で最大の苦痛を私に味わわせた。
地下牢から一晩中、私の呻き声や悲鳴が途絶える事はなかった。
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