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第二部 祐

87 私から俺へ②(?視点)

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 手枷についた鎖は、それぞれ左右にベッドの柵に繋がれているが、幸い左手が右手に届いた。

「いやだ! やめろ!」

 ジョセフと同じように叫びながら気づかれないように左手で右手の親指の関節を外した。

 痛みはあったが今はそれがありがたい。痛みのお陰で無理矢理与えられるおぞましい快感に溺れずに済むからだ。

 痛みに顔をしかめながら右手を手枷から抜き左手も同じ手順で抜いた。

 両手の親指の関節を元に戻すと、ベルトを外し醜悪なモノを取り出そうとしている男の首に右腕を巻きつけ容赦なく締め上げた。

「なっ!?」

 驚く男が死に物狂いで抵抗するが、も必死で男の首を締め上げた。

 やがて、ぐったりして動かなくなった男から腕を外した。

 気絶させただけで殺してはいない。貴族の甘ったれたお坊ちゃんで大して鍛えてもいないこの体の腕力では絞殺など到底無理だったし、何より簡単に死なせてやる気などない。

 足枷の鍵があるかと男のズボンのポケットを探ると鍵は三本あった。手枷と足枷と牢屋の扉の鍵だろうか?

 試しに鍵の一本を足枷の鍵穴に入れて回すと外れた。

 全ての手枷足枷を外し裸足でベッドから下りた俺は、気絶した男を俺と同じように全裸にし手枷足枷もした。先程までのジョセフと同じ格好だ。

 こんな事で到底気はおさまらないが、俺が逃げる時間稼ぎにはなる。

 脱がせた男の服を手にして躊躇したが、全裸で外に出れば、この世界であっても捕まるだろう。ただでさえ、この体は娘であるブルノンヴィル辺境伯の殺害未遂の犯罪者なのだ。

 ものすごく嫌だったが、仕方なく脱がせた男の下着と靴下以外の衣服を身に着け靴も履いた。この体と体格はさほど変わらないので服も靴もぴったりだ。

 いつまでもこのおぞましい男の服や靴を身に着けているのは嫌なので後で絶対服と靴を替えよう。

 牢屋から出ると扉の前に手にしていた鍵三本を置いた。

 俺にとって幸いな事に、あの男は部下を連れてこなかったが、さすがに宰相であるあの男がいつまでもおぞましい趣味に耽溺するのをよしとしないだろうから、いずれはやって来るだろう。その時に部下が、あの男の手枷足枷を外せるように、ここに鍵を置いておく。

 あの男をこの牢屋で囚われたまま死なせる気などない。

 俺自身が、この体に受けた屈辱を晴らさなければ気がおさまらない。

 牢屋は二つで、ジョセフが囚われていなかった牢屋には拷問道具が取り揃えられていた。……あの男がおぞましい趣味を楽しむためのものなのだろう。

 右に見える階段を上った。どうやら、ここは地下牢だったようだ。

 階段を上りきると扉があったが幸い鍵はされてなかった。あの男が出入りするためだろう。

 外に出ると明け方の澄んだ空気が俺を包んだ。

 この体で俺が初めて見る世界。

 初めて目にし感じさせられたものは、何ともおぞましい、俺のトラウマを思いっきり刺激するものだったが(そのせいで「俺」は目覚めさせられたのだ)、明け方の空は、この世界でも変わらず美しいと思える。

 それでも、この世界がどれだけ美しかろうと、俺は目覚めたくなどなかった。

 その元凶となったあの男を許す気はない。

「俺」を目覚めさせたのは、あの男だけではないのは分かっている。

 あの男も、も、こうなるとは思ってもいなかっただろう。

 特に、あの二人は「俺」が目覚めると知っていたら、絶対にこんな事画策しなかったはずだ。

 けれど、そんな事は、もうどうでもいい。

 目覚めたくなかった俺を目覚めさせたのだ。

 せいぜい俺を楽しませろ。

「吉彦と――」

 俺が唯一恋した女の双子の弟、《マッドサイエンティスト》、武東吉彦。

 今生では、この体のはとこ、ウジェーヌ・アルヴィエ。

「――リリス」

 俺しか口にしなかった「あの子」の呼び名。

 俺が唯一恋した女の曾孫で彼女に酷似した《ローズ》、相原祥子。

「俺」を殺した女。

 そして、俺がこれから生きるこの体の――。

(――「娘」)

 ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル。

 殺された者と殺した者が今生では親子となった。

 それは、どんな運命の悪戯なのか。




 ジョセフ・ブルノンヴィルは、もういない。

 これからこの体で生きるのは、この俺――。

 異世界の秘密結社《アネシドラ》でコードネームは《バーサーカー》。

 武東むとうたすく

 ジョセフ・ブルノンヴィルの前世の人格だ。




 


 



 
















 




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