あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

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第一部 ジョセフ

76 婚約者の想い人②

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「ブルノンヴィル辺境伯様……ジョゼ様の誕生日会で君を見かけて『何て綺麗な子なんだろう』と最初は君に見惚れて、次はジョセフィン妃を見る思い詰めた目が気になった。僕が声をかける前に、ジョゼ様とレオン様と話し始めて、やがてジョセフィン妃とジョゼ様に連れて行かれたから結局話せなくて悔やんだよ。まさかあれ以来君と会えなくなるとは思わなかったから」

 ジャンは言葉通り悔しそうな顔になった後、話を続けた。

「モーパッサン伯爵が領民に襲われて亡くなり伯爵家も取り潰されて、ご家族は全員行方不明になったと聞いた。ずっと君が生きているかどうか気になったけど、まだ子供の僕では何もできなくて……父上に君を捜してくれなんて、とてもお願いできないし」

 アレクシスとジャン、この親子が一緒にいる所を見たのは先程が初めてだが、それだけでも分かる。

 ジョセフはまだわたしに対して不快感という感情があるが、アレクシスは、そういう感情すら息子ジャンに抱かないほど関心がないのだ。

 ジャンのほうも外見こそ酷似しているが、中身は自分とは真逆な底知れぬ腹黒さを持つ父親に怯えている。

 アレクシスはジャンに「お願い」されても一笑に付すだろうし、ジャンにしても父親に「お願い」など、とてもできないだろう。

「僕がブルノンヴィル辺境伯領に行けたのは、あの時だけだ。あの日は偶々、父上もお祖父様も都合が悪くて代わりに僕が参加したんだ」

 ジャンの祖父前宰相ジャンの父親宰相が参加できなければ孫息子ジャンを寄こすほど、お祖母様のご機嫌をとっておきたかったのだろう。

 当時は次代のブルノンヴィル辺境伯になるのが確定だったとはいえ、王国の主要な貴族がわざわざ小娘わたしの誕生日会に参加するのは、偏に前国王の寵姫で前ブルノンヴィル辺境伯だったお祖母様へのご機嫌伺いなのだ。

「まさかジョゼ様の侍女をしているとは思わなかった」

 モーパッサン伯爵家を取り潰すために動いたのは、お祖母様だ。そのブルノンヴィル辺境伯家の人間が取り潰した家の娘を引き取って侍女にしているとは誰だって思わないだろう。

「君が生きていて、こうして会えて嬉しかっただけだ。ジョゼ様や君に何かしようとか思ってない」

「……分かりました」

 ジャンの真摯な様子にリリも納得したようだ。

「私の過去を黙っていてくださるのは感謝しますが、私はあくまでもジョゼ様の侍女として、ジョゼ様の婚約者であるあなたに接します。私が命を捧げるのは、ジョゼ様と愛するあの方だけですから」

 リリにも分かったのだ。ジャンが自分に向けている想いに。

 だから、こう言っているのだ。

「……僕は」

 ジャンは何か言いかけ、けれど結局言葉が出てこないのだろう。

 黙り込んだジャンに私は言った。

「あなたが想うのがリリでなければ、婚約を破談にしてもよかった」

「……ジョゼ様?」

 怪訝そうなジャンに、私は厳しい目を向けた。

「リリは私にとって、ただの侍女ではなく守ると決めた大切な子なの。あなたが私の婚約者でなかったとしても不用意に近づいてほしくないわ」

 リリはレオンを愛しているし、何より、つらい過去を乗り越えて平穏な生活を送れるようになったリリに不用意に接してほしくない。

 ジャンは、ただ「会えて嬉しかった」だけだったかもしれない。

 でも、リリにとっては、つらい過去を思い出させるものでしかないのだ。

 無論、ジャンはリリの過去を知らないだろう。ただ彼女の様子から「思い出したくもないほど嫌な過去」と分かったくらいだと思う。

 だからといって、知らなかったで済まされない事もあるのだ。

「僕……私とあなたの婚約は王命で決められたものだ。そして、私は父上に逆らえない」

 ジャンの言葉は自分に言い聞かせているようだった。

「ジョゼ様。王命で決められた婚約でも、あなたと仲良くなりたい。そして、いい家庭を築きたいです」

 ジャンの真剣な顔つきから意を決して言ったのは分かるのだが――。

「申し訳ないけど、私にその気は全くないの」

 元婚約者フランソワ王子の時とは違い破談する気はないが、彼の時と同じように仲良くする気は毛頭なかった。

「は?」

「あなたに興味ないから、あなたのために労力を使いたくないの。婚約者や夫としての役割を果たしてくれる以外望んでないわ」

 仲良くなりたいと言ってくれる婚約者に対して、ひどい言葉をぶつけていると自分でも思うけれど、これが紛れもない私の本心なのだ。

「とはいっても、子供を作る行為は避けたいわね。別に優秀なら後継者は私達の子供でなくても構わないだろうし。アレ、前世では一度も気持ちいいと思った事なくて時間の浪費としか思えなかったから。あ、でも、ジョゼフィーヌの体になったから違うのかしら?」

「……ジョゼ様」

「……ジョゼフィーヌ様」

 リリとアルマンは、何ともげんなりした顔をしていた。

「……お子様相手に何て事を仰るのですか?」

「あ!?」

 アルマンの言葉で、私はようやくいくら聡明とはいえ八歳の子供相手に、とんでもない事を口走っていたのだと気づいた。

 慌ててジャンを伺うと、彼はやはりといおうか呆然としていた。

「えっと、ごめんなさい。ジャン」

「……いえ」

「ともかく、婚約者や夫としての役割さえ果たしてくれる事以外、私はあなたに何も望んでないから」

 子供云々はジャンが年頃になってから話すべきだろうと、今はこれだけを言っておく事にした。

















 



 
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