あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
50 / 113
第一部 ジョセフ

50 彼女との出会い③

しおりを挟む
「ありがとうございました。ジョセフィン妃、ジョゼフィーヌ様」

 リリアーナは、ほっと息を吐くと、ドレスの裾を摘まみ、お祖母様や私に向かって一礼した。幼女で、しかも伯爵令嬢としての教育を一年しか受けていないのに何とも見事な一礼だ。

「いいのよ。それより、あなた、わたくしに何か話があるのでしょう?」

 さすがにお祖母様もリリアーナの思い詰めた表情で自分をがん見していた事に気づいていたようだ。それもあって、こちらに来たのだろう。

「は、はい。聞いて頂けますか? できれば、次代のブルノンヴィル辺境伯になるだろうジョゼフィーヌ様もご一緒に」

「ええ、いいわよ」

「だったら、僕は行かないほうがいいね」

 了承する私の隣でレオンは寂しそうに微笑んだ。

 リリアーナは、私に「次代のブルノンヴィル辺境伯として一緒に聞いてほしい」と言った。

 モーパッサン伯爵は何かと後ろ暗い噂が多い人物だ。十中八九、彼女の今生の生家、モーパッサン伯爵家に係わる事だと幼いながら賢いレオンにも分かったのだろう。

 レオンはボワデフル子爵家の人間だ。いくら親しくても聞かないほうがいい事もあるのだ。

「……申し訳ありません。レオン様」

 リリアーナは言葉通り、申し訳なさそうに頭を下げた。前世の恩人を除け者にしてしまって心が痛むのだろう。

「僕の事は気にしなくていいから、君は君の事だけを考えていればいい。このお二人だったら、きっと君にとっての最善を考えてくださるはずだ」

「……わたしの事はいいのです。こうして今生で貴方に会えた。それだけで、これまで生きていてよかったと思えるから」

「これで別れじゃない。同じ世界にいるんだ。いつだって会えるよ」

 今生の別れのようなリリアーナの科白に、レオンは安心させるように微笑みかけた。

「……ええ、そうですね」

 リリアーナは、ほろ苦く微笑んだ。




 お祖母様は私とリリアーナを執務室に連れてきた。

 私の誕生日会だが、貴族がパーティーに参加する主な目的は社交だ。主役の私がいなくなっても大した問題はない。寵姫で辺境伯であるお祖母様と親しくなりたかった人は彼女が消えて残念がっているだろうが。

 お祖母様は一人掛けのソファ、私は彼女の左側のソファに座ったが、リリアーナだけ扉の前で立ち尽くしている。

 お祖母様が座るように促す前に、リリアーナは思ってもいなかった行動に出た。「失礼します」そう一言断ると何とスカートをまくり上げたのだ。

 ぎょっとする私とお祖母様の前で、リリアーナはお腹に巻いた晒しからA4サイズの封筒を取り出した。

 ちらりと見えた彼女の脚には薄紅や紫になった痣ばかりでなく……どう見ても縄で縛られたような跡まであった。

 伯爵のリリアーナを見る目で彼女が何をされているのか気づいてはいたが……実際、その痕跡を見せられると何とも言えない気分だ。

 第三者である私や他人がどう思おうと、今現在、地獄のただ中にいるリリアーナにはどうでもいい事だろう。その地獄から救い出されない限り、彼女には何の意味もないのだから。

「こんな所からすみません。に見つからないように持ち出す方法を、しか思いつかなくて」

 リリアーナは取り出した封筒をお祖母様に渡した。

 リリアーナが言う「あの男」は、彼女の父親、モーパッサン伯爵だろう。彼に見つからないように持ち出したという事は、彼にとってやばい物なのだ。

 お祖母様が封筒から取り出したのはA4サイズの分厚いノートだった。ノートのページをぱらぱらとめくるうちに、お祖母様の顔色が変わってきた。

 お祖母様の傍に行き横からノートを覗いた私は、なぜお祖母様の顔色が変わったか分かった。

「……こんな物、よく持ち出せたわね」

 リリアーナがお祖母様に渡したのは、いわゆる裏帳簿というやつだ。モーパッサン伯爵の不正の証拠だ。

 私は呆れと感心の混じった視線をリリアーナに向けると彼女は肩をすくめて見せた。

「あの男にとって、わたしは人間むすめではなく『おもちゃ』ですから。わたしの前で何のためらいもなく金庫からを取り出していました。だから、わたしがこっそり持ち出すのは簡単でしたよ」

「わたくしにこれを渡したという事は、あなたは父親を断罪したいのね?」

 隣の領地の領主というだけでなく国王の寵姫でもあるお祖母様に裏帳簿を渡したのだ。国王に父親の不正を告発してほしくて渡したのだろう。

「ええ。そして、お願いがあってきました」

 リリアーナは転生者とはいってもレオンと同じで肉体と精神の年齢にさほど違いはないはずだのに、この時の表情は心身共に子供とは思えない程、真摯なものだった。

「何かしら?」

「その裏帳簿を見ればお分かりでしょうが、あの男は、モーパッサン伯爵は、領民を人身売買の組織に売り飛ばしています」

 それがモーパッサン伯爵の後ろ暗い噂の一つだ。領民から多大な税金を搾り取るだけでなく見目の良い子供や女性を人身売買の組織に売り飛ばして私腹を肥やしているのだ。リリアーナが持ってきた裏帳簿こそ、その証拠だ。

「売り飛ばされた人達を助けてほしいのです」

「それならもうやっているわ。さすがに、売り飛ばされた人全員を助けられていないけど」

 お祖母様の言葉にリリアーナは目を瞠った。

「隣の領地だもの。何かと噂は聞こえてくるわ。わたくしは陛下の妾妃でもあるし、放っておく事などできなかった。だから、噂の真偽を確かめた後、秘密裏に売り飛ばされた人達を助けたの。後は、モーパッサン伯爵の不正の証拠を何とか見つけたかったのだけれど、あなたが持ってきてくれたわ」

 お祖母様がただの辺境伯であれば、隣の領地の領主にどれだけ後ろ暗い噂があろうと放っておくべきだ。貴族の不正を調べるのは国王の影の仕事なのだから。お祖母様自身が首を突っ込むのは越権行為になる。

 けれど、お祖母様は国王の妾妃、国王の「妻」の一人であり王子ジョセフも産んでいる。準王族ともいえる存在だ。彼女が貴族の不正を暴くために動いても誰も咎められないのだ。

「……私が動くまでもなかったようですね」

 リリアーナは苦笑した。

「そんな事ないわ。わたくしの部下では、を見つけ出すのに、もう少し時間がかかったでしょうから」

 お祖母様の言う「これ」は、リリアーナが持ってきた裏帳簿だ。

「モーパッサン伯爵がした事を思えば、彼自身が斬首刑になるだけでなく家が取り潰されるのも免れないわ」

 お祖母様は幼女を相手にするには場違いな真摯な顔で語り始めた。この時、お祖母様はリリアーナを幼子ではなく一人の人間として対すると決めたのだ。

「父親の不正の証拠を持ちだしただけでなく、まず最初に願ったのが保身ではなく人身売買の組織に売り飛ばされた人達を助けてほしい」だったので感心したのだと後にお祖母様は私に語った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?

当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。 ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。 対して領民の娘イルアは、本気だった。 もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。 けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。 誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。 弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

わたしは婚約を破棄され、捨てられたのだけれど、隣国の王太子殿下に救われる。わたしをいじめていた人たちは……。わたしは素敵な殿下に溺愛されたい

のんびりとゆっくり
恋愛
わたしはリンデフィーヌ。ブルトソルボン公爵家の令嬢として生きてきた。 マイセディナン王太子殿下の婚約者だった。 しかし、その婚約を破棄されてしまった。 新しい婚約者は異母姉。 喜ぶ継母と異母姉。 わたしは幼い頃から継母や異母姉にいじめられていた。 この二人により、わたしは公爵家からも追放された。 わたしは隣国の王都を目指して、一人孤独に旅をし始める。 苦しみながらも、後、もう少しで王都にたどりつくというところで……。 生命の危機が訪れた。 その時、わたしを救けてくれたのが、隣国のオディリアンルンド王太子殿下。 殿下に救われたわたしは、殿下の馬車に乗せてもらい、王都へ一緒に行く。 一方、婚約破棄をしたマイセディナン殿下は、その後、少しの間は異母姉と仲良くしていた。 わたしが犠牲になったことにより、マイセディナン殿下、異母姉、継母は、幸せになったと思われたのだけれど……。 王都に着いたわたしは、オディリアンルンド殿下と仲良くなっていく。 そして、わたしは殿下に溺愛されたいと思っていた。 この作品は、「小説家になろう」様と「カクヨム」様にも投稿しています。 「小説家になろう」様と「カクヨム」様では、「わたしは婚約を破棄され、捨てられてしまった。しかし、隣国の王太子殿下に救われる。婚約を破棄した人物とわたしをいじめていた継母や異母姉は間違っていたと思っても間に合わない。わたしは殿下に溺愛されていく。」 という題名で投稿しています。

【完結】お父様。私、悪役令嬢なんですって。何ですかそれって。

紅月
恋愛
小説家になろうで書いていたものを加筆、訂正したリメイク版です。 「何故、私の娘が処刑されなければならないんだ」 最愛の娘が冤罪で処刑された。 時を巻き戻し、復讐を誓う家族。 娘は前と違う人生を歩み、家族は元凶へ復讐の手を伸ばすが、巻き戻す前と違う展開のため様々な事が見えてきた。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

処理中です...