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第一部 ジョセフ
48 彼女との出会い
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私の五歳の誕生日会で彼女に出会った。
彼女がその容姿でなければ目に留まらなかっただろう。
幼いながら整い過ぎた造作は人間というよりは人形めいて見える。
そして、その容姿は、前世のレオン、藤城玲音に酷似したものだ。
彼女は本当に女の子で、玲音と同じ黒髪でも瞳は黒だった彼と違い暗褐色だったが。
玲音のように虚無的ではなかったが、ひどく大人びた目をしていた。今の私の肉体と同年齢に見えるのに。
彼女も肉体と精神の年齢が大きく隔たった転生者なのか、ジュール王子のように大人びたお子様なのか。
私の誕生日会に参加するため王都からブルノンヴィル辺境伯領に来たレオンも私の隣で驚いた顔をしている。当然だろう。前世の自分に酷似した容姿の幼女を見つけたのだから。
私の誕生日会の会場である大広間の片隅で彼女は一人で佇み、なぜかずっと人に囲まれているお祖母様を目で追っている。老若男女問わず美しいお祖母様は憧憬の対象だが、彼女の目はそういうものとはまるで違う。何とも思い詰めたものなのだ。
私とレオンが、がん見しているのに気づいたのか、彼女はこちらを振り返った。
私と目が合ったのは一瞬だったが、なぜかレオンを見てハッとした顔になった。そして、慌てた様子でレオンに駆け寄って来た。
驚く私とレオンに構わず、彼女はレオンの前に立ち止まると苦渋に満ちた顔で思ってもいなかった事を言いだした。
「今生で貴方に会えたら謝りたかった。わたしのせいで貴方を死なせて、ごめんなさい」
私とレオンは彼女が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
「……君、まさか、あの時の女の子なのか? 僕が父の刃から庇った?」
長い沈黙の後、震える声で尋ねたレオンの科白で私も理解した。
レオンの前世の死因は、父親が振りかざした刃から同い年くらいの女の子を庇ってのものだ。
前世のレオンに酷似したこの幼女こそ、彼が命と引き換えに庇った女の子の生まれ変わりなのだ。
「ええ、そうです。今はリリアーナ・モーパッサンです」
「モーパッサン伯爵が一年前に引き取った娘ね?」
「え、ええ、そうです」
今までレオンにしか注意を向けていなかったのだろう。私が声を発した事でリリアーナはようやく傍にいる私に気づいたようだ。
リリアーナはジョゼフィーヌと同じでメイドを母に持つ庶子だ。彼女の母親のメイドが一年前に亡くなったため伯爵が引き取ったのだ。
ブルノンヴィル辺境伯領の南にあるのがボワデフル子爵領、東がモーパッサン伯爵領だ。
隣の領地なので何かと噂が聞こえてくるのだ。リリアーナの事もそれで知った。
転生者である事までは知られていないのは、私やアンディと違って肉体と精神の年齢にさほど隔たりがないせいで周囲が気づいていないからか、彼女自身も周囲にわざわざ吹聴していないからだろう。
「でも、よく僕が分かったね。前世とはまるで違う姿だのに」
レオンの言う通りだ。アンディと違ってレオンも私も前世とはまるで違う姿だ。普通は分からない。
「分かりますよ。貴方なら」
リリアーナは自信に満ちた笑顔で言い切った。
「前世の事なら気にしなくていいよ。僕が勝手にやった事だから」
常に私がレオンに言い続けている言葉を今度は彼が遣った。
「……でも、貴方の死は無意味だったんです」
「どういう事だ?」
何とも悲しそうに言うリリアーナにレオンは首を傾げた。
「……前世の私は生まれつき心臓が悪かったんです。今も生きているのが奇跡だと医者にずっと言われていました。命と引き換えに貴方は私を庇ってくれたけど、あの後、令和になった日、五歳の誕生日に、わたしは心臓発作で死にました。……貴方がわたしを助けた意味なんかなかったのに」
前世のリリアーナは玲音と同じ令和になった日、五歳の誕生日に亡くなったのだ。
「僕が勝手にやった事だ」
レオンは同じ言葉を繰り返した。
「だから、君が気にする事は何もないんだよ。たとえ、あの後、君が死ぬ運命だとしても」
リリアーナの罪悪感や負い目は、ただ玲音が自分を庇って死んだというだけでなく、その後、自分も死んだからだ。玲音が庇わなくても死が確定していたのなら、彼が命と引き換えにしてまで自分を庇った意味などなかったのだと彼女は思っているのだろう。
「……わたしを責めないんですね」
「君は何も悪くない。むしろ、申し訳なく思う。僕があそこにいたから、あいつはやってきた。そのせいで傷ついた人や君のように怖い思いをした人がでてしまった。責められるのは、僕のほうだよ」
「貴方こそ何も悪くない。全部、あの男のせいでしょう? どうか自分を責めないでください」
「どっちにしろ、異世界に生まれ変わったのだから、前世での事は気にしなくていいんじゃない?」
部外者ではあるが私は思わず口を挟んでしまった。このままでは二人が「貴方は悪くない」「君は悪くない」という言い合いになりそうだったからだ。
「……失礼しました。ジョゼフィーヌ様」
「部外者なんだから口を挟まないでよ!」と言われるかと思ったのだが、意外にもリリアーナは私に向かって頭を下げてきた。
ここで主催しているのは私の五歳の誕生日会で当然主役は私だ。まして、私は国王と寵姫である辺境伯の孫娘。言っては何だが、今生では伯爵令嬢のリリアーナよりは格上だ。傍にいる私を無視してレオンとばかり話していた事が充分不敬になると彼女にも分かったのだ。父親の伯爵に引き取られて一年だが、充分、貴族社会について学び理解しているようだ。
「思いがけず前世の命の恩人に会えたんだもの。周囲に気が回らないのは仕方ないわ。でも、今度から気をつけてね。私みたいに気にしない人ばかりじゃないから」
「……はい。ありがとうございます」
リリアーナは再び頭を下げた。
彼女がその容姿でなければ目に留まらなかっただろう。
幼いながら整い過ぎた造作は人間というよりは人形めいて見える。
そして、その容姿は、前世のレオン、藤城玲音に酷似したものだ。
彼女は本当に女の子で、玲音と同じ黒髪でも瞳は黒だった彼と違い暗褐色だったが。
玲音のように虚無的ではなかったが、ひどく大人びた目をしていた。今の私の肉体と同年齢に見えるのに。
彼女も肉体と精神の年齢が大きく隔たった転生者なのか、ジュール王子のように大人びたお子様なのか。
私の誕生日会に参加するため王都からブルノンヴィル辺境伯領に来たレオンも私の隣で驚いた顔をしている。当然だろう。前世の自分に酷似した容姿の幼女を見つけたのだから。
私の誕生日会の会場である大広間の片隅で彼女は一人で佇み、なぜかずっと人に囲まれているお祖母様を目で追っている。老若男女問わず美しいお祖母様は憧憬の対象だが、彼女の目はそういうものとはまるで違う。何とも思い詰めたものなのだ。
私とレオンが、がん見しているのに気づいたのか、彼女はこちらを振り返った。
私と目が合ったのは一瞬だったが、なぜかレオンを見てハッとした顔になった。そして、慌てた様子でレオンに駆け寄って来た。
驚く私とレオンに構わず、彼女はレオンの前に立ち止まると苦渋に満ちた顔で思ってもいなかった事を言いだした。
「今生で貴方に会えたら謝りたかった。わたしのせいで貴方を死なせて、ごめんなさい」
私とレオンは彼女が何を言っているのか、すぐには理解できなかった。
「……君、まさか、あの時の女の子なのか? 僕が父の刃から庇った?」
長い沈黙の後、震える声で尋ねたレオンの科白で私も理解した。
レオンの前世の死因は、父親が振りかざした刃から同い年くらいの女の子を庇ってのものだ。
前世のレオンに酷似したこの幼女こそ、彼が命と引き換えに庇った女の子の生まれ変わりなのだ。
「ええ、そうです。今はリリアーナ・モーパッサンです」
「モーパッサン伯爵が一年前に引き取った娘ね?」
「え、ええ、そうです」
今までレオンにしか注意を向けていなかったのだろう。私が声を発した事でリリアーナはようやく傍にいる私に気づいたようだ。
リリアーナはジョゼフィーヌと同じでメイドを母に持つ庶子だ。彼女の母親のメイドが一年前に亡くなったため伯爵が引き取ったのだ。
ブルノンヴィル辺境伯領の南にあるのがボワデフル子爵領、東がモーパッサン伯爵領だ。
隣の領地なので何かと噂が聞こえてくるのだ。リリアーナの事もそれで知った。
転生者である事までは知られていないのは、私やアンディと違って肉体と精神の年齢にさほど隔たりがないせいで周囲が気づいていないからか、彼女自身も周囲にわざわざ吹聴していないからだろう。
「でも、よく僕が分かったね。前世とはまるで違う姿だのに」
レオンの言う通りだ。アンディと違ってレオンも私も前世とはまるで違う姿だ。普通は分からない。
「分かりますよ。貴方なら」
リリアーナは自信に満ちた笑顔で言い切った。
「前世の事なら気にしなくていいよ。僕が勝手にやった事だから」
常に私がレオンに言い続けている言葉を今度は彼が遣った。
「……でも、貴方の死は無意味だったんです」
「どういう事だ?」
何とも悲しそうに言うリリアーナにレオンは首を傾げた。
「……前世の私は生まれつき心臓が悪かったんです。今も生きているのが奇跡だと医者にずっと言われていました。命と引き換えに貴方は私を庇ってくれたけど、あの後、令和になった日、五歳の誕生日に、わたしは心臓発作で死にました。……貴方がわたしを助けた意味なんかなかったのに」
前世のリリアーナは玲音と同じ令和になった日、五歳の誕生日に亡くなったのだ。
「僕が勝手にやった事だ」
レオンは同じ言葉を繰り返した。
「だから、君が気にする事は何もないんだよ。たとえ、あの後、君が死ぬ運命だとしても」
リリアーナの罪悪感や負い目は、ただ玲音が自分を庇って死んだというだけでなく、その後、自分も死んだからだ。玲音が庇わなくても死が確定していたのなら、彼が命と引き換えにしてまで自分を庇った意味などなかったのだと彼女は思っているのだろう。
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「貴方こそ何も悪くない。全部、あの男のせいでしょう? どうか自分を責めないでください」
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部外者ではあるが私は思わず口を挟んでしまった。このままでは二人が「貴方は悪くない」「君は悪くない」という言い合いになりそうだったからだ。
「……失礼しました。ジョゼフィーヌ様」
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「思いがけず前世の命の恩人に会えたんだもの。周囲に気が回らないのは仕方ないわ。でも、今度から気をつけてね。私みたいに気にしない人ばかりじゃないから」
「……はい。ありがとうございます」
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