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第一部 ジョセフ

67 余計な事しないでね

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「……あの、お嬢様」

 話も終わったと帰り支度を始めた私に、ロザリーがためらいがちに声をかけてきた。

「何?」

「……この顔は、お嬢様にとって何ですか?」

 まさかロザリーからこんな事を訊かれるとは思わなかった私は、すぐに答えられなかった。

「お嬢様がここにいらして初めて私の変わった顔を見た時の表情ですが、ただ私の顔が変わったという驚きにしては妙だと思ったのです」

 ロザリーはウジェーヌのような天才ではないが充分聡明で有能な侍女だ。他人の心の機微に聡い。

「この顔はウジェーヌ様の大切な方、前世のジョセフィン妃の顔ですね。そして、お嬢様もそれをご存知なのですね」

 今までの会話でロザリーもそれが分かったのだ。

 ロザリーの今の言葉に普段無表情なアルマンも素直に驚いている。

「お嬢様にとって、この顔は、ただ敬愛する祖母ジョセフィン妃の前世の顔というだけではないのでしょう? だからこそ、それだけジョセフに怒っている。違いますか?」

 ロザリーの口調は疑問形だが表情は明らかに確信しているものだった。

「……答える気はないわ」

 私のジョセフへの怒りは誰にも理解できないだろうし……私の懊悩を知ればロザリーが苦しむだろうから。

「ジョゼの前世の顔でもある。前世では曾祖母と曾孫だったから、そっくりなんだ」

「話す義理があるのか?」などと言っていたくせに、なぜ今になってばらすんだ?

「ウジェーヌ!」

 私はウジェーヌを睨みつけた。この反応こそが彼の言葉を肯定しているというのに。

「……それならば、お嬢様がジョセフに怒った理由が分からなくもないです」

 ロザリーは強張った顔で言った。

「……誰にも理解できないわ。私が感じるおぞましさや怒りなど」

 前世の私の顔に整形したとはいえロザリーは今生の私の母親で、その彼女に言い寄って来たのは今生の私の父親だ。

 今生の私の両親なのだ。二人が肉体関係を持とうと私が怒る理由などないはずなのに。

 けれど、どうしても駄目だった。

 ロザリーが今現在、前世の私の顔で、その彼女をよりによって今生の父親が情欲の対象として見ている。

 まるで「私」が実の父親にそう見られたようで、おぞましくて耐えらない。

 今の私は相原祥子ではなくジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルだのに、もう前世の私には戻れないのに。

 どうしても嫌悪感が拭えないのだ。

「……私のせいですね。私が、この顔になったから」

「いいえ。あなたがウジェーヌの元に行けば、そうなると分かっていて行かせたのは私よ。あなたのせいじゃない」

 ロザリーを慰めるために言ったのではない。事実だからだ。

「ジョセフへの怒りがおさまらないのなら私がジョセフを殺します。だから、お嬢様は、もうあんなクズに係わるのは、おやめください」

「誤解しないで、ロザリー。私は、お父様を殺したい訳じゃない。だって、あっさり殺してやるなど生温いもの」

 私は死んで異世界に生まれ変わった記憶を持つ転生者だ。死は最大の苦痛ではない事を誰よりも熟知している。

「それにね、私は前世で数えきれないくらい人を殺したわ。今更、この手が汚れようと人としての最大の禁忌を犯そうとためらわないわ」

 ロザリーはわたしが親殺しという人としての最大の禁忌を犯すと思ったから「ジョセフを殺す」などと言い出したのだろうが、今更なのだ。

 前世を抜きにしても、辺境伯となった以上、戦争が起こった時、真っ先に敵と戦わなければならない。直接手を下さなくても部下に敵を殺せと指示をするのなら同じ事だ。

「私が直接、お父様に『ざまぁ』しなければ、この怒りはおさまらないわ。だから、余計な事しないでね、ロザリー」

 釘を刺しておく。

 ロザリーには、お父様への「ざまぁ」に係わらせる気はない。

 ロザリーを生物学上だけの母親と思えなくなったというのもあるが、彼女では戦力にならないからだ。

 人質に取られたりジョセフの毒牙にかかってしまったら目も当てられない。

 とにかくロザリーには余計な事などせず、おとなしくしていてほしい。















 









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