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第一部 ジョセフ

66 彼が「ざまぁ」に協力する

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 いつまでも玄関先で話すのも何だからと新たに加わったアルマンと共に居間に戻った。

 紅茶を淹れ直そうとするロザリーをウジェーヌが止めた。

「紅茶はいい。これから、お前にも関係のある話を始めるから座っていろ」

 ロザリーは素直にウジェーヌの隣に座った。

 テーブルを挟んだ向かいのソファに私とアンディと共に座ったアルマンは、じっとロザリーを見つめていた。

「……君、ロザリーなのか?」

 アルマンは意を決した様子で尋ねてきた。

「ジョゼフィーヌ様を産んだロザリー・リエールなのか?」

 ブルノンヴィル辺境伯家の関係者であれば、ジョゼフィーヌの母親がロザリー・リエールなのを知らない人間はいないのだ。

「……なぜ、そう思うのですか?」

 ロザリーの疑問は尤もだ。

 ロザリーがジョセフに自分がジョゼフィーヌを産んだロザリー・リエールだと告げたのは、アルマンが来る前だ。普通に考えれば、これだけ顔が変わった女を自分が知るロザリーだと思うはずがないのだ。

「耳と手の形がジョゼフィーヌ様と同じだ。それに声は変わってない」

 アルマンは顔ばかりでなく細かい部位まで見て、その人物かどうか判断してるようだ。

「普通なら顔を変えられるなどありえないと断言するが、ウジェーヌ様ならばできるのだろう?」

 息子アンディが前世から付き合っているウジェーヌが科学や医学の天才である事をアルマンも知っている。彼なら顔を変えるのも朝飯前だと考えたのだろう。

「こんな事、言い触らす気はありませんよ。興味ないので」

 今年四十になっても美貌が衰えるどころか、お祖父様やお祖母様同様、人生経験に磨かれ美しさが増してさえいるアルマンが美容整形に興味ないのは当然だろう。

「ありがたいね」

 顔の整形が可能だと知られれば、現在の顔に悩みを持つ人間がウジェーヌを頼って押しかけてくるだろう。「祥子」の頼み以外、自分の興味のない事柄には指一本動かしたくないウジェーヌは、そんな人間達を一蹴するのは容易に想像がつく。

 けれど、中には強引な手段で彼に言う事を聞かせようとする人間も出てくるだろうからアルマンの「言い触らす気はない」という言葉はウジェーヌにとって確かに「ありがたい」ものだろう。

 ジョセフにも知られてしまったが常に上から目線な言動の彼と親しく付き合っている人間はさしていないので言い触らす相手もいないだろうし、そんな彼の言う事を信じる人間がいるとも思えないので彼から知れ渡るという事態にはならないだろう。

「そんな事より、あの調子では、あいつ、また来る気がする」

 ウジェーヌが話そうとしていた事は、これだろう。

 ウジェーヌの言葉を否定できない。あれだけロザリーが言ってもアルマンが眠らせるまで「妻か愛人にするんだ!」駄々をこねていたのだ。

 ロザリーだと分かっても、それだけ、が気に入ったのか?

 前世の私の顔を――。

 ……何とも複雑な気分だ。

「申し訳ありませんが、『何としてもジョセフ様がここに来るのを止めます』とは断言できません」

 アルマンは家令だ。ジョセフのお守りだけが仕事ではないので彼をいつも監視などできやしない。

「私は頭脳以外は役立たずと言われた人間だ。事実、腕っぷしのほうは、からっきしだしな。私だけではロザリーを守りきれる自信がない」

「今生も体を鍛えなかったのですか?」

「一応、健康維持のため軽い運動はしている。けれど、武術だけは前世でも今生でも苦手だ」

 呆れを隠さないアンディに、ウジェーヌは何でもない顔で言い返した。

「前世でも今生でも狙われる立場だのに、自分の身を守れないのなら意味がないでしょう」

 アンディの心配は杞憂ではない。ウジェーヌの天才的な頭脳と知識を狙う人間は多いのだ。

「強い護衛を雇うから心配いらない。自分を鍛えるより、そのほうが楽だし安全だ」

 ウジェーヌは、その才覚でいくらでも金を稼げるのだ。確かに、何人も強い護衛を雇えるだろう。

「なら、ロザリーは大丈夫ね」

 安堵する私にウジェーヌは意外な事を言いだした。

「そうなんだが、私は、しばらくここを引き払って君の所に厄介になりたい。勿論、ロザリーも一緒に」

「ウジェーヌ?」

「ウジェーヌ様?」

 ロザリーと私の声が重なった。

 名前こそ呼ばなかったが、アルマンとアンディも怪訝そうにウジェーヌを見ていた。

 この場にいる人間全員の視線を集めたウジェーヌは困惑するでも照れるでもなく平然としている。

「私もジョセフにむかついたんだ。君が何かするのなら協力する」

 確かに「お前の望む全てを打ち砕いてやりたくなった」とは言っていたが。

「どうして私に協力してくれるの? あなたなら一人でもジョセフに『ざまぁ』できるでしょう?」

 その才覚で稼げるだろう莫大な資金と天才的な頭脳、そして、「祥子」以外の人間になら、どんな非情な真似もできる冷酷で酷薄な心。

 そんな彼なら一人でもジョセフに「ざまぁ」できるはずだ。

 勿論、彼に先にそうされては困るのだけれど、私に協力してくれるその理由が気になった。

「ジョセフが今生の娘である君を見下しているからだ。私がするより君がしたほうがよりショックが大きいだろう。それに、彼女に君とロザリーの事を頼まれたし」

「なるほど」

 ウジェーヌの言葉に私は納得したがロザリーが渋面になった。

「ウジェーヌ様、お嬢様をそそのかすのは、おやめください」

「唆すも何も、私が言うまでもなくジョゼはやる気だぞ」

「ジョゼフィーヌ」より「ジョゼ」のほうが言いやすいからとウジェーヌも私を「ジョゼ」と呼ぶ。

「遠くにいて気をもむより傍にいて力を貸したほうがいいだろう?」

「……それは」

 現在愛する男性ウジェーヌだけでなくわたしの傍にもいられる。それにロザリーは心動かされているようだ。

「あなた達を傍に置くのは構わないけど、仕事はいいの?」

 普段は家に引きこもって興味のある事柄を研究しているウジェーヌだが生きていくために仕事もしている。今生で私と出会ったレオンの誕生日会も仕事相手に会うために参加していたのだ。

 仕事するには、国の中心となる王都にいるほうが都合がいいのではないだろうか?

 私は主にブルノンヴィル辺境伯領にいる。その私の傍にいるのなら列車で一日かかる王都とブルノンヴィル辺境伯領との行き来は大変になるだろう。

 この世界にはまだパソコンやスマホがない。どこにいても仕事ができる環境ではないのだ。

「仕事なら、どこでもできる」

 ウジェーヌが王都にいなくても取引相手のほうが彼の元に来てくれるのだろう。わざわざ遠方でも足を運ばせるほどの才覚を周囲に認めさせているのだ。
























 
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