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第一部 ジョセフ
65 ありがとう
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「ジョセフ様に何をするつもりなのですか?」
そっと尋ねてきたのはアルマンだった。
「私を止める?」
私はアルマンの質問に質問で返した。彼の今の質問に答える気はないのだ。
「アンディの今生の父親というのを抜きにしても、私は人として、あなたを好ましく思っているわ。それでも、私の邪魔をするのなら容赦はしない。覚悟しておきなさい」
親しい人間だろうと敵に回れば容赦せず叩き潰してきた。だから、前世で生き残る事ができたのだ。
「いいえ。確かに、ジョセフ様は主のお一人ですが、ブルノンヴィル辺境伯家の家令である私が最も優先すべきなのは、ブルノンヴィル辺境伯となった貴女だ。だから、ジョセフ様と貴女なら貴女に付きます」
アルマンの言っている事は尤もだが。
「私の邪魔にさえならなければいいわ」
アルマンに「お父様に『ざまぁ』するのに力を貸せ」と強要する気はない。ジョセフもまた彼にとって主の一人だ。私とジョセフの間で苦しませるのは申し訳ない。
まして、私がジョセフに「ざまぁ」したい理由は、まともな人間であるアルマンには理解できないだろう。
だから、邪魔をせず傍観してくれればいい。
「……なぜ、お嬢様は、そんなに怒っていらっしゃるのですか?」
ためらいがちに尋ねてきたのはロザリーだ。
「言っても理解できないわ」
暗に「言う気はない」と告げる私に、ロザリーは「まさか」という顔になった。
「……お嬢様が怒っていらっしゃるのは、あの程度の感情でジョセフが自分を虐待していたからですか?」
今までは「ジョセフ様」だったのに、もう敬称をつける気もなくなったようだ。あんなやり取りをしたのだから無理もないけど。
「虐待してくれた『お礼』はしたから、それはもうどうでもいいわ」
どんな事情や感情だろうと虐待していい理由にはならない。少なくとも私は許容できない。だから、七年前に仕返しをさせてもらった。
「だったら、あんなクズなど放っておきましょう。お嬢様が何かをする価値などないでしょう?」
ロザリーの言う通り、放っておくべきだったのに――。
「ええ。私の怒りは見当違いで、それを晴らすために、この先の人生を懸けるのは間違っている。分かっているわ」
それでも、やらなければ我慢できない。
この先の人生を心安らかに歩む事ができない。
「それより、ありがとうね」
「お嬢様?」
突然の話題の転換、しかも、それがお礼だったからか、ロザリーは困惑している。
「娘のためにジョセフに怒ったのでしょう? あの程度の嫌悪感で娘を虐待していたのが許せなかったから」
「……私のためです。お嬢様のためではありません」
この世で一番嫌いだと公言していたくせに、顔が綺麗になったくらいで妻や愛人にできる。その程度の嫌悪感で自分の娘を虐待していた。
それを許せないと思ったのは、ロザリーの感情だ。
確かに、私は関係ないのかもしれない。
「それでも、ありがとう」
これだけ大切に想われれば、やはり心は動く。
私はウジェーヌや《バーサーカー》と違って充分人間の心を持っているのだ。
もう私にとってロザリーは「今生の生物学上の母親」というだけではなくなった。
けれど、それを彼女に告げるつもりはない。
ロザリーや周囲が何と言おうと、私は本当の意味で彼女の娘ではないからだ。
確かに、私が今生で生きるこの体はロザリーが産んだものだ。
けれど、人格は、この体で本来生きるべきジョゼフィーヌではない。
本当の意味で「私」はロザリーの娘ではないのだ。
この体に宿る魂が同じで今生の記憶もあるのなら、前世の人格も変わらず「私の大切なお嬢様」だとロザリーは断言した。
ロザリーの言う事は間違いではない。頭では分かっている。
けれど、心が、どうしても今生の人格と前世の人格を同一に思えないのだ。
だから、私はロザリーを母とは呼ばない。
……呼べないのだ。
そっと尋ねてきたのはアルマンだった。
「私を止める?」
私はアルマンの質問に質問で返した。彼の今の質問に答える気はないのだ。
「アンディの今生の父親というのを抜きにしても、私は人として、あなたを好ましく思っているわ。それでも、私の邪魔をするのなら容赦はしない。覚悟しておきなさい」
親しい人間だろうと敵に回れば容赦せず叩き潰してきた。だから、前世で生き残る事ができたのだ。
「いいえ。確かに、ジョセフ様は主のお一人ですが、ブルノンヴィル辺境伯家の家令である私が最も優先すべきなのは、ブルノンヴィル辺境伯となった貴女だ。だから、ジョセフ様と貴女なら貴女に付きます」
アルマンの言っている事は尤もだが。
「私の邪魔にさえならなければいいわ」
アルマンに「お父様に『ざまぁ』するのに力を貸せ」と強要する気はない。ジョセフもまた彼にとって主の一人だ。私とジョセフの間で苦しませるのは申し訳ない。
まして、私がジョセフに「ざまぁ」したい理由は、まともな人間であるアルマンには理解できないだろう。
だから、邪魔をせず傍観してくれればいい。
「……なぜ、お嬢様は、そんなに怒っていらっしゃるのですか?」
ためらいがちに尋ねてきたのはロザリーだ。
「言っても理解できないわ」
暗に「言う気はない」と告げる私に、ロザリーは「まさか」という顔になった。
「……お嬢様が怒っていらっしゃるのは、あの程度の感情でジョセフが自分を虐待していたからですか?」
今までは「ジョセフ様」だったのに、もう敬称をつける気もなくなったようだ。あんなやり取りをしたのだから無理もないけど。
「虐待してくれた『お礼』はしたから、それはもうどうでもいいわ」
どんな事情や感情だろうと虐待していい理由にはならない。少なくとも私は許容できない。だから、七年前に仕返しをさせてもらった。
「だったら、あんなクズなど放っておきましょう。お嬢様が何かをする価値などないでしょう?」
ロザリーの言う通り、放っておくべきだったのに――。
「ええ。私の怒りは見当違いで、それを晴らすために、この先の人生を懸けるのは間違っている。分かっているわ」
それでも、やらなければ我慢できない。
この先の人生を心安らかに歩む事ができない。
「それより、ありがとうね」
「お嬢様?」
突然の話題の転換、しかも、それがお礼だったからか、ロザリーは困惑している。
「娘のためにジョセフに怒ったのでしょう? あの程度の嫌悪感で娘を虐待していたのが許せなかったから」
「……私のためです。お嬢様のためではありません」
この世で一番嫌いだと公言していたくせに、顔が綺麗になったくらいで妻や愛人にできる。その程度の嫌悪感で自分の娘を虐待していた。
それを許せないと思ったのは、ロザリーの感情だ。
確かに、私は関係ないのかもしれない。
「それでも、ありがとう」
これだけ大切に想われれば、やはり心は動く。
私はウジェーヌや《バーサーカー》と違って充分人間の心を持っているのだ。
もう私にとってロザリーは「今生の生物学上の母親」というだけではなくなった。
けれど、それを彼女に告げるつもりはない。
ロザリーや周囲が何と言おうと、私は本当の意味で彼女の娘ではないからだ。
確かに、私が今生で生きるこの体はロザリーが産んだものだ。
けれど、人格は、この体で本来生きるべきジョゼフィーヌではない。
本当の意味で「私」はロザリーの娘ではないのだ。
この体に宿る魂が同じで今生の記憶もあるのなら、前世の人格も変わらず「私の大切なお嬢様」だとロザリーは断言した。
ロザリーの言う事は間違いではない。頭では分かっている。
けれど、心が、どうしても今生の人格と前世の人格を同一に思えないのだ。
だから、私はロザリーを母とは呼ばない。
……呼べないのだ。
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