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第一部 ジョセフ
55 新たなるブルノンヴィル辺境伯
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お祖母様とお祖父様がが亡くなって一ヶ月。
お祖母様の葬儀などで、ずっとブルノンヴィル辺境伯領で忙しく働いていたアルマンが王都に帰るので、彼を見送るためにエントラスンホールには、私とアンディ、使用人達が勢揃いしていた。
そんな時に、事前の連絡もなくジョセフがやって来た。
私に言わせれば「今更来たの?」としか思えなかったけれど。
それは、アンディやアルマン、ブルノンヴィル辺境伯領の領主館で働いている使用人達も同じらしく、館に足を踏み入れたジョセフに向ける彼らの目は主家の人間に対してとは思えないほど冷たいものだった。
彼らのそんな眼差しにも気づかないのか、ジョセフは相変わらず偉そうだ。
お祖母様の死がショックで、ずっと部屋に引きこもっていたと聞いた。
そのせいかジョセフは少しだけやつれているように見えたが、お祖母様に酷似したその美貌は少しも損なわれていない。むしろ憂いが帯びたその様さえ麗しく誰もが目を奪われるだろう。彼の中身さえ知らなければだが。
唯一の取り柄なのだから、その美貌が損なわれなかったのはよかっただろう。
「お祖母の葬儀はとっくに終わりました。今更何しにいらしたのですか? お父様」
「決まっている」
誰もが聞き惚れるだろう音楽的な声で、いつも通りジョゼフィーヌには見下す視線を向けて、ジョセフは宣った。
「母上が亡くなられた今、私がブルノンヴィル辺境伯だ」
常識的に考えればそうだ。
お祖父様の妾妃であり、前ブルノンヴィル辺境伯でもあるお祖母様が産んだ子供は、息子一人。
現在国王となったジョセフの異母兄フィリップと王位争いをしないために彼は王子としてではなくブルノンヴィル辺境伯の後継者として育てられた。
けれど、ジョセフはブルノンヴィル辺境伯の後継者として相応しくなかった。
お祖母様が息子ではなく孫娘をこそ後継者にしたいと思わせるほど――。
「今までは母上の温情で何不自由ない生活ができたが私がこの家を継いだ以上、そんな事は許さない。お前もお前の母親も出て行け!」
最後は叫んだジョセフに、私だけでなくロザリーも呆れた視線を向けた。
こいつは何一つ分かってない。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は、あなたではありませんよ。お父様」
発言者である私とジョセフ以外のこの場にいる人間全員が頷いた。
「何?」
ジョセフは柳眉をひそめた。
「この一月、部屋にこもってばかりで貴族の義務である社交を怠っていたから、ご存知ないのですね」
普通は、ジョセフの異母兄、国王となったフィリップが伝えるべきだが彼は即位したばかりで忙しい。何より、彼もまた息子同様、異母弟に何の関心もない。わざわざ引きこもっている異母弟に伝達の使者を寄こしたり、まして自ら伝えに行く親切心など欠片も持ち合わせてなどいないのだ。
それでも、主が部屋に引きこもっていても貴族に仕える使用人の間で噂話は広まるはずだ。心ある使用人なら主に教えるはずだが、クズな主に、わざわざそうする者はいなかったらしい。
アルマンが普段通り、王都の館にいれば教えてあげていただろう。彼は息子と違って主がどんなクズでも誠心誠意仕える人間だ。
けれど、アルマンは、この一ヶ月、ブルノンヴィル辺境伯領にいて、お祖母様の葬儀などで忙しく働いていた。いくら家令として充分優秀でも引きこもっていたクズな主の事まで考える余裕などなかっただろう。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は私ですよ。お父様」
私は、お父様にとって衝撃的な言葉をさらりと吐き出した。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
ジョセフが信じられない気持ちは分かる。
ラルボーシャン王国の成人年齢は十八歳。
結婚している女性であれば、この国の女性の結婚可能年齢である十六からでも成人と見なされるが。
慣例で前当主が死亡し後継者が成人前なら、それまでの中継ぎとして親戚だったり国王に選ばれた人間がその家の当主となる。
私の精神はともかく肉体は九歳だ。
そして、嫡出子でもない。
そんな私がブルノンヴィル辺境伯になれるはずがない。普通なら。
けれど、何事も例外はあるものだ。
お祖母様の葬儀などで、ずっとブルノンヴィル辺境伯領で忙しく働いていたアルマンが王都に帰るので、彼を見送るためにエントラスンホールには、私とアンディ、使用人達が勢揃いしていた。
そんな時に、事前の連絡もなくジョセフがやって来た。
私に言わせれば「今更来たの?」としか思えなかったけれど。
それは、アンディやアルマン、ブルノンヴィル辺境伯領の領主館で働いている使用人達も同じらしく、館に足を踏み入れたジョセフに向ける彼らの目は主家の人間に対してとは思えないほど冷たいものだった。
彼らのそんな眼差しにも気づかないのか、ジョセフは相変わらず偉そうだ。
お祖母様の死がショックで、ずっと部屋に引きこもっていたと聞いた。
そのせいかジョセフは少しだけやつれているように見えたが、お祖母様に酷似したその美貌は少しも損なわれていない。むしろ憂いが帯びたその様さえ麗しく誰もが目を奪われるだろう。彼の中身さえ知らなければだが。
唯一の取り柄なのだから、その美貌が損なわれなかったのはよかっただろう。
「お祖母の葬儀はとっくに終わりました。今更何しにいらしたのですか? お父様」
「決まっている」
誰もが聞き惚れるだろう音楽的な声で、いつも通りジョゼフィーヌには見下す視線を向けて、ジョセフは宣った。
「母上が亡くなられた今、私がブルノンヴィル辺境伯だ」
常識的に考えればそうだ。
お祖父様の妾妃であり、前ブルノンヴィル辺境伯でもあるお祖母様が産んだ子供は、息子一人。
現在国王となったジョセフの異母兄フィリップと王位争いをしないために彼は王子としてではなくブルノンヴィル辺境伯の後継者として育てられた。
けれど、ジョセフはブルノンヴィル辺境伯の後継者として相応しくなかった。
お祖母様が息子ではなく孫娘をこそ後継者にしたいと思わせるほど――。
「今までは母上の温情で何不自由ない生活ができたが私がこの家を継いだ以上、そんな事は許さない。お前もお前の母親も出て行け!」
最後は叫んだジョセフに、私だけでなくロザリーも呆れた視線を向けた。
こいつは何一つ分かってない。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は、あなたではありませんよ。お父様」
発言者である私とジョセフ以外のこの場にいる人間全員が頷いた。
「何?」
ジョセフは柳眉をひそめた。
「この一月、部屋にこもってばかりで貴族の義務である社交を怠っていたから、ご存知ないのですね」
普通は、ジョセフの異母兄、国王となったフィリップが伝えるべきだが彼は即位したばかりで忙しい。何より、彼もまた息子同様、異母弟に何の関心もない。わざわざ引きこもっている異母弟に伝達の使者を寄こしたり、まして自ら伝えに行く親切心など欠片も持ち合わせてなどいないのだ。
それでも、主が部屋に引きこもっていても貴族に仕える使用人の間で噂話は広まるはずだ。心ある使用人なら主に教えるはずだが、クズな主に、わざわざそうする者はいなかったらしい。
アルマンが普段通り、王都の館にいれば教えてあげていただろう。彼は息子と違って主がどんなクズでも誠心誠意仕える人間だ。
けれど、アルマンは、この一ヶ月、ブルノンヴィル辺境伯領にいて、お祖母様の葬儀などで忙しく働いていた。いくら家令として充分優秀でも引きこもっていたクズな主の事まで考える余裕などなかっただろう。
「新たなブルノンヴィル辺境伯は私ですよ。お父様」
私は、お父様にとって衝撃的な言葉をさらりと吐き出した。
「何を馬鹿な事を言っているんだ!」
ジョセフが信じられない気持ちは分かる。
ラルボーシャン王国の成人年齢は十八歳。
結婚している女性であれば、この国の女性の結婚可能年齢である十六からでも成人と見なされるが。
慣例で前当主が死亡し後継者が成人前なら、それまでの中継ぎとして親戚だったり国王に選ばれた人間がその家の当主となる。
私の精神はともかく肉体は九歳だ。
そして、嫡出子でもない。
そんな私がブルノンヴィル辺境伯になれるはずがない。普通なら。
けれど、何事も例外はあるものだ。
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