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第一部 ジョセフ
53 彼にとっての正義
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フランソワ王子に私が一方的に「いずれ絶対に破談に持ち込んでみせる」と宣言したところで即、婚約解消などできやしない。王家から持ち込まれた婚約なのだから。
私の意思だけでは、どうにもできない。
非公式ながら、私、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルがフランソワ王子の婚約者のまま五年経った。
九歳の誕生日に、私は悲しい別れを経験する事になる。
――お祖母様とお祖父様が亡くなったのだ。
国中で疫病が起こった。
お祖父様とお祖母様は、それに罹ってしまったのだ。
前世では《マッドサイエンティスト》のコードネームを持っていたウジェーヌ・アルヴィエは、科学者であり医師でもあった。しかも天才と呼ばれたほどの。
今生でも、その記憶と知識を持つウジェーヌは疫病に効く薬を開発していた。その薬が完成する前に、お祖父様とお祖母様は亡くなってしまったが彼の薬のお陰で疫病はおさまったのだ。
とはいっても、表に出る事を嫌ったウジェーヌは、その薬を作ったのが自分だという事はひた隠しにし、それを知る私とアンディにも固く口止めした。
前世の世界よりも文明が遅れているこの世界では、彼の持つ知識は前世よりもさらに危険だ。犯罪組織に利用されたら、どうなるか分からない。ウジェーヌも、それが分かっているから自らの存在を隠しているのだ。
教会の鐘が鳴る。
ブルノンヴィル辺境伯領で最も大きな教会で国王の妾妃でありブルノンヴィル辺境伯ジョセフィン・ブルノンヴィルの葬儀が行われていた。
私とアンディ、ウジェーヌは人気のない教会の庭の隅で喪服で佇んでいた。
「……お祖母様を助けられなくて残念だったわね」
私はウジェーヌを見上げた。
アンディ同様、今年で十九になるウジェーヌは、華奢な美少年から均整の取れた長身の美青年になっていた。
「君ほど悲しんではいない。彼女は祥子だけど祥子じゃないからな」
ウジェーヌの言う「祥子」は、無論、前世の私、相原祥子ではない。前世の彼の双子の姉、《エンプレス》こと武東祥子、前世のお祖母様だ。
アンディは、お祖母様の事を「前世と姿は違っても前世の記憶がなくても魂の核ともいえる部分が同じなら敬愛する主だ」と言ったが、ウジェーヌは違うようだ。
いくら同じ魂の持ち主でも前世の記憶もなく容姿も違えば、ウジェーヌにとって、それはもう「祥子」ではない。
それでも、お祖母様、ジョセフィン・ブルノンヴィルが「祥子」と同じ魂と似たような人格を持っていたから気にかけてはいたのだ。
だからこそ、お祖母様には間に合わなかった疫病を治す薬を人々にほどこした。彼女が望んだからだ。
「心配しなくても祥子の魂を持つ彼女がこの世界からいなくなっても自殺などしない。だったら、前世で祥子が死んだ時そうしている」
確かに、前世のウジェーヌ、《マッドサイエンティスト》こと武東吉彦は、最愛の双子の姉、祥子こと《エンプレス》が亡くなっても前世の私に殺される九十三まで生きていた。
「自殺は祥子が最も嫌う事だからな」
だから、前世で「祥子」の後を追って死のうとはしなかったのか。
「『祥子』でなくても祥子の魂を持つジョセフィンに出会えた。いつかまた祥子の魂を持つ人間に出会えると希望を持っているんだ。その時に、『祥子』に胸を張って会うために自殺などできやしない」
私はようやく、今生ではウジェーヌ・アルヴィエ、前世では《マッドサイエンティスト》こと武東吉彦、彼という人間を理解できた気がした。
彼にとって《エンプレス》こと武東祥子は、ただ唯一無二の大切な存在というだけでなく彼の思想の核なのだ。
彼にとっての正義は、自らの思想でも法律でもなく「祥子の思想」なのだ。
それは、あまりにも危険だ。唯一の人間の思想で善悪を判断するなど。特に、彼のような天才科学者の知識を持つ人間にとっては。
けれど、幸いな事に、《エンプレス》こと武東祥子は、決して悪い人間ではなかった。
前世の私が生まれる前に亡くなった《エンプレス》に対してそう言えるのは、アンディやウジェーヌから《エンプレス》の人格もお祖母様と似たようなものだったと聞いたからだ。
双子は不吉だと忌み嫌われた時代に、双子故に捨てられた《エンプレス》と《マッドサイエンティスト》。
《エンプレス》が秘密結社《アネシドラ》を創立したのも、自分達双子のような弱い立場にいる人々を救いたかったからだという。
法も国家も親に捨てられ戸籍も与えられず生きる者を救ってはくれない。
ならば、自分達で何とかするしかない。
アネシドラはパンドラの別名。
パンドラが箱を開け世界に災いをもたらしてしまったが希望だけは残った。
それと同じように、生きるために法や国家に背き悪事に手を染めても最後は希望が残るように。
そんな願いを込めて、《エンプレス》は自らが創立した秘密結社を《アネシドラ》と名付けたのだ。
私の意思だけでは、どうにもできない。
非公式ながら、私、ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルがフランソワ王子の婚約者のまま五年経った。
九歳の誕生日に、私は悲しい別れを経験する事になる。
――お祖母様とお祖父様が亡くなったのだ。
国中で疫病が起こった。
お祖父様とお祖母様は、それに罹ってしまったのだ。
前世では《マッドサイエンティスト》のコードネームを持っていたウジェーヌ・アルヴィエは、科学者であり医師でもあった。しかも天才と呼ばれたほどの。
今生でも、その記憶と知識を持つウジェーヌは疫病に効く薬を開発していた。その薬が完成する前に、お祖父様とお祖母様は亡くなってしまったが彼の薬のお陰で疫病はおさまったのだ。
とはいっても、表に出る事を嫌ったウジェーヌは、その薬を作ったのが自分だという事はひた隠しにし、それを知る私とアンディにも固く口止めした。
前世の世界よりも文明が遅れているこの世界では、彼の持つ知識は前世よりもさらに危険だ。犯罪組織に利用されたら、どうなるか分からない。ウジェーヌも、それが分かっているから自らの存在を隠しているのだ。
教会の鐘が鳴る。
ブルノンヴィル辺境伯領で最も大きな教会で国王の妾妃でありブルノンヴィル辺境伯ジョセフィン・ブルノンヴィルの葬儀が行われていた。
私とアンディ、ウジェーヌは人気のない教会の庭の隅で喪服で佇んでいた。
「……お祖母様を助けられなくて残念だったわね」
私はウジェーヌを見上げた。
アンディ同様、今年で十九になるウジェーヌは、華奢な美少年から均整の取れた長身の美青年になっていた。
「君ほど悲しんではいない。彼女は祥子だけど祥子じゃないからな」
ウジェーヌの言う「祥子」は、無論、前世の私、相原祥子ではない。前世の彼の双子の姉、《エンプレス》こと武東祥子、前世のお祖母様だ。
アンディは、お祖母様の事を「前世と姿は違っても前世の記憶がなくても魂の核ともいえる部分が同じなら敬愛する主だ」と言ったが、ウジェーヌは違うようだ。
いくら同じ魂の持ち主でも前世の記憶もなく容姿も違えば、ウジェーヌにとって、それはもう「祥子」ではない。
それでも、お祖母様、ジョセフィン・ブルノンヴィルが「祥子」と同じ魂と似たような人格を持っていたから気にかけてはいたのだ。
だからこそ、お祖母様には間に合わなかった疫病を治す薬を人々にほどこした。彼女が望んだからだ。
「心配しなくても祥子の魂を持つ彼女がこの世界からいなくなっても自殺などしない。だったら、前世で祥子が死んだ時そうしている」
確かに、前世のウジェーヌ、《マッドサイエンティスト》こと武東吉彦は、最愛の双子の姉、祥子こと《エンプレス》が亡くなっても前世の私に殺される九十三まで生きていた。
「自殺は祥子が最も嫌う事だからな」
だから、前世で「祥子」の後を追って死のうとはしなかったのか。
「『祥子』でなくても祥子の魂を持つジョセフィンに出会えた。いつかまた祥子の魂を持つ人間に出会えると希望を持っているんだ。その時に、『祥子』に胸を張って会うために自殺などできやしない」
私はようやく、今生ではウジェーヌ・アルヴィエ、前世では《マッドサイエンティスト》こと武東吉彦、彼という人間を理解できた気がした。
彼にとって《エンプレス》こと武東祥子は、ただ唯一無二の大切な存在というだけでなく彼の思想の核なのだ。
彼にとっての正義は、自らの思想でも法律でもなく「祥子の思想」なのだ。
それは、あまりにも危険だ。唯一の人間の思想で善悪を判断するなど。特に、彼のような天才科学者の知識を持つ人間にとっては。
けれど、幸いな事に、《エンプレス》こと武東祥子は、決して悪い人間ではなかった。
前世の私が生まれる前に亡くなった《エンプレス》に対してそう言えるのは、アンディやウジェーヌから《エンプレス》の人格もお祖母様と似たようなものだったと聞いたからだ。
双子は不吉だと忌み嫌われた時代に、双子故に捨てられた《エンプレス》と《マッドサイエンティスト》。
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法も国家も親に捨てられ戸籍も与えられず生きる者を救ってはくれない。
ならば、自分達で何とかするしかない。
アネシドラはパンドラの別名。
パンドラが箱を開け世界に災いをもたらしてしまったが希望だけは残った。
それと同じように、生きるために法や国家に背き悪事に手を染めても最後は希望が残るように。
そんな願いを込めて、《エンプレス》は自らが創立した秘密結社を《アネシドラ》と名付けたのだ。
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