あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

文字の大きさ
上 下
32 / 113
第一部 ジョセフ

32 フランソワ王子の突撃

しおりを挟む
 朝食を食べ終わり少し経った頃、お祖母様は招待されたお茶会に出かけ、私はアンディと「街に出かけようか?」と話していたら突撃された。

 クソガキ……もといフランソワ王子に。

「おい! お前!」

 初対面から「お前」呼ばわりされている。私自身は別に気にしないが、従妹で国王と辺境伯の孫娘の名前すら憶えられないのかと周囲は呆れるだろう。

 あてがわれた後宮の私室、その応接間でアンディと話していた私は、お供も連れずに一人で突撃しにきたフランソワ王子に醒めた目を向けた。

「ごきげんよう。王子殿下。何か御用ですか?」

 私はソファに座ったままフランソワ王子に言った。前触れもなく来たのだ。立ち上がって出迎えてやる気はない。

 アンディも座ったまま私とフランソワ王子のやり取りを見守る姿勢だ。彼は自分が定めた主以外に敬意を払ったりはしない。さすがに公式の場ではわきまえるが、今は私達三人しかいないから問題ないと判断したのだろう。

 その私とアンディの態度が気に障ったのか、フランソワ王子は私とアンディを睨みつけた。私もアンディも前世で何度も修羅場を潜ったのだ。クソガキの睨みなど怖くも何ともない。

「……ぼくに言う事があるだろう?」

「ありません」

 私は、きっぱりと言った。フランソワ王子が何を言いたいのか私には理解できなかった。

「ぼくを蹴って、『クソガキ』と言った事、謝るべきだろう!」

 フランソワ王子は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「はあ!?」

 私は目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしまった。

「……人前であそこまでした私が、あなたに謝りに来ると本気で思ったんですか?」

 昨日は私が謝りに来るだろうと待っていたのだろうか?

 そして、来なかったから今日、乗り込んできた?

 彼は外見と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者ではない。見かけ通り精神も幼いのだろう。そうだとしても、王子という立場上、あまりにも考えが足りなくないか?

 ……これでは、王太子妃も息子を見限りたくなる。

「私は、あなたを蹴った事も『クソガキ』呼ばわりした事も何一つ後悔していませんよ。だから、謝ったりはしない。分かったのならお帰りを。王子様」

「……ぼくは、王子だ」

 フランソワ王子は、ぽつりと呟いた。

 王子だから、お前が自分に従うのは当然で、蹴って暴言を吐いた私が悪くて謝るのが当然だと言いたのか?

「ええ。だから、それに見合う行動をすべきでしょう。王子である事を笠に着て言う事を聞かせようとするのではなく」

 フランソワ王子は驚いた顔で私を見つめた。

「私もあなたも、たまたま国王の孫に生まれた。その出自による恩恵があるからこそ義務と責任も背負わなければならないのですよ」

「……母上も同じような事をおっしゃっていた」

 あの王太子妃なら、それくらい言うだろう。

「……でも、母上だって、内心ぼくと兄上を比べて、できの悪いぼくに失望しているんだ」

 フランソワ王子の顔は泣きそうだった。

 確かに、ジュール王子は四歳児とは思えないほど賢い。その彼とごく普通の子供である我が子を比べて失望するのは母親としてどうかとは思う。

 そもそも誰かと比べる事自体間違っている。人間は一人一人違うのだ。できるようになるまで個人差があるだろう。

 ふと前世の事を思い出した。

 前世の私の母は、大嫌いな自分の母親に似た妹を嫌っていた。

 母は妹と私をいつも比べ、あからさまに私を贔屓していた。幸か不幸か、私は出来のいい子供で妹は賢くなかったのだ。

 目の前で両親が殺されるのを私と共に見て以来、正気を失った妹、香純。

 香純は当時八歳だったが賢くない上、自分の都合のいいように解釈するお花畑な思考の持ち主だった。幼くても、ああいうタイプは、まず女性に嫌われる。母が自分の母親との事がなくても愛せなかっただろう。私と前世の父は妹を嫌う以前に関心すら抱けなかったが。

 前世の私達家族と、この王家を重ねるのは間違っているだろう。秘密結社に所属していた家族と異世界の王家だ。

 それでも、母親に比べられる兄弟という構図だけで、どうしても重なってしまう。

 さらに重なる事に、ジュール王子も弟に関心がないのだ。前世の私が妹に関心がなかったように。

「話が終わったのならお帰りを。王子様」

 前世の私の家族とフランソワ王子の家族が重なろうと、今生の私には関係ないし興味もない。

 小うるさいガキの愚痴など聞くつもりなど毛頭なかった。

 フランソワ王子は悔しそうな泣きそうな顔で私を睨みつけると、来た時と同じ勢いで部屋から出て行った。




 





















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

珠宮さくら
恋愛
ペチュニアが、乙女ゲームの世界に転生したと気づいた時には、すべてが終わっていた。 色々と始まらなさ過ぎて、同じ名前の令嬢が騒ぐのを見聞きして、ようやく思い出した時には王太子と結婚した後。 バグったせいか、ヒロインがヒロインらしくなかったせいか。ゲーム通りに何一ついかなかったが、ペチュニアは前世では出来なかったことをこの世界で満喫することになる。 ※全4話。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

婚約破棄の『めでたしめでたし』物語

サイトウさん
恋愛
必ず『その後は、国は栄え、2人は平和に暮らしました。めでたし、めでたし』で終わる乙女ゲームの世界に転生した主人公。 この物語は本当に『めでたしめでたし』で終わるのか!? プロローグ、前編、中篇、後編の4話構成です。 貴族社会の恋愛話の為、恋愛要素は薄めです。ご期待している方はご注意下さい。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

忘れられた薔薇が咲くとき

ゆる
恋愛
貴族として華やかな未来を約束されていた伯爵令嬢アルタリア。しかし、突然の婚約破棄と追放により、その人生は一変する。全てを失い、辺境の町で庶民として生きることを余儀なくされた彼女は、過去の屈辱と向き合いながらも、懸命に新たな生活を築いていく。 だが、平穏は長く続かない。かつて彼女を追放した第二王子や聖女が町を訪れ、過去の因縁が再び彼女を取り巻く。利用されるだけの存在から、自らの意志で運命を切り開こうとするアルタリア。彼女が選ぶ未来とは――。 これは、追放された元伯爵令嬢が自由と幸せを掴むまでの物語。

悪女と呼ばれた王妃

アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。 処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。 まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。 私一人処刑すれば済む話なのに。 それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。 目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。 私はただ、 貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。 貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、 ただ護りたかっただけ…。 だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ ゆるい設定です。  ❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。

モース10

藤谷 郁
恋愛
慧一はモテるが、特定の女と長く続かない。 ある日、同じ会社に勤める地味な事務員三原峰子が、彼をネタに同人誌を作る『腐女子』だと知る。 慧一は興味津々で接近するが…… ※表紙画像/【イラストAC】NORIMA様 ※他サイトに投稿済み

処理中です...